episode_0019◇北区第三中で二番目に強い教師〈A〉|北区・桑祓朝顔
熊区に聳える双峰の北側、
桑織神社分社。
単立神社で神社本庁の決まりは無視できるとはいえ、中学生に宮司代理を任せるのは未だにどうかと思うが、木菟入道が何もやらないのでしょうがない。
「っあ! ぁあ! はぁあっ!」
境内に刃が風を切る音と気合が響く。
素振りだ。
握っているのは木刀ではなく真剣。秋葉武蔵鐙の最高傑作とも言われる太刀、#
〈負荷軽減〉等の呪術を幾重にも付与した黒染めの巫女服を着ているというのに、魂魄負荷がえげつない。
今も刀身に纏わりつく怨霊が、オレの魂魄を喰らって取り込もうと、怨嗟と威嚇を向けている。
『なかなか慣れてきたじゃん』
朱の瞳と漆黒の長い髪、病的に青白い肌。
オレと同じ黒染めの巫女服に身を包んだ、7~10歳くらいの少女が、物理的に上から見下ろして言った。
……いや、亡霊に物理的とか無いか。
「なあ、坐禅。これ本当に人間が使う武器なのか? あの馬
『実際使いこなした人がいるからねー。でも、人間が使えるかどうかを考慮してないのは確かだと思う』
ほぼ〈念話〉なので問題はないが、10メートルほどの距離を保ったまま言う。
どんなに高い霊力を持っていようとも、魂魄を
『さらに言えば、そこらへんに雑魚亡霊が沢山いた時代で怨霊の霊力も高かったし、#貓爪砥と二刀流で、服に付与した呪術も〈負担軽減〉じゃなくて〈身体強化〉系』
「何だよそれ……」
『まあ、低木ちゃんは暴力特化型だったからね。強くなるためなら何でもするし、何でもできる。比べようなんて思ってないよ。っていうか、怨霊の弱体化に関しては〈伝承属性〉で相殺されてるし』
「……あぁ」
だが、このままでは万が一特殊型が暴走した時の対処など、到底無理。それは純然たる事実だ。
そもそも、破壊特殊型相手ではどうしたってパワーが劣るし、呪術も耐えるので精いっぱいだろう。
「技術……」
優位に立つには、技術を磨くしかない。呪術特化型の我流剣術で挑むなど愚の骨頂だ。
「怪鳥流の森山草花か、割山流の森山きのこか」
桑織の剣術は主に二種類。邪道の怪鳥流と、堅実な割山流。どちらも、この#神斬蟲の元所有者・森山低木をルーツとする。
だが、
「どっちも無理だ……」
杉菜もぐさは「虐待紛い」と評していたが、怪鳥流の修行は呪術特化型に耐えられるものではない。
一方、森山きのこは同級生だし、教えを乞うのも容易かと思ったのだが、「今はまだ、弟子を取れる域にない」と断られてしまった。
いっそ、森山草花に
『剣道部は?』
「え?」
『確か、顧問は桧木桜明でしょ?
「言い方!」
と、いう訳で。
「杉菜、ちょっといいか?」
帰りのHRが終わってすぐ、潰れたバックパックを右肩に掛けた杉菜もぐさに声をかけた。
彼は斜め後ろを一瞬見て、
「いいけど……何?」
視線を再び俺に戻した。
その左手首を掴み、
「……っ!?」
〈行動制限〉〈抵抗心低下〉。腕をリードのようにして、体育館裏の剣道部の活動場所まで牽いていく。
それに厳しい目を向けながらも、春若竹は何もしてこない。
一時期は煙草の吸い殻や有機溶剤のボトル、接着剤やガス缶が転がっていた、体育館裏。
「む……」
今はその面影もなく、コンクリートで舗装されていない端にドクダミが生い茂るだけの、薄暗くじめじめした場所だ。
「今日は、桧木先生」
その隅で壁に寄り掛かり、木刀を片手に瞑想する総髪の男に声をかけた。
「君は……、桑織神社の」
目は薄く瞑ったまま、木刀を握り直して呟いた。
この先生はその『荒れていた頃』の生徒でありながら、真面目に活動して全国大会優勝したという。
森山草花に自信を圧し折られたが。
「
「……成程。一先ず、この場で一番強い……、そう、警棒使いの君。手合わせ願いた……」
「嫌です」
杉菜もぐさが被せるように否定した。
これでは生贄の意味がない。
「彼は森山草花のむす……」
「っ!」
低レベルながらも暴力特化型、桧木桜明の強者との戦闘欲という火に、オレが注ごうとした油。
注がせまいと、ベルトに吊った伸縮警棒を、オレに向けて振るった。
黒木赤木のように当たるのを待つなどということはしない。
春若竹の〈一喝〉のような命中補正もなく、本気を出す気はない一撃。仙術の応用で攻撃の流れを読み、背後に回って桧木桜明の方へ押し出した。
一方、桧木桜明は向かってくる杉菜もぐさを攻撃と判断。僅かに口元を歪ませ、必要最低限の動きと力だけを加えた木刀で伸縮警棒を弾いた。
「チッ……!」
舌打ちの間にも容赦ない追撃。
しかし、戦闘嫌いとはいえ、成長特化型故その原因となった修行を体が覚えている。
難なく捌き切って一旦距離を取り、反射的に桧木桜明の攻撃に対応してしまったが、戦闘は嫌いなので降参を宣言しようとする杉菜もぐさ。
それに感付いたのか、あるいはただの感想か、
「ははっ。成程確かに……。その足運び、滑かな連撃……。似てはいるが、彼女は……」
「ッ黙れぁ!」
普段は温厚な杉菜もぐさの、唯一の地雷。『母親と比べる』という、それも『自分と同年代の頃の母親と比べる』という最大級の地雷を見事踏み抜いた。
「僕は僕だっ!」
攻撃の意志がないことを示すため、放り棄てようとしていた右手の警棒を再び握り、挙げかけた腕も体の前へ戻した。
そして、左手にはいつの間にか別の警棒が握られていた。
「……?」
「……〈存在隠蔽〉か」
杉菜もぐさが握るまで、ほとんど存在を感じ取れなかった、50cm強の木製警棒。
だが、〈伝承属性〉の強さは伸縮警棒を上回る。
「旧式の……警察で使われていたものか?」
「〈
そう叫んで〈属性確定〉させると、攻勢に転じた。
狂舞のような杉菜もぐさの二刀流と、剛柔一体の無駄がない桧木桜明の剣捌き。
エナジードリンクみたいな色の〈覇気〉と赤黒い〈覇気〉がぶつかり合う。
真剣での斬り合いを想定しての模擬戦ではなく、この場における決闘として。
防御は最低限。時には得物を投げ、白刃取りと言うにはあまりにも乱暴に掴み、足払いや蹴りも放つ。
剣道の試合でも、
二人は、この戦闘の為だけに最適化された戦い方をしていた。
ほぼ互角。
決着がつくとしたら、何か奥の手を出すか、杉菜もぐさのスタミナ切れの二択だろう。
「これは……、長引くな」
「だな」
何気に、高い技量を持つ者同士の近接戦闘を見るのは初めてだ……と思いながら高みの見物のオレと春若竹。
桑織は自分の肉体か武器の性能でゴリ押す(或いはそれができる)人が多いように思う。
一方、剣道部員たちにとっては、日常茶飯事なのか、顧問は一切無視。
「いつも通りね」
「はい!」
「仮入部の人はとりあえず素振りしてみて。誰かがフォーム指摘してくれると思うから」
慣れた様子で、活動を始めた。
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「ガスパン……。私が通っていた中学校でも、昔はやってるやつがいたそうで」
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