episode_0015◇ビックハンド&ビックフット〈前〉|北区・黒文字無患子
「……はぇ?」
「あ、おはよぉー♡」
目の前にお母にゃんの蕩けるような笑み。
ワレもお母にゃんも、一糸纏わぬ姿。布団の上で絡み合っておる。
あー……、思い出した。酔った勢いでヤっちゃったのよな。
「えへへ、どうだった?」
蜂蜜のような甘い声。じゃが、
「……汗でベッタベタじゃな」
無視。下手に反応すると、またお母にゃんのペースに乗せられてしまうわ。
無論、汗だけではないがの。
こんな早朝にたごさくんちの風呂借りてシャワー浴びるというのも迷惑じゃろうし、タオル濡らして拭くか。
特段いつもと変りなく、玄米と具沢山なスープの朝食を食べて身支度を整え、
「ん……、じゃ、いってきまーす」
「……っ。いってらっしゃい」
啄むようなキスをして、お母にゃんは今日も出勤。
ワレも、たごさくんの手伝いじゃな。
作業用のチノパンと肌着の上に直接パーカー、素足にデニム地で靴紐のないスニーカーを引っ掛け……靴は「突っ掛け」、かの? ……たごさくんちの裏にある竹林へ。
すり足のようにして足裏の感覚と視覚に意識を集中させ、タケノコを探る。
……ん、あのひびが入ったような小さいふくらみは……。
靴の外側面で、先が尖った楕円の薄い落ち葉を
「やはりな。一つ目発見じゃ……っ」
目印と日除けに、周囲の落ち葉をごそっと寄せ、こんもりした小山を作る。
周囲を見渡せば、土曜日にたごさくんが作ったであろう、同様の小山が幾つも。
負けてられぬと、さらにいくつか小山を作ったところで、
「おゥ、どンくらい見つかったー?」
刃の細い鍬……バチ鍬と呼ぶらしい……を2本載せた
ハゲオヤヂはツナギに地下足袋という竹林での仕事にふさわしい姿じゃが、たごさくんは半袖シャツと七分丈のゆったりしたズボン、そして裸足。
皮膚が頑丈じゃから問題ないと言っておるが……。
「ぼちぼちじゃな」
「そゥか、……ン?」
ネコを止め、鍬の刃を倒して足元を掻く。
「そんなところにあったかの?」
掘る邪魔にならぬようネコを移動させ、ハゲオヤヂと覗き込んだのじゃが、
「あった」
「どこだ?」
「……どこじゃ?」
全く分からぬ。
「ほら、ここ」
足の指先でほじくったくぼみの中心を、近づいてよぉぉく見てみると、確かに黄色いものがある、ような気がする。
「……よく見つけるな、こんなの」
「じゃが、これくらいなら……」
「明日ン分だな」
埋め戻すように鍬で小山を作った。
たごさくん親子は、小山を軽く踏んで今日中に掘らないと機を逸してしまうもの……即ち、数センチ単位で地上に出てしまっておるものから、掘っていく。
「無患子、そこン隠しといて」
ワレの仕事は、二人が掘り出したタケノコをネコに運ぶことと、主にたごさくんが掘っている途中に発見したところに小山を作ること。
掘り取りのペースはやはり経験の差か、ハゲオヤヂの方が速い。しかし、たごさくんの方が圧倒的に丁寧じゃな。
「たごさくん、こんな小さいのどうやって見つけておるんじゃ……?」
「五行思想」
ハゲオヤヂは思考放棄とともに呆れた顔をしておる。
「火・水・木・金・土。恐れず耐え触れ合えば、自ずと分かンよゥなる」
ワレにも理解はできぬが、「恐れず耐え触れ合う」がどういうことかは、たごさくんを見れば判る。
地に直接ついた裸足の甲は微小な傷痕が点在しておるし、膝より下はいくつもの引き攣った火傷痕に覆われ、毛根が死んでおるのか脛毛は殆どない。
たごさくんは動きが大振りでそそっかしく、しょっちゅう普通の絆創膏では済まぬ怪我をしておる。例えばこの前なぞ、竹を薪用に鉈で割っておったら、割れて倒れる竹で手のひらをサクッと切っておった。
しかし、それ故に何かを感じ取っておるのであろう。おそらくワレのハイカーズハイの最中に近いようなものを。
さらに言うならば、ハイカーズハイの最中のことはあまり覚えておらぬのじゃが、身体が勝手に最適な動きをしておった気がする。同じように、たごさくんもギリギリ生活に支障をきたさない程度の怪我しか、負わぬのではないかの?
ワレの勝手な妄想で戯言じゃがな。
……ハゲオヤヂのミスが増えてきたのぉ。すぐ近くに隠れておった別のタケノコを大きく傷付けてしまったり、深さを見誤って下の方をぐちゃぐちゃにしてしまったり。
「あー……、ダメだ。疲れた。無患子、やるか?」
とうとうそう言って放棄。鍬をワレの方へ軽く投げる。
……そんなに飛ばしてはおらぬが、危ないのぉ……。
渡されたからには、何本かは掘らぬとな。
「これにしようかの」
大き過ぎると最後の一撃を入れるのが難しいからの。
たごさくん以上に丁寧に。
表層の細い根を剥ぎ取り、先端の曲がり方から根元があるであろう方向を推測して、タケノコの姿を半分ほど露出させる。
鍬を通して指先に伝わる、コンコン、という硬質な他の部分とは異なる感覚。タケノコもわずかに揺れておる。
狙いを定め、軽く振り上げ位置を確認。
「ん……。こ、こ、じゃあ!」
振り下ろした鍬はタケノコと地下茎の間へ、心地よい手ごたえを伴って正確無比にヒット。柄を奥に倒し、にゅぅっ……、と持ち上がったタケノコを引き抜く。
「おぉ……」
うまく取れると、ちょっと感動するな。
この調子で、どんどん掘るのじゃぁー!
とは意気込んだものの、やはりいつも通り、10本かそこらで集中力が切れてきた。
集中力を切らさず、あんなに掘り続けられるとは、やはりたごさくん凄いのぉ……。
「ゥし、11時も過ぎたし、今日はこの辺で切り上げるか」
今し方掘り終えたタケノコをネコに載せ、2本の鍬を肩に担ぐ。
ワレも追いかけるように、ネコを押そうと思ったのじゃが……、
「重い以前に、崩れるな。この量じゃ」
崩れない程度に適度な量を降ろし、作業小屋……ワレらが塒にしておるところの隣の部屋の前へ運ぶ。
それから手近に積まれておったコンテナを一つ手に、竹林に戻って降ろしておった分のタケノコを回収し、日除けにゴザをかけておく。
非力なワレよりも、たごさくんの方が体格もいいし力もある。じゃが、ある程度の距離の運搬となると、ワレの方に軍配が上がるのじゃよな。
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「父君と言いながらハゲオヤヂ呼ばわりとは。敬う気持ちがあるのかないのか、どっちなんじゃ?」
https://kakuyomu.jp/users/Kuwa-dokudami/news/16818093083589722738
https://kakuyomu.jp/users/Kuwa-dokudami/news/16818093083589804464
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