episode_0011◇再生リスト〈2〉【授業×ASMR】現役中学校教師Kiki&Kの居眠りOK放課後特別授業~中1英語編#1|北区-桑織・秋葉桂

「……はぁ」

「どうしたの、秋葉」


 学校の裏門から少し出た所。

 フェンスにもたれ溜息をつく私に、iQ●Sを咥えた黄木校長が声をかけた。


「ん、ちょっと、ね。久々に生徒に腹が立ったっていうか」

「生徒に刺されても微笑を浮かべる秋葉が?」

「何で知ってるの」

「当たってた? うちの赤木ちゃんの妄想的中率は流石だね」

「まあ、それの関連だけどね」


 グラウンドからは運動部の声が聞こえる。

 部活がない生徒はとうに帰宅し、この時間帯に裏門を使う生徒はほぼいない。

 そうでなくとも薄暗く、教員も含め登下校で使うものは極少数なこの場所は、私達教員の喫煙スポットになっている。

 校内は加熱式含め全面禁煙なので。



「『「先生」って呼ばないで』っていう、いつものを言ったらさ……、『なんでなんで?』って聞かれるのはいつものことだから、予想してたし、『誰しも抉られたくない過去はあるでしょう? どうしても知りたいって人は、授業後に後で私のところに来なさい』っていつも通りぼかしたんだけどね……」

「うん」

「『じゃあ何て呼べばいいんですか、』ってあのボケゃぁぁぁ!!」


 思い出してよりムカついてきた。


「落ち着いて落ち着いて。……吸う?」

「結構です」


 紙巻き煙草ならわかるが、咥えてたiQ●Sをそのまま差し出されても。


 煙管に刻み煙草を詰めながら呪術で〈冷静クールダウン〉、片手で燐寸を擦って一服。


「何でそんな無駄に格好良いのよ……」

「……ふぅ。ちょっと気が立ってたわ。そもそも私のエゴだし、克服できる日が、いつか来たらいいんだけどね」


 携帯灰皿に灰を落とし、胸ポケットに仕舞う。


「あ、秋葉。今夜何か予定入ってる?」

「いや、特には」

「じゃあ一緒に残業だ! アレ撮るよ」





「こーんばーんわー……」

「Kです」

「Kikiだよー」


 照明を落とした校長室。


 普段は黒赤木が人間や野鳥の声を録音するために使っている、TAS●AMのマイクを前に囁く私と黄木校長。


「今日の授業はー……、こちら」

「中1英語編#1その1


 黄木校長が後ろに置かれたホワイトボードを、開いた両手で指し示し、私が読み上げる。


「英語かぁ……。私が中学生の頃より、ずっと難しくなってるよね」

「1年生だと、wasbe動詞過去形とかwas ~ing過去進行形will未来形が2年生から下りてきたんだって。今日はやらないけど」

「単語も増えてるし、ゆとり教育が懐かしいね……」


「さて、雑談はこれくらいにして、始めようかKikiちゃん」

「それじゃあ今夜も、夜中の校長室から……」

「居眠りOKの」

「授業開始です……!」



 ……事の発端は去年。

 Mr. John(本名何だっけ?)の授業(国語)を教室後ろの空席から眺めてた黄木校長が、机に涎垂らして爆睡したことに始まる。Johnジョンは十中八九、弱い催眠系の呪術を無自覚行使する奇術特化型だと思う。


 元から威厳は欠片も無かったので、そんな姿を生徒に晒しても、一切ノーダメージだったのだが、転んでもただではのが黄木校長。

 「授業とASMRを組み合わせれば、相乗効果で物凄く眠くなるはず! ついでに勉強もできる」と言い出し、こうして時折、校長室でなぜか私も一緒にASMRを撮っている。

 ……学校PR扱いなので、副業ではない。





「……おわったぁー!」


 1時間くらいの撮影を終えて。


「英単語とか発音の囁き、結構いいTriggerだったね」


 マイク等機材や、タッピングに使ったアイテムを片付けながら、黄木校長が呟く。


「では、私はお先に」

「うん、編集お願いね」


 ……土日でやるか。そう思いながらノートパソコンからコードを引き抜いて畳み、校長室を後にした。





 いつもの帰宅路に、野次馬の人集り。

 その奥には、電柱にぶつかって前方が拉げ、道を塞ぐように止まった自動車があった。


「『我らが桑織の土地は、全て棚機坐禅様のものだから問題ない』とかゆうて、酒飲み運転した結果がアレだ。全く、いつの話だそりゃ。その言動自体が酔っ払いの妄言だべ」

「言っとくけど、私に責任はないよ? 麦酒出したのネジネジでしょ?」

「分かっとるわ」


 夜なのにサングラスをかけ、腕組みをして眺める『拉麺らぁめん蓼喰蟲たでくふむし』店主……蓼川組組長・蓼川捩花と、その後ろでふよふよ浮かぶ亡霊の坐禅ちゃん。

 複雑怪奇に入り組んだ道路に、住民の性格も相まって、交通事故は日常茶飯事。


 ……塀や屋根を伝えば越えられないこともないけど、暗いし別のルートにしよう。




 この道で自宅に帰るのは、何年ぶりだろう。


 雑草が生い茂った狭い公園。

 小学生の頃は、ここでハルたちと遊んだなぁ……、と思い足を止めて覘けば、ベンチに人影が。



「や、雪乃下さん。今晩は」

「秋葉せ……、ぁ……ん」


 さっきまでASMR撮ってたせいか、囁き声のように声をかけると、怯え混じりにピクッ、と小さく体を揺らして反応。


 『先生』、と言いかけて、自信なさげに『さん』と言い直す。

 ……シノにまで、こんな私のエゴを押し付けて心が痛い。


 膝の上には裁ち鋏。右手の指先で、缶の上部をつまむように持っていたストロング系酎ハイを、その上で隠すように抱えた。



「隣、いい?」


 無言で小さく肯定。

 ベンチの端に細長い包みを立て掛け、それとシノとの間に座す。


 胸ポケットから煙管を取り出しながら、


「隠さなくていいよ」


 耳元で囁く。


 酒のせいかそれとも、頬を赤らめて微笑。

 ……あの夢で見たのと同じ、儚い美しさに胸が締め付けられる。



「何時も此処に居るの?」


 いくつもの呪術を重ね掛けして問う。


「ぅ、……ぅん」


 それは声というより吐息。

 小動物のようでかわいい。



「……うちは、居心地悪いから。そんなに休まらないけど、ここのほうが、マシ」


 ……あー、ダメだ。

 放っておけない。


「私の家……泊まりなよ」

「ぃ、ゃ……、そんな」

「同情っていうか、私のエゴだから。何にも気にしなくていいから」


 強引に手を引いて、私の家へ連れていく。




 私が一人で暮らすには、大きすぎる2階建ての一軒家。

 もともとは両親と3人暮らしだったけど、母は幼い頃に亡くなって、バカ親父も最近は滅多に帰ってこない。


 私の寝室は2階。


「あー、でも私が使ってるベッドとか、落ち着かないよね」


 制服をハンガーにかけ、ルームウェア代わりのジャージを着ながら、紅潮した顔のシノに話しかける。


「……そんなことない? じゃあ……、おやすみ」


 シノをそこに放置して、私は部屋を後にする。

 でないと歪んだ支配欲で、また鳥籠に閉じ込めてしまうかもしれない。



 シャワーを浴びて、1階……親父の作業場へ。

 私の大鎌#EMPEROR支配者も、シノが大事そうに抱えた裁鋏#DOOM不可避も、そこで作られたもの。私も時々使って、自分用の武器などを作る。


 その隅にあるベッド……というには粗末な、林檎の木箱の上に布団を敷いただけの代物に寝転ぶ。

 埃と黴の匂い。明日干しておくか……。


 おやすみなさい。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「何を問われているかは分かるけど解けないのが数学、何を問われているか分からないけど勘で答えていたのが英語。勘でマークした場合、数学はダイヤル錠を一発で開けるくらいの運の強さが必要になる……」

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