episode_0020◇北区第三中で二番目に強い教師〈B〉|北区・桧木桜明

「もぐさ、先帰るぞ」


 彼の友人らしい、短髪吊眼の少年が、投げるように言った。


 其の言葉を受け取った彼……もぐさ君は、動きを一瞬止めた。

 だが、攻撃は緩めない。


「え、ちょっと……」


 友人へ首を向ける。

 二本の警棒を地図記号のように交差、防御しながら。



 もぐさ君の視線の先に在ったのは、緩いベルトの背嚢を両肩からぶら提げ、背を向け完全に帰宅しようとする友人の姿。

 其れを確認した彼は、


「負けました! 帰ります!」


 言い放つと、後方壁際に放っておいた背嚢の下へ跳躍、退却。

 警棒で引っ掛け取って肩に担ぎ、体育館の角を曲がりつつある友人を追い駆け去っていった。



 無駄な足掻き、格好悪いことは分かりつつも、其のうなじ目がけ木刀を投擲。

 不命中あたらず


「……不完全燃焼」


 一方的に敗北を宣言され終了……。

 実力は伯仲して居た故尚更だ。



 戦闘を終わらせる原因と為った少年と共に、其の始終を傍観して居た……朝顔ききょう君が腰に佩びた太刀も気になるが、


「秋葉桂に負かされてくる」


 一先ずは上位者に叩き潰されることで、もぐさ君との戦いの何とも微妙な後味を打ち消そう。


 帰っていった二人と違い、朝顔ききょう君は仮入部に来たと云う。暫くは残って居る筈だ。其れ迄に戻って来られれば良い。





 ダンダンダン、と技術室の窓を敲く。

 汚れた硝子越しに白い影。


 窓は滑り悪く開いて、桂がやや不機嫌そうな眼で顔を出した。


 一瞬迷いを浮かべ、背後の……彼女と同等かそれ以上の気配に視線を向け、


「まだやめておこう」


 一分程掛け、上履きからいつもの編上げ長靴ちょうかに履き替えると、窓上枠に踵を引っ掛け乍ら後転で校舎の外へ出た。


 今日もあの棒を使う気はないらしい。

 恐らく最も使い慣れている得物で、リーチも長い。何時の日にか、あの棒を持った桂と一戦交えてみたいが、僕は未だに袋に包まれていないあの棒をお目に掛かる事すら出来ていない。



 後転で乱れた着衣を整え、ポケットから長財布大の『剣』を取り出す。


 互いに得物を手にした、この動作を鏑矢として接近。袈裟懸け。

 彼女は長財布の短辺の一方からピンを抜き、警棒のように振って刃を伸ばし受け流した。


「……何度見ても奇怪な剣だ」


 刃は紙幣程の薄い鉄板。それが10枚ほど連なって展開されスライド、1m近い両刃の直剣と化す。

 台形に曲げられたレールで噛み合っているため、外れることはない。

 構造は太極拳で使う伸縮剣に近いが、より単純で手入れがしやすく、頑丈かつ鋭い。



「ぁッ!」

「ふっ……」


 僕が放つ如何な攻撃も、彼女は余裕で受け流す。

 こんなものウォーミングアップだ、とばかりに。



「っと」


 木刀へ突き。

 構造上、突きには一切の力も無く、只縮む。伸縮式警棒で其の動作に必要な力と比べ、圧倒的に弱い衝撃でも。


 そして、再び振り……、


「……!」


 攻撃が読み辛い!

 一瞬の迷い。其の隙に彼女が一気に距離を詰めてくる。


 僕のカウンターも虚しく、防刃仕様と思しき手袋で木刀を掴まれ、首の左側に冷たい刃が触れた。



「まだまだだね。チェックメイト」


 笑みを浮かべ、僕を見上げて呟いた。



 数秒の後、彼女が動いた。

 木刀から手を離し、僕の首からは刃を離して、その先端を防刃手袋の掌で柄に押し込んで刃を仕舞った。


 そのまま流れるように僕から少し離れて、


「最後まで油断しちゃダメだろっ?」


 僕の鳩尾に鋲付き長靴ブーツで蹴りを入れた。




「っ……」


 この感覚だ。強者に叩き潰される、ということ。

 ともすれば負け癖となるが、しかし自分よりも強い者がいるということを、其れ超えるという目標を認識する事は大切だ。

 更に強くなる為に、また違う強者と戦い、その繰り返し。



 案の定、朝顔ききょう君は未だ残って、木刀で素振りをして居た。


 ……ん?


「あっ、桧木先生」

「……ん、何だ」


 部長のあいだ。


「仮入部に来たあの人、結構強いです。剣道経験はないって言ってましたけど。絶対正式に入部するようにめちゃくちゃ勧誘しておきましたー」


 開いた手で朝顔ききょう君を指し乍ら言った。


「そうか」


 ……確かに、競技として、武道として剣道をして居た者ではないだろう。

 僕が師と仰ぐあの人や、警棒使いのもぐさ君の様な、実戦の為の技術を会得した者とも違う。

 何方かと言えば秋葉桂の様に、武器を使う為に我流で身に着けた力だ。


 其の使う為の武器というのは……、


朝顔ききょう君、其の刀は使わないのか?」

「……っ! ……普通の人間が何の準備も無しに使えるものじゃないですよ、先生。それは先生もよく知っていますよね?」

「やはりか……!」


 彼が佩いた太刀が放つ悍ましい邪気。

 其れは、我が家の家宝である太刀の其れと同種の様に思えてならなかった。


「……待て、『普通の人間が』『何の準備も無しに』? 裏返せば『普通ではない人間』や、『相応の準備をすれば』使えるということか!?」


「は、はい……。じゃあ、ちょっと着替えてきますね……」



 朝顔ききょう君が背嚢を抱えて更衣室へ向かい、数分後。

 体育館裏へ戻って来た彼は、黒衣を纏っていた。


「これで……」


 太刀を抜いて軽く振るい、


使、です」


 と言って鞘に戻した。


「ほぉぉぁ……」


 圧。余りの圧に、只、口から息が漏れた。



「そうですね、先生。日曜日、空いてますか?」

「あ、ああ」


「先生が#貓爪砥ネコノツメトギ……これの片割れの刀を使えるようにします。……だから、この巫女服を物欲しそうに見ないでくだサイズ合わないですよ……!」




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「作者は剣道の経験とか無いのでそのあたり大目に見てください」

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紫の禍髪(カガミ)-起眞市立北区第三中学校&異境・桑織の日常- 詩織(時々ツインテール) @Kuwa-dokudami

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