第5話 『ようこそ、アビスへ』

「.............」


静かだ。

さっき聞こえたよくわからない声を最後に、何もかもが静まり返った。

周りに音はなく、完璧なまでの静寂が訪れた。

静かにこのまま意識を失い死に向かうのみだと思ったが、なぜか僕の意識は未だ途絶えはいなかった。


「.............?」


地面に体を伏せたまま目を開けてみる。

すると、重くなり切っていた瞼が開き、視界に色が映る。

開けた目であたりを見回してみると一筋の光が上から刺し、それ以外の場所は真っ暗闇に包まれていた。


(........生き、てる?)


生きているかもしれないという事実に僕は気怠さの中で寝そべっていた体を起こし、自らの体の状態の確認をとった。

するとそこには、健全で元気な、傷ひとつない体が目に映っていた。


「え?」


先ほどまで魔術をくらい、奈落へと落ち、体をグシャグシャにされ、死んでもおかしくない状態であった体は完全復活と言えるほど状態を回復しており、全てが元通りになっていた。


「体が元通りになっている......?」


困惑しながらも体の欠損が消え完全に回復した僕は、少しだけの喜びと安堵に胸を浸り、胸の内から湧き出てくる、怒りと憎悪に身を委ねた。

ギルドアークナイツの冒険者、町田 行持まちだ ぎょうじ

僕をこんな目に合わせた奴には、絶対にこの手で復讐してやる.....!


僕は密かにも大きな決意を胸に誓い、諦めかけていたこの人生を再び駆け出そうと決めた。

それに大切な妹を一人にはしておけない。

僕が死んだら、今度は彼女が働かなければいけない。

その時もし、俺のように冒険者にでもなったら.....たまったもんじゃない。


こんな思いは、奏にはさせられない。

そのためにも、ここを一刻も早く出なければいけないが...


「一体どうやって、ここを出たらいいんだ?」


この悍ましい場所を抜けようにも、周りは全て真っ暗闇に包まれており、進むことはまず不可能。

唯一の出口と思われる、落ちてきた真上の穴は、今の僕にはどう頑張っても届きそうにない。


「これ、もしかして詰んだか?」


せっかく生き返ったのにも関わらず早々に詰みそうな気配に困っていると、突然頭の中で声が響いた。


『システムより、新しい通知が来ています。確認しますか?』


「うわあ!!」


突然の声にびっくりし、僕は後ろに飛び退きながら、盛大に床へと転げ落ちた。

転んだ痛みを我慢しながらも、僕は即座に立ち上がり、弱々しく拳を構えて声の正体を探る。


(敵がいるのか.....?)


震える足を抑えながら、辺りを見回し、前後左右全ての方向を確認してみると、僕の背中側に一枚の謎の青いパネルが浮いていた。


「うわあ!!」


突然出てきたそれに、びっくりして後ずさるも、勇気を振り絞りその正体を確認しに行く。


『システムより、新しい通知が来ています。確認しますか?』


再び頭に声が響き、未だ拳を下ろさず、恐る恐る青いパネルへと近づく。

まじまじとその謎の浮遊物体を見ていると、僕はふとあることに気が付いた。


「これ、スキルボードか?」


僕はこの青く光る長方形を、見たことがあるということだった。

長年見てなかったものだったので、忘れていたが、これは間違いなくスキルボードだろう。

僕は張り詰めていた糸が一気に解けるように、ぐってりと力を抜いて拳を下げた。


「.......なんだ、スキルボードか。びっくりさせるな.......って、スキルボード?」


違和感。

僕は長く触れていなかったそれを、再び目にするまで忘れていた。


謎の青いパネルの正体はスキルボード。

冒険者のステータスやレベル、スキルを確認する唯一の方法で、なものである。

なのでこんな何もないところで、急に映し出されるような代物ではない。

あと、しゃべるなんて聞いてないぞ?


(なんでスキルボードが出てきたんだ?)


突然出てきたスキルボード。

少し怖いとは思ったがしゃべるスキルボードやそのシステム?っていうのも聞いたことがないので、僕は不安を感じながらも興味本位で返答した。


『システムより、新しい通知が来ています。確認しますか?』


「確認する」


『承諾を確認。通知を開示します』

『レベルがアップしました!』

『レベルがアップしました!』

『レベルがアップしました!』

      ・

      ・

      ・


返答した瞬間、大量の通知のようなものが青い画面を埋め尽くし、その通知一つ一つが頭の中を駆け巡った。

そして、その中の情報の大半のものには目を疑うような情報ばかりだった。


「こ、これは......レベルが上がってる?」


なんと、レベルが爆上がりしていた。

レベルアップしたという通知は長く続いており、途絶えたのはレベルアップの通知が数えきれないほど報告された後であった。


(一体どういうことだ?)


冒険者でありながらも、どれほど頑張っても常人と同じぐらいの能力しかない僕にモンスターは一匹も倒せない。

それはつまりレベルは上がらないし、スキルも入手できないということ。

それゆえに、最弱。

そして今回の遠征クエストでも僕は何もしなかった。

せいぜい、あいつの動きを避けたぐらいだ。


それなのにレベルが上がった。


疑問が加速し、システムからの大量の通知を眺め確認していくと原因が判明した。


『隠し部屋の主を討伐しました』

『ボーナス報酬:レベルが貢献度分アップしました』


どうやらこの隠し部屋の主、あの超大型モンスターを討伐したことにより、僕に莫大の経験値が入ったというわけらしい。

だが、僕はあのモンスターにとどめを刺した覚えは一切ない。

ましてや、一撃を入れることもなかった。

それなのに討伐通知が来たということは....


僕はスキルボードから目を外し、辺りを見回す。

暗闇の中限られた光源で探すと、うっすらだが確かに何か大きい物体が寝転がっているのが見えた。

それは数瞬の前に、僕たちを絶望へと叩き落とし、殺されかけたあの超大型モンスターの死体であった。


(なるほど、あいつがあの上から落ちて自動的に唯一部屋にいた僕に経験値が割り振られたわけか)


状況を察した僕はスキルボードへと再び目を向けて、システムからの通知をさらに確認していく。

システムからの情報を全て確認し終えた僕は、システムの通知画面を閉じ、本題のステータスへと目を向けることにした。


(あんなにレベルアップしたんだ。少しは強くなってる.....よな?)


息を飲み、少しの緊張と高揚感を覚えながらスキルボードへ自分のステータスの開示を求める。


「ふぅー......ステータス」


『要求を確認。ステータスを開示します』


「どれどれ、....え?」


そこには、驚愕の情報が乗っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

雨宮 渉 

18歳 性別:男 

レベル:1500

称号:なし(変更可能な称号があります)

SP:7500

HP:11256/11256 

MP:525/525 

STR:375(ATK+0%)

VIT:450(DEF+0%)

AGI:250 

INT:300 

LUCK:1

スキル

なし(所得可能スキルがあります)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(レベルが、1000越え?)


予想以上にレベルが上がっており、ステータスも以前より何十倍も跳ね上がっていた。

予想以上のことに驚きながらも、ステータスを眺めていく。

一通りステータスを見終わった頃、二つほど気になった点があったのでシステムに開示を要求した。


「取得可能スキルの開示」


スキルをずっと使えなかった身としては、これは一番最初に確認しておきたい事項である。


『許諾を確認。取得可能なスキルを開示します』


「うぉ.....これはすごいな」


システムの声とともに、スキルボードにあったステータスは全て取得可能なスキルの欄に埋め尽くされた。

取得可能なスキルの量は多く、期待を胸に見ていく。


(さて、せっかくだしスキルを取ってみたいけど、どれにしようかな?)


スキルボードに現れた数10個のスキルを眺めながらどのスキルを取得しようか決めかねていると、それを悟ったように頭の中にシステム音が鳴り響いた。


『こちらで、取得するスキルを代わりに決める、能力自動付与オートスキルテイカーを搭載しますか?』


「おっ、そんな便利な機能があるのか。ちょうどいいし、搭載するか。『イエス』」


『承諾を確認。能力自動付与オートスキルテイカーを搭載します』


自分でスキルを選んでみたい気持ちはあったが、スキルを一つも取得した経験がない僕が自分のスキルを決めても碌なことがないと思い、システムからの提案を飲み、決めてもらうことにした。


『システムより、能力自動付与で取得するスキルを選定しました。確認しますか?』


「一応、確認した方がいいよな。『イエス』」


『承諾を確認。選定したスキルを開示します』


『パッシブスキル:初級剣術LV3・魔力回路LV1・自然回復LV1・魔力回復LV1

アクティブスキル:疾風LV3・剛力LV3・超鑑定LV1・起死回生LV1

残量SP:5

で、よろしいですか?』


システムの選んだスキルを眺めつつ、何個かのスキルに疑問を持ちながらもシステムの選んだスキルを信じ、取得を承諾。

後ほどスキルの確認をすると決め、取得可能スキルを閉じ次の点へと進む。


「次は、この変更可能な称号についてだよな」


次の点は、スキルボードに乗ってあった変更可能な称号についてだった。

そもそも称号とは、モンスターやダンジョンに関わる事象に一定数同じ行動を繰り返したり、特定のモンスターの撃破、ダンジョンの攻略で得られる大変貴重なものである。

称号一つ持つだけでステータスが爆上がりしたり、特定のモンスターに対して強くなったりするなどと便利なものが多く、それだけで他の冒険者とは実力が広がり、強さの格が異なってくる。


称号を持つ人たちを例を挙げるなら、アークナイツの剣聖レインの『剣聖』の称号や、同じギルドのアイリスの『剣姫』の称号が挙げられる。


そんな冒険者を格段に強くする称号だが、それを取得する実績は果たしてあったであろうか?

その事実を確かめるため、僕はシステムに向かい命令を下す。


「変更可能な称号を開示」


『承諾を確認。変更可能な称号を開示します』


システムの音を頭の中で聞き取り、ステータス画面に二つの称号と思わしきものが映る。


『現在選択可能な称号

・深淵に選ばれしもの(未)

・逃げ足の王

条件達成可能な称号があります。達成しますか?』


「おおー! よくわからないけど本当にあるぞ!」


こんな自分があの伝説級の冒険者たちが保持する称号を持てたことに歓喜しながらも、画面に映る名前を確認し凍りつく。


「逃げ足の王って......名前、ダサすぎない?」


称号というものの多くは強力だが、大体が自分という冒険者の二つ名になることが多いのだ。

よって、このままでは僕の冒険者名が『逃げ足の王:雨宮 渉』になってしまう。

それは非常に困る。主に世間的に......


「まあ、効果だけは確認しておくか......」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

称号:逃げ足の王

戦闘から逃げ続けた者に与えられる称号。

それは最も臆病でありながらも、勇敢に生還した者にのみ与えられる称号。


AGI+200 動体視力向上(大)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「普通に強いな......」


僕は目に入った『称号:逃げ足の王』を見て思わずため息をつく。

あまりのダサい称号の響きと、真逆の良い対価を得られることに複雑な感情を抱きながらも、切り替えて上にあった二つ目の称号を確認する。


(条件達成可能な称号ってのは、この上にあるもう一つの称号のことだよな? まあ、不発に終わらせるのも勿体無いし、つけるか)


せっかくの称号だ。

二つもあるのに、一つが現状条件を達成していないだけで不発に終らせるのは、なかなかに勿体ない。

そんな無益なことをする僕ではなく、迷わず条件達成の項目を押した。


「『イエス』」


『承諾を確認。条件を達成します』

『適正者:雨宮 渉のレベルを確認』

『適正者:雨宮 渉のレベルが一定数超えているのを確認しました』

『よって適正者を適合者とみなし、昇格します』

『適合者の特定ダンジョンの隠し部屋への侵入形跡を確認』

『適合者のシステムへの称号取得承諾を確認』

『よって適合者を新たなプレイヤーとみなし、昇格します』


次々に情報が流れていき、称号取得へと近づいていく。

途中、気になることも言っていたがとりあえずスルーすることにした。


『条件未達成なものを確認』

『条件が完全に達成されませんでした。隠し部屋内にあった、宝箱内の物を入手してください』


「んー、なになに?宝箱を開ければいいのか?」


システムによる長い確認が中断され、再開のために僕は辺りを見回した。

するとそこには、一つの古臭い宝箱が寝そべっており、僕は中身の取得のため、宝箱へと近づいていった。


(そういえばアイリスが言ってたけど、これの中身ってすごく高価なんだよな? 確か兆とか.........一体どんなすごいものが入ってるんだ?)


開ける前に先刻、彼女が放った言葉が脳裏をよぎる。

僕はゴクリと息を呑み、恐る恐る中のものを確認した。


「これは......長剣か?」


宝箱の中身を確認すると、そこには漆黒のごとき黒で染め上げられた、美しい長剣が入っていた。

黒い長剣を手に取ると、再びシステムが稼働し、中断していた作業が再開された。



『アイテム:深淵の長剣ダーククレイモアの入手を確認』

『よって、アイビスの隠し部屋の攻略を確認』

『称号:深淵に認められしもの を入手しました』

『称号を装備しますか?』


システムの長ったらしい認証がようやく終わり、称号の取得が完全にできるようになった。


(良い貰い物もあったしな。よし....!)


待ち侘びた称号を拒否することもなく、僕はすんなりと受け入れた。


「『イエス』だ」


『承諾を確認。称号:深淵に認められしもの・逃げ足の王を獲得します』

『称号;深淵に認められしものを確認しました』

『新たなプレイヤーを歓迎します』


『新プレイヤー:雨宮 渉様』




『ようこそ、アビスへ』




「うっ.....!」


システムからの通知が終わった瞬間、視界が真っ白に光った。

眩しさのあまり、目を閉じ腕で覆いかぶさる。

数瞬の後、目の前に広がっていた眩い閃光が止み、ゆっくりと目を開ける。

そうして映った光景に、僕は思わず目を見開いた。


「どこだ.....ここ......」


目の前に広がった光景は当たり一体に草原が広がっており、先ほどの深淵を思わせるような暗闇は消し飛んでいた。

上から差し込んであった光は大きく広がり、太陽がひとつあたり全面を明るく照らしていた。


その光景は、完全に場所が移動したように、何もかもが自分のいた場所とは異なっていた。


「一体、どういう.......」


ありえない光景に狼狽え、動揺していると、再びシステムから声が聞こえた。


『プレイヤー:雨宮 渉様 ようこそ、アビスへ』

『まずは、この先にある人里、エルファス王国へと向かってください』


追い討ちをかけるようにシステムから謎の指令を下され、僕は更なる混乱へと陥った。


「アビス?、人里?、王国? 一体どうなってるんだ.....? ここはダンジョンじゃないのか......?」


訳がわからなかった。

ここはダンジョンの中で、緑はおろか人里なんて呼べる場所は万に一つもない。


システムからの指令を受けても未だ情報を理解できなかった僕は混乱し、座り込み、システムからの要求を半ば無視していた。

そんな僕にシステムは見かねたのか、再び声をかけてきた。


『早急に向かうことをお勧めします』


「ここは一体、どこなんだよ!」


慌てている僕に無慈悲にも指令を下すシステムに腹が立ち、思わず声を荒げる。


『ここは、エルファス王国の敷地内、テラリア大草原になります』


「テラリア大草原....? どこだよ、それ.....」


新しい情報に僕はさらに混乱し、ある種の絶望に浸っていた。

せっかく力をつけたと思えば、見知らぬ土地に一人放り出され、危険があるかもしれない場所を横断し、聞いたこともない人里へ向かえと言われる。

そんなの.....ひどいじゃないか......


「僕は、一刻も早く家に帰らなきゃいけないのに....」


家に帰りたい。

僕の願いはそれだけで、それ以上は求めない。

今はそれが一番大事でそれを一番にしなければいけない。

なのに、そんなありきたりなことはでさえ、僕にはもう、無理なのかもしれない。


理性が崩壊しかける僕はその場に崩れ落ち、涙を流す。

絶望を彷徨う中、甘い飴で蟻を釣るようにシステムが一筋の光を照らす。


『今回のクエストをクリアすれば、無事に家への帰還を約束します』


「え......? 家に、帰れるのか......?」


『家に帰れないとは誰も申しておりません。それにですが、あのままではどちらにせよ、あなたは脱出できずに死んでいましたよ。むしろ、感謝してほしいぐらいです』


「.........確かに.....そうかもしれないな.......」


その理想を叶える誘いに、僕は他の道などないと悟り、立ち上がる。


「わかった......」


そして僕は立ち上がった。

涙を拭き、片手に持つ漆黒の剣に体重を乗せ、草原の上に確かにずっしりと体重を乗せて。


「クエストを完遂すれば、家に帰れるんだよな?」


『約束します』


「だったら、やるしかないよな?」


帰る道は一つ。

ならば、その道を進めばいいだけのこと。

僕は草原の上にずっしりと体重を乗せ、システムの望む目標の場所へと歩き出した。


「待ってろよ、奏」







NEW!

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所有武器:深淵の長剣ダーククレイモア

推奨装備レベル:??

ATK+1% STR+50

概要:深淵の最も深く、黒い部分で生成された長剣。その漆黒に果はなく、どこまでも黒く、深淵の果てに近づける。深淵の黒は全てを見透かし、時には所有者をも見通す。

特性1:所有者に合わせて、成長する。成長限界はなく、どこまでも強くなる。

特性2:倒した敵の能力値の一部をこの武器の糧とする。

(まだ解放していない特性があります)

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