第38話 亡き騎士王戦ー完
「行くぞ、ユリウス!!」
黒煙に身を包み、腕に暗黒の装甲を宿した僕は、ユリウスへと向かう。
彼の変わり果てたその姿の真意を見つけ出すために、僕は彼を倒さなければいけないのだ。
「ーー出たな、アビスの化け物め......」
そんな僕に立ち向かうは、おそらく世界最強の剣士。
化け物中の化け物だ。
出し惜しみなんてしたら、僕の負けは疑いようのないものへとなるだろう。
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スキル名:
熟練度:LV??
詳細:??の力を行使できる、アビス突入者専用の進化スキル。
深淵に飲み込まれず、己を制御できたもののみに与えられる。
・7日に一回使用可能
・効果時間60秒
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あの日、あの練兵場で獲得した新規スキル。
黒い力に身を宿し、意識を保った状態で戦ったその時に芽生えた、新たな力。
忌々しく、禍々しいその力はこれまで僕を蝕んできたが、今は心強い味方へと早替わりした。
「真・近衛騎士流斧術【
僕が戦闘の準備をしている間、ユリウスは次の攻勢を仕掛けてくる。
全身全霊、全ての怒りと憎しみを載せた一撃。それは、相手を完膚なきまでに叩き潰さんと決意する、圧倒的暴力を詰め込んだ絶技だった。
「死ね、悪魔め......!」
そう叫ぶユリウスは武器を変え、斧を手に持ちながらそれを大きく振り回した。
それは鋭い風切り音を鳴らしながら暴風を巻き起こし、僕のいた地面を抉りながら竜巻を起こした。
「うっ......!?」
およそ人が繰り出せると思えないほどの自然現象を生み出し、僕は宙高く空へと飛ばされた。
竜巻の鋭い刃のような風が僕を何度も切り刻む中、ユリウスは次の攻撃を準備する。
「真・近衛騎士流槍術【
暴風の隙間から見えるユリウスは斧を捨て、槍を構えている。
腰を低く槍を脇腹で支えるその姿からは、新たな痛みを感じ取ることができる。
今すぐ、直ちに何かをしなければ、僕はユリウスの怨念に飲まれる。ただその恐怖だけが僕を焦らせた。
しかし、もう何かをするには遅い。なぜなら、僕が行動をするその前から、彼は僕にその刃先を向けていたからだ。
突如、思考をするよりも前に竜巻の恐ろしい支配が晴れる。
ただし、その隙間から風穴を開けるのは、神速の突きーー槍の目にも止まらなぬ連撃が風を晴らして視界を広げた。
「おぇ......っ!!」
ただし、それとともに襲うのは強烈な痛み。
強化された腹部を強引に貫こうと刺す、憤怒の苦しみ。
それが間髪入れずに何発も、何発も、所構わず刻まれる。
ここですでに20秒弱。
僕は何もできずに、ただこの地獄を受け入れた。
突きの連続が終わりを迎えた頃、僕は朧げな意識の中、花園に血を撒き散らしながら地面を這うように横たわっていた。
幸い、出血は鼻血だけのもので、他の部位は赤い痣だけが残っている状態だったが、激痛の余り僕は立ち上がることさえままならない状態だった。
「お゙ぇ゙ぇえ......!!」
そんな状態ーー腹が限界に達したのか、僕は酷い吐き気に襲われ、案の定その場で吐いた。
汚い声が戦場を漂う中、ユリウスがゆっくりと怒りに燃えながら近づいてくる。
まるで燃える炎に薪を焚べるようにして怒れる彼は、冷たく、目の光を消して僕を見下ろす。
「終わりか、渉......お前の全力は、こんなものなのか......?」
猜疑心の籠った目でそう訴えてくるユリウスは、どこか不満気でもあった。
がっかりしているような、そんな感情が詰まっていて、惑わしてくる。
「はぁ、はぁ......っ」
そんな彼の質問に僕は何も言えない。
ただ体を迸る激痛に耐えながら、肩で息を吐いて、地面に突っ伏している。
だが、心の中では彼へと訴えかける。
僕はそんなものなのだと、ユリウスの思っているような強さを持った存在じゃないんだと。
それは今の攻防で彼へと伝わっているはずだ。
だからこそ、疑問に満ち溢れている彼が目の前にいる。
「立て、渉。お前はそれでは許されない。お前の実力はそれで終わってはいけない。立て、立つんだ、渉」
目の前の現実に目を背ける彼は、僕に立つように催促してくる。
だがそれでも動けずにいる僕は、ただ彼を下から見つめることしかできない。
「ふざけるな......立て、渉......!! 【流々戦斧】!!」
「ぅ......っ」
そんな僕のみっともない姿に、ユリウスはさらなる怒りを覚えて、手持ちを斧へと変え、僕へとスキルを再発動した。
突風が全身を覆い、僕を再び夜の空へと飛ばす。
そこからまた槍を虚空から取り出し、斧を仕舞うと、ユリウスは前回と同じ体制へと入り、スキルを繰り出そうと準備する。
神速の連撃ーーそんなものを次に喰らったら、僕に命はない。
それだけは、なんとしても避けなければいけない。彼のーー親友の遺言を聞くためにも。
「舐めるなよ、ユリウス! 僕だって、やればできるんだよ!【
力を振り絞り、巻き込まれる突風の中、魔力を放つ。
僕の意思で伸ばされた魔力は薄く広く伸ばされ、花園を駆け巡っていく。
「今だ!【
チャンスを見計らい、伸ばされた魔力がユリウスのスキルの範囲外へと届いたその時、僕はスキルを発動する。
その結果、僕は見事彼の術中から抜け出すことに成功し、彼の数歩後ろへと転移することに成功した。
「......随分と懐かしい魔法だな」
瞬間的な移動を果たした僕は限界の中、両の足で立ち、束の間の休息を味わった。
技を放ったユリウスがこちらへと振り向く。
すると、やっと本気を出したのかとここぞとばかりこちらに覇気を放ってきた。
その押し潰されそうな圧に恐怖を覚えながらも、この場での棒立ち=死を直感していた僕は、それでも攻撃に出た。
「っーー【深淵転移】x10」
10回の連続転移。その膨大な消費魔力と引き換えに、僕は一時的な神速をこの身に宿した。
目にも止まらぬ速さ、僕はそれを利用して自らの絶技を披露する。
「【
深淵に身を落とした僕は、そのスキルのレベルも練度も一段階引き上げられる。
そう、このスキル【深淵解放】にはもう一つの嬉しい特典が存在する。
それは、元々持っていたスキルが『深淵』の名が付き、強化される所だ。
それにより僕はより強く、より早く、敵へと攻め入ることができる。
もちろん【鷹の目】も例外ではない。強化されたスキルで捉える爆速の世界は、同じく強化された【鷹の目】が補ってくれる。
これで一時的にユリウスと同等ーーいや、もしくはそれ以上の速度が得られたかもしれない。
そうして放たれた10連撃はまさに砲弾の如く。美しい花を蹴り荒らし、土煙を巻き起こし、圧倒的膂力の暴力がその場を支配した。
およそ、常人では一撃で四肢が粉砕するような威力の攻撃が、容赦無く一人の男に向かって放たれる。
その響く轟音は確かな手応えを感じさせるものであり、僕は確信を持ってユリウスの討伐へと臨んだ。
(行ける......!)
そう思ったが最後、僕は気づいたら剣を動かすことができなくなっていた。
完全に固定され、微動だにしない黒剣は、その所以を汚れた霧の中から証明する。
そこには無抵抗のーー完膚なきまでに叩き潰したはずのユリウスの悠々と佇んでいる姿だけが視界に映った。
二本の指で完全に刃を止める、圧倒的強者のその風格の一端を。
「渉......がっかりだ。君がこんなにもひ弱な存在だったなんて。僕は本当に、がっかりしてるよ」
冷酷無慈悲で軽蔑するような瞳。そこに映るのは、みっともなく怯える僕の姿だけだった。
完全に戦意を失った、弱々しい双眸。それが写すのは、紛れもない弱者のーーかつての僕の相貌だった。
そしてユリウスは自らの剣を振り上げ、
「終わりだ、渉。所詮君は、僕らを助けることを拒んだーー」
「あーー」
「最低最悪の親友だ」
怨恨の籠った別れの挨拶で、僕の横腹を思いっきり切り抜いた。
そのあまりもの衝撃。死を覚悟したほどの一撃は、僕が声を上げる間もなく、僕を遥か彼方へと吹き飛ばした。
土の地面に数度跳ね返り、最後には花園に建てられた古い石の柱と身体が衝突し、粉砕。
壊れかけた柱に横たわり、僕は頭から流血しながら生命の最後を感じ取った。
「やっぱり頑丈さだけで言えば、アビスはトップクラスの性能を誇っているな。その少量の力でそれだけの性能を引き出せるのなら......通りであの時、あいつに歯が立たなかったわけだ」
激しい歯軋りがユリウスの口から出る中、僕は未だ痛みの余韻で立てずにいた。
彼の言葉からもわかるように、僕の体はユリウスの強烈な斬撃を喰らってもまだ、傷が浅くつく程度に収まるほどに頑丈であった。
だが、そんなことは今の僕にはどうでも良かった。
この苦しみーー例え斬撃が僕の体に些細な影響しか及ぼさないとしても、体には確実にダメージが蓄積していた。
それは着実に僕を蝕み、擦り減り、そして敗北へと誘導していたのは確かだ。
だからこそ関係ない。例え傷による痛みがなくても、僕には打撲や骨折などの別の内的痛みが宿っていた。
残り時間はおよそ10秒。次が猶予を持って仕掛けることのできる、最後のチャンスだ。
「渉、君はここで死ぬ。あの日、私たちが敗れたように。あの日、姫様が亡くなったように。君が私達を騙したこの積年の恨みーーここで晴らす」
恨みつらみ、その全てを吐き出したユリウスは、どこか寂しい顔をしながらも、その大半は救われたような晴れた顔をしていた。
一体彼に何があったと言うのか、今となってはもう知ることする叶わないのかもしれない。
「ユリ......ウス......どう、して......」
最後の望みを掛けて、僕は声を絞り出して訴えかける。
その背後で、僕は最後の陰謀を企む。
「......【深淵の宝庫】」
壊れ掛けた石柱ーーその後ろで僕はスキルを発動させる。
取り出すのは、この場で唯一僕を救ってくれる魔法の石。
『往来の転移石』だ。
「ーー転いっ』
その時だった。
淡い光が黒曜の物体から光出したと思ったその時、僕の手元へと鋭い痛みが走る。
その直後、爆発が僕の真横で吹き荒れ、手元を破壊しながら転移石を吹き飛ばした。
上を見ると、ユリウスが剣をこちらへと向け、魔力を放った形跡を感じ取った。
「【
その悍ましい敵意を向けられた視線は、さらなる怒りに身を焦がしていた。
その瞬間、僕は理解した。ユリウスに僕のやろうとしていることが瞬時に白日の元に晒されたのだと。
「逃げようだなんて......君はどこまで私を愚弄する気だ? 渉」
体がビクリと震えた。
暴かれた衝撃と死を受け入れるしかないこの現実に、僕の体は反応せざるを得ない。
完全に詰んだ。何もかも、もう全ての手を出し切った。
もう僕に策を弄する体力も、彼を諭すだけの思考力もない。
ただし思考の面においては、だ。
最後の賭けを僕は残した。魔力も膂力も、残しておいた。この究極の局面で万が一のために。
残り時間は3秒。仕掛けるには、ギリギリだ。
「ユリウス......どうやら僕は......君をーー親友を、深く傷つけたんだな......」
諦めたような口調。全てを諦めた清々しい素顔。その全てを演出する。
ユリウスを極限まで、その最後の一端まで油断させるために。
「......そうだな。私たちは、これ以上に傷付けない程にボロボロに切り刻まれてしまった」
「ゴフっ......わか、るよ......ユリウスの、その、表情を見てれば......ね」
「ーー戯言を......そこに居なかった君に、私たちの痛みを知ることなんてできない......」
彼に寄り添い、それに共感するように、僕は偽りを並べ立て、近づく。
実際は何も知らない。ユリウスの言う通り僕は何も見ていないし、そんな直視していない事実に共感するようなこともできない。
当然、拒絶の言葉を吐かれるのも当たり前のことだろう。
だが、全てを飲み込んで知るためにこそ、僕は今を偽り、本心を飾る。
「確か、に......知ることは......できなかった、かもしれない......でも、今なら......今ならまだ、遅くないと思うんだ......だから、教えて欲しい......君の苦旅の、全てを......」
「......渉」
覚悟を決めた、命乞いにも似た僕の最後の演説は、その一面を残しながらも、本心は未だ揺るがずに彼のためを思って話した。
そんな思いの籠った会話が彼の奥底に眠る過去を呼び起こしたのか、一瞬だけーーほんの刹那の時間、動揺を誘った。
その時、僕は又とない機会を瞬時に有効活用しようと思い至った。
残り時間は0.3秒。どちらにせよ、今仕掛けなければ僕の命はないだろう。
「いやーー君に迷いや同情を感じる必要はないな。やっぱり君はここでーー」
そう言葉を紡いだユリウスの視界は、一瞬にして黒の剣先に埋め尽くされる。
微風の中、突風を巻き起こすその一刀はユリウスの虚をついて喉元へと迫る。
「【深淵縮地】」
このわずか手を伸ばせば届くような距離で、神速の一歩を蹴って敵へと迫る。
その速度はまさに異常。僕は剣を真っ直ぐに持つようにして、相手を貫くような形で武器を持った。
はっきり言おう。こんな場面で発動する奴は、頭がイカれているか、冷静さを欠いたバカのどちらかだろう。
だが、今の僕はどちらでもない。冷静だし、頭が完全にイカれるほどバカになったわけでもない。
でも、こんな賭けみたいな勝負に出るからには、多少の頭のネジは吹っ飛ばさないといけない。
そう、これは賭けだ。
冷静沈着に作戦を練って、打算がありきに勝負に出ることは、もうできない。
だから、一か八かの命を全て乗せた勝負。僕はそれをすることを決断した。
そして僕の作戦は功を奏した。
油断も隙もないユリウスをここまで近づけさせて、弱った僕の姿を曝け出して、ようやくこのぶっ飛んだ作戦を実行するに至った。
あとは奴の首元ーーいや、どこでも構わない。ユリウスに致命的な重傷を与えることができればそれでいい。そこにこの剣を差し込んで、勝利を掴み取る。
終わりだ、ユリウス。僕の、勝ちだ。
「ーーうっ......」
そして、刺さる。
僕の狙い通り、真剣は奥深くユリウスの心臓を貫き、僕はこの近場で攻勢に出た代償として、柄を握っていた右腕をへし折った。
折れた骨が肉へと突き刺さる痛みに悶えながら、僕は剣を手放し、その勢いのまま地面を痛々しく転がりながら止まった。
「渉ッ......君が、こんなに卑怯な手を使うなんて......思いも、しなかったよ......」
試合の結末を見届けようとユリウスを見上げた時、彼は僕の方を振り返り、血を流しながらそう言った。
悔しそうにーーされど、清々しく。ホッとした笑みをその顔に乗せて。
「はぁ......はぁ......ユリ、ウス......僕の、勝ちだ......」
「ーーそうみたいだな。案外憎んでいた割には、ちっとも憎しみが湧いては来ない。どうやら私は、自分が思っていた以上に成仏することに固執していたようだ」
ユリウスの神妙な面持ちに僕も安堵を広げる。
満身創痍。かろうじて意識を保っている今の状態ーーこれ以上戦いが長引いていたら、僕はそこで死んでいただろう。
「いっ......」
不意に、腕に鈍い痛みが走り、僕は顔を歪ませる。
アドレナリンが過剰分泌して、ボロ雑巾のような体を支えていた黄金期は過ぎ去り、無惨に折れ曲がっている腕の骨はその痛みを鮮明に僕の脳へと伝えた。
その痛みは痛烈の一言。意識を失いそうなほどだった。
(は、早く......レベルアップを......)
畳み掛けるような痛みーーそれに対抗できるのは、僕の思う限り一つしかない。
それは、レベルアップによる、肉体改造だ。
副次的に貰える、肉体的回復の効果。レベルアップには死をも覆す蘇生の力がある。それを使えば、僕も建てるくらいには回復するだろう。
「渉、君は私に勝った。意思の力で、今の私を超えたんだ。だから、私は今一度君を信じよう。君が私たちの救世主となることを。私は、天の空で君を信じているよーー」
激痛に悶えながら、僕はユリウスのことをその最後の時までちゃんと見つめる。
親友の最後を、痛いからという理由で逸らしてしまわないように。
そして、ユリウスは最後に希望の言葉を残してくれた。
僕を信じて、希望を乗せて、最後の最後で憎しみを捨てて託してくれた。
ユリウスの体が塵となって崩れ行く中、僕は彼へと一番の返答を返した。
「任せてよ、ユリウス。ただ任せて、見ていてよ」
「ふっ。ーーああ、今一度この信頼を、生涯唯一の親友に授けよう」
それに対して、ユリウスは微笑む。月夜が浮かぶ静寂の空を見上げながら、彼は芥となって消え去っていった。
『プレイヤー:雨宮渉が裏クエスト『旧友からの試練』を攻略しました』
『現時点での進捗を確認。対象に進捗に合わせた報酬を贈呈します』
『プレイヤー:雨宮渉はレベル7500と遺物『騎士王の日記』を手に入れました』
『ーー確認。プレイヤーが騎士王の討伐を果たしたことを確認しました』
『追加報酬を配布します。ーー成功しました。プレイヤーはスキル【近衛騎士流剣術・初伝】【
『加えて、試練を突破した報酬として、称号『アビスを越えし者I』を獲得しました』
『ーープレイヤーの譲渡手順が全て完了しました。深淵より幸運を』
討伐完了直後、僕の朦朧となっている意識を前に、青白い画面が正面に浮かび上がる。
それは数多くの喜ばしい通知を通告してくれた後消え去り、狙い通りに体に強化を与えて首の皮一枚つなげた。
「危なかった......」
立ち上がり、僕はひとまずの安堵の息を溢す。
かすり傷やちょっとした外傷は未だ目立つ中、全体的な疲労感、骨折による腕の異様な変形、深刻な外傷は全て解決された。
さすがは、7000ちょいのレベルアップだ。死にかけだったこの体をここまで治すなんて、本当に驚嘆するよ。
「ユリウス......」
彼の名前を呼び、今は亡き灰となった彼の残骸をじっと見つめる。
その前で僕は報酬で貰った日記帳を宝庫から取り出し、それを肩身のように持ち、追悼の意を示す。
「ありがとう、ユリウス。君の過去を見させてもらうよ」
そんな最後の言葉を残し、僕がダンジョンを去ろうとしたその時ーー視界の端に映る、一つの古びた長剣が目に止まった。
「あれは、ユリウスの......」
それはこの戦いの中で幾度となく変幻自在に姿を変え、僕を彼と共に襲ったユリウスの愛刀。
僕はこの荒れ切った花園を去る前にそれへと近づき、剣を拾い、それを宝庫へと仕舞い込んだ。
「これは、貰っていくよ」
ダンジョンには何も残らない。
ダンジョンは常に永遠。生まれた状態を不変的に保つように回帰する性質は、どんなに破損した状態であろうとも、次に攻略を目指す侵入者のためにその姿を元へと戻す。
故に、ユリウスなどという一介のモンスターの死体はダンジョンにとっての不変を邪魔する存在。ダンジョンという超常建造物にとっては、消去しない理由などないだろう。
だからこそ、彼がここに居たという証を残すためにも。僕はこの剣を一緒に連れて行こう。
「じゃあね、ユリウス。どうか、安らかな眠りを」
別れの言葉を残し、僕は深淵の剣を片手にその場を去る。
花園の奥底、蔦が絡まる祭壇のような場所へと赴き、そこで僕はダンジョン入り口への門を繋げる。
そしてその足のまま、冒険者協会へと足を運んだ僕は、ダンジョン攻略完了の報告を済ませ、そのまま帰路へとついた。
クタクタの状態ーー家へと着いた僕は着替えを済ませ、机に向かう。
その木で出来た簡素な机の上にはボロボロになった日記帳が一つーー今か今かと開かれる瞬間をひっそりと待っている。
「さあ、本番と行こうか......っ」
息を呑んで、覚悟を決めて僕はその本に触れる。
微かに紙に染み付いた過去の焦土の匂いが鼻を突き抜ける中、僕は過去の真実へと目を向ける。
そして、その壮絶な過去は、僕の想像なんかを優に超えるほどに恐ろしいものだった。
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