第36話 亡き騎士王戦ー5

花園へと足を踏み入れる。

花の甘美な匂いは、そこをダンジョンだと忘れさせる程に甘かった。


しかし、僕の意識ははっきりと鮮明に働いている。

目の前の敵を今度こそ倒すために。


相手もまた、同じ気持ちを抱いているであろう。

敵を迎撃をするために、この場所を守るために、騎士王は再びその剣を握った。



「久しぶり、騎士王。さあ、決着をつけよう」



再開も束の間、見合い、走る。

狙うは奴の首のみ。

不動の騎士はその場を動かず、右手を宙に上げ、浮遊の剣を自在に操る。


「【絶風】」


まずは五本。

情報の視察程度の斥候。

されど、鋭く研ぎ澄まされた悪意は牙を研いで僕へと襲いかかる。


しかし、今更こんなものは僕の敵ではない。

数多の修行を乗り越え、剣技を鍛え、動きを練磨した僕には。


実直に急所を攻撃する剣を僕は軽く去なす。

時に剣で弾き飛ばしながら、過ぎ去った剣にも注意を払い、猛スピードで奴へと近づいていく。

その速度は前回の比ではない。


「【縮地】」


戦闘開始数秒。

僕はすでに奴の懐へと潜り込んでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スキル名:縮地

熟練度:LV1

詳細:スキル【絶風】の派生スキル。

敵との間合いを一瞬で詰めることができる。

・消費魔力50

・距離5メートル以内

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「そんなので僕を倒せると思ってるのか、騎士王!」


刹那の急接近ーーその予測不能の行動に騎士王の思考がブレる。


派生スキル【縮地】は、僕があの黒い状態へと変貌した時に顕現したスキルだ。

【絶風】を使いまくりかつ、肉体が強化されたことによって発現したボーナススキル。

運がいいことこの上無い。


「【金剛力】」


敵の乱れた回路ーーそこへと剣を振るい、悪意をそのまま返す。


黒剣が騎士王の兜へと直撃し、甲高い音を庭園に響かせる。

剛腕が繰り出す攻撃は奴が被る兜の一部を凹まし、砂塵を巻き起こしながら姿を隠した。


「......もう、終わりか......?」


確かな手応えが両手に残る中、舞い散る芥の中で終戦の予感を悟った。

しかし、これで終わると僕は思っていない。

しかし、残る感触が不安を募らせる。


やがて砂塵が晴れ、全貌が明らかとなる。

そして僕の不安は、杞憂だったとすぐにわからされた。


「やっぱり、そうだよな」


微風が優しく吹き、晴らした視界の先に映ったのは、攻撃を喰らっても尚怯まずにその場に立っていた奴の姿だった。

そして不動の騎士は兜の奥の目を光らせ、騎士王たる眼力を持って僕に答えた。


「ウォオオオオ......!!」


瞬間、咆哮が鳴り響く。

騎士王は顔を上へと向け、衝撃波をあたりに撒き散らしながら叫ぶ。

肌にヒリヒリと伝わってくる怒りを感じながら、僕は警戒しながら軽足で後ろへと退却した。


鳥肌が立つような感触を全身で味わいながら、騎士王の姿をしかとこの双眸で捉える。

叫び終えた奴は強く、信念を持って剣を地面へと突き立て、再度腕を僕へと向ける。


剣がもう五本、地面から放り出て僕へと向かう。

計十本の刃を見据えながら、僕も本気で剣を握る。


「来い......!」


騎士王の激昂に返答する。

すると、それに応えるかのように奴は剣を高速で僕に飛ばした。


僕との距離およそ十メートル。

その距離を一瞬で縮めながら、タイミングを絶妙にずらして巧妙に攻勢を仕掛ける。

その嫌らしい手口に彼の本気度合いを感じながらも、されど十本では僕の相手にはならないと、軽く彼の剣を落として示す。


「......」


「......」


両者に無言。言葉は交わさない。

まあ、真に言えば言葉を交わすことはできないが、交わさずとも僕らは語り合える。

剣を交え、僕の洗練された動きを見ればこそ、彼へと自ずと伝わっていく。

僕の努力と物足りなさが。


(そんなものじゃないだろ、騎士王。もっと、本気を見せてくれよ......!)


剣が降りかかりながら僕は奴へと剣で語りかける。

奴の本気を、僕が用意周到に準備してきた策を、君に試させてくれと。

僕は語り続ける。



ダンジョンのモンスターはその性質上、記憶や脳などの回路を持たない。

持つのは魂に刻まれた自らの使命のみ。

敵を殺し、場所を守り、虎視眈々と外へと出てさらに多くの人間を殺す機会を常に伺う。

それだけが彼らの生きる理由。


感情は持てど、それは維持的なもので記憶には残らない。

故に、最初に渉が感じていた『騎士王が自身を覚えていた』という感覚は間違っていたのだ。

騎士王が動いたのは本能。敵を殺す命令だ。


しかし今、騎士王に芽生えた。

とある懐かしさが。

うっすらと残る、霧がかかった誰かの記憶が。


そして撃ち合う度にそれが鮮明に掘り起こされていく。

古い記憶が。

以前の戦闘の記憶が。

そしてーーそれよりも以前の忘却の思い出が。



「次は絶対、お前を倒してやる」



瞬間、魂の奥底に刻み込まれた忘却の記憶が騎士王に宿る。

その動揺に騎士王の攻撃は止まり、剣は宙に浮いたまま静止した。


「......?」


降りかかる猛攻が突然の静寂に包まれた時、僕は剣を振るうのをやめて騎士王を見つめた。

頭を抱え、苦しそうに呻き声を上げる奴は、動きの精細さを欠いてその場に立ち尽くした。


そして、ほんのしばらくして。

僕が未だ状況を飲み込めずにいたそんなたったの一瞬だった。

奴はスッと何かが吹っ切れたかのように頭を上げ、手に握った剣をじっくり見つめた。


実際に見つめたのは塚の部分だろう。

何かしら刻まれていたのか、剣自体に思い入れがあったのか、それは定かではない。

しかし、じっくりと剣を見つめた奴は、再度顔を上げて僕を凝視した。


強く、兜の奥が透けて見えるほどに鋭く、真っ直ぐに僕を見つめた。


一体何をしたいのだろうか。

騎士王の突然の変化に僕は戸惑いを隠せずにいた。


しかし、語られる奴の瞳からは何かしらの強い意思を感じる。

上がる腕、力の入る指に僕は目を向けて、そして戸惑いの中されど剣を構えた。


腕は視界の中でただ上がり続け、そして天に向かれたその時、地面が揺れ動いた。

地震にも似た激しい運動、それが生み出した結果は以前の戦いの最後に見たあの光景だ。


「......やっと本気ってことか」


揺れ動いた地面より放り出たのは、視界を埋め尽くす程の剣。

およそ五十本。

鋭く光る決意の刃。


「ここからが本番だな」


それに僕も応え、本気を出す。

訓練の数々を思い出して、感覚を研ぎ澄ませる。


刹那、覚悟を決めて目を見開く。

瞬きの間に映ったのは、騎士王の振り下ろされる腕と一瞬で近づく白銀の武器達。

それを避けるべく、僕は即座に動き出した。


「【絶風】【金剛力】」


風の如き速さと絶大な力を持って、僕は体をその場で捻り、剣十本を瞬時に薙ぎ払った。

軌道の逸れた剣は猛スピードで地面へと直撃し、花を抉りながら再度地面から這い出た。

その間、僕は地面へと着地し、次の攻撃に備える。


【鷹の目】と極限まで高めた集中力で刃をしっかりと捉える。

時には避け、時には受け流し、時には落とす。


蘇るのは、あの時の記憶。

サイレント・オークを打ち果たした時のあの冴え渡る感覚。

体が本能のままに動き、あらゆる悪意を振り払う一撃。


迫り来る太刀はまさに走る閃光。

しかし、今の僕には止まって見える。


川の流れのような滑らかさで上下左右と近づいてくる白銀の数々を払う。

数秒のうちに数十回と鳴り響く鉄の当たる音と、地面と直撃する轟音が耳を劈く。


しかし、いくら荒狂う猛攻が続こうが、土煙を上げようが、花園を破壊しようが、僕は一歩ずつ着実に前へと歩き出た。

全てを避けることは叶わない。

切り傷は身体中に残され、僕を蝕む。

されど、足を止めることはなく、僕はそれでも前へと進んだ。


これだけの猛攻。

それに耐え得る僕の姿。

不動で感情を見せない騎士王にも、若干の動揺が見られた。


「......っ!」


感情の変化を色濃く自分でも感じ取った騎士王は、それを誤魔化すかのようにさらに剣を早く打ち出す。

自分の側に剣を数本戻し、残る大量の剣を常に撃ち続けた。

魔力を持続的に投入、後先考えずに浅慮な行動を起こす。


そこに付け入る隙が生まれた。

急な魔力の過剰使用により、騎士王の剣がピタリと空中に立ち止まった。


途端に威力と勢いを失い、失速した剣を僕はただ不満気に見つめ、それらを一振りで叩き落とした。

焦る騎士王はかろうじて残していた二つの剣を浮かせ、僕へと指を刺しながらそれらを放った。

しかしーー。


「残念だったね、騎士王。僕と君は頗る相性が良いみたいだ」


空を切りながら迫る剣戟は、単調で味気のない攻撃で、僕はいとも簡単にそれらを後ろへと逸らした。

火花を散らし、鉄が焼き焦げるような匂いを鼻で感じながら、僕はお別れを彼に言う。


「【縮地】」


脚に力を入れ、地面をひしゃげて前へと押し出る。

そして、神速の如き速さで間合いを詰めた僕は奴の首を刈り取り、この戦いに終止符を打った......はずだった。


「なっ......!?」


自信のある一撃。

それを確かに奴へと放ったはずだった。

だがそれは奴のーー地面に埋まっていたはずの剣で抑えられ、僕は腹に蹴りを一撃、モロに食らってしまった。


「うぐっ......!」


油断大敵。

世にはそんな諺があるが、今まさにこの状況を指すに相応しい言葉だろう。


僕は蹴りの影響で数メートル先へと吹き飛ばされ、転がりながら半壊の庭園へと着地した。


そして次の瞬間、僕は目を疑う。

予感は事実へと変わり、予想は否定したい現実へと入れ替わる。


信じたくはなかったが、信じざるを得ない光景。

それを目の当たりにした人は、一体どんな表情をするのだろうか。

答えは、絶句である。



「やあ、渉。数百年ぶりかな」



兜を脱ぎ捨て、長い銀髪を煌めかせながら僕の前へと登場したのは、僕が最もよく知る人物だった。



「ユリ...ウス......?」



『騎士王(通常)の討伐に成功しました』

『アビスでの一定期間の活動と信頼関係の深さが規定以上を満たしました』

『よって、プレイヤー:雨宮渉が現在確認できる全ての条件を満たしました』

『裏クエスト『旧友からの試練』を開始します』

『深淵より幸運を』

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