壹_君はまだ桑織を知らない

「ふぁぁあ……」


 障子を開けて空を見た。

 今日もいい天気だ。いい天気。


 今にも雨が降り出しそうな暗雲が空を覆う、夜のような暗さ。仄かに不安を感じさせつつ、空遠くのほんの僅かな雲の隙間には光がある。

 そんな、私にとってはいい天気。



「んんんーーっ」


 軽く体を伸ばして縁側に腰掛け……さて、今日の運勢でも占ってみるか。

 別に日課ってわけじゃない。気が向いた時……まあ、三日に一回くらい? 何となく占いたい、って思う日があるのよね。私はこれを無意識下で何かを感じ取ってるからだ、と考えてる。つまり、占いたいと思った時点で占いは半分終わってる。


 いっつもどうやって占うかで悩むんだけど、たまに、この方法しかない! ってピンとくることがあるんだよね。今日がそれな訳なんだけど、自分の直感なのに二度見?みたいな感じになっちゃったよ……。



 〈先視〉。

 私の十八番。占い……なのかは割と怪しい。

 未来をその場にいるかのように体感できるんだけど、正確すぎる。これで視たことは、呪術で強く干渉しない限り、若干のズレはあっても確実に起こる。


 でも、ほぼ確実な未来なんて知っちゃったら、つまらないじゃん? だから近い未来、少なくとも私が死ぬまでの未来はよっぽどのことがない限り視ないようにしてる。

 代わりに三百年後とかはまるで映画見てるみたいで面白いから、結構視ちゃうんだよね。

 あと、応用の幅がすごい広い。〈先視〉と言いつつ、〈過去視〉とか〈千里眼〉としても使える。



 とにかく、こいつで占えと私の直感が訴えてるのよ。で、占う方法がピンとくる、中でも正確性が高い方法を推すっていうのは、占ったほうがいい、って思うのと同じく、やっぱり無意識下で何かを感じてるんだと思う。

 だけどやっぱり、近い未来は視たくないんだよね。でも、気になる気持ちもある。無意識下で何を感じ取っているのか知りたい。

 よし、覚悟を決め……なくてもいいや。軽い気持ちで視てみよう。


「ほゎんほゎんほゎぁん……っ」


 ……↑パラパラ共和国?



 場所は……この桑織集落だ。たぶん、集落を囲む森との境界あたりか。


「ん?」


 襤褸切れが落ちてる……いや、あれは人?

 近くには墓標のように抜身の太刀が刺さってる。死んで……はいなさそう。呼吸の度、微かに体が動いている。


 突然、空を飛んでいる小鳥が不自然に止まった。

 一瞬遅れて、風景が止まったことに気付いたころには、高速で巻き戻されていた。



 巻き戻しは森の中で満身創痍の少女、おそらくあの襤褸切れが、両手に太刀を握って戦っているところで止まる。


 その相手は悪魔レッサーデーモン

 どこか全身鎧フルアーマーの騎士を思わせる、金属質メタリックな肌(?)と筋骨隆々の一丈約三メートルを超える巨躯。羊のような角は巨躯の威圧感を増幅し、触手のような尻尾は蠢いて不安をかき立てる。

 その威容に違わない強さで、まあ、普通の人間は大剣の軽いひと薙ぎで簡単に死ぬ。彼女もそれを分かってるのか、慎重に立ち回ってはいるけど、その姿からすると既に何発か掠ってるらしい。

 遠距離攻撃してこないのは温情だけど、耐久面も結構高い上に、普通の生き物と違って『急所』が存在しないっていうのは結構厄介。

 遠距離から弓矢か銃で関節部を狙えば、呪術特化型の私みたいに、身体的スペックが普通かそれ以下の人間でも勝てないこともない、かな? 尤も、弓矢の場合は、それこそ私くらい付与系の呪術に長けた呪術特化型が全力で強化しないと話にならないし、銃の場合も、一発で仕留められるわけじゃないから複数人パーティで当たらないといけない。っていうか、ほんとに火縄銃程度で効くのかなぁ……。

 重機関銃とか対物ライフルとかあればたぶん簡単に倒せると思うんだけど、生憎、自衛隊がタイムスリップでもしてこない限りこの時代にそんなものは存在しない、はず。


 そんな奴と近距離で戦えてるってことは、彼女も相当な化物だ。暴力特化型か生産特化型か、何らかの特殊型か。でなけりゃよっぽどの狂人だ。

 ……彼女の握ってる刀、セーブ鉄製っぽいから生産特化型じゃない。武器の力を百パー引き出す生産特化型が、〈使用者の力を制限〉するセーブ鉄の刀なんて握ったら身動きすら取れなくなる。

 疲労からか辛そうな顔してるけど、その中に笑みが混ざってる。セーブ鉄を用いた縛りプレイ、所謂『セーブ鉄道』をしている暴力特化型の顔だ。


 ただ、あの顔を私は見たことがない。たぶん彼女は、外界の……? 外界の人間とは思えないほどレベルの高い暴力特化型とはいえ、いや、それ故に森を通って桑織まで辿り着いたのか……。



「お」


 何とか勝ったみたい。

 ただ、随分危なっかしいところがある。どうも意図的にセーブ鉄道してるわけじゃなさそう。

 何らかの形でセーブ鉄の刀を手に入れてしまって、使い続けてるんだろう。セーブ鉄の製造技術は外界に広まってない……というかある程度高いレベルの生産特化型にしか作れないうえに需要がないんだから当然だ……から、外界の暴力特化型が知らなくてもおかしくない。


 さてと、あの少女を保護しに行くか。森を抜けられたのにあのままじゃ衰弱して死んじゃうし、あんなに強い……それこそギシギシの旦那とタイマン張れるくらいの奴は、取り込んでおきたい。


「つー訳で耕雨ー!朝飯食ったら久しぶりに娑婆の空気吸いに行くよー!」


 少し前から、私の後ろに感じていた気配……即ち耕雨に言う。


「シャバて……ただの引き籠り破戒僧がシャバとか言うな」

「四の五の言わずに行くよ!……あ、その前に朝ご飯!」



 今日の……っていうか、ほぼ毎日同じだけど、朝食のメニューは、昨日の夕食の残りに薩摩芋でかさ増しした玄米の粥、ずいきの味噌汁、納豆、蚕沙茶。

 私は小食なので、ご飯の量は耕雨の三分の一くらい。

 蚕沙っていうのは……、昆虫食の一種なんだけど、蚕の糞が昆虫食を名乗ってるのは未だに納得いかない。あくまで蚕の体内を通した桑の葉であって、昆虫そのものではない気が……。それで言ったら、アナツバメが唾液を固め作る高級中華食材の燕巣のスープが鳥料理ってことになるんじゃないの? そんなことない?

 美味しければ、それが分類上何でもいいんだけどさ。




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【生産特化型】

 『最強の武器を創る』生産職。

 この『最強』『武器』というのは当人の解釈次第である。

 『ただ強い』刀を作るというのは難しいらしく、性能や形状はピーキーになりがち。

 一般的には道具とされるモノから概念まで、何でも『武器』と定義することは可能。

 また、『最強の武器』であることを証明する為か、『武器』と定義したものは100%使いこなす。生産職であると同時に、暴力特化型に匹敵する戦闘職でもある。何それチートじゃん代償デカそう

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