疑念の花束

『これが、これが万が一、本物の手紙だって可能性はあるのかな? セレーネさんに本当に妹がいて、ああいう手紙を送ってる可能性がある……のかなぁ? でも、それなら手紙の送られる先は本当にセレーネさんってことになるし、脅されてるのもセレーネさんになる。それは流石に変だよ。だって、妹が自分を大切に守ってくれたお姉ちゃんを騙して金を脅し取るなんて、あるの?』

 疑心暗鬼に満ちているケイだが、それでも唯一、あまり疑っていない存在がいる。

 それが、自身の兄であるスイとカイだ。

 呪詛を吐いて暴れる父親を抑える係に徹して懸命に弟たち二人を守ってきたスイと、傷つけられて泣きじゃくるケイにフォローを入れ、「大丈夫だ、俺たちは幸せになれる」と慰め続けていたカイ。

 年が七つも離れている上に無口で無愛想なスイには少し怖くて近寄りがたかったし、カイには揶揄われたり意地悪されたりもして結構ケンカをした記憶もあるので、両手離しで、

「お兄ちゃんたち最高! 神!! 愛してる!!!!」

 とは言えなかったが、それでも親代わりのような二人を尊敬していて心から大切な家族だと思っていた。

 ケイは捻くれた性格をしていることや照れやすい性格をしていることも相まって、絶対に二人に伝える気はなかったが、兄たちのことが大好きだったのだ。

 大人になった今でも、何か問題が発生した時に相談相手として真っ先に思い付くのは兄たちだ。

 未だに二人に接すると少し甘えて子供っぽくなるケイだが、それでも兄たちには恩を返したいと思っており、いつか二人が困った時に、

「ケイ、助けてくれ」

 と、頼られるのをちょっぴり期待していたりもする。

 二人を貶めたり騙したりして金銭を毟ろうとは露ほどにも思えなかった。

『もしも本当にいるならって仮定の話になるけど、妹の話をするセレーネさんは純粋に楽しげで誇らしげだった。甘えたところもあるけれど、意外としっかりした子なんですよって、そんな風に妹を紹介するセレーネさんが、妹さんから恨みを買っているようには思えないんだよな』

 幼少期、互いを心の支えにして助け合っていた姉妹ならば尚更だ。

 ケイにはどうしても、仲良し姉妹が互いを裏切ったり、片方を陥れたりするような姿を思い浮かべることができなかった。

『ないとは思うけど、まあ、でも、一応、考慮はしとくべきなのかな。まあ、明日になれば素行調査の結果が返ってくるし、そこら辺については結果を見てから考えようか。まあ、多分、本当に妹なんかいないんだと思うけどね』

 万が一を考えて用心深いケイが、セレーネがカモられている可能性も心に留めておく。

 暑くなった頭を抱えて、ケイはゴロンと寝返りを打った。

 じっと見つめる薄暗い部屋のドアが開く気配はないし、神経を研ぎ澄ませてみても廊下に人がいる気配は感じられない。

 セレーネがやって来るような様子は微塵もなかった。

『来ない。やっぱり、俺みたいなのに突っ込まれるのは嫌なのかな。触られるのはギリギリ許せても、体は差し出せないのかな。それとも、本当の本当は兄さんが話したように俺が疑心暗鬼になってるだけで、セレーネさんは俺のこと、好きだったのかな。本当は妹だってちゃんといて、自分で何とかしようと頑張ってたのに俺にあんな態度をとられて、酷いこと言われたから、俺のことなんか大っ嫌いになっちゃって、見るのも触るのも汚らわしいって思うようになっちゃったのかな』

 今までかなり触ってもくすぐったそうに笑っているばかりだったセレーネが初めて自分を巨別した姿を思い出し、少しだけ元から愛されていた可能性を考えたケイだったが、すぐに「そんなわけないよな」と首を横に振った。

『どうせ、本当に好かれたら好かれたで定期的に疑心暗鬼になって、苦しむ羽目になる。だったら最初から嫌われてる方がいいんだ。俺の疑心暗鬼とか、警戒心とか、そういうので簡単に消えるような恋心なら、抱かれていない方がいいんだ』

 愛されたいという純粋で強い願望を捻くれた心で覆い隠して、ケイがモゾモゾとシーツを被り直す。

 それから、熱くなる目頭を摘まんでギュッと涙腺を止めようとした。

 だが、失敗してしまった。

『来なかったら本気で嫌われてるってことで、来たら、これからはちゃんと偽物の愛を痛みが少ない形でもらえることになる。どっちに転んでも、俺には良い事しかないんだ。でも、なんで、涙が出るんだろう』

 ボロボロと零れる大粒の涙を手のひらで一生懸命に拭ったが、いくつかはシーツに落ちて染み込んで行った。

 真っ白い布が灰色っぽい面積を増やしていく。

 頬にも涙がボロボロと伝って、セレーネに噛まれた部分が甘く疼いた。

 攻撃性がないどころか癒すような甘噛み。

 睨む瞳には強い怒りが籠っていたのに、噛みつく歯にはまともに力が込められておらず、そもそも歯で触れられたのかすら分からないほどだった。

 いつか、セレーネが「ご主人様はチグハグですね」と笑ったことを思い出す。

『どっちがだよ。俺みたいな屑、叩いてくれたらよかったのに』

 ケイはその後も起きていたが、しばらく時間が経つと普段彼女が使用している枕を抱き締めて眠った。

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