第26話 勇者選定会、二日目
昨夜のお寿司、控えめに言って最高でした。
薄口醬油にガリ、濃いめの緑茶は勿論出汁を利かせたお吸い物に至るまで。勇者召喚が途絶えて三千年、その間勇者が齎した調味料の製法やレシピを基に、改良に改良を重ねて辿り着いた一つの答え。
これは再現なんかじゃない、別文化の創造。酒にうるさいドワーフや淡白な味が好みのエルフ族の存在は、食文化の発展に大きく貢献したのでしょう。エリーゼさんに聞いた話じゃエルフの里の中には山間部に棚田を作って平屋の木造建築の家を建ててるって所もあるらしいですしね、もろ里山の風景らしいですよ?
で、そんなエルフ族にはお米文化が大変好評だったらしく、各地で水田が作られたばかりか出汁の文化や発酵食品の文化が根付いたとか。
更に言えばお酒大好きドワーフ族が米酒や焼酎にド嵌りしたお陰でコメ麹やら麹みそやら醤油と言った調味料の文化も生き残ったそうで、パンゲア大陸東部では割と広い地域でこうした調味料が入手出来るんだそうです。
更に大容量時間停止機能付きマジックバッグや魔道機関車のお陰で沿岸部の魚介類や海洋性の魔物が広く内陸部でも流通しており、市場は何時も活気に溢れているんだとか。
連れて行って貰ったのは魔法レンガ作りの老舗のお寿司屋さん。板場に立つのはこの道百数十年というベテランの職人さん(エルフ)。先々代が王都に店を開いて三百年というのだから、時間規模が違います。
最初のネタはあっさりとした絨毯ヒラメの縁側、その大きさ十メートルを超える大きなヒラメの様な魔物で、砂の中に隠れて獲物を狙うのだとか。
魔力感知で位置に見当を付けてから、気配遮断で近付いて銛で一気に仕留めるのが捕獲のコツなんだそうです。
レインボーフィッシュの握りってのも凄かったよな~。寿司ネタがキラキラ輝くって、新鮮な魔力豊富なネタだと暗闇でも光り輝くとか。味が絶品、口腔一杯に広がる旨味の暴力、文句なしに優勝って感じ。
変わったものだとクラーケンの握りってのがありました。この世界のクラーケンは巨大な蛸らしいです。三角頭は付いてないそうなんで。
大きさが大きさなんで仕入れは部位ごとに行われるんだとか、正直丸々一体あっても食べ切れませんからね。
今回頂いたのは足ですね、クラーケンの身をサッと湯通ししたら氷水で締めて、昆布締めにするんだとか。
いや、マジで異世界のお寿司舐めてました、脱帽です。召喚勇者の残したなんちゃって食文化を吸収し消化し己がモノとして更なる発展を齎す。
喫茶店の勇者メニューにしろこのお寿司にしろ、与えられた恩を忘れず敬意をもって次代に語り伝えて来たからこその食文化の継承。
この世界の人々って素晴らしいと改めて認識させていただいた一幕でございました。
で、今日は二日目。ここからはトーナメント方式ですね。
対戦は多分に主催者側の思惑が見え隠れするカード、優勝候補の“金の斧”と“自由の翼”は最終日の優勝決定戦じゃないと当たらないって組み合わせですね。
そりゃそうですよね、他の冒険者パーティーとは注目度が違いますから。
俺が主催者でも絶対そうしますし。予選初日の第一カードでぶつかってどちらかが消えたら、観客からの大ブーイング必至ですから。
本日の対戦は全八試合、“金の斧”は第二試合、“自由の翼”は第七試合。
リックさんとビエッタさんの“荒野の大剣”は第四試合での出場が予定されているみたいです。
俺とエリーゼさんは一般観客で混雑するレンドールコロシアムの会場入り口を避け、関係者入場口へ。
そこにはチケットを購入出来なかったであろう勇者ファンの皆様が次代の勇者様を一目見ようと入り待ちなさっておられます。
「エリーゼさん、俺の傍を離れないでくださいね。バンドを付ける際、一瞬注目されるかもしれないんで。あの入り待ちファンがエリーゼさんの出待ちファンなんかになったら堪りませんから」
「分かってるわよ、昨日の二の舞はしないから安心して頂戴。私もちゃんと反省したから」
そう、この御方、予選を通過した冒険者を一目見ようと集まっていた出待ちファンの所に、事もあろうか認識阻害解除のバンドをしたまま突っ込んじゃいまして。
レインと楽しいおしゃべりに興じて舞い上がってたのか、それとも自分の事を注目する嫌らしい視線が無かった事で油断していたのか、何とも自業自得な事をなさったんでございます。
周囲騒然、天使と見まごうばかりのエルフ様の降臨に野郎どもが大興奮、一斉に取り囲まれちゃうって言うね。
俺がサクッと救出しなかったらどうなっていた事か。ただでさえ冒険者たちの戦いで興奮しまくってる所に超絶美人が単身紛れ込んじゃダメでしょう。火薬庫にガソリンぶちまけて火を着ける様なもんよ?大炎上必至よ?
そんな事もありまして昨夜は大分反省なさったようでございます。(お寿司屋さんで禁酒させました)
そんな感じで事前に心構えをしていた為か、会場入り口で無用な騒ぎを起こす事なく関係者入り口を通過、無事に関係者観覧席にやって来た訳でございます。
「で、何でここに座ってるんだい、少女よ」
俺はまるで前日のミリアお姉ちゃんの再現とばかりに、俺たちの指定席に座って足をぶらぶらさせている少女に問い掛けるのでした。
「ん、一緒に試合を見ようと思って誘いに来た」
そうでした、この御方お偉いさんの御息女なんでした。
どうも親御さんと一緒に来てはいた様なんですが、社交の為席を外されていた様でしてね。こうした貴族同士が顔を合わせる場は絶好の社交の機会、様々な貴族が顔合わせとばかりに試合そっちのけで動き回るんでございます。
こちらのお嬢様のご両親、どうやらかなり高位のお貴族様の様で、自分から動く事はなくとも周りの方々がご挨拶にですね~。結果ボッチのお嬢様が出来上がってしまったと、何とも不憫なお話で。
「う~ん、俺は別に構わないんだけど、エリーゼさん、この子の席に移動って事になるんだけど構わないですかね?」
「私は別にいいわよ?どこに移っても関係者席なんだし、ゆったり試合が見れるって事には変わらないしね」
そう言い了承の意を示すエリーゼさん。連れがいいって言うんなら問題ないかな?
「ん、それじゃ移動する。セバス」
「はい、ローレシアお嬢様。ではエリーゼ様、ノッペリーノ様、どうぞこちらへ」
そう言い俺たちを案内するザ・執事といった壮年の男性。
エリーゼさんはともかく俺の事まで確り調べ上げて来るとは、この執事、出来ると見た。
俺は気配もなく登場した執事さんに、“流石執事、執事はこうでなくては”と感心しつつ、お嬢様の後を付いて行くのでした。
「ねぇノッペリーノ、ここってどこよ」
そこは昨日同様秘密の抜け道から案内されたお貴族様専用観覧席。エリーゼさんはここレンドールコロシアムの改修工事の際も深く関わっているって言ってたから当然抜け道の存在は知ってるものだと思っていたけど、どうやらここって一部の関係者にしか知らされていない重要施設だった様で、「噂ではその存在が囁かれていたけど、本当に抜け道なんてあったのね。でもこんな重要な秘密、一平民である私たちが知っちゃっていいのかしら?」と何か不安げにしておられました。
俺もその辺どうなのかなと思ってセバスさんに質問しようと顔を向けたところ、無言でニコリと微笑まれてしまいました。
“黙ってろ”って事ですね、分かります。
どうやら駄目だったみたいです。
「今日は予め用意しておいた。存分に楽しむといい」
そう言いお嬢様が指し示す先には料理がこれでもかと並べられたテーブル。どうやら
実際は違うんだけどな~、これって話せないのがもどかしい。
そんな俺とお嬢様のやり取りを傍で見ながら顔を引き攣らせるエリーゼさん、気持ちは分からんでもない。だってこの部屋に来るまでにお貴族様方の社交会場を通過して来ましたし、そんな場所での個室、どう考えてもVIP待遇ですし。
ま、気にしても仕方がないんですけどね。俺はそんなエリーゼさんに軽く目配せをしてから、昨日と同じ様に席に着くのでした。
「ジ~~~~」
何故かオノマトペを口にしながらこちらを覗き込むお嬢様、俺の顔に何か付いてるのだろうか?
「今日はあんまり食べない。お腹の調子でも悪い?」
どうやらお嬢様、フードファイターノッペリーノを期待なさっていたご様子。でもそんな目で見詰められても俺そこまで食べれませんからね?それよりも試合を見ましょうよ、試合。折角の勇者選定会なのに大食い選手権を見てもね~。
「ごめん、じっくり見られると食べれないタイプもいる。これは私が無神経だった、許して欲しい」
そう言いぺこりと頭を下げるお嬢様。自分が悪いと思ったらちゃんと謝る事が出来る、これはご両親の教育が確り行き届いている証拠でしょう。
背後に立たれているセバスさんが「お嬢様、ご立派になられて」と涙ぐんでおられます。うん、愛されていらっしゃる事。
“カチャッ”
ノックも無く開かれた扉、ここが高貴なる御方様方が利用される特別室だとすれば相当に無礼な行いだと思うのですが。
「セバス、ご苦労。して、昨日ローレシアが世話になったという客人には会う事が出来たのかな?」
開口一番セバスさんに声を掛ける御仁、セバスさんが慌てる事なく対応するって事はお嬢様の関係者?まぁ十中八九ご両親って事なんでしょうけどね。
「えっ、アレンジール公爵閣下!?」
エリーゼさんが驚愕と言った表情で慌てて席を立つや床に片膝を突き頭を下げられておられます。・・・これって俺もやらないと駄目?駄目だよね~、そうだよね~。分かったからそんなに下から睨まないでよ~。
俺はのそのそと席を立つと床に片膝を突きサッと頭を下げるのでした。
「いや、構わぬ、今は私的な時間である、頭を上げられよ。それに昨日は娘のローレシアが大変世話になったとか、公爵としてではなく一人の父親として礼が言いたかったのだ。
ローレシアには日ごろから寂しい思いをさせて来ているからな、昨日の様に楽し気に昼間の出来事を話す姿を見るのは久方ぶりであった。日頃どれ程娘と向き合っていなかったのかを思い知らされた思いであったよ。
本当にありがとう」
そう言い頭を下げるアレンジール公爵閣下。公爵様がそんなに簡単に頭を下げていいのと思わなくもないけど、その為に予め“ここにいるのは公爵じゃなくてただの娘の父親としてだよ”と前置きをしたのだろう。
お貴族様って面倒臭い。
それにしても公爵様のお嬢様か~、確かに偉い人だわ。王女様ではないとは言え王家に連なる御方じゃないですか、嫌だ~。
俺は俺たちのやり取りを見ながら胸を反らしてドヤ顔をするお嬢様に、“マジ勘弁して下さい”と思わざるを得ないのでした。
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