episode_0002◇気紛れ猫と濡れ鴉の具沢山スープ〈前〉|北区・黒文字無患子

 ……ピピピピ、ピピピピ、ピピ。


 あまり大きくない音で鳴る携帯の目覚まし音が止まり、ワレのすぐ隣でお母にゃんがもぞもぞと体を起こす。

 猫は液体であるから、ネコっぽい母親であるお母にゃんも液体。互いの体を抱き枕にしておっても、簡単にするりと抜けることができる……。


「……ん」


 その拍子でめくれたネコ柄のタオルケットを無意識に手繰り寄せ、抱き枕に逃げられた喪失感を慰めるように抱える。


「……おはよ」

「ん、おはよ」


 重い瞼を薄く開いて、お母にゃんの方を見遣ると、腰の斜め後ろに置いた両手で上半身を支え、それ以外は脱力した長座の姿勢。眼はぼーっと何処を見詰めるでもなく正面を向いておる。

 ……何気にお母にゃんのこの寝起きの声、好きなんよのぉ……。声がめっちゃかわゆい。


 半睡半醒のぼやぁーっとした視界が、徐々にはっきりとしてくると、


「っし、朝ご飯の支度しよ」


 とお母にゃんは宣言して長座から胡坐、膝立ちと布団から立ち上がり、エプロンを着けながら台所へ。


 ……ワレも起きぬとな。



 ラジオをつけ、髪を軽く手櫛にかけてゴムで緩く結わうと、卓袱台に軽く手を付きながら布団からゆっくり立ち上がる。


「ぅ……」


 軽い立ち眩みを覚えながら。この、クラっとする感じ、結構好きなんじゃよの。

 そんなことを思いながら、布団とタオルケットを畳み終わると、野菜を刻むお母にゃんのすぐ横、狭い台所の流し台の冷たい水道水で顔を軽く洗って口をすすぐ。



 日の光を浴びようと、未だぼーっとした頭で部屋の出入り口の方へ。

 台所から部屋の戸の間に出ている卓袱台を、その真ん中あたりに手を付いてひょいっと飛び越え、硝子戸に手を掛けて……あ。

 流石にこの服装下着だけは不味いかのぉ。それが許されるのは、たごさくんの父君のような中年ハゲオヤヂだけじゃからの。


 カーテンレールに吊るしたハンガーから、作業用の薄汚れた継ぎ接ぎツギハギだらけのチノパン……元はベージュ一色だったんじゃが、汚れと当て布のせいで随分と賑やかなことになっておる……を引っ掛けて外に出る。


 ……あー、まだ出ておらぬわ。かなり明るいが、まだギリギリ日の出前じゃった。


 まあよい。庭のハーブ摘んで、フレッシュハーブティーを淹れよう。

 ……まあ、うちの庭じゃないがの。「雑草みたいに蔓延はびこってるから勝手に摘んでいい」とたごさくんに言われておるから、問題なぞ何もない。


 というか、ねぐらだってたごさくんちの作業小屋を間借りしておるわけじゃし。


 改装がいいかげんで若干部屋が傾いておるのはご愛敬。ビー玉を置くところころ台所の方へ転がってゆくんじゃよ……。

 あと、古くて歪んで居るが、それはたごさくん一家が住んでおる母屋も同じこと。開き戸が閉まらない、襖や引き戸を閉めたら開かなくなった、上の方はぴっちり閉まっておるのに下の方は一センチくらい隙間がある……挙げたらきりがないわ。



 さて、これくらいで十分かの。キャットニップのところでネコが暴れた形跡があるから(たぶんMikeみけにゃんかの?)、よく水洗いせねばな。




「湯、沸いておるかの?」


 お母にゃんの邪魔にならないよう、狭い台所の隅へ身体を押しやってハーブを水洗い、軽く振って水を切りながら訊ねる。


「ん? ぁ、ハーブティーね」


 そう言って渡された薬缶の、底の辺りをつんつんつついてそれなりの温度があることを確認。蓋を開けて吹き出す蒸気の影に、薬缶の三分の一ほどの湯量を確認。ハーブをねじ込んで蓋を再び被せる。


 台所ここに置いておくと邪魔であろうから、蒸らしは卓袱台の方で……。


 と、ワレが薬缶をネコの形の鍋敷きの上に置こうとするのを、目聡めざといおバカあにゃんが見逃す筈もなく、


「熱いみゃーぁ、重いみゃーぁ……」

「鍋敷きのネコにアテレコするな! 置きにくいであろう!?」


 心を鬼にして薬缶を置き、その近くに何かの景品でもらったマグカップ、ついでに箸と木のお椀も並べておく。




「~♪ でけたよ~♪」


 (変な)鼻歌交じりに、お母にゃんは玄米ご飯を盛った茶碗……というよりミニ丼と言った方がしっくりくるサイズの器を両手にひとつずつ。

 その鴉(のような何か)の絵が描かれておる茶碗をワレの前に、ネコ(のような何か)の絵が描かれておる茶碗を自分の前に置くと、一旦台所へ戻って今度はスープの鍋を抱えて卓袱台の方へ運んでくる。


 ハーブティーも、もう充分10分蒸らせたであろう。ワレが鍋敷きから薬缶をサッと退かすと、お母にゃんはその鍋をサッと乗せる。

 ……ワレが置くときはあんなイジワルしたのにのぉ……?

 そう思いながらマグカップにティーを注ぐと、ふわぁ……っと甘く爽やかなハーブの香りが広がる。


 ん~!! 良い香り、最高じゃぁ!




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ただの朝食シーンが、何故こんなにも長くなったのであろうかの……?」

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