episode_0009◇昼時の他愛もない会話〈B〉|北区・黒木赤木

「それ、何てゲーム?」


 早々に弁当を食べ終わって暇潰しにスマホ弄っていたら、斜め右前の席からもぐさが訊いてきた。

 スマホ弄ってるとは言っても、意識は教室全体に向けてる。昼時は絶好の人間観察の機会だからね。


 聖徳太子みたいに、全ての情報を一度に処理するってことは無理だけど、私も分析特化型の端くれ。

 いくつもの情報の中で、一つ二つの「私にとって興味深い情報」だけを選択して、他の情報は流しつつ、「私にとって興味深い情報」に変化したら即座にシフトする……っていう程度なら簡単。


 朝食を食べながら黄木ちゃんと喋りながら新聞を読みながらT●Sラジオと文●放送を聴くこともできるし、ゲームしながらもぐさと会話しつつ教室全体に意識を向けるのだって造作ない。


 だから例えば、黒文字無患子むくちゃんは夕食を食べない、とか、豆腐屋の三つ編みメガネのいいんちょーは大豆製品だらけの弁当を食べてる、みたいに、そういう情報はちゃんと拾える。

 ただ、その流れていく情報の中で、「興味は惹かれないけど重要な情報入学式で新入生代表挨拶やって」が、どうでもいい情報を装って透過されても対応できないってだけで。


「ん? 『Faith Shield』っていう……まあ、よくある歴史上の人物を美少女化した放置ゲー『放●少女』の何番煎じか

「フェイスシールドって……あの透明な?」

「『s』じゃない、『thθ』! 直訳すると『信仰の盾』ね。アレを遥かに上回る誤字脱字の多さとストーリーのなさはご愛敬だけど、いろんな宗教の聖人やら何やらが、よく林檎の審査通ったなっていうエロいビジュアルで登場するのよ。それから、世界の宗教史が何となく把握できるレベルの詳細なキャラ説明は凄い」


「へー……」

「定番のオルレアンの乙女ジャンヌ・ダルクに始まり、古事記編纂者の稗田阿礼&太安万侶、最後の預言者ムハンマド……」

「ビジュアルどうなってるの……?」


 運営は『あくまで預言者にあやかった「ムハンマド」という世界で最も多い名前の美少女化であり、直接的に描いているわけではない』って説明してる。ヴェールで顔を隠してるビジュがミステリアスでいいのよねー。


「あとは、ソ連初代指導者ウラジーミル・レーニンに……」

「無神論者!」


 非公式とはいえイコン作られてたり、神格化されたりしてるから入れられたんだろうな。


「最近の人だと尊……」

「ストップ! 絶対出しちゃいけない人だよそれは」

「ホントよくやるよこれの運え……え?」


「どうしたの?」

「緊急メンテ……?」


 『親愛なる信仰者prayerの皆様。諸事情により緊急メンテナンスを行わせていただきます』というメッセージが、突如画面に表示された。


 何々……キャラ差し替え?

 あー……ついにどっかの地雷踏んだのか。で、それを見越して別テーマでキャラクターを用意していたと。


 所有済みのキャラクター及び欠片は、同ランクの『万能交換欠片』に変換され、以下のキャラクターと交換できます、か。

 ヨシフ・スターリン、アドルフ・ヒトラー、ポル・ポト……懲りないなこの運営!

 テーマは『近現代の政治家』らしい。流石に存命の人はモデルにしてないけど、マーガレット・サッチャーとか、かなり最近の人もいるみたい。


 ビジュアル可愛いんだけど、名前のせいでおっさんの顔が鮮明にチラつく。

 ヒトラーが巨乳なのは、アレか? 空耳の。


 で、この病弱で薄幸そうな、桜吹雪の中で束ねた三本の矢を握ってる少女(ちょっと坐禅ちゃん似)は……、


 やだ、ギャップが酷過ぎる!

 背景に蕎麦の屋台を描くとか、芸の細かさは尊敬するけどさ。



 悪夢のような画面のアプリを閉じて、教室前方の時計を見ると、ちょうど昼食の時間終了。ただ、この教室の時計は実際の時間より30秒弱早くて、この学校のチャイムは30秒弱遅れてる。


 その遅れたチャイムぴったりに、


「キヲツケッ! 礼ッッ!」


 という若竹の〈号令〉。

 『授業の前後は強制的にお辞儀をさせ、食事の前後は強制的に合掌させる』っていうだけの、微妙な呪術だけど、トリガー呪文は固定らしい。




「……ん?」


 スカートのポケットに仕舞っていたスマホが短く振動。

 何となく、どうでもいい通知ではなく、重要なナニカのような気がする。


 それに、もぐさとしのぶは私と同じようにポケットに、きのこは鞄に、朝顔ききょうはベルトに付けたホルダーにと、意識を向けた場所は三者三様だけど、同じタイミングでスマホの通知に気付いたような反応。特に仁は恐怖を抱いたような表情で、ビクッと小さく震えた。



「メール……差出人は『ぺ天使』、これは、Y●uTubeのURL?」


 『ぺ天使』……どっかで聞いたことが、


 ダンッ!


 朝顔ききょうが机を叩いて立ち上がり、「何事?」と視線が集まる中、


「あ……あの詐欺師!!」


 殺気を放ちながら叫ぶも、我に返り、


「あ、ごめん何でもない」


 謝りながら〈平静〉の呪術を軽く教室全体にかける。

 青薔薇真理ちゃん青いローズマリーとか竜道りんどうさんとか、気が弱くて怯えちゃった人が、ほっ、と息をついて心に安らぎを取り戻した。


 真っ青な顔で頭を抱えてるしのぶには、全く効いてないみたいだけど。



 それから、誰かにメッセージを打っているのか、スマホの画面の下の方を凄い速さでタップ。

 あんまり視力よくないから精度は微妙だけど、指の動きを見た感じ、「しょぶん」とか随分物騒なことを打ってる。


 あれかな、朝顔ききょうの裏の顔は、世界に破壊と混沌をもたらさんとする輩を始末する暗殺者……的な? そんなわけないか。



「チッ……。『放っとけ』、かぁ……」


 椅子の背もたれに身を預け、脱力。



 多分あのURLのリンク先が原因だよね。

 ……URLの一部がキリル文字になってたりは……しない。正真正銘Y●uTubeのURL。

 朝顔ききょうが「詐欺師」とか言ってたけど、詐欺サイトじゃない、開いても大丈夫な奴だ。



「これは……! 面白くなってきたじゃん……」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あるゲームに登場する『信奉者の盾Believer's Shield』というアイテムのことを、私は勝手に『フェイスシールド』と呼んでいます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る