episode_0006◇黒木赤木の人間観察〈中〉|北区・黒木赤木

「あ、あ……」


 トン、トン、とマイクを叩いて、


「えー、開式の言葉ぁ。えー、只今よりー、第……(第何回でしたっけ? たぶん48回?)……第48回、植木市立第三中学校入学式を、開式致します」


 わー……これぐだぐだになるやつだ。


「国歌斉唱。御起立下さい」


 栗色の髪の若い先生がグラウンドピアノの前に複雑な表情で座り、弾き始める。

 ……ちょっとアレンジ入れてるな、伴奏。そこまであからさまじゃない、弾き間違えたといい張れる程度に。

 んー……、入学式の国歌斉唱をどうするか、例年通り揉めたんだろうな。その結果がこれだろう。その職員会議見てみたかった。


 勿論がっつり歌っているのは来賓と一部の保護者だけ。先生方は小声で口ずさむか、口パクか。

 そういうものだ。もしこの場にいる全員がまともに歌ってたら、気持ち悪いことこの上ない。



「……御着席下さい。えー、続きましてー、学校長の言葉ぁ」


 ギシ、ギシ、と音を立てながら壇上に昇りお辞儀、演台の一歩手前で体育館全体を見渡す。

 大股で一歩前へ進んだために体が演台に衝突。ちょっと後ずさりし、深くお辞儀したために今度はマイクに頭をぶつけた。


 ……コントか!?

 それでも気にせず、


「(皆さんこんにちは)」


 マイク切れてるよ!!


 ん? と首を傾げながら、スイッチをカチャカチャ弄ってボンボンと叩くも上手くいかないので、


「こーんにーちわー!」


 諦めて叫んだ……。

 進行の……おそらく教頭先生が慌てて自分のマイクを手渡す。




 その後は割と当たり障りのない内容を喋って、来賓紹介と祝電披露、学年所属教職員の紹介もつつがなく。

 結構普通に進んでるな……。もっとぐだぐだになると思って、


「えー、新入生の言葉ぁ。新入生代表・黒木赤木ー」


 ……Huhはァ


 しかし呼ばれたからには、やらないわけにもいかない。


「はい」


 と、答えつつ、黄木ちゃんを睨み付ける。

 分析特化型だからあんまり得意じゃないんだけど、流石に文句の一つや二つ言いたくなったので〈念話〉。相手がある程度呪術使える人ならいいんだけど、「へー、よく分からないけどテレパシー能力あるんだー」としか認識してない黄木ちゃん相手に使うのは、結構やりづらい。


『聞いてないんだけど』

『今朝言ったよ!』


 ……言ってた、か? 言ってた、ような気もする。

 いや、でも! 新聞読みながらラジオ聞いてる最中に、そんな「醤油とって」みたいなノリで言われて、ちゃんと把握できるわけがない!

 思考能力が高い分析特化型とはいえども、私はそんなに高レベルでもないし、一つ二つの事柄を深く考えることに長けたタイプであって、聖徳太子みたいなマルチタスクを得意としてるわけじゃない。


 ……ネットで適当な「新入生代表挨拶」を幾つか探して、繋ぎ合わせればいいか。幸いそういうのは得意だし。

 傍からは、スマホのメモ帳にでも用意した原稿を読んでるように見えるはず。


「えーっと、ん……。暖かな春の日差しに包まれて、私たち……」


 1組が一列目4人、二列目3人と互い違いにパイプ椅子が並べられ、2組はそれと逆に一列目3人、二列目4人。どちらも10列だけど、2組の十列目は本来4人のところ2人分欠けてる。  よって、


「……私たち68名は、市立第三中学校に入学いたしました」


 ……2組の教室の後ろは雨漏りするのかな。34人に均せば二人組ペアも作りやすい……ああ、違う。のか。

 勿論学校だけが全てじゃないけど、ハナから居ないものとして扱うのは、少し引っかかるものがある。


「本日は私たちのために、を挙行していただきありがとうございます。新入生を代表して御礼申し上げます」


 壇上から俯瞰して見ると、紅白幕は上手く張れてないし、保護者席の方のパイプ椅子は結構ガタガタだね……。


「三年間の中学校生活においては、今まで以上に自ら考え、行動する力が求められると思います」


 放任主義っぽい先生が多そうだし。


「綿密に立てた計画をその通りに実行するのは、比較的容易でしょう。しかし、時には予期せぬトラブルや、計画を立てる時間が殆どない場合も多くあります。そういった時に必要となるのは、その場の状況を瞬時に判断し、臨機応変に対応する力です」


 つまり、


「そういった意味では、この緊張感漂う入学式の場で、短いながらも新入生代表のスピーチを……、即興アドリブで行わせるという無謀にも思える試みは、


 チラッと左側、黄木ちゃんたち先生方を覘くと、「流石は我が娘!」と誇らしげにしている黄木ちゃんを、何人もの先生が呆れた表情で見ていた。


「最後になりますが、先生方や先輩方には、なまあたたた……っ、失礼しました。温かい目で見守っていただき、ご指導くださいますようよろしくお願いします」


 同級生から生温かい目で見られているのは気にせず、一歩下がって堂々とお辞儀。壇から降りる階段の前でも、忘れず演台へ向かって一礼する。



「えー、生徒会長の言葉ぁ。生徒会長・柳生鋸歯やんぎょう きよしー」

「はーい」


 どこかで見たことがある『私が生徒会長』というタスキを掛け、タッタッタッタッ……、と落ち着きなく階段を駆け上り、流れで軽く頭を垂れ、演台の前でも同じように軽くお辞儀して、


「新一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます!」


 一言、それだけ言って下がっていった。

 ……あれで、いいの?


「えー、校歌披露。二、三年生の有志の皆さん、及び先生方ぁ、お願いします」


 前にズラッと、……殆ど先生方が並ぶ。生徒は数人ほど、生徒会役員と合唱部の一部といった感じ。

 栗色の髪の……多分音楽の先生が、再びグラウンドピアノの前に座って、伴奏を弾き始める。



♪無駄に刻んだ時の流れ止まらず

 チカチカ光る電灯は

 されど絶えることはなく

 我らが第三中学校

 二人の兄に先立たれ

 嗚呼若人よ生きろ

 

 古びた校舎に冷たさ永遠に訪れず

 殴り捨てた伝統

 変化こそ伝統だと

 我らが第三中学校

 主が我らを見捨てても

 Ah,若人よ笑え



 ……うん? 壁に掛かってる歌詞と全然違う。


「尚、校歌の歌詞は毎年ワンフレーズずつ変わります」


 テセウスの船か! 目的は……卒業制作、的な感じ?

 あと、船は女性だけど、学校って男性なの?



「閉式の言葉ぁ。えー、これちまして、第ぃ……、第48回、起眞市立北区第三中学校入学式を、閉式致します。新一年生はぁ、担任に従ってホームルームへ移動をお願いしますー」




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「私は、中学校の卒業式が終わった後になって、三年間校歌の歌詞を間違えて覚えていたことに気付きました……(本当に)。みんなはずっと歌詞を間違えて覚えていた曲とかある……?」

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