第23話 映画の上映前って何かソワソワしません?
広がる大空、浮かぶ雲、視線を下げれば辺り一面人・人・人。
彼らは皆これから始まる一大イベントに期待と興奮を押さえられないといった笑顔を浮かべ、その始まりを今か今かと待ち望む。
王都リンデロン最大の収容人数を誇るコロシアム“ガレンドール”、その歴史は古く、今から二千年ほど前に建てられたここは百年毎に改修工事が行われ現在に至る。
「ここの防御結界装置作製には先々代の店主が関わっていてね、改修工事が行われる際には私も作業に参加するのよ。
普段のメンテナンスは王宮の魔術師たちでも出来るんだけど、本格的な修繕ってなるとどうしてもね。その辺は信頼と実績のマリアージュ魔道具店に一日の長があるってことなのかしら?」
そんなコロシアムの一般観客席を見下ろす形で設置された関係者観覧席。広い通路、ゆとりのあるテーブルと座席。前世の世界で映画館のプラチナシートって奴を利用した時がこんなだったな~。
映画館なのにラウンジがあるうえにウェルカムドリンクって、まさにセレブって気分になったものです。
お隣では“お父ちゃんはな、地図に残る仕事をしてるんだぞ?”と息子に自慢するようなエリーゼさんが。あんたは
エリーゼさん、最初は入場口で腕に巻かれたバンドの効果で認識阻害の魔法が解けて憂鬱な気分になられていたんですけどね、会場内を目的のシートに向かって歩いている最中に違和感に気が付かれまして。
“美しいって罪ね”なんて阿呆な事を
そこでハッと思い出された様です、俺の謎体質を。
俺ってばまるで認識阻害でも掛けたかのように周りに意識されないんですよね、しかもそれが俺だけじゃなくて一緒に行動する人物にも及ぶって言うね。
精霊様御愛用のキャンピングカーは伊達ではないのですよ、これであなたも壁の花って奴です。
「でも本当ノッペリーノって変、魔法や魔術とも違うただの体質で周囲から一切気が付かれないなんて。それってスキルって訳でもないんでしょう?意味解らない」
「いや、そうは言われてもですね、俺も都会に出るまでここまでのものだなんて思ってもみませんでしたから。
山の中じゃ魔物に襲われなくってラッキーって程度の話ですからね?別に攻撃力が上がる訳でも防御力が上がる訳でもない。
そこにいる事が自然と思われるってだけですから」
俺の言葉に何故か訝しみの視線を送るエリーゼさん。なぜそんなジト目でこっちを見るし。
「ノッペリーノ、あなたストーンドラゴンの範囲攻撃を受けてもケロッとしてなかった?ガーゴイルの群れに襲われても何事も無かったかの様な顔して姿を現さなかったかしら?」
そう、それはこの馬鹿店主が“王都ラッセル通り裏番地”内に点在する自分の店の倉庫の罠を作動させた時の事、どこぞの勇者様の冒険譚をやらされた数ある思い出の一つ。
「なんですかね~。殴られても吹っ飛ばされても大したケガってした事がないんですよね~。痛いは痛いんですよ?めっちゃ衝撃も感じますし。
力が無いんで受け止めるなんて真似は出来ないんですけどね、山の渓流で川遊びをしてた時に鉄砲水に巻き込まれた時も平気だったな~。
でも叱られて頭を引っ叩かれれば痛いんですよ?ダメージは少ないですけど。
多分前世で壁をやってた影響じゃないんですか?知らんけど」
俺の返答にどこか納得いかないと言った表情になるエリーゼさん。“私の修行の日々は一体”って言われても知らんがな。
「あっ、あそこですね」
そう言い俺が指差したシートには、何故かすでに座っておられる御方が。テーブルには売店で買い込んで来たであろうフライドポテトとから揚げがこんもりと。
「あの~、すみません。そこは俺たちの席なんですが、多分お間違えになられているかと」
俺が恐る恐る声を掛けると、その人物はくるりと後ろを振り返りました。
「えっ、ミリアお姉ちゃんじゃん、こんな所で何やってるのさ。
って言うか出場選手控室に行かなくっていいの?」
「あらノッペリーノ、漸く来たのね。折角このお優しいミリアお姉様が一人寂しくカップルシートを利用する弟分を慰めてあげようとこうして来てあげたのに、いつまで待たせる気だったのよ」
そう言い満面の笑みを向けるミリアお姉ちゃん。ってやっぱりワザとかよ、知ってて敢えて黙ってたって奴かよ、一人寂しくやって来る前提かよ!
俺が“ウガ~ッ”と呻ってる姿に満面の笑みを向ける満足気なミリアお姉ちゃん。超ムカつく~!!
「ねぇノッペリーノ、こちらの御方って白金級冒険者パーティー“自由の翼”のミリアさんよね、たった一人で災害級スタンピードを焼き尽くしたって言うあの伝説の」
そんな俺たちの様子を脇で見ていたエリーゼさんが、有名人を前にした一般人みたいな反応をしながら声を掛けて参りました。
「えっ、ノッペリーノ、あんた連れがって・・・」
“ガシッ”
行き成り俺の両肩を掴むミリアお姉ちゃん。目茶苦茶真剣な眼差しで俺を見詰めてって、一体何を。
「自首しなさい、今ならまだ罪は軽いわ。王国法では奴隷は禁止されてるの、薬物による洗脳も当然禁止されてるわ。
見た感じ無理やりって雰囲気じゃないけど、罪は罪なのよ?
ノッペリーノなら分かるわよね?」
そう言い慈愛の籠った瞳で俺を諭すミリアお姉ちゃん。
「ミリアお姉ちゃん、俺、俺・・・」
「いいのよ、無理に話さなくても。衛兵詰め所には私も一緒に行ってあげるか「って違うわ、何で俺が犯罪者やねん、王都に来たばかりのお上りさんにそんな大それた犯罪が出来るか~~!!」」
ミリアお姉ちゃんは俺の言葉にキョトンとした顔をしてから、「それもそうね。それじゃ高級娼婦の方にお願いして・・・王都の高級娼婦って凄まじいのね」とかなんとか言い始めました。
ってそれも無いからね、大体そんな大金をどうやったら工面出来るのか教えていただきたい。
「フフフッ、お二人は本当に仲がよろしいのですね。
私はエリーゼ・マリアージュ、マリアージュ魔道具店四代目店主をしております。ミリア様の御噂はかねがね、新聞の報道やお客様方からもお伺いさせていただいておりました。
こうしてお会い出来、大変光栄でございます」
そう言い綺麗なカーテシーを決めるエリーゼさん。
声を掛けられたミリアお姉ちゃんは一瞬驚いた顔をした後、「私こそ高名なエリーゼ・マリアージュ様にお会い出来大変うれしく思います。これを機会に一度お店の方にお伺いさせていただく事は出来ませんでしょうか?」と話を続けられています。
俺は一人“へ~、エリーゼさんって有名人だったんだ~”と思いながらテーブルのフライドポテトに手を伸ばすので「ってあんた何一人で“僕は関係ありません”って顔をしてるのよ、あんたが連れて来たお客様なんでしょうが、会話に参加しなさいよ。
と言うかなんでこんな大物を連れて来ちゃってるのよ、緊張して話が続かないじゃない、どうにかして!」
・・・ミリアお姉ちゃん、どうやら一杯一杯だった様です。
「え~、ご紹介します。こちら俺の実家のご近所のお姉さんでミリアお姉ちゃん。同じくご近所だったレインと共に白金級冒険者パーティー“自由の翼”を組まれてご活躍なさっている有名人です。
フェアリ村の星、故郷の誇りって奴ですね。
そんでこちらがマリアージュ魔道具店四代目店主エリーゼ・マリアージュさんです。勇者選定会の影響で泊るところが無いと言ったら、ミリアお姉ちゃんがくれたペアチケットで一緒に観戦することを条件に宿泊させてくれるという一見破格の条件を出しつつ、人を地獄に叩き落した極悪人です。
と言うかどう考えても俺の方が不利な話だよね?今からでも別の宿を「お願い、それだけはやめて。今夜はオーク肉のステーキにするから」・・・というとても愉快な方です」
俺の紹介に互いに乾いた笑いを浮かべ握手を交わすお二人。なんだろう、“お互い苦労しますね”的な雰囲気なんだけど?
俺別におかしなこと言ってないよね?何故二人してジト目を向けるんでしょうか、意味分からん。
「それはそうとミリアお姉ちゃんはこんな所にいていいの?
新聞報道だと“自由の翼”は勇者候補の大本命なんでしょう?控室でパーティーメンバーと「漸く見つけましたよミリアさん。まったくお一人でどこに行ってるのかと思ったら関係者観覧席で何をなさってるんですか?皆さん揃ってお待ちですよ?」・・・お迎えが来られた様ですけど?」
“げっ、エメラリア。生真面目なアンタがなんでここに”って素が出過ぎですよ、ミリアお姉ちゃん。
トップ冒険者は人気商売なんでしょう?言動には気を付けないとまずいんじゃないんですか?
「えっとミリアさん、こちらは?どこかでお会いした様な気がするんですけどどこだったのか」
「あぁ、それって多分王城のパーティーの時よ。私もそこでお姿だけ拝見したから。
こちらマリアージュ魔道具店四代目店主エリーゼ・マリアージュ様。私の弟分が知り合いでね、今日からの勇者選定会を観戦しに来てくださるという事でご挨拶に来ていたのよ。
今度お店の方にもお伺いさせていただくことになったの」
「初めまして、マリアージュ魔道具店店主エリーゼ・マリアージュでございます。白金級冒険者パーティー“自由の翼”の絶対防壁、“鉄壁のエメラリア”様でございますね。
こうしてお会い出来ましたこと、大変光栄でございます」
そう言い再びのカーテシー。こなれてるな~、流石王都の老舗魔道具店店主、さっきも何気に“王城でのパーティー”とかって単語が出てたし、エリーゼさんって結構なセレブ?
「あっ、これはご丁寧にありがとうございます。“自由の翼”盾役のエメラリアと申します。
そうですか、ミリアさんはその為に。
私たち“自由の翼”といたしましてはエリーゼ様の様な高名な魔道具職人の方とお知り合いになれるという事は何より心強い事でございます。今後ともミリア共ども“自由の翼”をよろしくお願いします。
ではミリアさん、レイン様には私の方から「エメラリア、ミリアは見つかったかい?」あっ、レイン様、こちらに来られたんですか?
ミリアさんは関係者観覧席でこちらのマリアージュ魔道具店四代目店主エリーゼ・マリアージュ様にご挨拶をされていたようでして」
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
その者は金色の髪を靡かせ現れた。
優し気でありながら力強い瞳、スッとした甘いマスクに周囲の女性たちから桃色のため息が漏れる。
「ミリア、探したんだぞ?せめて一言どこに行くのか告げてから控室を出てくれないか?
この選定会はただの武術大会とは違う、様々な思惑が絡み合う勇者選定会だ。当然の様に妨害工作が行われている、それはミリアも知っている事だろう?
確かにミリアは俺が知る誰よりも強い女性だけど、心配なんだよ。俺の為にもそうしてくれないかい?」
そう言いミリアお姉ちゃんの手を握りジッと瞳を見詰めるレイン。
“バタバタバタッ”
そしてそんなレインの色香にやられた女性たちが次々と陥落。
うん、これは苦労するわ。ミリアお姉ちゃんガンバ。
「あっ、失礼いたしました。お初にお目にかかります、白金級冒険者パーティー“自由の翼”リーダー、レインと申します。
高名なエリーゼ様にお会い出来ましたこと、大変光栄でございます。
これを切っ掛けに私ども“自由の翼”とも懇意にしていただけましたら、これに勝る喜びはございません。
本日は予選会となりますが、エリーゼ様の為にも精一杯戦わせていただきたいと思います」
レインは片膝を突きエリーゼさんの左手を取ると、その甲に唇を落とすのでした。
「では私どもはこれで、ぜひ大会をお楽しみください」
立ち上がり軽く礼をしてからその場を離れるレイン。なんか独自の進化を遂げられてしまわれた様です。
「・・・ミリアお姉ちゃん、あれがいいの?」
「えっ、良くない?あの外面頑張ってるって感じ、背伸びした子供みたいじゃない?
何と言ってもイケメンだし?イケメンは何をしても許されるのよ?」
うん、ぶれない。ミリアお姉ちゃんのイケメン好きは真性だわ。
まぁミリアお姉ちゃんが人生楽しんでるようならいいんですが。
お隣ではエリーゼさんが拳を天に掲げて“我が生涯に一片の悔いなし!”と言ったポーズを取られておられます。
なんやかんや言ってレインって人気高いからな~。イケメン絶対説は世界が変わっても共通の様です。
俺は決して変わる事のない世界の真理に、今は亡き懐かしの友(イケメンたち)の顔を思い浮かべるのでした。
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