第2話 奉日本 澄玲と申します
あの後野宿、空間移動、徒歩を繰り返すこと5日が経った。遠すぎだろ王都。既に疲弊してるんだが。欲を言えば今すぐふかふかのベッドで眠りたいところだ。誰か養ってください。そして思う存分労わってください……。
そんな無謀な願いも虚しくここは人一人見当たらない平野。ここは天国か?と疑う程に何も無い平野が広がっている。
……?ん、あれ王都じゃね。地平線の向こうに砦が見える。王都は砦に囲まれていると親に聞いていたので、少しの希望を持つ。あれ王都。絶対王都。王都じゃなかったらもう私が王都にする。あそこにふかふかのベッドがあると信じて進むしかない。
地図も何も持ってなかった私は、適当にただひたすらに進んでいくだけだった。まぁ、都市というだけあり、王都に続く道は整備されていたので、魔界の道よりも遥かに進みやすかったが。
進みやすいのは間違いないけど疲れるものは疲れる。どうしてくれるんだ本当に。そろそろ本当に寝たい。でも私みたいなか弱い(?)女の子がそこら辺で寝たら寝てるうちに連れ去られちゃうからな。
途中で道端で休憩していた時に話しかけられた商人に心配されて譲って貰った(というよりは押し付けられた)食材と衣服に大分助けられた。
「そこのお嬢ちゃん、大分若いね。何歳?」
「10歳です。」
「10歳?!?!どこから来たか知らねえが、ここから先は昼は暖かくても夜は冷えるぜ。悪いことは言わねえ。これ持って行きな。この服も全部やるよ。」
「え、ですがお金がないので……」
「金なんていらねえよ。使わなくなってたし、荷物も重いんで貰ってくれたら助かるの。ほら」
「ぇえぇ……」
商人とのやり取りを思い出し、心の中で商人に感謝する。いつかまた会えたら、その時はお礼しないとだな。
それにしても、10歳の年齢で驚かれたことに疑問を抱く。魔界でも1人で魔物狩りによく出ていた。人間界では10歳で魔物狩りは早いのだろうか。
てか、昼は暖かいけど夜は寒いって、砂漠かよ。人間界は太陽があるから常に暖かいと思ってたんだけど。
「あ」
そういえば、と思い出したのは、手袋のこと。商人には気づかれなかったが、王都には沢山人がいると聞いたし、紋章をさらけ出したまま王都に行くと注目されそうだ。
商人から貰った物の中に、クライミング用の手袋と弓を引く時に使うゆがけがあったはず……と、鞄の中をゴソゴソ漁る。あ、あった。
何故クライミング用手袋が左手しかないのか甚だ疑問だが、ゆがけは右手だしまぁいいだろう。流石に片方だけは普段使いにはダサすぎる。かと言って互い違いの手袋(一方はゆがけだけど)を嵌めるのもどうかと思うけど。色似てるし違和感ないでしょ。
取り敢えず装着してみる。……大丈夫だよな……?まぁ……紋章よりも目立ちはしないだろう。
ふと、遠くに大きな木があるのに気がつく。王都の手前だ。空間移動に丁度いい。
空間移動というのは、いわば瞬間移動。だが、目的地が定まっていない状態で使うと、とても厄介なことになる。下手すると魔物のお腹の中に転移してしまうことがあるのだ。魔界で実際にそうなったこともある。お腹から突き破ればいい話だが、胃液で服がドロドロに溶けるので、もしそうなってしまうと服を譲ってくれた商人に申し訳ない。てか普通に胃液浴びたくない。気持ち悪い。
だから、目的地の目印になる対象物がある時だけ使うようにしていたのだ。歩くの疲れるけど。面倒くさいけど。てか人間界には魔物まだ残ってんのかな。ぽやーと考えながら足元に魔法陣を編み出し、
❝テレポート❞
と唱える。成功。王都との距離がぐんと縮まり、自分の前には大きな門が聳え立っていた。
門を潜ると、砦の中の気怠げそうな兵士に引き止められた。
「ちょっとお嬢ちゃん」
「はい、私のことでしょうか」
お嬢ちゃん、人間界の人は私の事をそう呼ぶ。魔界の人は小僧とか食べ物とかだったのに。人間って温厚だなぁ……。
「君以外誰がいるんすか。名前は?証明書は持ってる?」
やはり私の事だったようだ。
「名前は澄玲。
聞き慣れない言葉の語尾に?をつけてそう言った。
(今、奉日本って言わなかったか……?いや、高本だな。多分)
「持ってないすかー。それだとここは通せないんすけど……簡易証明書なら作れるかな……お嬢ちゃん、どこから来たんすか?」
どうやら、私がここを通れるように最低限のことはしてくれるらしい。魔界だったら、臓器を売らないと通してくれなかったかも。人間はどこまでも優しいな。
「魔界です」
「魔界っ!?君、魔界から来たんすか!?」
(え、やっぱり四大賢者の奉日本様の子供なんじゃ……!?)
「そうだと申しています」
親は死ぬ間際、魔界から来たと言えばわかると言っていたが。
(いやいやいや、真に受けちゃダメっす!こんな子供が1人で魔界からここまで来れるわけないっす。つまりこいつは……!)
「もしやお前、魔族か!?」
腰に携えていた剣に手をかけ、尋ねてくる。
「いえ、人間のはずですが」
「はず!?どういうことっすか!!」
刀身を鞘から出して構える。
え、待って。親が人間だから人間のはずなんだけど……この人には私が魔族に見えるのか?10年間ずっと人間と思って過ごしてたけど、もしかして魔族なの私?思えば、自身の姿見たことないし、容姿魔族だったりして……!(兵士が澄玲を魔族だと思い込みたいだけ。)
「ちょっとちょっと。五月蝿いよ。そんな大きな声で何騒いでいるのさ」
うおぉ、綺麗な人……。装備も他の兵士よりも豪華だ。長い艶のある黒髪を頭の上で縛り、身長はすらっと高い。
「副団長!この子、魔界から来たとか言ってるんすよ……!」
「魔界から来た?魔族では無さそうだが……苗字は?」
眉を顰めて、副団長さんが問うてきた。だよな私人間だよな!魔族では無さそうだよな!
「奉日本ですけど……」
「どうやって書くかわかる?書いてみて」
渡された紙にペンで〈奉日本〉と書く。
(えぇ!?ガチで四大賢者の子供!?)
「こりゃ驚いた。この子、四大賢者の娘さんじゃないか。はー、よく来たね。魔界から遠かったろう」
はい。それはそれはもう遠かったです。5日ですよ?人間界に来てから5日ですよ?『狭間』にいた時も合わせたら1週間ですよ?ふかふかのベッドは何処ですかと今すぐに聞きたい。
「ちょっと待ってな、今証明書を発行してやるよ。お前も着いてきな」
「あ、ちょ、速いっすよ副団長!」
バタバタと兵士さんが副団長さんを追いかけていき、2人は砦の中へ消えていった。
1人になった私は、手袋をずらして紋章を撫でる。この紋章は、何故いきなり現れたんだろう。平和な今、必要では無いはずなのに……。自分が本当に聖女だとしたら、私はどうなるんだろう。世界を救うことを任されるのだろうか。果たして、私が成すべきことなのだろうか?魔界から来たばかりの人間が、自分の親すら救えなかった人間が、世界を救えるのか?
「待たせたな。はい、これ。証明書だ。」
「あ、ありがとうございます」
咄嗟に紋章を手袋で隠す。見られてもいいものなのか分からないが、見せなくてもいいか。
受け取った証明書を鞄の中に丁寧にしまう。
「申し訳なかったっす。魔族などと疑ってしまって」
兵士さんが、申し訳なさそうに謝る。
「気にしていません。」
私はそう伝えた。だが嘘だ。ちょっと……いや、かなり気にしている。こんな私でも乙女心はあるんだぞ!女子を魔族呼ばわりなんて、今後一切しないようにな!……まぁ、魔界から来たことが珍しくて信じられなかったのだろう。
それよりも___
「騎士団本部の場所って、どこでしょうか」
親から言われていた、次の目的地。王都に着いたら騎士団本部に行けと言われていたのだ。王都に辿り着くまでもだいぶ長かったのに、次は騎士団本部に行けとか、どんだけ歩かせれば気が済むんだよあの親。死んでも私の扱い雑すぎるとか人の心ないのかチッという本音は飲み込む。
「騎士団本部ならここを真っ直ぐ行ったところにある大きな屋敷っすね。目立つから、多分すぐにわかると思うっす!」
「あぁ。こちらからも連絡をしておこう。普通は関係者以外立ち入り禁止だからな。」
いや立ち入り禁止の場所に行けっていう親何処にいるんだよ。この2人に聞いてなかったら入れなかったと思うんだけど!?
まぁ早くふかふかのベッドで寝たいからさっさと行くか。
「ありがとうございます!では、失礼します」
私は2人に手を振って、今度こそ砦をくぐった。
王都に差し込む陽の光が、やけに眩しく、思わず目を瞑った。
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ここまで読んでくださりありがとうございます!
次回の更新は2024/12/14の9:00です。
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