episode_0003◇気紛れ猫と濡れ鴉の具沢山スープ〈後〉|北区・黒文字無患子

「「いただきます」」


 両手と声を合わせ、スープを零れない程度の量、自分のお椀にお玉で、食べ始める。


 ん。今日もスープ美味し……。


「今日から中学生だね」

「そうじゃな……」


「入学式行けなくてごめん」

「何を言うとるんじゃ……仕事などなくとも行かぬであろうに」


 早くも空になったお椀に、スープを追加しつつ、お母にゃんの言葉を適当に流す。


「まあ、ね。入学式パイプ椅子に座ってるのを後ろから眺めるだけの為にわざわざ行くのめんどくさいし。あ、でも正門の『起眞市立北区第三中学校』って書いてある看板の隣に、可愛い制服姿で立ってるのは見たい……。自撮りか田吾作君に写真撮ってもらって」

「うん……ぁ、スマホって持って行ってもいいんじゃったよな?」

「知らにゃい~。あの学校のことだからそのくらい大丈夫だと思うけどにゃぁ~?」


 お母にゃんもハーブティーのマグカップを口元に、とろんとした瞳でワレを見つめながらやる気なさそうに答える。


 『それくらい自分で責任もって判断しろ』……とかいう意図は全くないであろうな。

 そういう考えあっての放任じゃのうて、ただ他人ワレのことに口出ししたりとか、特に興味がないことに応答したりとかが面倒なだけ。

 自分がやりたいこと(と、最低限生活するために必要なこと)しかせぬ人間じゃからの、お母にゃんは。



 つんつん、と左肩を突かれて視線をスープからお母にゃんの方に向けると、


「ん」


 少し身を乗り出し、大きめの梅干しを口に咥えてワレをじぃ……と見ておった。


 ワレは雛鳥が親鳥から餌をもらうように、唇を重ねて梅干しを受け取……、


「!?」


 お母にゃんはワレのカラダの後ろに腕を回し、掌を頭に添えて固定。

 梅干しを受け取ったらすぐに離れる筈だった、スープで湿ったやわらかい唇が押し付けられる。


「「……」」


 互いに無言。心臓の鼓動と頬にかかる微かな鼻息が、ワレの体温を急激に上昇させる。


 ……絶対ハーブティーのせいじゃな。

 ネコっぽい母親であるお母にゃんは、キャットニップで軽い酩酊状態になる。そうすると、こうしてワレにちゅー……場合によってはキャットニップを直接食べさせたりすると、もーっと♡をしてくるわけで……。



 体感は一分くらいじゃったが、実際は十秒かそこいらであろう。お母にゃんはワレの頭から手をふっ、と放すと何事もなかったかのように食事に戻る。


 ……全くお母にゃんは。まあ、ハーブティーを与えたのはワレじゃが。

 火照りを醒ますようにハーブティーを一口。

 ……お母にゃんが半分齧った梅干しと混ざって変な味になってしまったのじゃ……。



 玄米ご飯をっ込んで、酸味と塩味が強い昔ながらの梅干しとともに咀嚼する。


 素朴な味わいじゃが、それ故に「飯をらっている」という感覚が確とあるのう……。

 綺麗に精米された白米は、何というかそれがちょっと薄い。


 まあ、正確には玄米じゃのうて、五分づきくらいなのじゃが。完全な玄米じゃと、ちょっと癖が強いし、すぐ穀象虫コクゾウムシが湧く。

 米を研いでおると、幼虫がふよふよ浮いてくるのじゃが……あれ、ちょっとゾっとするわ。炊き上がったご飯に混ざっておったところで、さして気にならんただの蛋白質としか思わんのじゃがの。



「ふぅ」


 ハーブティーをくいっ、と一飲み。空になったマグカップをとん、と卓袱台に置いて、


「ごちそうさま」


 すくっ、と立ち上がりつつ、


「お母にゃん、スープもうちょっと食べるかの?」

「ん、いい」



 スープが残った鍋を持って台所へ。ガスコンロの五徳に置きっぱなしになっている、同じように玄米ご飯が残っておる鍋に、その中身をどばぁ―!

 水を更に加え、火にかけてお玉で混ぜる。


「~♪」


 食器棚を見れば、仲良く並んだ二つの500mlスープジャー。年季の入ったお母にゃんの白色と、真新しいワレの黒色。

 北三北区第三中学校は給食無いからのう。……いや、ない訳でなはいな。希望者に牛乳だけ配って「給食」と言い張っておるから。


 ハーブティーを水筒に移し、空いた薬缶で沸かした湯でスープジャーを温める。

 入学式は午後じゃし、ワレの分の弁当はいらぬのじゃが、試用としてワレの分も。お母にゃんのスープジャーからリレーするように湯を入れる。


 湯を捨てたら、そこに朝ご飯の残りで作った雑炊を注いで……っと、二つとも一杯になった。丁度良い量じゃな。


 スープジャーをガスコンロの端の方へ除けて、今度は洗い物。

 鍋も食器も最低限しか使っておらぬから楽じゃ。……後ろにまとわりついておるおバカあにゃんがいなければ、な!


「ちょっ、どこ触っておるんじゃ!?」

「おっぱい」

「知っておるわ! 『ヤメロ』という意味じゃ!!」


 蛇口をキュッと締めて布巾を取りつつ、ワレの薄い胸に手を這わせるおバカあにゃんの口に歯ブラシを突っ込んで黙らせる。




「むくにゃん、制服姿見せて」

「この前……受け取りに行ったときに見せたであろう? お母にゃんに制服姿見せる為だけに着替えても、入学式は午後じゃ。午前中はたぶんたごさくんらのタケノコ掘りを手伝うから作業服に着替えなければならぬから、二度手間で面倒なんじゃが」


「……」


 じぃ……。


「……」


 むぅ。


「……」


 うるうる……。


「あー、もうっ! そんな目で見られたら断れぬじゃろうが!!」


 反則じゃよ……。



「……どうじゃ? これで満足かの?」

「か、可愛い……! これで今日も一日頑張れるわぁ……」


 そう言ってもらえると、嬉しいな。


 それにしても制服、高かったのぉ……。革新派の市議会議員が『中学校給食実施と給食無償化』などと言っておるが、その前に制服代に補助出してほしいわ。

 まあ、三年間毎日のように着ることを考えると、そこまで気もするが、割高ではないだけであって高いことに変わりはない。

 あと、使う布の量が違うから仕方がないのであろうが、『男子スラックス<女子スカート<女子スラックス』と数百円ずつ高くなるのどうにかならないのであろうか。



「でも、もうちょっとスカート短くしても……」

「いや、今日入学式じゃからな!?」

「折角かわいいブレザーなんだから、折らなきゃ。わたしが通ってた中学は、もっと野暮ったい紺色の制服だったけど、みんなスカートのポケットが使えなくなるまで折ってたよ? それでワイシャツは出してるから、遠目にはスカートを穿いてるのかすら良く分からない人も……」

「それはやりすぎじゃろ……」


 お母にゃんは制服姿のワレに、ぎゅっ、とハグして、


「いってきまーす」

「いってらっしゃい」




「おゥい、タケノコ掘るぞォー」


 あぁ、着替えぬと着替えぬと。

 たごさくんの声に、ワレはほんの少し高い声で、


「あ、はーい! 今行くのじゃー」


 と、応えた。




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「最近、日常生活にまでこの口調が、無意識に染み出てしまうんじゃ……。どうすべきかの?」

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