第22話 姪のピアノの発表会に行く気分です

窓辺から差し込む朝の光、もぞもぞと掛布団を引き寄せ微睡にふける。

柔らかな布団と適度な堅さの枕、極上の眠りは何時までも俺の心を掴んで離さない。

だがそんな俺を目覚めへと誘うモノが。


“ふわ~~~~~”

室内に漂って来たのはハムが焼かれた香り、耳を澄ませばタンタンタンと包丁がまな板を叩く音が聞こえる。


“ジュワ~~~~”

何かが焼ける音、あれはフライパンで卵を焼いている?


“グ~~~~”

それらを意識した途端活発に動き出す胃袋、俺の身体は欲望に忠実だ。

開かれたまなこ、掛け布団をサッと剥ぐと、寝間着を脱ぎハンガーに吊るしてあった平服に着替える。畳んだ衣類は<ポケット>の収納空間に仕舞い、身だしなみを整えてから部屋を出る。

衣類とかはマジックポーチ(精霊様改造済み)に仕舞ってあったんじゃないのか?冷たいんだよ、ピエッピエになっちゃうんだよ、食品関連以外は全部取り出して常温に戻してから<ポケット>に仕舞い直したわ!!

マジックポーチは食品専用、冷蔵庫に決定です。

そういえば前前前世の大昔友人が冷蔵庫にスマホを仕舞っちゃって大騒ぎしてたことがあったよな~。家電いえでんから呼び出しても冷蔵庫の中じゃ音漏れもしないから全く分からないって言うね、何であんなところに置き忘れちゃったんだか、未だに意味解らん。


「エリーゼさん、おはようございます」

音のする台所に向かうと、そこでは家の主エリーゼさんが朝食の支度をしていてくれた。


「あらノッペリーノ早かったわね、もう少しぐっすり寝ていても良かったのに」

“サラッ”


流れる銀糸が宙に遊ぶ、大きな耳と美しい面立ちが特徴のエルフがこちらに向かい微笑みかける。

俺の事に気が付いたエリーゼさんは後ろを振り向くと、優しい言葉を投げ掛ける。


「いえ、昨夜は疲れからか泥のように眠ってしまって。結構な時間寝てたのかお腹がペコペコでして、旨そうな匂いに釣られたと言いますか何と言いますか。

今朝はハムと目玉焼きですか、美味しそうですね」


そこには白い皿に盛り付けられた厚切りのハムを焼いたものと目玉焼き、千切りキャベツっぽい何かも添えられている。


「パンは今朝パン屋で買って来たの。やっぱりパンは焼き立てよね、家で焼いてもいいんだけど、結構な手間じゃない?

この店のパンは“王都ラッセル通り裏番地”でも評判のお店なの。昔は王宮の調理場を任されてたこともある方らしいんだけど、色々あって引退して、今ではこの街でパン屋をやってるって訳。

ここだったらやたらな柵からも逃げれるしね、結構そうした人って多いのよ?」


そう言いパンの入ったバケットを勧めるエリーゼさん。

“パクッ、ムシャムシャ”

ウッマ、何これ?小麦本来の味が生きていると言うか引き出されていると言うか、とにかく旨い。これ止まりそうにないんだけど?


「そんなに慌てて食べなくってもいいわよ、誰も取り上げたりしないから。それよりも行くんでしょう?勇者選定会」

パンに夢中になる俺の様子に、苦笑交じりに声を掛けるエリーゼさん。そう、いよいよ今日から始まるのです、“リーデリア王国勇者選定会”が。

大会開催期間は三日間、初日の予選会を経て二日目から始まるトーナメント戦、三日目には準決勝と決勝大会が行われる予定との事。

エリーゼさんは自身の持つコネをフルに活用し、初日と二日目の一般観覧席(全席指定)を手に入れたんだとか。

そして俺はと言えば・・・。


「全三日間、特別関係者席、何でノッペリーノがそんな凄いチケットを持ってるのよ~!!

私の五百年は一体何だったのよ~!!」

自身のチケットとの落差にむせび泣くエリーゼさん。


「あっ、でもこれペアチケットだわ。ミリアお姉ちゃん何考えてんだよ、嫌味か」

王都に初上京のお上りさん、しかも山間育ちの田舎者。そんな俺にペアチケットって、これを使ってナンパでもしろと?出来るかそんな事!!


“ガタッ”

「ノッペリーノ君、いえ、ノッペリーノ様、是非私奴わたしめをお供に!

王都滞在中の宿泊は勿論お食事も御用意いたしますので~!!」

恥も外聞も無く頭を下げる麗しの美女、この数日でその残念っぷりは晒しまくったからか、既に取り繕うものは何もないと言った事なんだろうか。


とまあそんな事が昨夜ございまして、こうして朝から歓待を受けていると言う訳でございます。


「大丈夫ですよ、そんなに心配しなくても。エリーゼさんを置いて一人で出掛けたりしませんから」

「本当ね?頼むわよ?私自分のチケット友達にあげて来ちゃったんだから、ここで置いてきぼりにしようものならこの前倉庫から発掘してきたこのドラゴニックホーンで・・・」


エリーゼさんはぶつぶつと何か呟きながら淀んだ瞳で俺を見詰め、懐から美しくも禍々しい小杖をってそれこないだストーンドラゴンを粉砕した奴じゃないですか!そんな物騒なもの取り出してるんじゃね~!!


“スパーンッ”

俺は<ポケット>に手を突っ込み目的の品を取り出すと、思いっきりエリーゼの頭を引っ叩くのでした。


“#$%&@*%&’&’!?”

声にならない声を上げ頭を抱えながらのた打ち回るエリーゼさん。流石は我が愛剣、その切れ味、他に及ぶものなし!


「イッタ~イ、一体何なんですかそれは!?

私これでも常に魔法防御を張り続けているんですよ?魔道具のアクセサリーの効果もあって通常の攻撃ではかすり傷一つ付けられない筈なんですよ!?」

エリーゼさん、ご自分の常識外の攻撃に狼狽ろうばいなさっておられます。


「なんだそれはと聞かれたならば、答えて上げるが世の情け。

お教えしましょう、これこそは我が愛剣“村正”でございます」

そう言い伸ばされた右手に握られたソレ、扇形に広がった蛇腹な姿の憎い奴。そう、張り扇ですね。


いや~、懐かしいな~、これでよく引っ叩かれたんだよな~。

実はこの張り扇、もとい、愛剣“村正”は以前の世界にいた人工精霊の“ハニワ”と共に作り出した逸品。

相手の身体を一切傷付ける事無くその精神、魂を直接引っ叩く事が出来ると言う優れものなんですね~。

だからどんな魔法的防御だろうが神様的結界だろうが関係なし。

前の俺はこれに気配と言うか気のパワーと言うか生命力と言うか、そうしたものを乗せてぶん殴っていたんで神性存在すら泣かしてたんだよな~。

本当に前の俺ってとんでもないよな~。

ま、今はそんな事も出来ないんでこうして相手の正気を戻させるのが精々なんですけどね。あってよかった<ポケット>収納ですな、エリーゼさんも無事正気に戻ったみたいで良かった良かった。

因みに人工精霊の“ハニワ”ってのは文字通り埴輪そっくりの奴でした。目と口が空洞になってるあの顔ですね、今考えてもなんであんな顔してたんだろう?向こうの知り合いって変な奴ばっかりだったんだよな~。


「愛剣って剣じゃないじゃないの、それって遥か昔に勇者様が伝えたとされる“ツッコミ”とか言うコミュニケーションで使われたと言う道具よね?

名前は憶えてないんだけどこの形状は勇者様関連書籍で見た覚えがあるわ。

ノッペリーノの前世の世界って、何か勇者様と関連があるのかしら?」


「うん、それは俺も考えた事があります。前に月刊ムーランの勇者特集を読んだ時に思ったんだけど、勇者の名前が以前の世界で暮らしていた国の人々の名前に凄く近かったんですよね。

もしかしたら同じ世界か近しい世界から呼ばれたのかもしれません。この俺が引っ張られてここにいるって事は、何らかのルートが出来上がっていた可能性が大きいですから」


そう、無数にある世界の中で勇者の名前が‟コバヤシ・ユウコ”ってどんな偶然って話なんだよな~。大和人か日本人のどっちかなのかと疑ったのも致し方がないかと。

世界は無数に存在するとは言ってもランダムだろうが何だろうが異世界人を引っ張って来るにはそれなりに力を必要としたはず、異世界召喚自体が神々の遊びであった場合余程こだわりがない限り適当に引っ張って来ただろうことは想像に難くない。

そうなると同じ世界か近隣世界からサクッと浚ってくる方が簡単、要はクワガタやザリガニを捕まえるのと一緒、お気に入りの穴場があるって感じ?

その後任が世界修復の為に召喚を行って俺が引っ張られたって事は、あの世界に向けて穴が出来上がっていた?

今度ハニ子に言って塞いでもらうか?この世界の神と交渉して貰うってのもアリかな、あの召喚勇者の手記の一文を読んだ後だとちょっとどころじゃなく思う所がですね。


「ちょっとノッペリーノ、顔が怖いわよ。それよりも早く朝食を頂いちゃいましょう、会場が混雑していて辿り着けませんでしたじゃ目も当てられないから」

「あっ、そうでした。というか全席指定ですよね?それでも混雑するんですか?」


「あなた分かってないわね~。こんな大イベント、チケットがあっても無くても会場に行きたくなっちゃうものじゃない。

少しでもその雰囲気を味わいたいって数日前から並んでる人もいるって新聞に載ってたわよ?」

“バサッ”


そう言い広げてくれたのは今朝の新聞。掲載されてる写真には、既に会場前に出来上がっている長蛇の列が。

これがファン心理、こうしたものはどの世界でも変わらないんだなと改めて人の業について考えるノッペリーノなのでありました。



「エリーゼさん、こっちです」

そう言い右手に案内図を持って俺が向かった先、それは観覧客が長蛇の列を作る会場入り口・・・ではなく厳つい兵士の方々が厳重に警備を固める別の入り口、所謂関係者入り口って奴ですね。


「停まりなさい、ここは関係者特別ゲートだ。一般客は別の入り口となる」

「あっ、ご苦労様です。こちらがチケットです、どうぞお改め下さい」


入り口前で兵士に呼び止められた俺は、サッと懐から大会入場ペアチケットを取り出す。


「これは出場者に配られたファミリーチケットか。これは失礼した、ご家族のどなたかが出場されるのだろうか?」

「はい、白金級冒険者パーティー“自由の翼”に所属しているミリアさんは俺の同郷でして、いつも弟のようにかわいがってもらっていたんです。

こちらはミリアさんから頂いたものになります」


“ピッピッピッピッ”

「確かに、番号照会でそのチケットがミリア殿に配られたものと確認が取れた。

誘導尋問の様な真似をしてすまなかったね、なんせ関係者席はこの国の高位貴族や王族の方々のお座りになる席に近いものでね、その分身分照会も厳重に行わなければならないんだよ。

それと左右どちらかの手を出して貰えるかな?」


俺は兵士さんに言われるがまま左手を差し出す。すると兵士さんはその手にバンドの様な物を巻き付けた。


「これは会場内での身分証になる、一度付けると会場から出るまで外す事が出来ない一種の魔道具だね。

攻撃魔法や阻害魔法、武技の一切が使えない様になると言った優れものだ。使えなくなると言っても阻害するといったものらしいんだが、私も詳しい事は知らないんだがね。

これも安全確保の為と思って了承して欲しい。

お連れの方もよろしいかな?」

兵士さんはそういうと俺の隣にいたエリーゼさんに腕を出すように促した。


“パチンッ”

エリーゼさんの腕に巻かれたバンド、それと同時に認識阻害魔法の切れるエリーゼさん。


「「「えっ!?」」」

流れる様な煌めく銀糸、計算し尽くされたかのような透明感のある美しい容姿。突然現れたエルフの姿に、その身を固める兵士さん方。


「う~、こうなるから普段から認識阻害を掛けてるのに。忌々しいわね、このバンド」

「止めてくださいよ、それ外しちゃったら会場から摘まみ出されちゃうんですからね」


「せめてフードを被っちゃ駄目なのかしら?」

「不審者防止の為幅のあるツバ付き帽子やフードの着用は禁止って案内にも書いてあるじゃないですか、諦めてください。

えっと兵士さん、中に入ってもいいですか?」

俺の言葉に一瞬ビクッとした兵士さんは、「は、はい。どうぞお通り下さい!!」と言って何故か敬礼するのでした。


「フッ、これも私が美し過ぎるのが悪いのよね。美しいって罪ね」

残念美人が何かほざいておられます。

思いっきり張り扇で引っ叩きて~~!!

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