第12話 バベル

「ん........こ、ここは? 僕は今決闘で死んだはずじゃ......」


先ほどまで騎士団長チートユリウスと戦い、決戦の末僕は彼に心臓を刺され、命を落としたはずだ。

それなのに僕が今いるこの空間、真っ暗で何もないこの場所は一体どこなのだろうか?


意識はあるが、どうも妙な感覚だ。

もしかして、ここが死後の世界なのだろうか?

だとしたら、思っていたのよりだいぶ寂しいところではあるが...


「とりあえず、進んでみるか...」


立ち止まった所でさほど意味はないのだろうと思い、僕は真っ暗闇なこの場所の探索を始めた。

感覚的に約10分ほど経ち、ここの探索を少し行ったことで分かったのは、一つの事実だった。


それは、ここには暗闇以外は何もないということだった。


いくら歩こうが、いくら進もうが、行き着く先は同じ黒色の景色。

進んでいるのかすら怪しいと感じる奇妙な道筋だった。


「一体ここは、どこなんだ.......?」


ここに対しての疑問と謎が膨らみ続ける中、僕はさらに歩く。


「うぐっ!」


しかし、歩き出したその時、唐突に体へと強い衝撃が走った。

体全体が見えない何かに衝突し、僕は後ろへと思わず転んでしまった。

転げ落ちた僕は痛みを抑えながら起き上がり、その見えない何かをペタペタと触り始めた。


「これは、壁.....か.....?」


そこにあったのは見えない透明、もしくは黒色で空間に同化している壁のようなものだった。

それは平行線上に長く続いており、観察のため僕は壁沿いを歩くことにした。


そうして謎の壁を沿って歩いていくと、なんと壁の中に一部、空いている空間を発見した。

そこは、人一人がちょうど通れるような大きさの空間であり、その先に見える景色は同じく黒一色だった。


「通ってみるか.....」


この暗黒の空間にきてから数10分、すでに他の手がかりが見つからない今、僕に他の選択肢はなく、空間を通ることにした。


抜け穴を抜け、僕が壁を越えた先に見えた光景は恐怖の光景だった。


「な......!?」


何もなかったかのように見えた黒い空間は、僕が足を踏み入れると同時に牙を向け始めた。

止まって見えた黒い空間は突如として動き出し、蠢きあっていた。

カサカサと音を立てて動く謎の物体たちは、やがて僕の方へと近づいてきて、手のような形をなして僕に襲いかかった。


僕は恐怖を覚え、すぐさま後ろの空間から元の場所へと戻ろうとしたが、すでに遅かった。

蠢く黒いによって僕がきた道は塞がれており、僕が戻る場所はすでになかった。


僕は焦ったが、咄嗟の判断で蠢く黒い何かがいない道を見つけ、そこを全速力で駆け抜けた。

しかし、奴らはどうやら僕を見逃してはくれなかった。

その黒い何かは、壁沿いに走る僕をほぼ同速で追いかけてきた。


同速、その事実を少し不思議には思ったが、そんなことに気を配るほど今の僕には余裕がなく、壁沿いを走りながら別の空間を探し続けた。


「はあ.....はあ.....クソッ.....!」


しかしいくら走っても他の抜け道はなく、僕はただただ黒い何かに追いかけ回される続けるだけだった。

何度か攻撃をしようと試みもしたが全くもって効かず、ただ逃げることしかできなかった。




やがて逃げ回ること数10分、僕のこの状況に追い討ちをかけるように、逃げる反対側の通路からも黒い何かが襲いかかってきた。


挟み撃ち......ハメられたのだ。


同速だったのは僕の体力を奪い、捉えやすくするためだったのだろう。

恐らく、早く行こうと思えばいつでも僕を捉えることができたのだ。


奴らは僕で遊んでいたのだ。


最初から逃げ道などなかった事実に絶望する。

もはや走り続け、精神的にも体力的にも限界が来た僕に動く気力はなく、僕はその場で弱る。


そして、僕はここに来て何度目かもわからぬ死の恐怖を再度受ける。


「また......これか?」


迷宮で殺されかけ、平原で殺されかけ、決闘で実際殺されて。

思えばここに来てから自分の弱さをつくづく思い知らされることばかりだ。


自分がもっと強ければ。


もっと恵まれていれば。


最弱の能なしでなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。


もっと平和に、妹と二人暮らしていけたのかも知れない。

両親だって...。


一時は夢を抱き、その憧れの目標を目指したりもした。

しかし、それは徒労に終わった。



ああ、自分は弱い。



そう実感し、受け入れ、そして何より、ただただ力を欲した。

そしてだからこそ、新しい力を手に入れた僕は、やっと運が回ってきた僕は、決してここで諦めるわけにはいかないのだ。


僕は立ち上がり、再度自分を奮い立たせ、黒剣を握り黒い何かに相対する。

僕はここで、終わることはできない。


拳を振り上げ、雄叫びを上げながら攻撃を黒い何かに仕掛ける。

全身全霊、覚悟を決めながら、奴らに向かい合う。



「うおおおおおおおおおおおおおお!!」



奮い立たせた体で、奴らへと向かうその時。

僕は突然、後ろから途轍もない勢いで引っ張られ、壁であったはずの場所を通り抜けて、『何か』の大群から引き放される。


「へ? う、うわぁぁあああ!!」



引っ張られ続け、やがて辿り着いた先には、一人の黒い鎧を身に纏った異様な雰囲気を出している男がいた。

いや、見た目は男ではあるが、なんというかこう不思議な雰囲気を感じる。

なんというか、老人のようにも、妖艶な女性のようにも見える。


そんな異質な雰囲気を纏うその見た目の彼は、僕の前へと近づいてきて叱ってきた。


「その心意気やよし! しかし実力が足りていないな。あれに突っ込むのは無謀だぞ?」


男の人は感心したような、それでも怒っているような態度で、感情の起伏が激しい人だった。

まあ、少なくとも表面上は。

この異様な雰囲気がどうも奇妙で疑わざるを得ない。


しかし、何も情報を持っていない僕がここで初めて人?に遭遇した。

情報を得ない手はなく、僕は軽いジャブと挨拶のつもりで質問を投げかける。


「え、えっと......あなたは? ここは一体....?」


僕の問いを聞いた彼は、一瞬ほど黙り込んで僕をじーっとみていたが、その後すぐに視線を緩やかにして答えてくれた。

だがそれを抜きにしても、彼は少し困っているように見えた。


「うーん...一応、試してはみるか。私はーーーーであり、ここはーーーーだ」


「え、え?」


僕の問いに彼の関する答えは、突然雑音のようなものによって、彼を遮った。

敵かと思い、周りを警戒したが何もいない。

警戒心を緩め、不思議に思っていると、彼が頭を悩ませながら再び話し始めた。


「うーん、やっぱりダメだったみたいだな......まあ、そのうち私のこともわかる。今は力を蓄えるんだな」


この反応から察するに、彼はどうやらこの原因を知っているらしい。


彼にこの事について少し聞いてみたが、彼が言うにはあまり大したことではないらしいのだが、単純に興味が湧いたので詳しく聞いてみることにした。


彼は快く承諾してくれたが、それと同時に僕を出口へと連れて行ってくれるらしく、そこへ歩いて行く間に会話を挟みながらことの次第を教えてくれた。


「まあ、原因は簡単に言うとお前の力不足だな」


「ち、力不足ですか.....?」


「お前さん、持ってるだろ、『システム』を.....」


彼の不意な応答に、僕はびっくりして思わず飛び退いてしまった。

どうやらこの特徴の掴めないこの人は、システムについても知っているらしい。


僕は警戒心を高めて、思わず黒剣を握る。

しかし彼は平然と立っており、剣を抜いてる僕に対して臨戦体制をとる気配はなかった。


「な、なぜそれを.....」


「まあまあ、そう警戒するな。別に何かしようって気じゃない。ただシステムについて少し知っているだけだ。そしてそれをお前が持っていることもな」


「な、なるほど.....」


僕の警戒心は拭えなかったが、一応武器を納めて彼との対話を続けた。


それに、先ほど剣を抜いた一瞬。

たった一瞬だったが、彼が見せた底知れぬどす黒い力。

あれは強者というより、絶望に近い何かを感じた。

恐らく僕が戦ったところで、勝負にもならないだろう。


「まあ、簡単に言えば、そのシステムとお前さんが成長することで、このシステム共々範囲が広がるわけだ」


「なるほど?」


「...まあ、今は強くなることだけに集中したらいい」


「なるほど」




そうして彼は僕にできる限り、いろんなことを教えてくれた。

この場所や、彼自身について、彼が今話すことのできる範囲で僕の質問は全部答えてくれた。


特にあの黒い何かに関しては、あまり情報はもらえなかったが入念に話てくれた。

どうやらあれは相当危険なものらしく、今度見かけても絶対に近づくなとのこと。


これほど強い彼が言うのだ。

あれは本当に危険な者なのだろう。




そうして、なんやかんやで僕らが話し続けて暇を潰していくと、やがて目的地らしき場所に辿り着いた。


「ほら、ついたぞ」


僕と彼が歩き続け辿り着いたのは、大きい光の柱のようなものだった。

暗黒の闇に差し照らされる唯一の光。

それはとても既視感のある光景だった。


そう、あの時、迷宮の底に落ちて見上げた時の一筋の光と同じように感じた。

あの時の......裏切りの時の光景だ。


「..........」


少し、嫌なことを思い出してしまったが、どうやら感傷に浸っている暇はなさそうだ。


「そら、早く行ってこい」


「え?」


「え? じゃないだろう、早く門を通れ。...手遅れになる前にな...」


彼はついて早々に僕を柱の中を通るように促した。

もう少しここにいて一緒に話てみたかったこともあるが、不安なことを口走る彼に僕は少し焦らされて門を通ることにした。


「では、行きます。お世話になりました」


「ああ」


僕は柱へと歩き出し入ろうとしたその時、ふと思い出した僕は、彼に友好の証として、最後に軽い質問をした。


「あ、そういえば、お名前は?」


「ん? あー、言ってなかったな......うーん、そうだな......とりあえず私のことは『バベル』とでも呼んでおくといい」


「バベルさんですね。わかりました、それでは!」


「じゃあな」


そうして彼は僕へ向かって手を振って見送ってくれた。

その時の彼の着る兜の下はほんのりとだが、笑っているように見えた。


こうして僕は光の柱を通り抜け、暗黒の世界を抜け出した。

不思議に満ちた謎の場所だった。

またバベルさんに会えるだろうか?

いや、きっと会えるだろう。


かくして抜け出した僕は、元の僕に帰ってきたのだ。

目を覚まし、現世へと戻ってきたその瞬間、僕の目に写っていたのは、死にかけのユリウスにとどめを刺そうとする僕の行為を、自分の手を差し出して止めるエリーの姿だった。


僕はその時、混乱した。

この状況にわけもわからず、戸惑っていた。


(一体、何が...)


そう思っているのも束の間、僕の頭に電流にも似たような痛みが走る。

それは、これまでの経緯。

脳が記憶した、僕が暗い世界で眠っていた間の現世での出来事。

それが全て流れ、僕の意識内まで流れ込んでくる。


どうやら僕は、とんでもないことをしたらしい。


僕は自分がしでかしたことの大きさを思い出し、責任に追われる。

無性に湧き出す、ユリウスとエリーに心から出る思いがあった。

それを僕は抑えきれず、一筋の涙を流した。

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