第1章 紋章
第1話 紋章出現
突然の出来事だった。紋章が私の右手に現れたのは。
「…………ゑ」
なにこれ…………
それに気づいた私の口からは、間抜けた声。
初めての青空。初めての太陽。初めての人間界。人間界に来て初めての連続だったが、今回ほど驚いたものはなかった。
なにこれ。黒い……紋章?……誰か教えてくれ。なんだこれは。さっきまでこんなのなかっただろ。これに気づかないこととかあるか?ないな。自分の手の甲だぞ。なん……か、見覚えがある気がしなくもなくもない気が……。……そういえば、随分昔に読んだ文献の中に、この紋章があった筈。それから、有名な伝説も思い出した。
この紋章は、光の力をもつ者の右手に刻まれていた紋章。聖女の証でもある。
「…………」
こんな時も声出ないとかどんだけ普段無口なんだよ。いや、心の中では大分おしゃべりな方か。まてまてまて。正気か?できれば夢であってくれ。目を擦ってもう一度見てみるが、私の願いは儚く、さっきと同じ紋章が目に入る。まじかー……。いや、汚れだ。汚れであれ。ゴシゴシと擦ってみるが、全く消えず、その代わりに、本物の紋章だということが証明されてしまった。くそ、なんで私が……。
正真正銘本物の伝説の紋章。が、私の右手に。
自分、普通の人間。でも、聖女。に、なった。たった今。この瞬間。
うん、おかしい。
こんなことがあるんだなぁと他人事のように感心する。感心しているが、馬鹿げたこの状況にまだ頭はついていかない。普通だったらありえない。自分が聖女?この世を救う?そんなの荷が重すぎる。人間界に来たのも初めてなのに。人間界を救うのには自分が無知すぎる。自分には無理だ。自分の親も守れなかった癖に、何が世界を救う、だ。
ある日、親は魔界で謎の病にかかった。最初は嘔吐や熱だけだったが、途中から血を吐くようになり、そのまま死んでしまった。結局、原因は親が倒したという魔王の死体から出ている毒気だった。私は魔王城に行ったことがなかったので無事だったが、もしもっと早く原因に気づけていたら?否、今となっては何も出来ない。
1000年前の聖女なら出来たかもしれないけどな。だってあれ伝説だし。童話とか、そういう系統だし。フィクション信じんな私?自分の頭の中そこまでメルヘンじゃないだろ。本気にしたらダメだ。実話だったとしても、これはあくまで有り得ない話だ。
あ、でも……
私が生まれた奉日本家は王族の分家。ここ、アムラルン王国では伝説の聖者の子孫が王族として扱われる。つまり、私はあの伝説の聖者の血を引いている。それに加え、奉日本家は多くの神族と血縁関係を持っており、国で最も多くの神の血を引く一族と言われている。
そう考えると、おかしな話でもない気がする。いや、騙されるな?普通におかしいからな??1000年の間、聖者がいたという文献は見たことがないので、1000年ぶりだとしたら、何故今更なのかという問題に辿り着く。当たり前か、おかしな話だもんな。うんうん。まぁなんにせよ、今の時代は平和だ。乱れてなどいない。魔界にいる魔物や魔族は朽ちたことだし(自分がやったんだけど)、光の力が必要になるようなことは起こらないだろう。紋章の話は一旦自己完結し、そんなことよりも___と、自分の成すべきことを思い出す。
「まずは王都に辿り着かないとだな。」
ここは廃村。魔界と人間界を繋ぐダンジョン『狭間』の手前。荒れ果てた植物が広がる、人の気配など一切感じられない場所だ。まぁこんな所に人間がいたら、おかしいしな。魔界で人間なんて自分と家族しかいなかったし、人間が魔界にいるのは非常識なのだろう。当然、魔界の入口付近に人間は近寄らない。
伸びをして、深呼吸する。魔界とは違う、綺麗な空気が肺を満たす。親と一緒に人間界に来る__幾度か見た夢を攫うように、風が吹き抜けていく。太陽の暖かさを全身で受け止めて、雲一つない青空を仰ぐ。
「......行くか」
親がいてもほとんど話さなかった癖に、独りになるとつい独り言が多くなる。淋しさを掻き消すためだろうか。私は1歩ずつ、歩み始めた。
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次回の更新は2024/11/29の9:00です。
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