ムギュッ!
薄暗い部屋の中、少し広いベッドの上でセレーネが横向きに寝ころんでいた。
『おっさんは嫌だ、性病で早死には嫌だと抵抗しながら処女を守って二十三年……どうしよう。正直、男性に免疫なんて一つも無いよ!』
チラリと隣を見ればケイもセレーネと同様に寝転がっている。
ケイとは少し距離があり、密着しているというわけではないが、やけに静かであるせいか互いの呼吸音や寝返りを打った時の衣擦れの音が目立つ。
シーツ越しに相手の体温が伝わってくるようで、セレーネはドギマギと心臓を鳴らした。
『ご主人様は意外と紳士的だし、優しくしてくれるかな? でも、どうだろう。凄い酷いことをされたら……初めは痛いって聞くし、それに、ド変態っぽいからとんでもないプレイをさせられるかもしれない』
セレーネは潔癖だ。
体を売ればすぐにお金が手に入ることは知っていたが、見知らぬ男性に性的なサービスをすることへの生理的嫌悪感が凄まじくて、殴られようと小銭をばらまかれようと他人に体を触らせることすら避けてきた。
どんなにお金がなくて惨めな思いをしても、同じような境遇の子がきらびやかな衣服を着ているのが羨ましくても、売春はせずにいた。
そんなセレーネは、初回は痛いらしいという情報と、最終的に相手と肉体的に結合するらしいということくらいしか性知識がない。
未知である上にどうやら苦痛が伴うらしい行動を特に好きではない男性とすることが、やっぱり怖かった。
ただ、それでも不幸中の幸いがある。
男性に近寄られただけでビンタしたくなるセレーネだが、何故かケイだけは近くにいても平気で、触れられたり見られたりしても、そこまで強い嫌悪感は覚えなかった。
『餌付けされたからかしら? それとも、見た目が整っているから? 定期的にキモいとは思うけど、他の男性に感じた嫌悪感とも少し違うのよね?』
自分の感覚ではあるが、それがどこから湧いているのかイマイチよく分からない。
何となく、ケイの背中をムニッとつつく。
『やっぱり、別に不快じゃない。一方的に触ってるからかしら?』
そのままムニムニとつついていると、照れて頬を赤くしたケイがセレーネの方を振り返った。
「どうしたの? セレーネさん」
「いえ、何となく……何となくです」
どう答えたものか。
曖昧に笑ってセレーネは首を横に振った。
ケイがモゾリと寝返りを打ってセレーネの方を向く。
「ねえ、セレーネさん。くっついても平気?」
「大丈夫ですよ」
律儀に許可をとるケイにコクリと頷く。
すると、ケイはモソモソとシーツの中で動いてセレーネに這い寄り、モギュッと彼女の身体を抱き締めた。
しかし、落ち着く抱き方が分からないのか抱き締めた後もモサモサと動いている。
少ししてセレーネの顔面を自分の胸元に埋める形で落ち着くと、ようやく脱力して体を柔らかいベッドに沈み込ませた。
『温かくて良い匂いがする。いちいち許可をとってくれたり、気を遣ってくれたりするから平気なのかしら。ロクに知りもしない、キモい寄りのアレな人なのに』
モチリと頬にぶつかる柔らかいケイの胸元からは洗濯洗剤の優しい香りがする。
少し刺激的な香辛料を思わせる体臭もキツイものではなく、良い匂いと混ざりあって心地良さを生んでいた。
柔らかさと香りに包まれた上で背中を撫でられると妙に安心して眠くなってくる。
しかし、セレーネ的にはそれがどうにもこうにも悔しくて堪らなかった。
今まで他人を見かけたら敵とみなし、哀れみで与えられたカチカチのパンの切れ端をひったくるように受け取って怨恨の涙を流しながら妹に与えてきたセレーネだ。
「可哀想に」と頭を撫でようとする貴婦人の手を弾いて従者にぶん殴られたセレーネだ。
ケイから与えられた風呂と食事は堪能してしまったセレーネだが、
「本来の私は少し優しくされたくらいで懐く安い子じゃないぞ!」
と、大慌てで眠らせていた反抗心を叩き起こすとモゾモゾと動き、少しケイから距離をとった。
そうして失われかけた謎のプライドを取り戻してホッとしていたセレーネだったが、急な彼女の無言の抵抗に驚いたケイが、
「セレーネさん、離れたい? それなら、少し離れてあげようか?」
と、寂しそうに問いかけてくると言葉に詰まり、体もカチリと固まった。
そして結局、
「いえ、大丈夫です。あの、寝返りを打っただけですので。そもそも奴隷の私に決定権はありませんし」
と、頬を赤くしながら小さく唇を動かして、自分からケイに抱き着く羽目になった。
『悔しい』
離れていた時よりもムギュッと抱き着いた感覚の方が安心することを改めて感じ、セレーネがムググと唇を波打たせる。
『私、でっかいぬいぐるみ好きだったし。昔、家にあったやつ。もう、とっくに売っちゃったけど。でも、ぬいぐるみを彷彿とさせるから好きなのかも、ご主人様の体……に抱きつくの』
ケイの肉体はどちらかというと痩せ型で、モッチリムチムチなお肉はついていない。
胸や尻には少し肉が付いていて柔らかいが、マシュマロボディと評したり、私のかわいいクマちゃん人形! と評したりできるほどではなかった。
そして、セレーネも本当はそのことに気がついている。
昔、好きだったクマちゃん人形とは似ても似つかない抱き心地をしていることや、ケイの方が抱き着いていて気持ちが良いことに、とっくに気がついているのだ。
しかし、それでもケイに抱きつくのが好きだということは認めたくなくて、セレーネは必至に脳内で言い訳を繰り返しながら彼の背中に腕を回した。
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