episode_0018◇のり弁はおかずにできますか?|北区・黒木赤木

 図書室の隅に積まれた紙束へ手を伸ばした百合一ユリカズに、


「ん? ユリカズ、それなに?」


 と、パソコンで小説を書きながら訊ねる。

 やっぱり手書きより速いし、時々変換を確認するとき以外は、目線をフリーにできるのがいい。


「文芸部作品集のバックナンバーだって」

「はい……っ、文芸部廃部寸前のものです」


 原稿用紙に向かっていた部長が、手を止めて眼鏡を直しながら補足した。



 暫くペラペラとページをめくっていたユリカズだったが、


「……。……、は?」


 はたと手が止まり、『なんだこれ』という顔で、ある頁を開いて私に見せてきた。


「え? なにこれ……」


 おそらくは漫画、だったもの。

 殆どのコマが、開示された公文書か戦後の教科書のように、真っ黒に塗り潰されていた。


 確認できるのは、背景、一部の台詞と擬音、ごく僅かな人物の顔のみ。

 中学校の文芸部で露骨な性描写(或いは残酷・暴力系?)のある漫画を描くことの是非はひとまず置いておくとして、


「某漫画アプリでもここまでの修正入れないって……」


 首から下の露出は許さないとばかりの黒塗りでも、擬音と表情で想像の余地がある。

 けど、これは完全に公文書の塗り方。本当に当たり障りのないところだけを申し訳程度に見せる、インクと紙の無駄遣いだ。



「……あれ、公文書もオカズにできる気がしてきた」


 部長からは僅かな尊敬の眼差しを、ユリカズからは冷ややかな目が向けられた。


 詩織は繊細なイラストが表紙の薄い文庫本に鋼鉄製のブックマーカーを挿んで閉じ、ユリカズへ。

 渡されたユリカズは、それで私の頭を真っ向から打つ。


「がっ……」


 優しい。どこかの若竹と違って、殴り方に優しさがある。

 もっとも、ユリカズに私を殴れと吹き込んだのは、間違いなくその若竹だろうけど。


「即、復活!!」


 執筆に戻ろう……。




「あの、修正前の……見ます?」


 小さなカギをポケットから取り出して、チャラッ、と揺らした。


「あるんですか!?」


 スチールの書類棚の鍵穴に挿し込んで、錆びついた音を鳴らす引き出しからダブルクリップで留められた紙束を渡す。


「無理しないで下さい、ね」


 その紙束を見ないよう、目を瞑りながら。



 最後の一コマまで、口元を押さえ顔を蒼白にしながら読み切って、一言。


「……気持ち悪い」


 嫌悪感を隠さず、吐き捨てるように言った。



「ユリカズ」

「ぁ……?」


 返事からも生気が感じられない。


「口直しがてら、ちょうど書き終えた中編、校閲してくれない?」

「……ありがとう」


 Ctrl+Sセーブ、っと。

 ノートパソコンを渡して、ユリカズがそこまで言うってどんな内容なのか気になったので、机の上に放置されたままの紙束を手に取る。




 ……確かに、これは酷い。


 小学校低学年くらいの少女が空き地でレイプされるという内容もさることながら、近くで見ていたかのような、臨場感のある筆致と、生々しく痛々しい暴行の数々。

 ガムテープで両手を拘束され、矮躯は殴られ蹴られ斬り付けられ圧迫され、乱暴な抽挿による多量の出血が性器の周りを染めている。


 その表情は、読者のサディスティックな性的興奮をかき立てるモノではなく、ただ恐怖と苦痛のみに染まって、快楽や媚びは僅かたりとも感じられない。というか、作者の「何が何でも快楽堕ちなんてさせない」という強い意志すら感じる。

 対称的に、男の表情は快楽に満ち、卑猥な言葉を吐く。


 幼さゆえ、何をされているのか分からずとも、『おがあざあぁぁん!!!』と助けを求める声や弱々しい抵抗。

 しかし、それらも段々と減って、男の吐息だけが音として描かれる。


 そして最後の一コマ。身勝手な行為の果てに、襤褸雑巾のような姿で草叢に放置された少女。そして、


『恐怖で足が竦み、どうすればいいのかもわからなかった。私には、物陰からその一部始終を眺めることしか出来なかった。忘れてはならない。彼女の屍を踏みにじることになろうとも』


 という文章と、物陰にへたり込む影が描かれていた。


 その言葉が本当なのか、演出なのかは分からない。

 ただ……、


 確証を求め、スマホで検索をかける。

 『起眞市 北区 強姦殺人 事件 少女』と。


 あった。とはいえ、あまり大きくは報じられなかったらしい。

 約十年前。作者がこの少女と同年代だとしたら、ちょうど時期が重なる。


 容疑者は……イラストと顔写真が全然違う。

 それに、一週間くらい後に米軍起眞基地内で、死体となって発見? 凶器は刀に苦無……、


「あかき!! なんだよこれは……!」

「何って……、ユリカズが好きなガールズラブだけど……?」


 あの漫画については、またあとで考えよう。


「うん、序盤の近親相姦百合はいいとしよう。『家主の息子と居候の母娘』っていう力関係を利用して、母娘丼で美味しく頂かれちゃうのも……『百合の間に男が入ってくるな!』と激しく思うけど、ひとまず見逃す。だが!!」

「だが? ……断る?」


 さっきよりも軽く、コン、と小突いて、


「家主の息子とイイ感じになったのに、NTRを装った積極的な浮気ってなんだよ!!」


 叫ぶ。

 ……手長足長は法師に退治されるからね。


「あと、クラスメイトをモデルにするな!!」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「関係ない近隣市町村ある会社や工場などにも、地名を使われる。その地域で中心的な都市の宿命です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る