紫の禍髪(カガミ)-起眞市立北区第三中学校&異境・桑織の日常-
詩織(時々ツインテール)
episode_0001◇愚かな死神はユキウサギに依存する|桑織・秋葉桂
『……はぁ。もう、嫌だよ……。楽になりたい……』
西区の黒煙を吐く工場を背に、金属製の柵に身を預けたシノの、紫がかった色の髪が、海からの強い風に揺れていた。
生きても地獄、死んでも地獄。絶望の中でも諦めきれず、希望を見出して縋るほどの強さもない。
ただ、『幸せ』を夢見て。生気のない表情、近くに転がっている
磨り減った心に残った微かな叛骨心で、生きたいと願う紫の瞳は……、とても美しかった。
初めは
いつの間にか、心配は同情に変わり……、シノの些細な行動から、動きの少ない表情から『誇り』のようなものが感じられて、尊敬と恋心になった。
花は散り際が一番美しい。常に死の一歩手前、危ういところで生きているシノが、狂おしいほど好きで……。
でも、私には一歩踏み出す勇気がなかった。
蕺にとっての紫苑のような存在が、必要だとはわかっていても。私なんかが……、そんなふうに足踏みしているうち、シノは壊れてしまった。
『ぐ、が、あ、あ、ぁぁ……ぁっ!』
恐怖と憎悪に囚われ、飢えた獣のような形相で髪を振り乱し、
決して洗練された動きではない。
でも、そんなシノの行動に、彼ら彼女らが黙っている筈もなく。
呪術特化型を圧倒する呪術出力と、暴力特化型を上回る火力を持つ
『理性を失ったバ火力だけが能の壊し屋が』
邪道剣術『怪鳥流』を操る桑織最強の剣士・森山草花に、そう吐き捨てられ四肢を斬り飛ばされてしまえば、身動きも取れず。
『かはっ……!』
曰く付きの古刀#
漆黒の巫女服で大幅に軽減されているとはいえ、シノの日常と同じようにかかる、莫大な魂魄負荷に
嫌だ。見たくない。
散り際の花は美しい。でも、地に堕ちて泥に汚れた花弁は……、
目を瞑っても聞こえる、刃が肉を刺し貫く音。
そして、
『ごめんなさい』
と、呟く声。
ぷつっ、と。そのたった六音の呟きに、私はキレた。
『――ぁ!? ――、――っ! ――――!!!』
自分でも分かってる。
黒い巫女服をつかんで叫んだ声は言葉にならず、振動と威圧で怒りを伝える。
彼は私に飛ばされた唾にその顔を少し
『じゃあ、どうしろって言うんだよ……』
諦観の表情で太刀を手放す。
地に転がった#
『……ッは!?』
……夢?
ベッドから飛び起きて、スマホの光で卓上カレンダーを確認すると、二年前の入学式の日。スマホの液晶が示す時間は午前の1:01だった。
あれが〈予知夢〉の類だったのか、〈時間遡行〉をしたのかは分からない。おそらく前者だが、後者の可能性も皆無ではない。
兎に角。
もう二度と、シノが壊れないように。
そして、あの美しい散り際の花を永遠に、独り占めしたい。
その為なら、手段は選ばない。
シノの特化傾向は、「最も破滅的」とも言われる『破壊特殊型』。
心身への負担を度外視した〈身体強化〉と〈魂魄負荷増幅〉を常時発動することで、暴力特化型を凌駕する身体能力と、呪術特化型でも簡単には出せない呪術出力を持つ……。
でも。
肉体が存在しない亡霊に〈身体強化〉が無意味なように、ストレッサーがいなければ、〈魂魄負荷増幅〉も殆ど機能しない。
だから、シノの目の前で
もちろん、シノを強い〈魅了〉で強制的に惚れさせ、盲目的に私のことだけを信じるようにしてから。
本当はもっとちゃんと関係を築きたかったけど、仕方ない。
いっそ、シノも殺して亡霊にすれば、〈身体強化〉の呪縛から解かれるんじゃないか……?
いやいやダメだ。シノはあくまで生きたいって願ってる。死の一歩手前で生きているから美しいんだ。
それから、〈身体強化〉の身体的負担とかのストレスも、〈同調〉で私が半分肩代わり。〈魂魄負荷増幅〉が一番増幅しやすい対人ストレスが殆ど無いのに、結構きつい。
でも、シノはこれの何十倍も、何百倍も、ずーっと耐えてたんだ。
『シノはすごいよ。ほんとすごい』
『……っ』
『だぁいしゅき……♡』
『……ん』
言葉でも、行動でも、〈思考共有〉でも……。あの悪夢の後悔を上書きするように、毎日毎日シノのことを愛した。
シノは殆ど喋らない。でも、硬かった表情は微笑に変わり、
いつまでも、この幸せな日々が続けばいい、な……、
と、思っていた。
ドアを開けた瞬間、いつもより強い血の匂いに気付いた。
『……シノ!? シノ!』
何で……?
私と愛し合ったベッドの上。白いシーツに広がる赤い血と、首を裁ち鋏で刺して横たわるシノの姿。
『ごめんなさい』。
ただ一言、そう書かれた
私は床に崩れ落ちた……。
『あっきー』
『ん? なに?』
授業が終わって、教室が騒がしくなる中、一人の女子生徒が前髪をぴょこぴょこさせながら訪ねてきた。
彼女は、スッと私の襟もとに手を伸ばし、ニヤリと笑いながら、
『この小指の骨みたいなペンダントって、恋人から貰ったの?』
「……ッは!?」
突然目が醒めた。
視界に映るのは真っ暗な寝室。頭がぐわんぐわんして、歪んだように見える。
痛い。
痛いけど、この程度の痛み……あの人の苦痛に比べれば。
……あの人?
ちょっと待って。今って……?
胸元を探る。ペンダントが……ない。
枕元のスマホを手に取って画面を二回タップ。青白い光で周囲を照らしつつ、表示された時間は1:01。その下に小さく表示された日付は4月の上旬。
「夢、か」
まるで、実際に体験したことをダイジェストで思い出すような夢。
それも、都合のいい所だけを。
「ぅぅ……」
脂汗のような、気持ちの悪い寝汗をびっしょり掻いてる……。
取り敢えず、シャワー浴びよう。
禊のように冷たいシャワーを慣らすことなく体に浴びせる。
冷たい。けど、心地よい。
「はぁ……、……ぅぉぇっ」
夢の中とはいえ、自分がシノにしたことの数々に申し訳なさと吐き気が止まらない。
夢中夢で何もできなかった後悔と反動とはいえ、無理矢理惚れさせて生活基盤奪って攫うとか、我ながら酷い。
それに、不器用な私のことだから、シノの頬とかについてた傷の原因はたぶん……。
終いにはあのペンダント。そりゃあ、私が関わらなかった方が長生きするわ。
でも。
シノの顔、とっても幸せそうだった。それは死に際でも。
それだけは確か。
だから……、どんなに私自身が傷つこうとも、諦めることはできない。そして、私の
そんな私から、自分自身と、これから出逢うシノに対して。
「ごめんなさい」
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