第35話 亡き騎士王戦ー4
「チェックメイトだ」
ユリウスに木の刃を突き立て、試合の終わりを宣言する。
そして、勝負の終刻と同時に僕の身を纏っていた深淵の力も立ち去り、外装は外れ、元の姿へと戻った。
鎧が黒い霧へと変換し、消え去るのと同時に僕の体力もまた唐突になくなり、僕はその場に力無く倒れ込んだ。
「渉......!」
最後にユリウスの声が響くのを聞きながら、僕は意識を失った。
翌日。
長期間寝ていた僕は、青空に浮かぶ朝日と共に目覚めた。
「うっ、ここは......?」
少しばかりの頭痛に悩まされながら、僕は体を起こし、身体の痛みを感じ取る。
筋肉痛にも似た、動かす度に響く激痛。
その痛みを徐々に慣らしつつ、立ちあがろうとしたその時。
「渉様! よかった......!」
「ぐえっ......!?」
染みる体にまるで止めを刺すかのようにして与えられた衝撃は、僕を一瞬、三途の川へと誘った。
そんな僕を再度現世へと引き戻したのは、女性の啜り泣く声と、それをオロオロと困り果てた顔で止めようとする騎士の姿であった。
「ゆ、ユリウス......エリーを早くどかしてくれ......」
「あ、ああ、すまない。エルリア様。お気持ちはわかりますが、渉が死んでしまうのでどうかご容赦を」
僕の身体からエリーをユリウスが引き剥がし、涙を溢す彼女を落ち着かせながら状況を整理してくれた。
冷静になった彼女らが教えてくれたのは、あの後の出来事。
僕は練兵場に倒れ込み、意識を失って急いで病棟らしき所まで搬送されたらしい。
そこで回復魔法やあらゆる処置を施し、とりあえず安静にさせるため、このベッドで大人しく寝かせつけていたのだとか。
「しかし渉、あの時は本当に驚いたぞ。またあの禍々しい力を暴走させたのかと思ってな。今は大丈夫なのか?」
ユリウスが暖かい紅茶を片手に問うてくる。
今の感じ、あの力が再びこの身を支配する気配はない。
逆に気分がいいぐらいだ。
何かこう、身体が軽くなったような。
「うん。今は大丈夫そうだよ」
「そうか。それが聞けて安心したよ」
緊張の糸がほぐれたのか、ユリウスは肩の力を抜いて安堵の念を広げた。
エリーもまたそれを聞いて安心したのか、落ち着きながら席へと着き、涙を拭いた。
「しかし、元気そうで何よりでした。私、渉様が死んだらどうしようかと......」
「あはは......まあ、あの三人の大技を喰らった時は流石に覚悟はしたけどね......」
肩を落としそうな彼女に、僕は軽めの冗談を挟む。
確かに死ぬかと思ったが、ちゃんと威力を抑えていたのは感じた。
彼女も流石にそれはわかっているだろう......と思っていたが。
「ええ、本当に。あの三人には重い処罰を与えてーー」
「姫殿下、それは可決されないことになったではないですか」
「そういえばそうでしたね」
しかし、どうやらエリーはこの事態を思ったよりも重く受け止めていたようだ。
どうやら一歩の所で止められたらしいが、状況は一刻を争っていたらしい。
まさか、処罰を検討していたなんて。
「しかし、参りましたね......お詫びするものもありませんし......」
「いや別にいらないし、処罰もしなくていいからね?」
「渉様がそういうのであれば......」
自らの部下の失態を何かしらの形で補填を強制しようとしてくるエリーに釘を刺す。
正直あの時の行動には驚いたし、思わぬ事故にも繋がったけど、そこまでの怒りを僕は覚えていないし、今彼らを失うのはこの国にとって痛すぎる。
彼女の判断は賢明とは言えない。
「まあ、僕はこの通り大丈夫だし、なんの問題もないよ。数日したら退院してここも出ていくし」
「......そうですか」
平静を保たせる言葉をエリーにかけて、僕は今後の予定を彼女らに話す。
退院したらいよいよ決着の時だ。
早めに去りたい気持ちもある。
しかし、エリーの表情を見ると、少し寂しげな表情を浮かべていた。
彼女は静かに首を縦に振り承諾したが、その顔色からは何かを伝えたい気持ちで溢れていた。
されど、彼女は何も言わず、サッと立ち上がり、別れの挨拶を言ってその場をユリウスと共に去った。
「では、私たちはこれにて。くれぐれも無理しないでくださいね。渉様」
「またな、渉」
「うん。またね、二人とも」
ゆっくりと背中を向け、立ち去る彼女。
そのもの寂しい背中は何か言いたげだったが、気のせいだと僕は流した。
しかし、どうも空気が重い。
やるせ無い気持ちでいっぱいだ。
ここは一言、冗談でも混じって別れるか。
別れ際、何かを悟った僕は最後に冗談交じりの会話で終わらせようと思い、彼女へと最後に声をかけた。
「エリー」
「? どうかしましたか、渉様」
「次に僕と会うときは、抱きつくのは程々にしといてね?」
僕の放った冗談は、この会話の始まりのやり取りにまで遡る。
抱きつかれ、筋組織を破壊された僕は、彼女へとそんな笑い飛ばすような不満を飛ばす。
これで彼女も笑ってこの場を去ってくれるだろう。
そう僕は思っていたがーー。
「......! す、すいません。次からはそうします......それでは......!」
彼女は顔を急激に赤面させ、表情を隠し、急いで逃げるようにしてその場から去っていった。
そんな彼女に置いて行かれたユリウスは慌てた表情でエリーを追いかけ、パッとこちらに手を振ってから離れていった。
「......」
その間、僕は呆然としていた。
あの彼女の表情ーー予想外だ。
もっと笑い飛ばしてくれるかと思っていたが。
「可愛い......?」
そのあまりにも変則的な顔色に、僕は思わず愛眼の意を感じてしまった。
「ハッ......! 僕は何を......」
思わぬ空気の変化。
それが僕の咄嗟の動揺に繋がった。
「いやいや、相手はあのエリーだぞ」
あの愛おしい表情が、僕の関心をあまりに引いた。
今まで友人と思っていた相手が急に視野の広がった意中の相手へと変化する時があるかもしれない。
「......疲れてるな。早く休もう」
しかし、僕はそれを否定した。
そもそも一瞬の出来事にそれだけ僕が虜になるはずがない。
そう考えて。
僕は布団を深く被り、なるべく早くその記憶を頭から引き剥がそうと、必死になった。
☆☆☆☆
「行くのか、渉」
「ああ、行ってくるよ、ユリウス」
数日後。
無事退院した僕は、今城内の出口付近にてユリウスと会話を挟んでいる。
防具を装備し、剣を帯刀し、今右手の石に力を込めようとしている。
これはほんの別れ際の会話。
友人同士が語り合う、覚悟を宿す会話だ。
「勝てよ、渉。あれだけ特訓したんだ、負けたら騎士団全員で祟ってやるからな」
拳を相手へと向け、その返答をユリウスは静かに待つ。
覚悟を示すように、僕もまた拳を宙へと上げ、彼のへと静かにぶつける。
そして一言。
決意を見せる。
「ああ、任せてよ」
拳を離し、僕はユリウスの元を離れる。
そして面妖な石を片手に、魔力を注ぎ込む。
石は呼応するように光出し、あたりを包み込んでいく。
最後に一言、また会えるようにと僕は彼へと伝言を頼んだ。
「ユリウス。騎士団のみんなによろしくって伝えておいてよ」
「ああ。お安い御用だ」
そして僕は転移し、彼の前から消えた。
そして現世へと戻ってくる。
異世界より舞い戻った僕は、再びかの地へと足を踏み入れた。
香る花の匂い。
色とりどりの美しい景色。
吹く微風は今日も花弁を散らし、新たな芽をその場に吹かせる。
そして、そこに居座るは、最強の騎士。
好敵手である。
奴はモンスター。
領地へと踏み込んだ相手を屠るために存在する化け物。
故にその行動は必然。
今日もまた侵入者を滅するために剣を振るう。
それが記憶に深い顔だとしても。
「久しぶり、騎士王。さあ、決着をつけよう」
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