第10話 審判

馬車に揺られて早10分。

馬車が止まり、僕は目隠しをされたまま、馬車を降りてそのまま何処かへと連行されていた。

前が見えないまま歩き始めてやや経った後、僕は目隠しと拘束を外され連れてこられたであろう牢屋の中に入れられた。


「この、罪人め、よくも姫様に手を出したな!この罰はきっちりと受けてもらう。そこで大人しく待っておけ」


僕をここまで運んできたであろう先ほど城門前で馬車から出てきた黒い鎧を着た騎士は、僕にありもしない濡れ衣を突きつけてそのまま何処かへと行ってしまった。


(状況がよく飲み込めないが......疑われてるのか?)


世は非情なのだと嘆きながら僕はどうすることもできないまま、ただ牢屋についてあった鉄格子の窓から外を眺めてエリーの助けが来ることに期待を寄せる。


「エリー......頼んだぞ」


僕はそんな言葉を零して、牢屋の中で冷たい夜を過ごした。

気づけば寝ていた僕は、やがて朝を迎えていた。


「おい、罪人。起きろ」


「んー......」


「起きろと言っているだろう!」


「うわあ!!」


案外気持ちよく寝ていたところに僕を起こしに入ってきた昨夜の黒い騎士。

彼は僕がなかなか起きないのを見て、苛立ちを覚えたのか牢屋の扉を強く蹴って僕を起こしてきた。


「来い、陛下がお待ちだ」


声的に男性の黒騎士は僕が起きたのを確認した後、再び目隠しと手錠をつけて強引に引っ張りながら僕を牢屋から連れ出した。

反抗せず大人しく彼についていく......いや、正確には引っ張られていくと、やがて立ち止まり、僕に膝をつけと一言言って、目隠しを取っていった。

突然目に流れ込んできた光を拘束された腕で覆いかぶせながら、だんだんと慣れてきた視界に、多くのものが流れ込んでくる。


シャンデリアがいくつも飾ってある天井、大理石の美しいフローリング、部屋全体は赤中心の色で装飾されており、さらなる華やかさを演出していた。

さらに部屋の奥を見てみれば、大きな自画像が二つ飾ってあり、そこには風格ある一人の老人と、凛々しく立つ一人の老婆の姿があった。

よくみれば、その絵の下の豪華な椅子に座る人たちにそっくりだ。


周りには、部屋の両脇で整列する数10人の黒騎士の姿に、部屋の奥の両端にて剣を床に突き刺す大きな騎士の石像がふたつ置いてあった。


「ここは.....一体.....」


突然連れてこられた場所に焦りながらも、静かに周りを見る。

いたって冷静な僕は、周りの嫌悪な雰囲気を読み取り、何となく何が起こるのかを察する。


多分だが、これは僕の罪(濡れ衣)の精算だろう。

じゃなきゃ、僕をここへ連れてくる意味ない。


なればこそ、できることは多くある。

今の状況は話の通じないモンスターとの戦闘ではなく、知性ある人間との対話だ。

しかもそれが勘違いによるものだとすれば、誤解を解けば多いに助かる可能性はある。


しかし、問題はどうやって誤解を解くかだ。

エリーに手伝ってもらうのが手っ取り早いだろうけど、ここには居ないみたいだし。

どうした物か。


静かに解決策を捻り出そうとする僕を置いて、議論は次の段階へと移行し始めた。

一人の騎士が隊列から飛び出し、こちらと反対の方向、老夫婦がいる方へと向き直り、兜を外して跪いた。

その後ろ姿から見えた長い銀髪の髪の男には多少見覚えがあった。

僕を城門で引っ捕えるように命じたユリウスとかいう奴だ。


「陛下、罪人を連れて参りました」


奴は老夫婦の前へ出て、跪きながら、罪人ぼくを連れてきたことを報告した。

察してはいたが、どうやらあの老夫婦はこの国の王様と王女様らしい。


「ご苦労」


それを聞いた陛下と呼ばれた老人は、座っていた椅子に肘をつき始め、ものすごい腱膜で跪いているユリウスへと問いを投げかけた。


「では、問おう、騎士団長ユリウス・ディークよ。彼の罪人は一体どんな罪を犯したのだ?」


投げられた問いに混じる圧にユリウスは少し怯えながらも答えた。


「は、はい。陛下、彼の者は第二王女殿下であるエルリア・エルファス姫殿下を陥れ、恩を売り、この国に取り入ろうとした極悪人です!」


「ふむ....」


問われたユリウスは、ありもしない事実をペラペラと話し出した。

この彼の解答に、僕は思わず唖然としていた。


それは、いくら何でも被虐的に考えすぎだろ.....。

彼は僕に恨みでもあるのか?


彼の言い分を呆れながらも聞いていくが、これでは僕の身の安全も危ういと感じ、彼の述べに意見を唱えようと体を起こそうとしたが力が入らず、それはあっけなく阻まれてしまった。

多分だが、この僕が今跪いているガラス張りの床に秘密があるのだろう。


動けず、反論できない。

加えて、好き勝手言われて、罪人扱い。

このままでは何も抵抗できずに僕が有罪になってしまう。

何か行動しなくてはいけない......だが、体が動かないこの状況ではどうしようも.......


この状況に自身の悲惨な運命になんとか抗おうと画策していたその時だった。


「お待ちください、お父様」


一人の少女が謁見の間の扉を開けて入ってきた。

金髪の美しい髪を靡かせながら、凛々しくも怒りの混じった風貌で入ってきた彼女をみて、僕は少し安心した。

彼女の姿はまさに、逆境の中に差し込む小さな希望の光。

あるいは、戦況を逆転させるほどの一騎当千の兵士の逞しい姿。



僕が待ちに待った僕を救ってくれるであろう救世主。



エリーだ。



「エルリアよ、今は其方と我が国に危害を与えたであろう罪人への罰を....」


「いいえ、お父様。彼は罪人などではなく、讃えられるべき英雄なのです」


「何?」


何もできない僕の代わりに老人陛下の言葉を遮りながら弁明をする彼女を見て、少し肩の力が抜けた気がした。

ホッとしたこちらを一瞥して、ウインクをしてきた彼女はその勢いのまま陛下に突きつけられた虚偽の事実を払拭し始めた。


「彼は私が大変危険な状況にあった時、颯爽と現れて私を魔物の手から救ってくださいました」


「ほう.....?」


新たに追加された情報に頷きながら、老人はすぐさまエリーから視線を外し、ものすごい剣幕でユリウスの方へと向きやり憤怒の表情で、冷や汗を垂らすユリウスに説明を求めた。


「して.....どういうことか説明してくれるな? ユリウス」


今ここで納得する回答を出さなければ即座に切り刻まんと殺気を立てる陛下に、ユリウスは膝をついたまま必死に弁解し出した。


「お、お待ちください、陛下! よく考えてみてはくださいませんか!」


「何がだ.....?」


ユリウスの言葉足らずの説明をよく思わなかった陛下は彼に更なる追求を求め、ユリウスはより詳しく詳細を話す。


「よく考えてみてください! エルリア姫殿下のいた場所はあのテラリア大草原、ここいらで最も危険な場所です」


「つまり?」


「まだお分かりでないのですか!? エルリア様を襲っていた魔物は恐らくあの『サイレント・オーク』なのですよ! それをいとも簡単に倒して、王国まで連れ帰るなど、怪しいに決まってるじゃないですか!」


最後の一言を言い放った彼はこちらへと勢いよく振り向き、僕へ向かって力強く指を刺した。

その姿には先ほどまでの不安や焦りが消え、逆に、疑うような不審な目で僕を見るようになった。


正直、彼の言いたいことはよくわからなかった。

中の下のモンスター、オークを何匹か倒したぐらいで僕を悪者扱いできると思っていた彼のおめでたい頭を心の中で軽く鼻で笑う。

この見苦しい言い訳でようやく解放されると思っていたその時、陛下は僕にとって信じられない言葉を発した。


「一理ある......」と


驚愕の一言だった。

完全に見逃してもらえると思っていた場面からの急激な戦況不利。

まさかの出来事だった。


もしかしてこの王様は戦闘経験が乏しいのだろうか?

それならば説明はつくが......あのユリウスに向かって放った威圧は、まさに歴戦の猛者そのものだった。

そんな人が僕より弱くて、経験が浅い訳が無い。

では、なぜあんなことを。


僕が今の状況に混乱していると、戦況が不利になっている状況を感じたのか僕の一歩前へとエリーが出てきて、再び議論し出した。

その時の顔は落ち着いているように見えて、内側から漏れ出る怒りの感情が大きく感じられた。


「お父様、お待ちください。そんなことで彼に罪人の汚名を着せるのはいささか早計かと。私はこの目で彼が『サイレント・オーク』を討伐するのを見ました」


「ふむ......なるほどな」


「へ、陛下、恐れながら王女殿下はご乱心の様子。彼の罪人により、幻術の類で魅せられた可能性が高いと思われます」


陛下の決断に意義を唱えようとユリウスが出たが、陛下にそれを止められる。


「まあ、待てユリウス。そういう可能性が高いと聞いてはいたがもし、本当に我が娘を救った恩人だとすれば我々はとんでもない不敬を犯したことになる。そんなこと、我々王族には絶対にあってはならん」


「で、ですが.....」


「ユリウス、諄いぞ?」


「!......し、失礼しました.....」


「うむ、ではこれより審議を始めよう」


最後まで反抗的であったユリウスだが、陛下の最後の威圧の言葉で止められ、おとなしくなった。

五分五分な状況。

この後の審議とやらで僕の状況は決まるだろう。


(一体どうなるんだ...)


不安と焦りがいっぱいのこの状況で、王様は立ち上がって、判定を下した。


「彼の罪人を『地下闘技場』まで連れてゆき、決闘を行う! ユリウスよ、お主も来るのだ」


「ハッ」


どうやら僕の審判は、地下闘技場とやらの結果で決まるらしい。


(闘う.....のか)


不安に思う僕を節目に、王に呼ばれたユリウスはすぐさま立ち上がり、僕を兵に連れてくるよう命じた後、闘技場へと向かう王の後ろに仕えて歩き出した。

それについていくかのように、僕は再び目隠しをされ、兵に連れられて歩き出した。




少し立ち、やがて空気が少し冷えてきた頃に、僕らはその場所へとたどり着いた。



「ついたな。目隠しを外してやれ」


「ハッ」


暗闇から眼前に広がったのは、静かだが、殺気を感じさせるような場所。

地下闘技場。

中心には下段である石作りの円形のフロアと、それを囲むようにできている上段の石製の椅子がぐるりと作られてあった。

シンプルな作りゆえに全体的に少し暗く、視界は全て松明で補っていた。



このどこか地生臭いこの場所は、僕に何をさせようとしているのかがすぐにわかった。

置かれるであろう現状に少し震えていると陛下の声が闘技場に響いた。


「では、命ず。罪人:雨宮 渉と執行者:ユリウス・ディークの決闘を始める!」


思った通り、僕対騎士団長様ユリウス・ディークの決闘が始まった。





















僕は今、渡された鉄の剣を一本握りしめながら、この円形状の場所に立っている。

そして僕の向こう側に相対するのは、黒い鎧に、明らかに僕の武器とは比べ物にならないほど良質な剣に、どんな攻撃をも弾きそうな頑丈な盾を持った明らかに不公平な対戦相手ユリウスがいた。


決闘を行うというのに、この不公平さ。



さては、勝たせる気なんて微塵もないのだろう。




呆れと不安の中、試合のゴングが鳴り響いた。


「では、始め!」


最初に動いたのは、王の掛け声と同時に行動したユリウス。

彼は一直線にこちらへと向かってきて、持っていた剣を大ぶりに振ってこちらを襲った。

急な攻撃をギリギリで交わし、後退する。

ユリウスの剣が深々と床に刺さり、剣が挟まったわずかな隙にスキルを発動する。


(まずは、相手のステータスから観察をしないとな)


「【超鑑定】」


まずは超鑑定を使って、ユリウスと今の自分の差を見比べる。

オークを危険視していたぐらいだし、もしかしたら大したことないのかもしれない、と少しの期待を寄せてステータスを見る。


しかし、そんな淡い期待は開示された情報によりすぐに打ち砕かれた。


『敵の情報を開示します』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

個体名:ユリウス・ディーク

25歳 性別:男

レベル:156000

他ステータス:測定不能

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

所有武器防具:近衛団長特性装備トップ・ナイツ(3/3)

推奨装備レベル:100000

概要・詳細:測定不能

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「れ、レベル15万......?」


超鑑定により映し出された情報は、即座に僕の自信と対抗心を掻き消した。

レベル15万。

冒険者のレベルで言うと、Aランク冒険者の部類。

地球にいたら、確実に『強い』と呼ばれるほどのステータス。


そんな化け物が今、僕と決闘を行っている。


つまり、少しでも油断すれば.......僕は確実に死ぬ。


「くっ........!!」


一思いに覚悟を決めていると、再びユリウスからの横薙ぎの攻撃が降り注ぎ、僕はそれを間一髪で交わした。

再び後ろへと後退し距離を取ろうと画策するも、ユリウスは僕のスピードを圧倒的に上回る速度で近づき、その都度僕を攻撃した。

そんな攻防を何回か続けていると、気づいたら僕は円形闘技場の壁にまで追い詰められていた。


「.....! まずい.....!」


「壁にあたったな。では行くぞ、罪人よ。【吠える者ハウンド】」


瞬間、剣を大ぶりに構えたユリウスの体全体が肥大化、嫌な予感を察知した僕は全力で右に跳ねて攻撃の回避を試みる。

そして同時に僕が飛び退くその時は関係ないかのように、スキルを使ったユリウスは全力で長剣を振る。


壁に当たった長剣はものすごい轟音と共に衝撃波を闘技場で満たし、気づいたら僕は寝転がりながら意識を失いかけていた。


(な、何が起きて......)


感覚のない、動けない体へと、システムから通知と青い画面が映し出される。


『スキル:【起死回生きしかいせい】が発動しました』

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スキル名:起死回生

熟練度:LV2

詳細:1日に1度、どんな攻撃を受けても、HP1で耐える。

本日の使用回数:0/1

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(ああ、僕はギリギリで生き延びたのか.....しかし、何が.....)


訳もわからず吹き飛ばされた僕は、失いかけていた意識の中で周りを見渡す。

あったのは、全壊の闘技場に一人佇むユリウスと、体から大量の血を流していた自分の体であった。

どうやら彼のスキル【吠える者】で振るった一撃はこの場所を全壊させ、僕を殺しかけた...いや、殺したらしい。


「口ほどにもなかったな、罪人。それが本当にサイレント・オークを倒した実力か? それともあれは、やはり全て貴様の戯言に過ぎなかったのか? まあ、どちらにせよ、貴様はもうここで終わりだ」


ユリウスの呆れ返ったがっかりとした言葉が僕に浴びせられる。

返事のできない状態の僕に、彼は話を続けるつもりはなく、彼は僕に、最後の一撃を加んと剣を振り上げた。


僕は対抗するべくもがこうとするが、あれほどの攻撃をこのレベル差で食らって動けるはずもなく、僕はその場に寝転がるしかなかった。

薄れ行く意識の中で、泣きながらこちらへと手を伸ばしてくるエリーの姿がちらっと見えた。

その姿は、今にでもこちらへと飛び出さんとする勢いで、とても、とても必死に見えた。


(エリー、ごめんな......期待に応えられなくて......)


そんな彼女の期待に応えられず、今死にそうな僕は謝罪の気持ちを心の中で密かに述べる。

せっかく生き返ってチャンスを再び貰えた結末が、決闘での悲惨な死。

悔しさと、後悔で心が溢れる。

まだやりたいことが、やらなければいけないことがたくさんある。

だが、この死の一歩手前ではどうすることもできず、やがてその時はやってきた。


「では、さらばだ罪人。決闘から逃げなかったその勇気だけは讃えてやろう」


「ダメ....! 待ってユリウス....!」


「来世では、真っ当な生を送れ」


その発せられた一言を皮切りに、ユリウスの長剣は深々と僕の心臓を貫いた。




『プレイヤー:雨宮 渉の死亡が確認されました』

『裏クエスト:【偉大なる死】の完遂を確認しました』

『よって、深淵アビスよりギフトを授け、所有武器ダーククレイモアの武器解放を行います』

『成功しました』

『では、深淵より幸運を』

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