第2話 消えてしまいたい

自分の手の甲に突然現れた紋章は、やはり汚れではないらしく、こすっても石鹸で洗っても消えなかった。

なんだか落ち着かないので、ゆがけに似た黒の手袋を嵌め、隠すことにした。これなら薄くて普段使いがしやすい。

とにかく、今日一日を過ごすために食事と泊まる場所を探さなければ。時間は待ってくれない。やがて日は落ちる。だが、闇雲に探しても、食事や泊まる場所が見つかることはなく、いつの間にか、日は沈み、大きな満月が輝きながら登っていった。

「また失敗したんだ」

ぼそ、と呟く。しんとした深い暗闇に、静かに声が響く。行く宛てがない。これからどうすればいいのかも分からない。前世から転生してきたことだけがわかる私に、前世の知識などなく、5歳の知識ではもうどうしようもできない。もう寝てしまおう。全てを忘れよう。そして私が最初からいなかったように、静かに死にたい。

そうして、私は踞った。


前世の私の記憶は曖昧でよく覚えていない。気づいたら知らないところにいた、という感覚が強い。思い出そうとするほど、孤独感が増していく。何も分からない。前世の私の本能で思い出すのを拒んでいるのか。それとも、なんらかの影響で記憶喪失になっているのか。分からないまま一日が過ぎて行くだけだ。いっそ消えてしまえたら、どれほど良かっただろうか。誰にも迷惑をかけない。誰の人生の無駄にもならない。誰かを苦しませることがない。誰かを傷つけてしまうことがない。自分が存在するだけで何人が嫌な思いをしただろうか。人にはもう転生したくない。生きるのにはもう疲れたのだ。早く、早く。消えてしまいたい。誰の記憶にも残らずに__

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光をゆめみた花 織本ヨゾラ(Vネーム・星咲輝月夜) @hoshisaki-kaguya

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