食レポ

Danzig

第1話


水島:高木ぃ、何?昨日の食レポ


高木:すみません・・・


水島:あれはちょっと酷すぎるでしょ


高木:はい、すみません・・・


水島:私、担当のディレクターさんに、メチャメチャ怒られたのよ


高木:すみません・・・


水島:あなた、フレンチトーストを食べた時に何て言った?


高木:しっとりしてますねって


水島:その後よ


高木:まるで雨の日の靴下みたいだって・・・


水島:どうしてそういう表現になるのよ


高木:他に思いつかなくて・・・


水島:それに、一緒に付いて来たアップルジュースを飲んだ時に何て言った?


高木:猫の尿のようだって・・・


水島:はぁ・・・(ため息)


高木:でも、ソムリエの教科書にはそういう表現がちゃんと書かれているんですよ


水島:それはワインの話でしょ

水島:フレンチトーストで靴下とか、アップルジュースで猫の尿って・・・リアルに想像しちゃうでしょ

水島:そんなのを誰が食べたいと思うのよ


高木:すみません・・・


水島:ったく、これまでだったそうよ

水島:この前、ピザが目の前に運ばれて来た時に何て言った?


高木:「わぁ、丸くて平たいですね」って・・・


水島:ソフトクリーム食べた時は?


高木:「冷たくて、甘くて、柔らか~い」って


水島:フォアグラの時は?


高木:「まるで脂を食べてるみたい」って


水島:はぁ・・・・


高木:すみません


水島:あなた、もっと表現を勉強しなさいよ

水島:見たままとか、感じたままを口にしてもダメなのよ。

水島:それに、もっと語彙力も付けないと・・・


高木:それは分かってるんですけど、どうしてもとっさに出て来ないんですよ。

高木:語彙力も付けなきゃと思って、ソムリエの教科書とかも読んだりしてるんですけど


水島:ケースバイケースってもんがあるでしょ

水島:リンゴジュースにワインの表現したって通じないわよ


高木:はい、すみません・・


水島:まぁ、あなたはまだ新人なんだから仕方がないけど、

水島:うちの事務所は小さいんだから、ちょっとした失敗で事務所が潰れるかもしれないのよ


高木:はい、分かってます


水島:・・・まぁいいわ

水島:で、今度の食レポはラーメンだけど、大丈夫?


高木:はい、頑張ります


水島:例え美味しくなくても、なんとなく美味しそうかなって思えるような表現をするのよ


高木:先輩、それは分かりますけど

高木:美味しくないものを「美味しい」って言うのってやっぱり抵抗があるんですよ


水島:美味しくない時は、無理して「美味しい」なんて言わなくてもいいのよ


高木:「美味しい」って言わなくてもいいんですか?


水島:そうよ

水島:逆に、美味しいなんて言っちゃっうと、後で視聴者から、このレポーターは味音痴って思われたり、

水島:食べた人から「不味かったじゃないか」ってクレームになって信用を落としちゃうから、不味い料理は「美味しい」って言っちゃダメなのよ。


高木:そうなんですね。

高木:でも、それは分かりましたけど、じゃぁ、どうすればいいんですか?


水島:そうね・・・

水島:例えば、この前のフォアグラとステーキのソテー

水島:あなた「脂を食べてるみたい」って言ったでしょ


高木:そうなんですよ

高木:あれ、ホントにフォアグラが脂くどくて、ステーキの上に乗っていたんですけど、

高木:そのステーキの脂と合わさって、クラクラくるくらい脂くどかったんですよ。


水島:そういう時は「濃厚でガツンとくるお肉の味が、好きな人にはたまらないでしょうね」

水島:って言うのよ


高木:なるほど!

高木:先輩ってすごいですね。

高木:あ、でも、ステーキじゃなくてフォアグラを食べた時の感想だから「お肉の味」ってのは違うんじゃないんですか?


水島:いいのよ、そういう細かい所は

水島:ようは、そのお皿全体の味を表現しているような感じになれば、何とかなるもんなのよ


高木:なるほど、さすが先輩ですね。


水島:まぁ、あなたがこの事務所に入るまでは、私が食レポやってたからね。

水島:ようは場数よ場数

水島:あなたもそのうち出来るようになるわよ


高木:そうですか・・・・そうだといいんですが・・・


水島:ん? どうしたの?


高木:いや、なんか先輩の話を聞いてて、今度のラーメンの食レポ、自信なくなって来ちゃって・・・


水島:そう・・・

水島:でも、まぁ何とかなるわよ


高木:そうでしょうか・・・・


(間)


水島:うーん・・・

水島:じゃぁ、今から今度の食レポのお店に行って、実際に食べてみましょう

水島:どんな表現がいいか、一緒にチェックしてあげるわよ


高木:いいんですか?


水島:いいわよそれくらい

水島:いきなり本番ってよりは、あなたも気が楽になるでしょ

水島:案内して


高木:分かりました、それじゃお願いします。


(ラーメン屋に着く)



高木:先輩、ここです。


水島:そう、ここのお店なのね・・・作りは割と普通ね。

水島:え? 店の名前が「ラーメン、水の呼吸」って・・・


高木:どう見てもアニメのパクリですよね・・・


水島:ま、まぁ、お店の名前なんてどうでもいいわ

水島:今日は食レポの為に味を確かめに来ただけなんだから


高木:そうですね・・・しかし、大丈夫かなここ


水島:とにかく、入りましょ


高木:はい


(店に入って席につく)


水島:なんかお店は割と空いてるわね


高木:そうですね・・・

高木:はい先輩、メニューです。


水島:ありがとう

水島:今度食べるラーメンは何か覚えてる


高木:ええ、たしか「進化系・特製ラーメン」だそうです。


水島:進化系?


高木:ええ、進化系


水島:何か嫌な予感しかしないんだけど・・・


高木:そうですね


水島:まぁ、いいわ。

水島:じゃぁ、とりあえず、それを2つ頼んで頂戴


高木:はい

高木:「すみません! 特製ラーメン2つお願いします」


(間)


水島:なんか時間かかってるわね


高木:そうですね、特に店が混んでる訳じゃないのに・・・なんでだろう・・・


水島:私の経験上、こういうお店はヤバいのよ。


高木:そういうもんなんですか?

高木:・・・あ、来た来た


水島:ようやく来たわね

水島:・・・って、なにこれ?


高木:うーん、まるで具の少ない二郎系?


水島:スープが乳化しているというより、ただスープが濁(にご)ってるだけじゃない


高木:そんな感じですね


水島:つまり、人気ラーメンをパクってみたけど、スープが見た目だけで、具はケチったって事ね・・・どこが進化系なのよ


高木:えーっと・・・味とか?

高木:例えば、味が超進化してるとか


水島:ホント、悪い予感しかしないわね。

水島:まぁ、とにかく食べてみましょう。


高木:そうですね。


水島:いい? ラーメンの食レポは、まずスープからよ。


高木:はい


(二人でスープをすする)


高木:ん?

高木:先輩・・・このスープ、不味くないですか?


水島:ホント美味しくないわね


高木:何かいろいろ入れてそうではあるんですが・・・


水島:そうね

水島:どれもダシが十分に出てないから、うす味というより、水の味がするわね


高木:そうですね、うす味というよりは、なんか水っぽいですもんね。

高木:あぁ、だからお店の名前が「水の呼吸」


水島:上手い事言ったって、本番じゃそんなの使えないわよ


高木:はい・・・すみません・・


水島:しかし、スープがこんな薄い味なのに、濁ってるってどういう事よ


高木:スープをガンガン沸騰させてるから白濁(はくだく)したんですかね?


水島:まぁいいわ、次、麺いってみましょう

水島:麺は、まず?を上に軽く引き上げて、麺の形状を見るのよ


高木:はい

高木:麺は極太(ごくぶと)のストレートですね・・・


水島:はぁ・・・

水島:二郎系のようなこってりスープだったら太い麺も合うけど、こんな薄いスープで、極太? しかもストレートって何よ

水島:こんなんじゃ、スープが絡まないじゃない


高木:人気ラーメン店の形だけを真似たんですね・・・

高木:自分の店のスープとの相性を何も考えてないというか・・・


水島:もう嫌な予感しかしないわね・・・

水島:まぁ、食べてみましょう・・・


高木:はい・・・


(麺をすする)


高木:ん?

高木:ん!


(麺を噛みながら)

高木:・・・先輩・・・この麺って・・・固くないですか?


水島:まだ芯が残ってるわね・・・茹で時間足らないのよ

水島:麺が極太なだけに、麺の真ん中がまだ粉っぽいじゃない


高木:この硬さをコシの強さとか思ってるんですかね?


水島:いや、それすら考えて無さそうに思えて来たわ


高木:先輩・・・この麺、食べるの辛いですね


水島:そうね・・・

水島:じゃぁ、麺はもう置いておいて、トッピングに行きましょう


高木:はい・・・

高木:トッピングは茹でたキャベツですか・・・あとウズラの玉子


水島:確か特製ラーメンを頼んだのよね?


高木:ええ、特製ラーメンを頼みましたよ


水島:これのどこが特製なのよ・・・

水島:じゃぁ特製以外のラーメンって何が入っているのよ


高木:例えばトッピングの茹でキャベツが、茹でもやしになるとか・・・


水島:はぁ・・・・

水島:もういいわ、食べてみましょう


高木:はい・・・


(キャベツを食べる)


高木:先輩、これ、ただお湯で茹でただけですね・・・味がついてないです

高木:しかも、茹で過ぎでグニャグニャですよ


水島:麺は茹でないのに、どうしてキャベツはこんなになるまで茹でるのよ・・・

水島:二郎系のような濃厚スープなら、茹でた野菜が口の中を洗い流してくれるからいいけど・・・


高木:このうすいスープじゃ


水島:ただの貧乏くさい具にしか思えないわね


高木:ウズラの玉子も味つけ玉子じゃなくて、ただ茹でただけですね。

高木:よくスーパーで茹でたウズラの玉子が売ってますけど、あれをまんま入れてるっぽいですね


水島:ラーメンだったら、普通「味付け煮卵」でしょ、しかもニワトリの。

水島:どうしてウズラの玉子なんか入れるのよ


高木:それはきっと二郎系とか家系のラーメンがウズラの玉子を入れてるから?

高木:ウズラの方がニワトリの玉子より安いですし・・・


水島:もうそれしか考えられないわね

水島:まったく、どうなってるのよこの店は


高木:先輩、この店の食レポですけど・・・なんだか上手く出来る自信ないです。


水島:うーん・・・

水島:流石に新人にこの店の食レポをさせるのは可哀想ね・・・


高木:すみません・・・


水島:まぁ、あなたが悪い訳じゃないから・・


高木:はい・・・でも・・・


水島:仕方ないから、この店の食レポは私がやるわ


高木:え? いいんですか?


水島:仕方ないじゃない、変な食レポされたら、事務所としても困るし・・・

水島:番組のディレクターさんには私から言っておくわ


高木:すみません・・・お願いします。


水島:いいのよ

水島:しかし、ホントに不味いラーメンね


高木:そうですね・・・


水島:もう、残して帰りましょ


高木:はい


(撮影当日)


水島:おはようございます。

水島:今日はよろしくお願いします。

水島:あ、ディレクターさん。 すみません、今回無理を言ってしまって・・・

水島:はい、そうなんですよ、だからちょっと高木には難しいかなぁって。

水島:ええ、その代わりに私が頑張りますから。

水島:はい、よろしくお願いします。


高木:先輩、おはようございます。

高木:今日はすみません、変わってもらっちゃって


水島:いいのよ。

水島:その代わり、しっかり見ておくのよ


高木:はい、勉強させていただきます。


(本番の掛け声)


水島:あ、そろそろ本番だから、私行くわね


高木:はい


(本番のカウントが始まる)


水島:全国のラーメン好きのみなさんこんにちは、「ラーメン食いしん坊」のお時間です。

水島:みなさん、ラーメンはお好きですか?


高木:本番始まった、先輩どんな食レポを見せてくれるんだろう


水島:今日、ご紹介するラーメン屋さんはこちら!

水島:「ラーメン 水の呼吸」さんです。

水島:さぁ、どんなラーメンが頂けるのか今から楽しみです。

水島:さっそく入ってみましょう


高木:先輩、「水の呼吸」の部分はスルーするんだ、見てる人は結構引っ掛かる人いると思うけど・・・


水島:さて、今回いただくラーメンは、お店イチオシの「進化系・特製ラーメン」です。

水島:「進化系」という事ですが、一体どんな一杯が出て来るんでしょうね


高木:あぁ、昨日の記憶がよみがえって来た・・・

高木:先輩大丈夫かな・・・でも、もうここは先輩を信じるしかない


水島:さぁ、ラーメンがやって来ました。

水島:みなさん、これがこのお店イチオシの「進化系・特製ラーメンです」


高木:うわ、昨日よりスープが濁ってる・・・


水島:進化系という事ですが、見た目は普通のラーメンとあまり変わらないように見えますね。

水島:きっと味が進化系なんでしょうね。


高木:確かにあの味は、進化系と言えば進化系? 逆の意味で・・・

高木:どこまで異次元に進化しちゃったのって感じだったけど


水島:これは楽しみですね。

水島:では、早速、頂いてみましょう。


高木:先輩、頑張って下さい!


(スープをすする)


水島:(心)うわ、やっぱり不味いわね。

水島:(心)しかもこの前と味が違うじゃない!

水島:(心)いくらスポンサーの都合っていったって、こんな店紹介して番組は大丈夫なの?


高木:なんか先輩の顔が心なしか険(けわ)しくなったような・・・


水島:(心)あぁでもどうしような、これじゃ考えて来た表現だと違和感あるかな・・・

水島:(心)あぁぁぁでも、やるしかないわね!


水島:わぁ、なにこれぇ~

水島:こんなスープ初めてぇ

水島:これはもうラーメンのスープじゃないですね。


高木:確かに、あのスープはラーメンのスープと言える代物ではなかった・・・

高木:なるほど、そういう表現をすればいいのか・・フムフム


水島:この・・・・

水島:この魚介系とも鶏ガラ系ともトンコツ系ともいえない

水島:全ての素材が主張しすぎない、うまさ控(ひか)えめなスープですね。


高木:今一瞬先輩が止まったような

高木:それにしても先輩、「うまさ控えめ」って、「甘さ控えめ」みたいに言ってるけど、美味しくないって言っちゃってません?

高木:それとも、思わず口から出ちゃったのかな・・・

高木:きっと今日のスープは昨日のよりも美味しくないんだろうな・・・先輩大丈夫かな・・・


水島:そして、麺ですが・・・

水島:わぁ、これはかなりの太麺ですね。

水島:この太くてストレートな麺にお店の意気込みを感じますね


高木:誉めるところがないからって、お店の意気込みとかって・・・

高木:流石の先輩でも、そうなっちゃうのか


水島:さぁ麺はどんなお味なのでしょうか

水島:なんだかドキドキします。


高木:確かにあの味を知っていればドキドキする・・・いろんな意味で・・・


(麺をすする)


(口の中に?が残ったまま)

水島:うん・・・この・・・・

水島:しっかりとした噛み応えの麺が、非常に存在を主張していて・・・


高木:存在を主張か・・・あれはホントに固いだけの麺だから、そういう表現になるんだ・・フムフム


水島:噛めば噛む程、小麦粉の香りが口の中に広がりますね。


高木:小麦の香りじゃなくて、「小麦粉」の香りなんだ・・・

高木:確かに芯の部分は、粉っぽかったからなぁ


水島:この麺が温かいスープに入っていて・・・

水島:ラーメン全体を形作ってるんですね。


高木:まぁ、つけ麺以外のラーメンは大体スープに?が入ってるけど

高木:そんな表現でいいのか?

高木:いやいや、でも確かにラーメンの食レポをしている感じにはなってる・・・うん


水島:次にトッピングのキャベツを頂いてみましょう


(トッピングのキャベツを食べる)


水島:なんと、このキャベツは麺の硬さとは打って変わって、やさしい歯ごたえで、シンプルな味ですね。


高木:グニャグニャは、やさしい歯ごたえって言えばいのか・・・なるほど


水島:これはまるで、柔らかく茹でたキャベツそのものをダイレクトに味わっているような感じですね。

水島:あえて味に手を加えないという、店主のこだわりと工夫が感じられます。


高木:つまり、味はキャベツそのまま事ですよね・・・

高木:でも、ただの茹で過ぎキャベツをここまで表現するなんて・・・先輩さすがです。


(少しの間)


高木:あ、そろそろまとめの時間だ・・・


水島:さて、今回頂いたラーメンですが、進化系という事で、一体どんな進化なのか期待をしましたが、

水島:やはり斬新というか、今まで出会えなかった個性に出会えたって感じがしました。


高木:なるほど、確かに凄い個性ではあった・・・もう出会いたくはないけど・・・


水島:これは、好きな人がいたとしたら、きっと喜ぶ味だと思いますよ


高木:「いたとしたら」って、先輩、本音出ちゃってますよ!


水島:それではみなさん、次回もどこかのラーメン屋さんでお会いいたしましょう

水島:さようなら♪


(カットがかかる)


水島:ふぅ・・・


高木:先輩、お疲れ様です。


水島:今回はホントに疲れたわ


高木:でも、あのラーメンであんな食レポが出来るなんて、凄いですよ。

高木:流石先輩、勉強になりました。


水島:ありがとう

水島:でも、もう当分食レポはいいわって感じ。

水島:特に「進化系」はもうコリゴリね。


高木:そうですね・・・


(ディレクターから声がかかる)


水島:あ、ディレクターさん、お疲れ様です。

水島:どうでした今回の食レポ


(少しの間)


水島:そうですか! わぁ嬉しい♪

水島:ディレクターさんにそう言って頂けると、私も頑張ったかいがありました!


高木:先輩、ホント凄かったですもんね。


水島:え?

水島:今回の食レポが良かったから、うちの事務所に別の食レポを頼みたい?

水島:・・・え、ええ・・・そりゃ勿論、お仕事が頂けるなら頑張りますけど・・・


高木:うわ、なんか嫌な予感・・・


水島:ちなみに・・・・今度は何の食レポですか?


(間)


水島:えっ!

水島:進化系・昆虫料理!?



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