貳_メメント森
未だ意識を失っている彼女を俵担ぎした耕雨が、遥か前方にいる。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。待って、耕雨……」
「坐禅……、夜の異常な体力はどこ行ったんだよ」
「……あれは……、仙術で無理矢理体力を回復させて……。三大欲求くらい強い感情を原動力にしないと反動が抑え込めない……、言わせんな恥ずかしい」
「そうか……」
「私が引き籠りなのは……、全てこのクソ長い石段のせいだ……! ぜぇ、ぜぇ……、やっと、登り、終え、たっ!」
「で、この襤褸布みたいな娘をどうすればいい?」
「んー、とりあえず裏の滝で体を洗ってやって……、あっ、変な気起こさないでよ? の付いた大根か何かだと思いなさい! 何なら私以外の女は全員大根に見える呪いをかけてやる!」
着替えは滝行用の白装束でいいかな? 社務所の箪笥を漁り、丁度良さそうなサイズのものをチョイス。裏の滝にもっていくと……、
「ん……ん? ……ひ、ひゃあぁあ!」
「わぁ……」
最悪のタイミングで意識が戻ったか……。もう十二月で滝の水も結構冷たいから、何となくこうなりそうな気はしてたけど。あ、耕雨が平手打ちされて吹き飛ばされてる。
「まっかだなー、まっかだなー、こーうのほっぺがまっかだなー……」
さっき自分の腰を探ってたけど、刀を差してたらそのまま切るつもりだったのかな。
「へ、変態……っ!! 気を失っているのをいいことに、私の純潔を無理矢理奪う気で……って、それよりも大事な私の刀をどこへやった!?」
「武器さえ奪えば、非力な娘だとでも思ってるのか……!?」
平手打ちで自分とほぼ同じ体格の男(……若干耕雨の方が小さいかも)を吹き飛ばしてる時点で、大抵の相手からそんな考えは消えて戦意喪失するって……。
「なるほどー、それは許せないなー(笑)。私という最高の妻がいながら、しかも無理矢理だなんてねー? えぇ?」
茂みに倒れている耕雨の真っ赤なほっぺをガシガシ足蹴にしながら、両手で体を覆いつつ耕雨に敵意の目を向ける少女に、
「ははははは。耕雨がそんなことするわけないじゃない」
と、語り掛ける。
耕雨には、私以外に性的な感情を抱かないようにつよーい
「え……この変態の妻……? ロリコン? いや、幼妻……ロリ婚?」
主に突然現れた
「ほら、体洗ったら浴衣代わりにこれ着て」
「え……あっ、はい」
取り敢えずその裸体を隠す為の服を手渡した。
そんなわけで社務所に彼女を連れてきた。湿った肌と髪がちょっとエロい。
「あの、ここ何処……です?」
頭を埋め尽くす疑問に対して、少しでも答えを求めようと、彼女は白装束の裾を掴みながら、おずおずと尋ねる。
「桑織……って聞いたことある?」
「くわおり……ってあの魔境!?」
「そんな大層なところじゃないよ。魔境なのはあの森」
いや、
「森……?」
「もしかして覚えてない?」
戦闘の記憶を全く思い出せない暴力特化型……、文献で読んだことはあるけど、実際に会うのは初めて。戦闘の記憶を思い出せないが故に、より戦闘への渇望が強くなるって、特殊型と大差ない破滅性があるよね。
まあ、傾斜や長さに差は在れど、偶に少しだけ登ることも在れど、破滅に向かって坂道を転がり落ちることは、生きとし生ける者すべての宿命か。特化傾向が高レベルの人が多いせいで、桑織は特に顕著だけど。
メメントモリ。どう解釈してもいいけど。
そう言えば、あの森はメメント森とも呼ばれてるらしい。(羅)
でも、暴力特化型に理屈なんて不要。本能的な戦闘欲求に従うことが、暴力特化型にとって最も輝く生き方。
「ねぇ……」
「え? ひゃっ、ぁ……!」
胡坐から重心を前に、四つん這いで彼女に迫る。上半身を仰け反らせて離れようとする彼女を追撃、仙術で全身の筋肉を弛緩させて押し倒す。
茶色く日焼けした古い畳に、僅かに紺色がかった黒髪が広がる。馬乗りになった私の黒衣と黒髪の影が差し、彼女のやや蒼い瞳には、蛇のような笑みを浮かべた私の顔が反射している。
「もっと強者と戦いたくはないか、少女」
「……ん」
彼女は一瞬の硬直の後に、首を動かして肯定。
「外見が幼女の十二歳が、四歳年上を少女って呼んでる……」
「じゃあ何て呼べばいいのさ!?」
「えーと、桧木のお染……」
殺気。
耕雨の言葉に、彼女はかなり強い〈威圧〉を放った。
「お、抑えて。ね?」
耕雨はすぐさま土下座。
仙術使っといてよかったわ。じゃなかったら、私を振りほどいて耕雨を手刀で首ちょんぱしてたと思う。
もう自力で解除してるみたいだけど、呪術で〈鎮静〉させたから大丈夫だろう。
「耕雨、一旦退室して」
「はい……」
襖締めて台所の方へ下がってった。
ったく、〈念話〉使えよ。
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【暴力特化型】
『戦闘を渇望する』狂戦士。
戦闘欲求の種類は様々であるが、満たされることはまずない。戦うために生きるのではなく、戦わなければ生きる事が出来ない。
圧倒的な戦闘力を持つが故に、本気を出せる相手や環境がない等の状況に陥り、『セーブ鉄道』を行うようになるものも多い。
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