第21話 何事も無かったかの様に別の話題をする奴っているよね
王都の片隅、マリアージュ魔道具店。時代を感じさせる骨董品の様な物から艶光した最新のものまで、様々な魔道具が陳列されたそこには、シンと静まり返った空気が漂っていた。
“カチャッ”
俺はテーブルのティーカップを手に取ると、ゆっくりと口を付ける。少しぬるくなったハーブティーは、淹れたてとはまた違った味わいを見せてくれる。
“フ~”
喉の渇きも潤った所で俺はエリーゼさんに向き直り、その目を見詰め口を開く。
「エリーゼさん」
“ビクッ”
エリーゼさんは一瞬身を震わせると、慌てて姿勢を正す。
「このネックレス、魔力補充の魔道具ですが、お値段は幾らになりますかね?それと他に似た様な物があったら見せて欲しいんですけど」
「ってそっちかい。さっきまでのやり取りは、フル無視なんかい!!」
頭上の精霊様が人の髪の毛を引っ張りながら激しく主張なさっておられます。
でもそうは言われましてもね、ハニ子帰っちゃいましたし?
取り敢えずテーブルのスマホは<ポケット>に収納っと。
「いや、そうは言われてもですね、さっき話した以上の情報は有りませんから。ハニ子は前の世界の知り合いで神様、それ以外に言い様は無いですし、今の俺だって精霊様と旅する行商人ですからね?
他の人に精霊様との関係について聞かれても子供の頃からの友達としか言い様なんてないですから、それと似た様な物ですっての」
俺の例えに納得はしないものの反論も出来ずと言った感じで“グヌヌヌ”と呻る精霊様。
だから髪の毛がですね、痛い痛い痛い。
「えっ、あっ、はい。お値段ですね。そちらは金貨十五枚となります。それと同様の魔力補充の商品は現在当店では扱っておりません。どうしてもと言う事になりますと作製となりますがあいにく魔力補充に使える程の大きさの魔石の在庫が無いものですから。
昨今は魔導技術の発展により魔石需要が高まりまして、需要に供給が追い付けていないのが実情なんです。
ですので今は何処のダンジョンも魔石ラッシュでして、多くの冒険者が魔石採取に潜っているんですよ。
魔の森などに入って魔獣を狩ってもいいんですがそうしたところで採れる天然魔石は大変貴重ですからね、余り市場には出回らないんです」
俺と精霊様のやり取りを見て復活なさったエリーゼさんが、魔石の現状と共に魔力補充のペンダントのお値段を教えてくださいました。
って言うか話し方が硬い。もっとフレンドリーでいいんすよ?俺っち只の行商人(成り立て)ですから。
「それじゃこれ、金貨十五枚です。それと最初ここに来た時初めてでよくここに来れたね的な事を言ってたじゃないですか?
あれってどういう意味だったんです?この店って会員制の特別なお店だったりするんですか?」
俺が首を傾げながら聞くと逆に首を傾げるエリーゼさん。
エリーゼさんはテーブルで一人クッキーを抱えて小動物の様にコリコリしている妖精さまに目を向けると、言葉を掛ける。
「ねぇマルベール、この店の結界って問題なく作動してるわよね?それと街の結界も」
エリーゼさんの問い掛けにコクコクと頷きで返す妖精様。
エリーゼさんは暫く顎に手を当て考えを巡らせた後、何かを思い出したかの様に口を開くのでした。
「ごめんなさい、ちょっと衝撃的な事があり過ぎてすっかり忘れていたわ。ノッペリーノさんって結界や惑わしの術の類が一切通用しない体質って事だったわね。
その理由も今だったら何となく分かる気がするし、ノッペリーノさんはそういう存在って事でお話するわね。
ここの街の名前は“王都ラッセル通り裏番地”、そこにあってそこにない、そんな街。
ノッペリーノさんに分かり易く言うのなら“精霊の庭”みたいなものと言えば分かって貰えるかしら?
もっともそれ程高度なものではないからある程度の力あるものなら入って来れちゃうんだけど。
こうした隠された街って、じつは結構色んな所にあるの。ただその存在が知られていないってだけで。
この街はこの国が生まれて百年くらいたったあたりで作られたって聞いているわ。当時力ある魔術師たちが自分たちの隠れ家として使っていたのよ。
その後様々な力ある者たちが街の拡張に協力して現在のような形に落ち着いた。広さとしては王都の三分の一くらいの大きさがあるんじゃないかしら?
ただここも結構入り組んでいてね、私も完全に把握し切っているって訳じゃないのよ。
で、そんな場所だからこの店も当然のように結界が幾重にも張られていてね、やたらな人間じゃ辿り着けない様になってるって訳。そんなことで商売として成り立つのかって話なんだけどね、ぼつぼつやらせてもらってるわ」
はいはい納得、そう言えば前の世界でもそんなところあったわ、懐かしい。“ベーカー街裏番地”、“夢幻都市エルム街”、人の力も侮りがたしって奴だよな~。
「そうなんですか。それと話は変わるんですけど、どこか観光して回るのに面白そうな所って知りません?それと宿屋ですかね。
俺今度王都で開かれる勇者選定会を見ようと思ってたんですけど、今日の新聞発表で大会開催決定って言ってる割りにどこの宿屋もいっぱいで。
聞いた話じゃ二カ月くらい前から大会が開かれる話が出回っていたらしいじゃないですか、王宮側から大々的に言うなって言われていたにも拘らず。
もう街の中は勇者ブームで大変な事になってるんですよ、考えてみれば俺の田舎のあるボックス子爵領の領都テルミンですら甘味処で勇者メニューが出てたくらいですんで当然なんですが。
面積が王都の三分の一程あるんだったら空いてる宿屋もあるのかと。ご紹介いただけたら助かるんですが」
「勇者選定会って最近噂になってるアレよね?確か十日後の、よくチケットが手に入ったわね。私だってコネを使いまくって漸く手に入れたのに。
でもそうね、それならうちに泊めてあげてもいいわよ?その代わりちょっと手伝って欲しい事があるんだけど」
そう言いどこか妖艶な笑みを浮かべるエリーゼさん。
俺は知っている、こういう顔をした女性は大概碌でもない事を考えているって。
「えっと、因みにその手伝って欲しい事って一体なんでしょうか?」
「ん?大した事じゃないわよ?言うなれば棚卸かしら?
さっきも言ったけどこの街“王都ラッセル通り裏番地”は様々な力ある術者が空間に干渉して拡張に拡張を重ねて造り上げた街なの。その中には当然うちの店の代々のオーナーも携わっているわ。
そしてうちの倉庫も各地に作られている、ただその場所が空間拡張に巻き込まれてとんでもない所にあったりするのよ。
例えば目の前にあるのにやたら遠い場所だったりとかね?
空間の歪みやら結界の魔法、幻術によって遠回りしなければ辿り着けないってものもある。その回収を手伝って欲しいのよ」
そう言いながらどこか血走った様な目で俺を捉えて離さないエリーゼさん。この目はインナイの実を前にしたベネッセさんと同じもの。逆らってはいけないって奴ですね。
頭の上ではこれから始まるであろうプチ冒険に何やら楽し気な気配を感じワクワクする精霊様。
腰の桃ちゃんも“ついに私の出番ですね!?”とばかりに若葉をブンブン振り回します。
「分かりました、お手伝いさせて頂きます」
「そう?どうもありがとう。早速支度してくるわね♪
マルベール、扉に休業中の看板出しておいて~」
そう言い店の奥に入って行くエリーゼさん。その後ろ姿を見ながら何かとんでもない事を引き受けてしまったんじゃないかと一抹の不安を覚える俺氏。
「桃ちゃん、今更だけど俺早まった事してないかな?
幾ら宿屋が見つからなかったからってこの街をぶらつけば一軒くらい自力でも見つけられたんじゃない?」
“冒険、冒険、フンフフ~ン♪”
・・・桃ちゃんテンション上がりまくりです。頭上では何故か精霊様が「シュッシュッ、ワンツー、ワンツー」と言いながらシャドーボクシングをなさってるし。
ウチのパーティーって脳筋さんばかりなの?もっと穏やかなのんびり旅でいいのよ?
「お待たせ、それじゃいきましょうか」
それはまだ暑さの続くこの季節には不似合いなロングコートにリュックを背負ったエリーゼさんのお姿。自動体温調整機能付きコート?魔法防御と物理防御の性能が国宝級と。そんで無限収納リュック、実際にはリーデリア王国が国土ごと収まる程度の収納量しかないんだけどねって十分です。というか何を仕舞うつもりなんですか?阿呆なんですか、三代目店主がダンジョン深層のドラゴンの魔石を使って作ったと。
ふ~んっているんかいドラゴン、って言うかそれを倒しちゃう三代目店主ってとんでもねえな、おい。
もうそいつが勇者でいいんじゃね?という俺の言葉に「あ~、あの人は興味がある事しかやらないから~」とどこか遠い目をするエリーゼさん。マリアージュ魔道具店四代目店主エリーゼ・マリアージュさん、これまで相当なご苦労があった様です、心中お察しいたします。
「それじゃ早速出掛けましょうか、時間は有限よ」
“ガチャ”
開かれた扉、先を進むエリーゼさんと妖精様。こうして俺の“お手伝い”の日々が幕を開けるのでした。
九日後
「だ~、やっと帰って来れた~」
マリアージュ魔道具店、その玄関扉の前では薄汚れた男性が背中に同様に汚れた姿の女性を背負い大きく息を吐く。
「エリーゼ、何時まで寝てるんだ、とっとと起きろ!!
って言うか風呂入れ風呂、目茶苦茶臭いじゃねえか、って俺もだけどもさ。あ~、ベッドでゴロゴロして~!!」
薄汚れた男性は背中から女性を降ろすと玄関扉の鍵を開けるように促す。
「あっ、私の店。私まだ生きてる。怖かった、怖かったよ~」
「だ~、喧しい、取り敢えず玄関を開けてくれ、そして休ませろ。お前は風呂に入れ風呂に!」
男性は大きな声を上げ女性と共に店内へと入って行くのでした。
もうね、最悪。ノッペリーノ十五歳、これまでの人生一の大失敗ですわ。
宿泊場所を用意する代わりに頼まれたお手伝い、マリアージュ魔道具店の代々の店主が作った倉庫に向かい商品を集めて来る所謂棚卸作業。
向かった先で待ち構えるスケルトン軍団やガーゴイル軍団、背後から迫りくる強大な石の玉に殺意バリバリのトラップの数々。
あれですよ、インディーなジョーンズさんですよ。
でもこれはまだましな方でエリーゼさんが転移トラップを発動させてよく分からない森の中に飛ばされちゃったり、石で出来た巨大ドラゴンと戦わされたり。
・・・どこの勇者物語のサーガだこれは!
ん?ノッペリーノは魔物や結界は平気なんじゃないのかって?平気だよ?因みに今回分かった事だけどどうやらおらっちトラップにも引っ掛かりにくいです。
魔力センサー系のものなんかは全く問題なし。その代わりより原始的な落とし穴だったりロープが張られていたりするものは確り掛かります。
ある意味勉強になりました。
エリーゼさんが引っ掛かった強制転移はフロアごと移動するタイプ、要するにエレベーターですね。これが個人を転移させる形式だったら大丈夫だったんじゃないかな?やってみないと分からんけど。
まぁそんな訳でエリーゼさん、途中からブチ切れて呼び捨てにしていましたが、エリーゼが発動させる様々なトラップや襲い来る魔物の対処に俺が動員されたって訳です。
「ノッペリーノ、お待たせ。あなたもシャワー浴びて来たら?ちょっと臭いわよ?」
お風呂上がりで余程すっきりしたのか煌めく髪を靡かせその様な事を宣う馬鹿店主、誰のせいだ誰の!
因みに精霊様と妖精様は楽しむだけ楽しんでは“精霊の庭”にお帰りになるという快適冒険ライフを楽しんでおられたので、完全にストレスフリーどころか久々に大暴れしたとご満悦でございました。
桃ちゃんも俺がブンブン振り回して敵ををぶん殴るってのがお気に召したらしく、“今度いつ行く?明日?明日?”と子供の様な事を仰っておられました。
結局お二方に迫られダンジョンとやらに行くことが決定してしまったのは不幸としか言い様がございません、トホホホホ。
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