episode_0005◇黒木赤木の人間観察〈上〉|北区・黒木赤木

 デェェェェン!(大☆音☆量☭)


 ……月曜日の朝か!


 ♪Союз нерушимый республик свободных……

 目覚ましの音をそのまま流し続けながら起きる。


 月:ソ連国歌祖国は我らの為に

 火:ラ・マルセイエーズ

 水:攻撃戦だコンギョ

 木:勇敢なるスコットランド

 金:インターナショナル

 土:ジョーズのテーマ

 日:ゴッドファーザー愛のテーマ


 平日は政治的に偏り過ぎないようバランスを取って、土日は落ち着いた映画音楽……って感じで、曜日ごとに目覚ましの音楽を違うものにしてるから、一瞬で何曜日か分かる。



「おはよー」


 ……ん、今日はパンか? ってことは、


「おはよう」


 地方紙を読みながらコーヒーを啜ってる親父。そして今日も絶好調な黄木ちゃんのエプロンのポケットには、怪しいふくらみ……。

 この流れ……、


「おはよう……朝は」


 パン!


 百均で売ってるおもちゃのピストル。

 あれ、年々安全性高くなってるよね……。今は火を吹かないように、銃口にオレンジ色のキャップが付いてるけど、数年前まではなかった気がする。


 と、突如として神妙な面持ちで、


「入学式、(保護者として)行けなくてごめん」

「そりゃ校長だからなぁ!? あとそれ、数時間前に同じようなことを金色の猫が言ってたと思うよ?」

「金色の猫? 誰?」


 誰だろ。濡れ鴉の母親らしいけど。

 一方、親父はコーヒーを飲み干し、新聞を畳んで私に渡すと、ラジオを見詰めて一言。


「さっきっから「スタンバイ」って言ってるけど、いつになったら始めるんだ?」


「番組名を言ってるジングルSSだよ、それ……。十年以上聴いてるのに、今更……?」


 森●毅郎に「スタンバイしてください」って言ってるわけじゃないから……。


 両親がこんなだから、目覚ましにソ連国歌流すような娘が出来上がる。良くも悪くも、ね。




 ラジオを聴きながらトーストを齧りつつ地方紙を一通り読んで、出勤する二人を見送った後、ヤフーニュースの荒れたコメント欄とか眺めてるうちに昼近く。


 「二人分って作るの面倒なのよねー」とか言いながら黄木ちゃんが作ってた昼ご飯を軽く温めて食べ、制服に着替える。


 制服のデザインについては、誰かがスラックスタイプの方を描写してるはずだから、その人が説明してないであろう所だけ。スカートは何の変哲もないボックススカート、タイはリボンタイプもある。以上!



 右から維新自民公明国民立憲社民共産れいわ離れた場所にN党と、政党ポスターの見本市状態になってるうちの塀を横目に、「一緒に学校行こ」と誘った二人の姿を見つけて駆け寄る。


「黒いストッキングってエロいよね。この灰色の制服のスカートから、黒いストッキングに包まれた足が伸びる……ってこの感じ、自分でもめっちゃエロいと思うの。チラッ、チラッ……」

「黙れ」

「肌が露出してないのにエロさを感じる衣類の中でも、黒いパンストは随一だと思うの。この透け感がより艶めかしさを、ね? それに破かれたパンストって犯……」

「もぐさ、警棒貸して。……カァーツ!!喝!


 若竹が振り下ろした細い特殊警棒が脳天に直撃し、私の意識は徐々に、薄れ……


「……はっ!」

「あ、意識戻ったか」

「……重い」


 目の前にはやや青みがかった黒い短髪の頭。それに案外しっかりした身体。もぐさだ。

 若竹の方は自分の鞄に加えて、私ともぐさの鞄、合計三つの鞄を持って、ランドセルじゃんけんで負けたみたいになってる。


「む、女の子に対して重いとは失礼な! しかも、いやらしい手つきでお尻迄触って! 更には背中に当たるやわらかい胸の感触まで楽しんでやがる!」

「鼓膜破れる……! っていうか、目覚めたらなら降りなよ」

「ふぅー……、ふぅー……。はぁ、はぁ……♡」

「破れそうになった鼓膜を癒そうとしなくていいから」


 折角黄木ちゃんに耳ふーのコツを教えてもらったのに……。



「あれ、前髪のぴょこぴょこがいつもより多い」


 無理矢理降ろした私を見て、もぐさが呟く。

 そう、私は長めの前髪をわき、極細のヤシの木のようにしている。そして、


「よぉくぞ気が付いた!! 私の、このアンテナは、ときどき二本に増えるのだっ!」

「ゴキブリの触覚みたいだな」

「なにぃ!?」


 焦げ茶色の髪だからゴキブリに見えるのは……。いや、ゴキブリに見えるんじゃなくて、ゴキブリを擬人化した美少女に見えるのよね! ギャップ萌えでより可愛いいやつよね!!

 一本の時はチョウチンアンコウって言われるけど、それもやっぱり同じだよね!




 そんなふうに騒いでいたら、あっという間に学校に到着した。

 たぶん道程の三分の一くらいは、もぐさの背中の上だったんだと思う……。


 正門前、『祝・起眞市立北区第三中学校入学式』と達筆で大書された、薄汚い看板が立てられている。

 殆ど記念撮影の為にあるといっても過言じゃないその看板の前では、やや彫りの深い顔立ちの少年と、彼にもたれるようにしている眠そうな顔の少女が、継ぎの多い作業着に身を包んだスキンヘッドに古いデジカメを向けられている。彼らの他に、人影は殆どない。

 各学年2クラスずつしかないからね、この学校。確か、今年度の入学者って70人弱だったと思う。



「写真撮ろ!」

「ああ、じゃあ俺が撮……」

「自撮り!!」


 友達以上恋人未満っぽい男女(+どちらかの父親)が撮り終わったので、二人を無理矢理引っ張って私の両側に並ばせる。

 立て看板がかなり見切れてるけど、入学式の雰囲気が撮れてればいい。




 で、


「……黄木ちゃん。校長の威厳とか、そういうの欠片も無いね?」


 校長自らクラス割りのプリントを配っていた。


 学年主任にコキ使われる新米の雰囲気で、とても校長には思えない。

 校長としてはかなり若いけど、もう四十代で外見も年相応なのに。


「日本で三番目くらいには親しみやすい中学校の校長だよ」


 隣でダルそうにしている秋葉先生が、ハスキーボイスで呟く。

 「強制的に駆り出された生徒会役員」にしか見えないくらい童顔で、少し改造した制服を着ているこの人が隣にいると、「値段が手ごろで気が楽なのよ」とリクルートスーツしか着ない黄木ちゃんがマトモに見える。



「あ、もぐさ、若竹! 同じクラスだよ!!」

「この変態が野放しにならなくてよかった」

「僕も同感だよ」

「酷い!」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「『三番目』……?」

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