第37話 亡き騎士王戦ー6

「やあ、渉。数百年ぶりかな」


兜を脱ぎ捨てたその先。

僕が見たのは、よく知る旧友の顔だった。


「ユリ...ウス......?」


戸惑いを表に出して、震えるような声で彼を呼ぶ。

思いがけないユリウスとの対面は、僕を予想以上に大きく揺さぶった。


「ああ、そうだよ、渉。僕さ。ユリウス。親友に置いていかれ、死に行く運命に抗えなかった惨めな騎士。それが私だ」


その一挙手一投足に心が揺れる中、彼の発する言葉に僕はその感情に拍車をかけた。

言っている意味がわからない。

置いていった? 一体なんの話をしているんだ、と。


混乱と動揺が僕の全身を支配する中、彼は一歩を踏み出した。

その優雅にゆらゆらと体を揺らして剣を持つ彼は、瞬間、鬼に見えた。


「......!」


一歩。それだけで間合いを詰め、僕の喉元へと刃をかける。

本能とも呼ぶべき第六感が瞬時に僕の中で動き、無意識のうちに彼の重たい刃を一身に受け止めた。

重い重圧と筋肉がプルプルと震える感触を覚えながら、必死に打開策を模索した。


「待ってくれ、ユリウス......! 一体なんのことを言ってるのかーー」


最初に試したのは、訴えかけることだった。

親友を前にして、気が動転したままでは何も出来はしない。

ましてや戦いなんて、不可能だ。

しかし、ユリウスの口から発せられた言葉はあまりにも冷たくて、僕の心を鋭く抉った。


「黙れ! お前が...お前が戻ってさえ来てくれれば、あんなことには......!」


ただ冷たく、ただ強く、ただ拒絶するだけの彼の剣は、何よりも強かった。

突き放すことだけを考えているような、哀愁漂う悲しい感覚。それだけが残った。


「ーー一回、落ち着けって!」


しかし、いくら彼の不思議な感情が伝わってきても、この話が通じない対話は僕の中で怒りを覚えさせた。

そして叫びながら、僕はユリウスの剣を跳ね除け、数歩後ろへと後退した。


「説明してくれよ! そんなに叫んだって、ユリウスの言いたいことは僕にはわからないよ!」


必死に訴える。

彼のーーユリウスの伝えようとする感情は僕に思い当たる節はないが、確かに伝わってくるものがあった。

だから僕は聞き出したかった。

彼のその気持ちを。一体何があったのか、その経緯を。

あの時、僕らが初めて友達と呼べるようになったあの部屋での出来事のように。


しかし、そんな必死の叫びは今のユリウスには届かず、彼はただ怨嗟と怒りで僕を突き放した。



「うるさい......黙れ!」



怨恨、憤怒、後悔。

ユリウスの抱える負の感情のその全てが僕へと流れ込んでくる。

そんな感情に飲まれるようにして、黒い瘴気のようなものがユリウスの体から漏れ出し、彼の綺麗な顔を歪ませていく。


罅のようなものが顔の下を迸り、目は充血して赤く染まる。

およそモンスターか獣のようにしか見えない今のユリウスは、僕を戦慄させた。

そしてまた一歩。繰り出される最速の剣戟は僕の頬を掠めた。


「痛っ......!?」


距離はおよそ約十メートル。

なのにその距離をまるで無視するかのようにして彼は刃を僕へと当てた。

微かな痛みと真っ赤な血が頬を伝う中、彼は再度一歩を踏み出した。


「真・近衛騎士流剣術【神速切カムイ】」


刹那、僕の視界は真っ赤に染まる。

あまりの衝撃にハテナが頭の上に浮かぶ中、僕の視界はそのまま下へと落ち、緑と赤色の地面を見る。


一瞬、何が起こったのか理解が及ばなかった。

悶え、声を出すこともできないまま、ただ情けなく跪く。

そんな武士ならば恥じるべき行動を体感させられた僕は、それでも理解した。

確かに残る体の激痛が、今の全てを教えてくれたのだ。


捉えきれぬほどの神速の剣技。

それが僕の体を切り刻んだのだ。


「かはっ......!」


あまりの痛みに立ち上がれずーーいや、どうやら脚の腱を切られたようだ。

痛みのせいと言うより、強制的に戦闘不能へと僕は追い込まれてしまったのか。


充血する目で僕は自分の体の状況を確かめる。

見ると、両手脚の腱は切られており、それに続いて腹、背中、腕、顔その全てに切り傷が浅くも的確についていた。


「どうした。終わりか、渉」


距離を詰め、目の前で冷酷な目を向けるユリウスが言う。

その拒絶するためだけに磨かれ続けた鋭利な刃は、矮小な僕など足元にも及ばなかった。


これほどまでに強い彼を僕は見たことがない。

最初の初撃も、今の斬撃も、僕の知っているユリウスではどれも再現不可能なほどに技量が高い。

それにこの圧倒的ステータス差を感じさせる力。僕が戦っていた兜を纏った姿では成し得ない領域だ。


「ユリウス......一体、どれほどの苦労を......」


「......」


その筆舌に尽くし難いほどの隠れた努力を僕は密かに感じ取った。

血の滲むような思いを重ね、あらゆる悪意を跳ね除け、ただ前へ歩みを止めず、だが叶わず。

そんな苦悩と葛藤を詰め込んだような人生を彼の中で見た。


あんな剣戟、現代最強の刀剣冒険者、剣聖レインでも再現できなやしない。


「ユリウス、頼む。僕に何があったか教えてくれ」


だからこそ彼のその軌跡を見たい。

彼を助けたい。

何もわからなくても、何も知らなくても、かけがえのない親友だから。


「ーー立て、渉。置いていったお前が私を知りたいと言うなら。あの惨劇を知りたいと言うのであれば。立って私を否定してみろ。その手で、私を打ち果たしてみろ」


そんな訴えがやっと届いたのか、それともただの慈悲か。

彼は僕へと言葉をかけた。


「......戦わないといけないのか」


「ああ、分たれたあの時から。そう決まっている」


しかし、やはり戦闘は免れることができないようで。ユリウスは僕へと剣を手に取る様促してくる。

挑発だろうか? 立つことさえままならない僕に剣を握れなど。馬鹿げている。

しかし、それでもやらなければいけないのだろう。それが彼を知る唯一の方法だと言うのであれば。


「ーー後悔するなよ、ユリウス」


僕はそんな捨て台詞のようなものを吐き、腕を持ち上げて、強制的に手を心臓へと近づける。

そして、深い闇へと誘われるように。僕の姿は禍々しく変貌し、沸るような深淵の力をもたらした。


その圧倒的圧に危機を察知したのか、ユリウスは即座に数歩後ろへと下がり、警戒態勢を敷いた。


「深淵よ、我に力を。スキル【深淵解放アビス】」


そして僕は再度黒衣に身を通し、他者を寄せ付けないこの絶望の力で、今度はユリウスを拒絶した。


「さあ、始めようか、ユリウス。僕と君の殺し合いを」

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