第22話 サイレント・オーク掃討戦ー2
夜が明け、僕とカエデは準備を整えて、再び馬の上に乗り込んだ。
服についた少しばかりの芥を取払い、皆、眠そうにしながらも、集合することに成功した。
「集合!」
力強い声が今度は大草原にて響く。
早朝という時刻でなぜこれほど元気な声が出せるかはわからないが、とにかく、少しばかりうるさいとも感じられてしまう大声が、この大草原に広がる。
「今日で2日目だ。まずは初日を生き延びたことに感謝し、ここからも気を緩めずに討伐に向かうぞ!」
「「「ハッ!!」」」
号令に2日目の覚悟を込め、僕らは馬を走らせ、先へと進んだ。
今日もカエデの後ろで馬に揺られ、今はまだ穏やかな草原の景色を眺める。
この大草原では、夜に活動するモンスターがおらず、月明かりが照らす上ではとても平和な時間を過ごすことができる。
そういうわけで、昨日は快眠ーーとまではいかないが、休息を取ることはできた。
「...なんか、平和だな...」
こうして穏やかなな時間を過ごしていると、なかなかどうしていい場所だ。
正直、ずっとこんな感じだったらどれほど良かっただろうとも思う。
ちょっと、残念だ。
「諸君、次のモンスターの縄張りに我々は今から突入する。その眠そうな瞼を持ち上げて、気合いを入れろ!」
「「「ハッ!」」」
そうして、爽やかな平野を見ていると、先頭のユリウスから全体に声がかかる。
それに騎士団全員が返事を返し、再度細心の注意を払い、全速力で草原を駆け抜ける。
僕も返事は欠かさず返しているが、正直僕にはどこからが次の縄張りで、どこからがそうじゃないのかの判別が全くもってつかない。
なんせ、地面の見た目も風景も一切変わらないのである。
草木の色も、青い空も、何から何までが統一されている。
そんな中、どういうわけか騎士団の人たちは大草原の区分をはっきりと把握しているらしい。
これは、カエデも同様だった。
一度、昨日の時点で「どうやって見分けてるの?」と、カエデに聞いてみたが、彼女は「うーん...感覚ですかね...」と才人が発する発言をしていて驚いたのを覚えている。
その後、僕も何度か地面や空をじっくりと馬の上で眺めてみたが、やはり僕には才能がないのか、何か見落としがあるのか、見分けはつかなかった。
まあ、こんな余談はさておき、ここからのテラリア大草原の区分を予習しておこう。
確か、ユリウスの話ではここからは、デッドリー・スカンクの縄張りに入るらしい。
確か、割と小型なリスに似た、縞馬模様が特徴のモンスターらしい。
なんでも、ものすごい異臭を放つらしく、それが一部のモンスターなどに酷く嫌われているらしい。
まあ、僕ら人間にとってその異臭は毒らしいけど...。
ともかく、それのせいか、サイレント・オークはこの場所を普段は避けているらしい。
そのおかげもあって、今までは彼らの魔の手が都市に伸びることはなかったとのことだ。
毒をもって毒を制すとは、まさにこのことだな。
「雨宮さん、あれを見てください...!」
そうして考え事をしていると、前に座って馬の手綱を握っているカエデから、声が掛かった。
「ん?、どうした...って、あれは...」
彼女が指刺す方向を咄嗟に見る。
すると、何やら大きな土煙を舞いながらこちらへと向かってくる、何かがそこには映った。
ちょうど僕らの横を突っ切ってくる感じだ。
昨日の出来事から嫌な予感はしながらも、僕は備え付けられていた望遠鏡を荷物から取り出し、向かってくる砂嵐とも呼べるような広さの災害に目を向ける。
すると、思った通りか、僕の目に映ったのは、大量の縞馬模様の化け物がこちらへと猪突猛進してくる姿だった。
「で、デッドリー・スカンクです...こっちに群れで向かってきています...!」
「...ッ、仕方ない。迎え打つぞ!、全員、構えろ!」
僕と同じ光景が目に映ったのか、デッドリー・スカンクの行進をすぐさま一人の騎士が報告に上げた。
その連絡を受け取り、険しい表情をするユリウスは、騎士団の行進をすぐさま中断し、迎え撃つ選択を決めた。
およそ正気とは思えない、この行動。
デッドリー・スカンクの大群はその頭数が数え切れないほど、多くいる。
正直、ここにいる50人で対抗できるのか、と聞かれれば、「無理」と言って投げ出したい気持ちが上回るほどだ。
では、ユリウスはなぜその選択をしたのかということになるが、これも事前に決めた作戦の一つだ。
実は、デッドリー・スカンクは、小柄が故に瞬発力と言った速さの面では、群を抜いて強い。
そのため、いくら奴らから必死に逃げようとしても、馬より何倍も早い奴らの前では、全く意味を成さないのだ。
そのため、遭遇したときは進行を中断し、総力を持って討伐する、というのがここでの作戦だった。
だけどまあ、お察しの通り、これはデッドリー・スカンクが数匹程度しかいない時の話であり、およそ百数体もがいる大行軍の最中を想定していないものだったが。
今更、どうすることもない。
この危機を脱するためには、逃げるよりも、立ち向かう他ないのだから。
急な登場にこの場で震えるものが後を絶たなかった。
無理もない。
僕だって、今体が震えている。
こんな大群に震えるなっていう方が無理がある。
「あ...あ....」
そんな、目の前の現状に掠れた声をあげる少女の方向を見る。
前に座っていたカエデは、青ざめた表情をして、馬の手綱をより強く握り込み、今にも逃げ出しそうなほど、全身を震わせていた。
恐怖で、声もまともに出せない。
とても平気とは言えない、気でも狂いそうな顔をしていた。
だけど、その時の僕は自分のことでいっぱいいっぱいで、彼女のことを気にかける余裕は正直なかった。
緊張感高まる平野に限界を感じたのか、ついにカエデはその不安を爆発させてしまった。
「う、う...うわぁあああ!!」
「う、うぉ...!?」
馬の手綱を強く振り、後ろに乗っていた僕を降り下ろして、彼女は剣先を大群に向けて走り出した。
「ダメだ!!、カエデ、戻って来い...!!」
その焦る姿を確認したユリウスは、彼女を静止しようと大きく叫んだ。
しかし、今の彼女にそんな声が届くはずもなくーー。
「ヒヒーーン!!」
「え...ちょっ...あ...」
やがて、カエデの荒い運転が馬の勘に触ったのか、馬は嘶き、その不満を声にして上げ、彼女を自分の上から降り下ろした。
すでに精神的に参っていた彼女は、その突然の出来事に対処できず、なす術もなく、鈍い音を鳴らしながら落馬した。
「いっ...ッ...」
捻ってしまったであろう足を押さえながら彼女は、迫り来る死の行軍を目の前にする。
「あっ...」
馬で近づいてしまったことにより、もう彼女の目と鼻の先にデッドリー・スカンクの大群は迫っていた。
このままでは、彼女は高レベルモンスターに蹂躙され、そして悲惨な死を迎えるだろう。
それを彼女も悟ったのか、ひ弱な声で目の前の現状に相対する。
絶望をーー否、それよりも凄惨な「死」という現実から目を背けることも、逃げ出すこともできないまま、彼女はゆっくりと涙を流した。
幸せだった記憶が瞬時に彼女の中を巡り、やがて思った。
「なんだかんだ、楽しい人生だった」、と。
そして、消えゆく自分の命と同じように、自らの瞳を閉じて、彼女が全てを諦めようとしたその時だった。
「死なせるか...!!」
消えゆく聖火の灯火を消さんとするように、一人の勇ましい男が唐突に馬を走らせ、彼女の元へとやってきた。
それは、長く、綺麗な銀髪を揺らし、勢いそのままに彼女の体に覆い被さった。
「だ、団長...」
騎士団長であるユリウスは、自分の隊員を守ろうと、その身をも顧みずに彼女を守った。
「大丈夫だ。私が守ってやるとも」
恐怖のない、澄んだ笑顔でカエデを見つめるユリウスは、その騎士道に彼女を守りきると誓った。
そして、その一言を皮切りにするように、デッドリー・スカンクの大群は、彼らを引いて走って行った。
「ユリウス、カエデ...!!」
大群の土煙の中に埋もれてしまった彼らは、もう姿を現さない。
目の前で大事な友達を二人も失ってしまった僕は、そのあまりのショックに冷や汗が止まらなかった。
「おい、渉!、ショックなのはわかるが...構えねえとお前まで死ぬぞ!!」
突然の出来事に呆然としていると、一人の隊員が僕の名前を呼んだ。
ここ最近で仲良くなった、苦難を共にした仲間だ。
しかし、その声ももはや今の僕の耳には入らなかった。
カエデとユリウスが死んでしまった。
僕はその現実を受け入れられず、心が虚になっていた。
思考は停止し、楽観的な答えにしか辿り着けなくなっていた。
どうせ、このまま待っても彼らの二の舞となるだけ。
待っているのは、彼らと同じ、「死」だけだ。
そう僕は考え、手は剣を握るのを完全に諦めていた。
「渉!、おい、渉!!」
呼び声が聞こえる。
しかし、僕の体は動かなかった。
無駄な抵抗と信じて、僕は戦うことをやめていた。
そして、その時はすぐに訪れーー、
「う、うわああああ!!」
ーー恐怖に満ちた叫び声と共に、僕らはデッドリー・スカンクの大群に踏み潰された。
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