謝罪カイ

 カイの執務室は書類がゴチャゴチャと大量に乗っかった机など、一部の例外を除いてはスッキリ整頓されており、仕事ができる風の部屋である。

 元は結構な散らかり具合を見せていたのだが、約半年前からアメリアが秘書の業務ではないにもかかわらず定期的に掃除をしてくれるようになったため、部屋は今の形に落ち着いたらしい。

 部屋に呼び出されたケイはフカフカのソファに座り、カイがコーヒーを持って来るのを大人しく待っていた。

「ほら、ケイ。お前の分は無糖にしといたぞ。お前、よくこんなクソ苦いの飲めるよな。俺は砂糖とミルク入れなきゃ無理だね」

「それなら最初からコーヒーを飲まなきゃいいのに。お茶なら平気なんでしょ?」

 苦笑いを浮かべてブラックコーヒーを啜るケイに、甘いカフェオレを飲んでいるカイが、

「それは確かにそうなんだけど、コーヒー飲めたら格好良いじゃん。カフェインで目が覚める気が……ちょっとだけならするし」

 と、同じような苦笑いを返す。

 そして、カフェオレを啜りながらソファに座ると、カイはやたらとソワソワとした様子で机の上に乗っていた真っ白い箱をケイの方に差し出した。

「これ、中に行きつけの店のケーキが入ってるんだ。甘いものが好きな子なら、まず間違いなく気に入るだろうショートケーキと、ケイ用にモンブランが入ってる。その、セレーネちゃんと食べな」

「ありがとう、兄さん」

 箱を受け取り、ニコッと笑顔を見せたケイに対しても、やっぱりカイはソワソワとしたままでモニモニと唇を動かしたり、照輪すらをしたりしている。

 まるで、叱られた子供のような態度だ。

 少しの間、沈黙が流れたが、ふとケイが小さくため息を吐いたのに気がつくと、

「なんかケイ、最近、疲れてるよな。大丈夫か? その、セレーネちゃんとケンカしたりしたのか?」

 と、心配そうにカイが問いかけた。

 それに対し、ケイは力なく首を横に振る。

「ケンカはしてないよ。でも、なあ。ねえ、兄さん、女性に嫌われる方法ってある? ほど良く嫌われる方法」

「嫌われるって、急にどうした!?」

 酷く疲弊してソファに背をもたれさせるケイにカイがギョッと目を丸くする。

 ケイは億劫そうにチラリとカイを見たが、その後に自分とセレーネの関係性や事情を簡単に説明すると、最近、彼女のアプローチが激しくなっているせいで嬉しい反面、酷く傷ついて疲れることなどを話した。

 話を聞き終えたカイが、ムゥッと眉間に皺を寄せる。

「なるほどな。一応確認だが、ケイはセレーネちゃんが引っ付いて構ってくるのが鬱陶しくなって疲れてるわけじゃないんだよな?」

「うん。俺、構われるの好きだし、セレーネさんも俺が疲れてる時にまで元気いっぱいにベタベタしてくるわけじゃないから。どっちかって言うと、気を遣いながら引っ付いてくる感じ。で、俺も元気な時は正面から抱き締めてキスをしてくるみたいな。うぅ……好きだなぁ。セレーネさんのこと」

 話せば話すほど落ち込んでしまって、ケイがしょぼんと項垂れる。

 落ち込んだ黒髪にカイがポンと手のひらを乗せた。

「ケイがぐったりしていなければ、惚気にしか聞こえないんだけどな。聞いた感じだと、セレーネちゃん、お前のこと好きなんだろうなって感じしかしないし。ケイはもう少し素直に好意を受け取ってもいいんじゃないか? そこまで疑う必要もないだろ」

 優しく諌めるような口調で「お前は昔から疑心暗鬼すぎるんだよ」と、カイが苦笑いを浮かべれば、ケイがグッと顔を上げてギロリと彼を睨んだ。

「この前、良い恋愛はできない、お前は絶対に裏切られるっていった人の言葉なの? それが?」

 吐きだす言葉にシッカリ毒と怒りを混ぜ込んでやれば、一瞬だけバツが悪そうに目をそらしたカイが、すぐにキチンとケイの瞳を見つめるようになる。

「悪かったよ。遅くなっちまったけど、今日はあの時のわびを入れに来たんだ。あの日の前日、ちょうど彼女に振られたからムシャクシャしてて、お前に当たった。悪かったよ。セレーネちゃんに関しても、あんな言い方して悪かったと思う。お前にも、セレーネちゃん本人にも。ごめんな」

 真直ぐに自分を捉えるカイの灰色い瞳は澄んでいて誠実だ。

 言葉も真っ直ぐで、開いた両膝に手のひらを置き、スッと下げた頭には清らかな謝意を感じられた。

 正直、セレーネを悪く言われたことにはまだ少し苛立ちがあったが、誠意溢れる謝罪を見ていると意地も少しずつ引っ込む。

 だが、その代わりに兄が自分へ向かって頭を下げていると思うとむず痒いような、照れくさいようなソワソワとした感情が湧き立つ。

「それは……もういいけど」

 本当はもう少し爽やかに兄の謝罪を受け入れたかったのだが、結局、カイを許すケイの口調はモゴモゴと口籠った少し喧嘩腰なものになってしまった。

 だが、カイの方は「ありがとう」と再び頭を下げている。

「分かった! もういいってば! 兄さんはもう、顔を上げてよ!」

 真っ赤になって恥ずかしそうに目線を下げたケイが、照れ隠しついでに机に乗っかったままの箱を受け取れば、カイがようやく顔を上げて安心したように胸をなでおろした。

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