第23話 サイレント・オーク掃討戦ー3
デッドリー・スカンクの大群ーーそれが、僕らの目前へと迫っていた。
スポーツカーでも走っているのでは、と思うほどに速い奴らは、レーストラックに位置する僕らという障害を気にすることもなく、踏み潰しながら行進しようとしていた。
その場にいるすべての者が諦めようとしたその時、予想とは裏腹に、僕らは全員無傷で生き延びていた。
「え...?」
戦闘の傷跡はなく、急いで後ろを振り返ると、僕らを完全に無視し、そのまま行進を続けるデッドリー・スカンクの大群が見えた。
「一体...どういう...」
動揺と混乱の中、絶望を踏み切った僕らはある二人の男女へと目を向ける。
「諸君、無事だったか」
「皆さん...」
死したはずのユリウスとカエデは、まるで何もなかったかのように僕らの前へと現れた。
そんな信じられない光景に、涙を堪えられず、泣き出すものもいた。
苦楽を共にした二人の帰還は、一緒にいた僕らが一番噛み締めていた。
「ユリウス、カエデ...!!」
僕は二人の名前を叫びながら、走って二人を抱きしめた。
土煙から出てきた二人は、少し泥がかかった状態ではあったものの、幸い、傷もなく無事にやり過ごしていた。
「あはは、そんなに強く抱きしめるな、渉。俺は、どこにも行かないさ」
「そうですよ、雨宮さん。少し焦りましたけど...もう、大丈夫です」
絶望の中に舞い込んだ一筋の光を掴んだように、彼らは僕に優しい言葉をかけてくれた。
僕はそんな喜びを噛み締めて、彼らを力強く抱きしめた後に離し、力強く返事を返した。
「...うん...!」
彼らの微笑みに包まれる中、僕は少量の下瞼に残った涙を拭き、作戦続行に臨んだ。
ユリウスは死の淵から蘇ったとは思えないほど、目の色を変え、場の空気を一変させた。
「よし、いいか、諸君!!、今のを見て分かったと思うが、たった今、デッドリー・スカンクの特性からは、考えられないような出来事が起きた。我々は、温情で見逃されたのではないのだ」
復活を果たした騎士団長の言葉に、その場の全員が頭を縦に振った。
それは、僕も同じだ。
先程、彼らとすれ違いざまに、僕は反射的に【超鑑定】を奴らに使った。
そして、そこに記載されていた奴らの情報からして、今起きたことは明らかに偶然ではなかった。
それは、奴らーーデッドリー・スカンクの習性に起因することだ。
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個体名:デッドリー・スカンク
種族名:
特徴:テラリア大草原に住まう、死臭を振り撒く魔獣。
雑食で何でも食べるが、基本的に長期間何も食べなくても生き延びることができる。
この魔獣特有の毒ガスを振り撒くことができ、それを嫌う魔獣も多い。
テラリア大草原にのみ生息し、縄張りに入った、強者から優先に対処する習性を持つ。
討伐対象レベル:75000
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「奴らは、縄張りに入った者を強者から順に襲う。つまり、ここには我々以上の脅威が存在するということになる」
騎士団全員が気付いたこと。
それは、今ユリウスが説明した。
そして、今の言葉を聞いて、その場の全員が息を呑んだ。
なぜなら、それはつまり、この遠征の目的である主敵がもう目前にいるかもしれないからだ。
なんせ、この大草原には、デッドリー・スカンクの脅威となる相手なんて、たった一種しかいないからだ。
そう、サイレント・オークだ。
その事実を知って、みんなの空気が重くなる。
アクシデントに次ぐ本番。
一体どれほどの重圧があるかは、その場にいる僕らにしかわからない。
「分かっていると思うが、我々は今からデッドリー・スカンクの大群を追い、そしてサイレント・オークの軍団を叩く。危険が伴うが、もはやここまで侵攻していれば、一刻の猶予はない。休憩はせず、すぐ追うぞ」
ユリウスが出した結論に、反対する者は誰一人いなかった。
なぜならみんな、それが最善の選択とわかっているからだ。
だがしかし、外面は飾れても、隠せない内側の思いはみんなは隠し持っているようで、声に出さないだけで、皆、不安な顔つきをしていた。
それぐらい、思い空気をみんなから感じた。
やはり、実践を想定した訓練と本番では、何もかもが違う。
みんな、怖いのだ。
そして、それは多分、ユリウスも分かってる。
だって、彼も震えているから。
僕は途端、ユリウスの手を見る。
厚い鉄の装甲に覆われた掌は、確かにカタカタと震えていた。
だけど彼は、騎士団長として、ここでみんなを引っ張っていく他ない。
そして、それを彼は一番に理解していた。
「諸君、怖いのは分かる。私も怖い。私の手は未だ、震えている。奴らを前に初めて戦ったあの日が、私の頭から離れない。蹂躙され、奪われ、恐怖のみを植え付けられたあの日を...」
そう言って、ユリウスは苦しい顔をしながら、憎悪を露わにし、力強く震える手を握った。
それを見た隊員たちもまた、そんな彼の姿をじっくりと見て、共感するものもいた。
ここには年配の人も多い。
当然、若いユリウスよりも、惨劇というものをその目に焼き付けてきたのだろう。
そして、その光景を知らない若い騎士たちも、先輩達の悲しい背中を見て、その惨劇がどれほどのものだったかを容易に想像できるだろう。
淀んだ悲しい空気がその場に流れる中、さらに続けて、ユリウスは語り出した。
ただし、下向きではなく、前向きに。
「だが、決して怯むな...!!、奪われた幸せを、未来を、可能性を...今ーー!!」
そう言って、拳を強く振り上げ、全員を鼓舞するように彼は力強く言い放った。
「復讐を果たし、取り戻すのだ、栄光を...!!、恐れたままでは、何もできない、何も取り返せない!!、騎士達よ、無念を晴らしたいならば、私に続け!、今、奴らに目にもの見せてやるぞ!!」
覚悟を顔に乗せ、ユリウスはその場の全員に威厳を示した。
彼の一人の弱い青年としての覚悟を、騎士団長としての強い信念へと変えて。
奪われたものを取り返すために、彼は大っぴらに演説をカマした。
震えは残り、不安もあるだろうが、彼はそれをあえて見せた。
体は思うままに震えさせ、だが、顔にはそれを感じさせない。
そして、そんな彼の惨劇を語った演説は多くの心に響いたのか、後に流れたのは不満の声でも、弱音でも、虚な感情でもなく、ただ背一杯の込み上げてきた感情を乗せた返事だけだった。
「「「ハッ...!!」」」
「行くぞ、最終決戦だ...!!」
そうして、覚悟の決まった彼らと一緒に、僕らは馬へと再度乗り込み、最後の戦場へと向かった。
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