第11話 形成逆転
私の名前は、ユリウス・ディーク。
このエルファス王国に仕える、騎士団長である。
そんな私は先刻、姫様を脅かしたであろう罪人を決闘の末、葬った。
姫様は泣きながらこちらへと憎悪をあらわにしていたが、それも奴の催眠の類だろう、時期に解ける。
私は泣いていた姫様から視線を外し、陛下の方へと向き直り決闘の結果を報告した。
「陛下、罪人を裁いて参りました」
「うむ、ご苦労であった」
王への報告が完了し、王の命を聞き入れる。
私が戦った彼は弱かったが、才能を感じさせた。
なんせ、あれほどの力の差がありながらも私の一撃を回避したのだからな。
数多と裁いてきた罪人のほとんどが、私が【
その点、彼は非常に優秀だと言えるだろう。
もし罪人という立場でなければ、ぜひ騎士団に入ってもらいたかったものだ。
まあ、それも叶わぬ結果となってしまったがな。
私は少し惜しいと思いながらも彼のことは忘れ、姫様を守れたことを誇りに思い割り切る。
「では、言い渡す! 此度の決闘の勝者は、執行者:ユリウス.......」
その時であった。
恐怖とも呼べる、悪寒が全身を駆け巡ったのは。
私はすぐにその恐ろしい気配を察知し、王の言葉を無視し振り返る。
「..........な、!?」
するとそこには私が先刻殺したはずの男、雨宮 渉が見たこともない黒い剣を片手に悠々と立っていた。
それはまるで別人のようで、とても黒く、果てが見えない何かを感じさせた。
「陛下、お下がりください!」
危機的状況。
私はそんな状態を肌で感じ、この場にいる重鎮達を退避させるように叫んだ。
私が相対しているこの男は先ほどまでとは、何かが違う。
もっと、強く、恐ろしい。
この雰囲気はまさに、10年前、この王国を滅ぼしかけたあの憎き『
私は剣をより強く構え、再びこの男に向かう。
今度は格下の対戦相手としてではなく、確実に殺すべき対象として相対す。
そんな必死そうな私を嘲笑うかのように奴はニヤリと頬を吊り上げ、戦闘を開始する。
「【
彼は、戦闘が始まると同時にスキルを発動させた。
発動したスキルにより当たり一体の床へ彼の体から黒い霧のようなものが充満し、流れた。
やがてそれは、闘技場を包むようにして流れ止まった。
何かが始まる、そんな嫌な予感を察知した私は奴が動き出す前に攻撃を仕掛けることに決めた。
私は彼へ向かって全速力で突進し、剣を振り上げた。
「【
瞬間、私の筋肉は肥大化し、通常からは考えられない強烈な一撃を奴に喰らわせんと奮闘する。
ものすごいスピードに反応できなかったのか、彼は私の攻撃を一歩も動かずモロに喰らい、辺り一体が土煙と黒煙に包まれる。
(やったか.....?)
淡い期待。
されども、この国一の男の一撃。
死んでいてもおかしくはない。
大体あれほどのレベルとステータス差がある。
死んでいなければおかしい.......そう、おかしいのだ。
黒煙と土煙から出てきたのは、私の一撃を軽々と
「な.....!、ば、バカな.....!?」
一瞬の動揺、それがいけなかったのだろう。
すでに私よりも格上かもしれない彼がその一瞬の隙を見逃すはずもなく、私は彼の一撃をモロに喰らってしまった。
「ぐふっ......!!」
横なぎに黒剣を振るった彼の一撃は的確に私の腹部へと刺さり、私は闘技場の壁へと勢いよく当たった。
闘技場の壁は当たった衝撃により凹んでおり、今にでもその部分は崩れそうになっていた。
「ひ、【
彼からの一撃は予想以上に重く、私は戦闘を続行するために回復魔法である【
私は回復が終わると再び立ち上がり、彼へと剣を向けもう出し惜しみをするのはやめようと決意する。
先の一撃で私は感じた。
こいつは今の私が手加減して勝てる相手ではないと。
幸い、すでに陛下たちは退避しておられる、これならば存分に暴れても大丈夫であろう。
「すまんな、罪人よ。ここからは、本気で行くぞ.....!」
私は決心し、踏み込む。
例えこの命が失われようとも、こやつをここで倒さなければいけないのだ。
でなければ、この国が危うい。
奴はここで必ず殺す。
この私の命に変えても。
「【
私の最強のスキルが一つ、【栄光の騎士】。
これを発動したならば、負けはもう許されない。
身体強化魔法と似ているが、その効力は規格外である。
【剛力】、【疾風】、【
これを使って負けた相手は今までに存在しない。
歴史上、ただの一人もな。
私は再び突進する。
紫色のオーラを体から出しながら全力の殺気を身に纏って。
私の速さは先ほどとは比べようもない速度になっており、一足飛びで奴の元へと辿り着いた。
「今度こそ決めるぞ.....【
【栄光なる騎士】と【吠える者】の多重ステータス増加。
すでに私の力の強さは半端な者では受け止めきれないほど、増加していた。
私は剣を力一杯振り上げ、彼に攻撃を仕掛ける。
私の最強の一撃を。
「くらえ.....!」
私の攻撃は直撃し、彼の体へとぶつかった。
黒煙と土煙が再び舞い上がり、視界を防ぐ。
私は攻撃が当たった安堵と、先ほど防がれたトラウマによる恐怖で感情が揺らいでいた。
今回はどっちなのだ?
当たったのか?それとも......
私は焦りにより、当たった剣に力をさらに加えて薙ぐ。
しかし、帰ってきたのは振り切る爽快感ではなく、鍔迫り合いを起こし、止まる剣の不快感だけだった。
「ば、化け物め.....!」
再び煙から出てきた姿は、剣一本で私の攻撃を簡単に防ぐ彼の姿であった。
彼は私を見上げ、不敵に笑っていた。
その顔からは深淵のごとく深い、深い笑みを感じた。
「クソがあぁぁ...!!」
私はさらに剣を振るい、奴に対して幾千もの攻撃を行った。
剣を叩き、当てて、時には殴ったりもした。
なりふり構わず、私は攻撃をし続けた。
戦い、戦い、戦った。
しかし、私の前に映った光景は、変わらず仁王立ちする奴だけ。
私は恐怖を覚えた。
こんな奴が存在していいのかと。
私はこれでもこの国最強として、少しばかりのプライドと自信を兼ね備えていた。
なんせ王直属の精鋭部隊、近衛騎士団の騎士団長なのだから。
日々鍛錬をして、迫り来る脅威を振り払い、平穏な日常を送る。
最初は頑張っていたものの、騎士団長の座まで来て私は少し疲れてしまったのかもしれない。
国最強にまで登り、堕落して、成長という名の果実を追い求めなくなってしまった。
私は、満足してしまったのだ。
もうこれ以上はないと、停滞してしまったのだ。
それが、今になって帰ってくるとは知らずに。
「ぐぉっ.....!!」
私は再び奴の剣によってスーパーボールのように跳ね飛ばされ、壁へと衝突した。
発動させたスキルのおかげで大事には至らなかったものの、潜在的に勝てないと悟った私は堕落する。
こいつには勝てないと。
足掻いても、何をしても無駄だと。
満足してしまった私は、この運命を辿るしかないのだと。
スキルの制限時間は残りわずか。
もう少しで私を繋ぎ止めてきた力は失われる。
しかし、最後に。
目の前の『
ここだけは、必ず死守してみせると。
「うぉおおっ!! 私は、負けんぞぉおおっ!!」
私は覚悟を決める。
この攻防で私は死ぬかもしれない。
平穏な守ってきた、怠惰な日常を失うかもしれない。
しかし......!
「ここで、戦わなければ.......いつ、戦うというのだ!!」
私は最後の覚悟で踏み込む。
奴へと向けて、一直線に向かう。
次こそが私の最後だと決心して。
「これぞ我が秘奥義! 喰らえ、【
秘奥義、【絶剣】。
これは、誰にも見せたことがない、かつての闘志が燃えたぎっていた頃の私が開発した『奥の手』。
これは、私の全ステータスを一日の間、全て1にすることで発動できる最強の技。
つまり最後の手段として用いる、絶対の技。
これを叩き込めば、相手はほぼ確実に絶命するだろう。
10年前に一度使った時は、地形すらも変えたことがあったからな。
私は振り上げる。
彼との距離を詰め、最強の一撃を奴に叩きつけんと決めて。
それに流石の彼も動揺したのか、この戦い初めて奴から動きだす。
不敵な笑みを浮かべて、しっかりと重心を落とし、両手で剣を構えて、我が攻撃に備える。
「【
互いの剣が激突し、爆風が闘技場で巻き起こる。
我々の鍔迫り合いを中心に、闘技場内のものが次々と壊されてゆく。
やがて闘技場は完全に崩壊し、地下であるはずの闘技場から、外の景色が見られた。
その時私はすでに吹き飛ばされ、地面へと力なく横たわっていた。
「.........や、奴は........」
立ち上がる力などない私は限界ギリギリの状態で顔を動かし、あたりを見回してみる。
彼を倒したのだと信じて。
しかし私の期待とは裏腹に、見えた光景は驚愕の一言だった。
「は、ははっ.......この、化け物が......」
そこには無傷とは言わずも、悠々と立っていた罪人の姿があった。
私は最大の犠牲を払ってまでこの状態なのに、彼はまだ立っている。
まさに、驚き。
どうやら、私は完全に負けたようだ。
私は死ぬのだと覚悟した。
死ぬと覚悟し突進して、負けたのだ。
私は両手を大きく広げ、仰向けに横たわった。
そこには不思議と憎悪や悔しさよりも、爽快感と感謝の気持ちに溢れていた。
それは、停滞していた私自信を起こし、まだ進めと荒々しくも示してくれた彼への敬意の感情なのだろう。
まあ、憎むべき罪人にこの念を表すのもどうかと思うが、この強さならば、あのサイレント・オークを倒したのにも納得が行く。
(これは、なかなかに爽快な気分だな.........うむ、良い人生だった!)
私は力尽きて声が出ない体の代わりに、心の中で悔いのなさを叫ぶ。
彼はやがて私の方へと近づき、黒剣を持って立ち止まる。
そして彼は最後に一言、私に向けて発した。
「最後の技、実に見事であった」
彼は褒めてくれた。
本来の私ならば、泣きながら死に物狂いで立ち向かったであろう。
しかし、今の私には感謝の念しか残ってはいない。
ありがとう罪人.....いや、雨宮 渉よ。
私の過ちを気付かせてくれて。
来世では停滞しない、歩み続ける人生を送ろう。
「貴様もわかっているようだな。では」
彼は剣を両手に持ち、私の心臓の上に構えた。
私は一滴の涙を流し、自身の死を受け入れる。
さらば、私。
最後に良い教訓を得て、私は幸せだ。
そして、剣が振り下ろされる。
私の心臓へとどんどん近づき、死の予兆を感じさせる。
ああ、本当に死ぬのだと感知し、私は目を閉じて受け入れる。
しかし、剣はいつまで経っても私の元には届かなかった。
(............ん?)
閉じていた目を開けてみる。
何が起きたのかと、不思議に思い。
そして私の目の前で起きた事象に、私は驚愕した。
どうやら、私はまだ死ぬべきではないのかもしれない。
「もうやめてください、渉様......!」
「え、エリー........」
私に刺さろうとしていた剣を両手で血を流しながら受け止める第2王女殿下様と、黒い瘴気から身を離し、一滴の涙を流す彼の姿が私の目には映った。
その光景は、なんとも美しいものだっただろう。
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