一凛目の疑心暗鬼

 ケイ自身、誰かとディープキスをするのは今回が初めてだ。

 上手くやれる自信などなかったし、気持ちよくしてやれるとも思っていなかった。

 そのため、軽く舌を突っ込んで少しだけ動かしたら終わりにしてしまう予定だった。

 だが、実際に入れると溶け合うような高温に愛しく縮こまるセレーネの小さな舌、自身の口元をくすぐる彼女の驚いた鼻息に体中の熱が上がって、止まれなくなった。

 逃げ腰になるセレーネの背中を片腕で押さえ、器用に自分の方へ引き寄せて舌を押し込む。

 ケイの命令に従い、ピクリとも動かさずに堪えていたセレーネの健気な舌の裏に自身の興奮した舌を潜り込ませ、持ち上げた。

 そして柔らかく敏感な部分を衝動のまま擦り上げ、固く浮かせると今度は絡みついて側面や奥を嬲った。

 体の中心から激しく湧きあがる愛欲と憎悪を全て熱に変換してセレーネに送りつけ、彼女の口内を満たす。

 挙句、口内を荒らすだけじゃ物足りなくなったケイがセレーネの真っ白い部屋着の中に手を突っ込んで、彼女の繊細な母性を揉みまわす。

 愛撫というよりガツガツと貪る姿は激しく乱暴だ。

 静かな室内にはぬちゃぬちゃとした水音が満ちて、互いの荒い吐息だけが鼓膜を揺さぶる。

 コクリコクリと喉を動かして一生懸命に欲を受け取るセレーネは必死だ。

 自分では一切干渉できない肉の塊にグチャグチャと口内を這い回られ、熱を押し込まれているせいでロクに呼吸すらできていない。

 何度も擦られて痺れる舌からは淡い痛みの他に快楽を感じ、酸素の足りない頭が余計にふわふわと浮足立つようになる。

 真っ赤な顔で涙を浮かべているセレーネには、自身の柔らかな体が好き放題にもみくちゃにされていることや、腰付近にケイの硬い質量が押し付けられていることを気にしている暇はなかった。

『変な声、聞こえるの、私? 頭、おかしくなる』

 指の先までじりじりとした刺激に侵され、全身が固く緊張する。

 指の先までジリジリとした刺激が満ちた頃、不意打ちのようにケイに舌ごと口内を吸われて一気に全身から力が抜けた。

 クラクラとしたまま床にへたり込むセレーネは腰が抜けてしまって立つこともままならなくなる。

 汗ばむまま肩で息をして、セレーネはぼやけた茶色の瞳から涙を溢した。

『お洋服、勿体ないな。おっぱい、出そうになってる』

 視界に入り込む豊かな胸がボタンを千切られ、破られて大きく開いた部屋着の胸元からこぼれ落ちんばかりになっていて、大きく存在感を強調していた。

 ふと、揉まれていたことを思い出して全身が更にカッと熱くなる。

 セレーネは大慌てで胸を抱き寄せて両腕の中に隠した。

「セレーネさん」

 不意に少し上の方からケイに声をかけられ、セレーネが真っ赤な顔をあげる。

 すると、同じように頬を赤くして息を切らせたケイが財布からお札を数枚抜き取って自分の方へ向けているのが見えた。

 ぼやけた頭ではケイの意図がまるで理解できないが、酷く嫌な予感がする。

 体中をゾクゾクと犯していた甘い熱や少し前の会話内容さえ忘れさせるような幸せが抜け落ちていくような錯覚を覚えて、セレーネは身震いをした。

「…………ご主人様、これは?」

「いらないの? ほら」

 どこか苛立ったケイにパサリと紙の束を振られても、脈絡がなさ過ぎてセレーネにはさっぱり彼の意図がくみ取れない。

 だが、絶対に金を受け取ってはいけないようにも思う。

「いらないです!」

 セレーネがブンブンと首を横に振ると、ついでに彼女の豊満な胸もタユンタユンと揺れて暴れる。

 ケイは抱き寄せられることで深くなった胸の谷間に折り畳んだ札を差し込むと、そのままセレーネの頭をいい子、いい子と撫でた。

「かわいいね、セレーネさん。でも、そんな風にいい子ぶらなくていいよ。大丈夫。分かってるから。分かった上で、あげるから」

「分かってるって、何をですか?」

 温かな包容力で無理やり自分を包み込み、ヨシヨシとあやしてくるケイをキッと鋭く睨みつける。

 すると、ケイは困ったように溜息を吐いた。

「セレーネさん、演技上手なところが素敵だったけど、もういらないからやらなくていいんだよ。それと、往生際が良くないのは駄目だと思う。大丈夫。何があってもセレーネさんを追い出すことはないから。だから、安心して良いんだよ。安心して、俺から好きなだけお金をもぎ取っていいんだよ。そういう予定だったんでしょ」

「違います。さっきから、いったいご主人様はどういうつもりで話されて、どういうつもりで行動なされているんですか。キチンと話してください!」

 ギロリと睨みつけるとケイが撫でるのを止める。

 その代わりにギュッとセレーネに抱き着いて、

「セレーネさんが俺を騙して金をとろうとしてるって、言ってるんだよ」

 と、耳元でささやいた。

「え?」

 そもそもの問題は、自分が妹の病状の悪化を隠し、コッソリとお金を稼ごうとしていたことや、その諸々をケイに隠していたことだったのではないのか。

 ケイが「妹のために金をもらおうとしていること」に怒っているのならば、まだ理解ができる。

 だが、「騙して」というのはセレーネの行動のどこに当たるのか。

 寝耳に水を食らってパチリと固まるセレーネの顔を一瞥したケイが苦しそうに顔を歪めた。

「え? じゃないよ。白々しい。別に分かっててもお金を渡すって言ってるんだから、いい加減にキョトンとした態度をとるの、やめてくれる? 物凄く腹が立つんだ。物凄くね」

 吐き捨てる犬歯が尖っている。

 やがて、ケイはセレーネが目を丸くしたまま固まっているのを確認すると、深い溜息を吐いて口を開いた。

「いつセレーネさんが計画を立て始めたのかは分からない。奴隷市にいた時から俺に目をつけてたのか、あるいはその後、セレーネさんに懐く俺を見て計画を立てたのか、それは俺にも分からない。でも、いつからかセレーネさんは、俺なら簡単に惚れさせられるって気がついたんだ。実際、そうだよね。俺はセレーネさんが大好きだ。セレーネさんが詐欺師の屑だって分かっても、愛情なんか一つもくれないんだって分かっても、大好きだ。愛してる」

 甘い言葉を重ねるケイだが、目が笑っていない。

 抱き締められた肌からケイの仄暗い粘着質な冷たさが体に入り込んでくるようで、背中を一撫でされたセレーネはゾワリと体を震わせた。

「セレーネさんさ、本当は妹なんていないんでしょう? 俺、ちょっと前までは今よりもずっとピュアだったからさ、セレーネさんの昔話をそのまま信じたんだ。妹のことを語るセレーネさんが健気で綺麗でかわいくてさ、見蕩れた。性奴隷になった経緯とか、子どもの頃の話とかを聞いて感動した。それでさ、ここに関してはセレーネさんも嘘を吐く必要ないなって思ったから、素行調査とかしなかったんだ。でも、こういう話に繋がるなら、ちゃんと調べておくべきだったね。ねえ、セレーネさん、本当は妹なんていないんだよね。それで、本当にいるのは、俺以外の恋しい男なんだよね? 教えてくれた話は全部、本当はセレーネさんの愛しい男の話だったんだよね?」

 セレーネには元々、病弱でお金も持っていないが心優しい、素敵な恋人がいた。

 彼女は自身も必死に働きながら恋人の看病をして、苦しいが幸せな生活を送っていた。

 だが、そんな中に悲劇が起こる。

 セレーネの愛しい男性が酷い病に侵されてしまい、大金を払って治療しなければ生きていることすらままならなくなってしまったのだ。

 苦しい状況に晒されたセレーネは結局、多額の借金を負って最終的に性奴隷にまで落ちた。

 しかも、その先でケイに買われ、恋人とは離れ離れの生涯を送る羽目になった上に、好きでも何でもない男性の相手をしなければならなくなった。

 愛情深くて潔癖なセレーネには耐えられない地獄だ。

 せめてもの癒しを求めたセレーネは恋人の男性を妹ということにして話をでっち上げ、彼とこっそり文通をすることにした。

 初めは嘘の手紙でもやり取りをできることが嬉しくて堪らず、彼の病状が安定していることにも安心を覚えて満足していた。

 だが、途中から手紙のやり取りだけでは我慢できなくなってしまって、本当に愛しい男性と暮らしたくて仕方がなくなってしまった。

 そこで、セレーネはケイを利用して彼から大金を巻き上げ、その金をそっくりそのまま恋人へ送ることにした。

 そして、あらかたケイから財産を巻き上げたところで恋人と駆け落ちをし、遠く離れた土地で夫婦として生活を送るという、壮大でドラマチックな計画を立てた。

 これが、ケイの持つ疑心暗鬼の内の一つだった。

 なお、先んじて外出を禁止したのもセレーネの駆け落ちや脱走を予防するための措置である。

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