episode_0014◇猫と鴉の母娘|北区・黒文字無患子

「むくにゃん、一週間お疲れ様」


 確かに多少なりとも学校は気疲れするし、低山とはいえあれだけ歩けば肉体的疲労も結構ある。とはいえ、


「お母にゃんの方が疲れておるであろう? 毎日仕事で」

「んふっ。むくにゃんがいるから頑張れるんにゃぁー……」


 温かい飲み物が入ったマグカップを手に、ワレにすり寄ってくる。


 ただ、な? ワレの分も用意されておるし、もう半分くらい飲んでしもうたが……、


「これ、キウイフルーツ酒の湯割りじゃろ?」

「二八だから大丈夫にゃよ」


 蕎麦か。


 そして大して飲んでないのにもう酔っておる……。お母にゃんは酒好きじゃが凄く弱いからのぉ。

 特に、マタタビの仲間であるキウイには、ごく微量のマタタビラクトンが含まれておるから、そのせいもあるのかもな。


 お母にゃんは、「今日が幸せで、明日も幸せなら、それでいい」という享楽的な生き方をしておるが、「明後日」を考えることはせずとも「明日」のことは多少考える。じゃから割と節度を持っておるというか、吐くまで飲んだりはせぬし、すぐ「もう飲めなぁーい」と言って止めるから、あまり重い二日酔いになっておるところは見ない。

 せいぜい、いつもにも増して欲望に忠実になって、ダル絡みしてくるくらいじゃ。



「むくにゃーん、マッサージして。あとでわたしがむくにゃんにもしてあげるから」

「わかったわ」


 おかあにゃんは生成りのシーツを掛けた布団の上に、ごろんとうつ伏せで寝転猫ろぶ。


「じゃあ、先ずは脚からじゃな」


 オリーブ油を手のひらに出し、ショートパンツから覗く白い肌を揉み揉み……。


「んんっー……、気持ちい……アヒージョにされちゃうぅー」


 なに言っておるんじゃ、おバカあにゃんよ……?


「あっ、あ、足裏しゃいこう……ちっちゃいおててでいっしょうけんめいごほうししてくれるのぉー……!」

「……」


「そのおっきいおみ足で、しぇなかもふみふみしてぇー」

「さっきからちょっとキモいんじゃが」


「ぁーっ、流石ビックフット……」

「誰がUMAじゃ。確かに足はデカいが」


 因みに靴のサイズは25.0cmじゃ。やや大きめのを履いていうというのもあるが、足の大きさでもたごさくんよりちょっと大きいはず。




「……よし、他にどこかやってほしいところあるかの?」

「んー、腰辺り?」

「ここ、とかかの?」

「んぁー……しょこぉ! なんでそんな的確にわかるのー……?」


 とろんとした瞳が、ワレをじっと見つめる。

 ……何故であろうな。


「勘というか……母娘だから、じゃろうか? 赤の他人よりは体格も似ておるし、十年以上も一緒に生活しておれば、身体の癖も何となく分かる」


 ワレの方がだいぶスレンダーじゃがな……。


「母娘、か……。私には分からない感覚だにゃぁ……」

「ワレにだって分からぬよ。関係はおそらく母と娘であろうが、関係性が母娘ではないじゃろう」


 一瞬、僅かに申し訳なさそうな表情を浮かべた後、いつもの笑顔に戻って、


「ん、確かにセ……友達の感覚で接してるね」


 ……何と言いかけたのかは気にしないでおくわ。



「ありがと。じゃ、今度はわたしの番だね……んっしょっ」


 そう言ってお母にゃんはワレの手を掴んで起き上がり、


「むくにゃんがやってくれたのと同じように、最初は脚からにしよっか」

「んっ」


 ワレと同じようにオリーブ油を手のひらに垂らして馴染ませ、脚に滑らせていく。


「……ぁっ、ちょっ、くすぐったい! 膝裏弱いんじゃ知っておるじゃろやめっ、ひゃぁっ」

「えへへ」

「髪でくすぐるのは反則じゃよぉっ!」



「ふぅ……」


 一通りくすぐって満足したのか、肩や背中から腰に移ったのじゃが……、


「手つきがいやらしいのぉ……」

「そんなことにゃいよー。あ、ここも解してあげる」

「何じゃよそのエロい漫画みたいな台詞は……ぁっ本気なのか!?」


 腋からニュッと手を滑り込ませて、ワレの扁平な胸の微かなふくらみを弄る。


 そのまま腕の付け根辺りを掴んで仰向けに。

 電球の灯りが、蠱惑的な笑みを浮かべたお母にゃんの顔に遮られ、ワレの顔に影を落とす。



「さっきの話だけどさ」


 どの話じゃよ……。何となく見当はついておるが。

 ポロっとあんな表情をこぼしてから、幽かにその残滓が表情に残り続けておったからの。


「『母親と娘』っていう関係……っていうか、『親』って何なのか、むくにゃんにどう接すればいいのかわからなくて、むくにゃんが小っちゃかったころは結構戸惑ってたの。でも……『関係性』は分からなくても、母娘っていう『関係』……崩れやすいことは崩れやすいし、実際わたしがそうだったけど、それでもセ……友達よりもずっと強固な関係が……」


 ワレの右手に左手を絡めて、


「この温もりが、嬉しかった」


 口づけした。



「それを求めて、誰彼構わず……異性も同性も、この髪のこと言ってくる先生も誘惑して、私を苛めようとする女子たちもオトした。恋人がいても寝取ったし、援交小遣い稼ぎとかもシた。でも、テクとかそういうのじゃなく、わたしの心が全然満たされなくて、ね」


 はらりと落ちてくる暗い金色の髪(多分地毛)を耳に掛けながら、至近距離で囁く。

 ……想像以上にビッチじゃったことに多少の驚きはあるが、


「それ現在進行形じゃろ」

「あ、バレてた? どおりでちょっと遊んだ日は抱き枕拒否るわけだ……」


「酒に弱いお母にゃんが、ちょっと飲みに行っただけであんなに帰りが遅くなるわけないじゃろ。酒の匂いに交じって、明らかに男の匂いがするし、知らん男に抱かれるような気がして気持ち悪いんじゃよ」


「えへへ。でも一夜ワンナイト限りの関係遊びいつも違う男だから同じ男は二度と抱かないから大切な人はむくにゃん一人だけがちょうどいい」


 そもそもお母にゃん、性格的に結婚とかムリじゃろ。


「堕き枕よりもっと深く、むくにゃんのぬくもりを感じさせて?」




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「この程度の描写はセーフじゃよな……? 半裸でお喋りしておるだけじゃし」

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