第21話 サイレント・オーク掃討戦ー1

騎士団総勢50名。

僕含め、総勢51名でテラリア大草原を馬で駆ける。


尚、3ヶ月で馬を乗りこなすのは、僕には無理だったようで、今はカエデの馬の後ろに乗せてもらっている。

少しばかり、恥ずかしい。


「雨宮さん、乗り心地は大丈夫ですか?」


騎士団編成の中央部分を駆けるカエデは、真っ直ぐと前を見たまま、僕へと心配の声をかけた。


「大丈夫だよ。ありがとう、カエデ」


「それはよかったです。今度は振り下ろされないように、踏ん張ってくださいね」


「あ、あはは...」


カエデへと返事を返し、僕の大事を確認したカエデは、僕の苦い過去を掘り返した。


以前、森へと訓練へ行った際に同じようなことをしたのだが、その時には、あまりの揺れに馬から振り落とされてしまった。


正直、あまりそれについては触れてほしくはない。

なんせ思い出すだけで、恥ずかしい。


「渉!」


黒歴史を思い出し、赤面をしているところにユリウスがやってきた。

編成の先頭を白銀の鎧を纏った馬と共に走っていた彼は、その座を他の隊に一時的に任せて、僕らの隣へとやってきた。


「ここからは、作戦通りに行こう」


「わかった。じゃあ、最初の所を抜けたら僕たちも前に出るよ」


「ああ、頼んだぞ。作戦の鍵はお前だ。くれぐれも注意して作戦に臨んでくれ」


「できるだけ、頑張るよ」


並走しながら僕とカエデに喋りかけるユリウスは、話が終わると隊の先頭へと戻っていった。

そして、僕とカエデを乗せた馬もまた、作戦に従って後々、ユリウスと先頭にて合流するだろう。


一応、今回の作戦の予習をしておこう。

今回の作戦はこうだ。


まず、これは僕も知らなかった情報なのだが、どうやらテラリア大草原には、いくつかのモンスターの縄張りがあるらしい。

その中でも、サイレント・オークの占める割合が高く、広い領土を持っているのだとか。


まあ、そのせいもあって、サイレント・オーク達の縄張りは、テラリア大草原中心部に位置するらしく、その中心部にたどり着くまでの間の他のモンスターの領土に踏み入る僕らは、そこそこ体力を消耗せざるを得ない。


よって、サイレント・オークと唯一まともにやり合える僕の体力をなるべく温存させるために、僕と騎士団の新人であるカエデを隊の中心において、大草原を進もうという算段だ。



正直、他のみんなが戦っている間、僕らは見ているだけというのも忍びないが、作戦的には致し方ない。

ここは、みんなに頼るとしよう。



そうしてあれこれと作戦の概要を再確認していると、僕らの目前にはテラリア大草原、その入り口が目前へと迫ってきていた。


「これより、テラリア大草原へと突入する。騎士団諸君、気合いを入れろ!!」


「「「うぉおおお!!」」」


ユリウスの力強い号令に、みんな雄叫びをあげて突入する。



これより、作戦開始だ。



☆☆☆☆



テラリア大草原ーー別名、迷いの草原と呼ばれるここは、一筋縄では行かない。

平衡感覚が大きく失われるここでは、一度入れば案内なしでは2度と出られない。


そして、それのみに留まらず、ここには数多のモンスターが縄張りを展開して生息している。

まるで泥沼の如く。



そんな場所で今回僕たちが侵入したのは、テラリア大草原の浅層とも言えるべき最初の場所。

フィールド・ワームの巣窟だ。


「フィールド・ワームが来るかもしれない。全速力で駆け抜けながら、十分に警戒にあたるぞ!」


「「「ハッ!!」」」


ユリウスの号令と共に、皆、警戒心をより一層に高める。


ここからは、モンスターが出現しない安全地帯ではなくなる。

警戒を怠れば、たとえ熟練した騎士でもその命を落とすだろう。


ここからは、怪我も危険も付き纏う。

僕だって、死ぬかもしれない。

それ故にみんな、緊張の色が隠しきれていない。

みんな、ピリピリしている。


特にカエデは、緊張してるな。

なんせ、汗の量が尋常じゃない。


鎧の内側で滝のように汗を流す彼女を見て、僕は少し心配になった。

彼女は新人だ。

もしかしたら僕よりも戦闘経験がないかもしれない。

よし、ここは一つ、和む会話を挟もう。


「なあ、カエデ。フィールド・ワームってどんなモンスターなんだ?」


「え?」


そんな純粋な僕の疑問に、カエデは冷たく僕に呆れた。


実は、僕はここのモンスターの生態系や名前、その種類に至まで、一切を知らない。

僕が地球で見たことあるようなモンスターならともかく、この世界では、名前や種類そのものが違うことが多かった。


一度、図書館の『モンスター大図鑑』という本を見たことがあったが、そこのモンスターの見た目や名前は、大体が僕の見たこともないようなものだった。


だから僕には、フィールド・ワームというモンスターがどんな見た目なのかが検討もつかなかった。

....まあ、名前からしてミミズのような見た目をしたモンスターなのかもしれないけど。

和む会話としては、ちょうど良いだろう。


「はあ、雨宮さんって本当に所々抜けているところがありますよね...」


「あはは...ごめんね...」


「まあ、いいですよ。ええと、フィールド・ワームって言うのはーー」


僕の些細な疑問に彼女が答えようとしたその時、遠くから地を割って迫る、何者かの影が映った。

そして、次の瞬間ーー。


「気をつけろ!、フィールド・ワームだ!」


迫った地面はその大地を引き裂いて、土煙を上げながら、その全貌を見せた。


「キシャァアアア!!」


奇妙で通ざくような雄叫びを上げ、地面より現れたのは、全長数メートルはあるミミズの形をし、体の先端に丸い口と多くの牙を揃えた、化け物だった。


「雨宮さん、あれです!、あれが、フィールド・ワームです!」


「やっぱり、ミミズかぁ...僕、虫嫌いなんだよなぁ...」


目の前に現れた巨大ミミズを捕食されずにうまく交わし、僕らはさらに速度を上げて馬を走らせた。


その僕の視点からは、気持ち悪いとデカい以外の感想がないバケモノは、馬を止めることなく走らせていた僕らを、恐るべき速度で這って追いかけてきた。


「ねえ、カエデ。これ、追いつかれそうじゃない...?」


隊員全員が馬の速度を引き上げ、振り払おうとするも、フィールド・ワームの速度は凄まじく、なんと僕らの馬よりも格段に速く、追いつかれそうになっていた。


「可能性はあります...!、だから、振り下ろされないように捕まっててくださいよ...!」


「うわ...!」


僕らは、さらに馬の速度を上げ、今度こそ逃走を試みる。


だが、僕はふと思った。

正直、見た目は気持ち悪いが、あまりミミズという生物に脅威を感じない。

その気になれば、ここのみんなで倒せる気もするが...なぜ、そうしないのだろうか?


「ちょっと、覗いてみるか。【超鑑定】」


僕は後ろに付いてくるフィールド・ワームに目を向け、その全貌を表さんとスキルを使った。


『敵の情報を映し出します』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

個体名:フィールド・ワーム

種族名:ワーム

特徴:テラリア大草原に住まう、平野を守るもの達。

雑食でなんでも食べるが、サイレント・オークにはよく食べられる立場にある。

平原にのみ住まい、自らの領土を荒らすものは、誰であっても許さない。


討伐対象レベル:60000

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「れ、レベル6万!?」


スキルを使い、フィールド・ワームの真の力に気づいた僕は、今、何故奴から逃げているのかをやっと理解した。


それはそうだ。

あんなのと戦っていたら時間もかかるし、何より怪我のリスクが大きく増える。

この中でレベル6万台を超えている人は少数だし、何より地中に潜って戦える人はいない。


これは逃げないと、本番では大きく力が削がれることだろう。

ここは、慎重にいかないと。


未だ大地を揺らし、奇声を上げながら追ってくるフィールド・ワームが僕たちに追いつかないことを願うまま、僕は馬に揺らされ続けた。

そこから数十分経ち、フィールド・ワームの領土を抜けた僕らは、ホッと一息ついて、今休憩を取っている。


「ふう...なんとか逃げ切ったな」


「そうですね。危うく食べられるところでしたよ」


「あはは...それは、ごめんだ...」


水袋を荷物から取り出し、涼しげな風が吹く大草原の上でカエデとゆっくり会話を広げる。


「できれば、あんなのは2度と懲り懲りですけど...」


「ああ、まだ、本番が残ってるからな...」


「はい...私にできるでしょうか。サイレント・オークの討伐...」


「カエデなら大丈夫だよ。みんなで力を合わせよう。そうしたら、絶対にできる」


「...そうですね。私頑張りますよ!」


勢いよく立ち上がり、群青の空に向かって、彼女は決意を漲らせる。

僕もまた、座りつつも静かに、彼女と同じことをした。


まだ、戦いは始まってすらいない。

ここからも、気を引き締めていこう。


こうして僕と騎士団のサイレント・オーク掃討戦、その初日が過ぎていった。

大草原の上で眠るその感覚は、少しばかり懐かしい感覚を僕に呼び戻した。

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