第16話 近所のお姉ちゃんが有名人ってこんな感じ

王都リンデロン、リーデリア王国の中核都市であり物と人が集まる経済の中心地。都会とは毎日がお祭り騒ぎの様な所だとは親父殿の言葉であったか、街道には多くの馬車が行き交い、道行く人々は様々な建物の中に吸い込まれて行く。


山間の寒村から出て来た俺氏、完全なお上りさんでございます。

まぁね、知ってるよ?これでも前世持ちだし?高層ビル群に囲まれた大都会の景色も通勤電車の混雑も夏の流れるプールのイモ洗い状態も。

でもさ、違うのよ。只今わたくしノッペリーノ君な訳ですよ、生まれてこの方ろくに文明社会と関わって来なかった訳なんですよ。

地方都市ボックス子爵領領都テルミンですら固まってしまった様な純真無垢な青年なんですよ。

取り敢えずの目的が終了して改めて見回すこの大都会、・・・人酔いしそう。

あれだね、少子化の影響で一クラス二十人くらいの学校で生活してた子供が高校入学で四十六人とかのクラスに放り込まれた時の感じ?前前前世のうちの子、廃校寸前の小学校で子供時代を過ごしたから一クラス五人だったもんな~。

中学生になった時の第一声、「人に酔った、気持ち悪い」だったもんな~。

いや~、こう言う事って憶えてるもんだわ。

今まさに俺がそんな状態なんですけどね。


で、草臥れちゃったのでご休憩でございます。

なんか評判のスイーツ店?

テルミンの書店で<月刊ムーラン>と一緒に購入した<王都の歩き方~夏のスイーツ特集号~>に載ってた巨大パフェのお店ですね。

もうね、馬鹿じゃん?って言う様なサイズ。

ガラスで出来た船盛の器みたいなのにこれでもかって感じで乗せられた甘味の数々。中心に聳えたつ生クリームタワーの土台はバケツプリン、何故これが崩れない!?

流石異世界、プリンが重力に逆らうのか?

気になって店員さんに伺ったら、粉末スライムを混ぜ合わせる事で弾力と形状維持を両立させてるとか。

・・・そうか~、スライムだったのか~。

森にもいましたよ、スライム。アイツらポヨンポヨンしてるのに確り大福体型維持してたもんな~。

この世界のスライム、アメーバータイプじゃありません。昔懐かしのデロデロスライムではなく、ゲームでおなじみポヨンポヨンタイプです。

子供の頃ミリアお姉ちゃんとスライムを見比べて“フッ”って鼻で笑ったら思いっきりぶん殴られたっけな~。あれ確か五歳だったよな、ミリアお姉ちゃんチビッ子相手に容赦ないの。

ちょっとしたお茶目じゃんね~。


“カツカツカツカツ、ゴクゴクゴク、プハ~”


そんな大人げないミリアお姉ちゃんも今や王都のアイドル冒険者、時の流れって早いもんだな~。


“バサッ”

俺はスイーツだらけのテーブルの端に新聞を広げ、見出し記事に目を向ける。


<リーデリア王国勇者選定会、開催決定!!

本命は“自由の翼”のレインか、それとも“金色の斧”のジークか!?

全国各地から続々と集まる次代の英雄たち、この大会からは目が離せない!!>


もうね、煽る煽る。自由の翼のパーティーメンバー紹介の中で、ミリアお姉ちゃんも確り紹介されておりました。

<魔法の申し子、その火力は全てを薙ぎ払う>って人間じゃないじゃん、対戦相手黒焦げじゃん。

剣と魔法の世界でトーナメント戦を行う場合って、その辺どうなってるんだろう。

魔物相手ならいいよ?魔力全開で高威力魔法をぶつけようが、超絶武技をくらわそうが、討伐が目的なら倒せればいいんだから。

でも人同士でそれやったら大事な戦力が共倒れよ?


そんな疑問を抱えつつ記事を読み進めて行ったらちゃんと書いてありましたよ、流石新聞卒が無い。

何でもこれも魔導技術の一つらしいんですが、ある一定以上のダメージを受けると場外に飛ばされる特殊空間ってのがあるらしく、その中で対戦を行うんだそうです。そんで場外になると特殊空間内で負った傷やダメージが解消するんだとか。

只装備品や消耗品はそのままなんだそうで、武器が壊れたらお仕舞なんだそうです。

だもんでゲームとかにある様なHPがレッドゾーンに達すると撃ち出せる必殺技とか、HP残り一になると効果を発揮する特殊アイテムとかは使えないって事ですね。


まぁ現実だしね、そんな安定性の無い様な輩に勇者は名乗らせられんわな。実際国の代表的意味合いが強いらしいですしね。

勇者選定会も書類選考の段階で強さばかりでなく人格的にも大丈夫かって所は確り見てるだろうし、世間の事を何も知らない若者が行き成り勇者になるなんて事も無いんでしょう。

ラノベじゃないんだしね。


よし、次の目的決定、この勇者選定会を見に行こう。

まぁどうせチケットはどこも売り切れていて手に入らないんだろうけど、そこは持っててよかった地元のコネ、関係者なら一枚くらい何とかなるんじゃね?

俺は新聞記事に載るニッコリ微笑むミリアお姉ちゃんの写真に目を遣り、ニヤリと笑みを深める。


“カツカツカツカツ、じゅるじゅるじゅる、ゲフッ”

「精霊様、次の目的が決まりました。今度王都で行われるって言う勇者選考会を見に行きたいと思います。

食べ終わったらってあの化け物巨大パフェを完食したんですか!?流石っすね。

それじゃ残りの十段パンケーキも行っちゃってください」


とろ~りと掛けられたシロップに頬を緩め、次なる戦いに挑む精霊様。食事時は無駄口を叩かないんですね、スイーツは戦いなんですか、勉強になります。

精霊様がテーブルの上の全てのスイーツを完食なされ満足気な顔で精霊の庭に戻られた後、店中の人間から信じられないものを見る様な目で見られつつ支払いを済ませた俺は、大会チケットをGETすべく知り合いのいる場所、白金級冒険者パーティー“自由の翼”のパーティー拠点へと足を運ぶのでした。


――――――――――


多くの報道陣とファンの人間が集まる建物の外を、カーテン越しに覗き見て大きなため息を吐く。

有名になる事で冒険者以外の仕事も増え、後援者も付き贅沢な生活も出来る様になった。

故郷の寒村では考えられなかった様な毎日に、あっと言う間に時間が過ぎて行っている事を感じるのは無理からぬことだろう。


始めは幼馴染のレイン・ライオス・私の三人でパーティーを組んで冒険者活動を開始して、銀級冒険者に昇格して直ぐにアマンダがパーティーに加わって、パーティー名を“自由の翼”にして。

何も知らない私達をアマンダが引っ張って行ってくれて、失敗も多かったけど、いつも笑い合っていたっけ。

ライオスは馬鹿だし、レインは猪突猛進だし、それを私とアマンダで上手い事誘導して。

思えばあのころが一番楽しかったな~。


一年半が過ぎた頃にアマンダの妊娠が発覚してライオスとアマンダが離脱、ライオスは仕事で訪れた事のあったカザルフ侯爵家の領兵採用試験を受けて領兵になったとか。今は出世して領兵長だったかしら?

“あのお馬鹿のライオスが!?”って話を聞いた時は耳を疑ったけど、実直な所は昔からだし、ライオスには領兵みたいなお堅い仕事の方が合ってたのかも知れないわね。


私とレインは王都に出てメンバーを補充して冒険者を続けたけど、あのころと違って色々と余計な仕事も多くなった。

“自由の翼”の拠点であるパーティーハウスに強力なメンバー、事務方の仕事を行う者を雇い入れ、装備品も大手の武器工房との業務提携を行っている。

大成功を収めたと言っても過言ではない現状、更に言えばリーデリア王国を代表する勇者の選考会に選ばれ本命と目されている。

故郷フェアリ村を出る時にレインと誓った思い、共に冒険者として歩んで行くという事はちゃんと果たしている。

母と交わした女の誓い、私は決して負けない、諦めない。


だと言うのに何だろう。

大事な勇者選定会が迫っているというのにどこか心が付いて行けていない。私は一体どうしたら・・・。


「はぁ~、私どうしちゃったんだろう」

思わず口から零れる呟き、それは心に抱え込んでいた、見ようとしなかった綻び。


「あ~、不味いですね~。これは相当疲れが溜まってますね~。

精神疲労は目に見えにくいですからね、しかも相方があのレインじゃ致し方ない。

レインって努力すれば出来ない事はないって本気で思い込んでるような御方ですからね、自分に厳しく他人にも厳しい、共に高め合う人間を側に置きたがる。

そりゃ気の休まる暇なんかないですっての。

ライオスお兄ちゃんがいた頃なら良かったと思いますよ?お兄ちゃん馬鹿だし、打たれ強いし。

肉体特化型だから確り強いですしね。レインの及ばない部分もちゃんとカバー出来ますし?

自尊心を高めつつ役に立つ、レインにとっては丁度いい相手だったんじゃないんですかね?

でもミリアお姉ちゃんはね~。強力な魔法は冒険においては切り札になり得るし欠かせない存在だけど、普段の活動ではそこまでとんでもない相手ってのも現れないし?

いろんな面で優秀ではあるけどそこまで。

レインも村の外を知る事でどんどん色んなものを見る様になって、全体の中でのミリアお姉ちゃんに対する思いの割合が減ってしまったのかな?

ミリアお姉ちゃんの心のケアなんて一切考えてないみたいだしね~。“私と仕事、どっちが大事なのよ”って奴?

男女の仲って難しいっすね~」


自分一人しかいない筈の部屋の中に突如響くどこかで聞いた事のある様な懐かしの声音。その人を小ばかにしたような、何処か達観した子供らしさの欠片も無い口調にはひどく聞き覚えがある。


声のした方に顔を向ける。そこには最後に見た時よりも大人びた懐かしの顔。


「ミリアお姉ちゃんお久し振り、目茶苦茶綺麗になっちゃって、最初“誰?”って思っちゃったよ。

それに立派にご成長なさって、もうスライムは必要ないね♪」


おや指を上げながらニカッと笑うクソガキ。


「ノッペリーノ、どこから入って来た~!!」

“ドゴンッ”

「グフォ~~~~」

思わず全力で殴り飛ばした私は悪くないと思う。


―――――――――


“王都に舞い降りた天使”、“麗しの魔法使い”、世の中の人は知らない、その仮面の下に潜む修羅の顔を。

いや~、ミリアお姉ちゃん変わらないわ~、あの黄金の右、絶対世界を取れるっての。今からでも遅くない、ボクサーとして一緒に夢を追い掛けようじゃねえか、ジョ・・・いかんいかん、ちょっとトリップしてしまった。

当たりどころが悪かったのかな~、眼帯付けてリングの脇で叫んでる出っ歯の自分の姿が浮かんでたわ。


しかしミリアお姉ちゃんって変わらないね、内面を偽ってて疲れないのとか思わなくもないけど、イケメン大好きっ子ってのも立派なミリアお姉ちゃんの本質だしね。

なにもかも全部レインが悪い、そう言う事にしておきましょう。


「それで何だってノッペリーノが王都にいるのよ、フェアリ村はどうしたのよフェアリ村は。

アンタ魔力も闘気も無いからフェアリ村でのんびり暮らすんじゃなかったっけ?」


「あっ、フェアリ村、廃村になっちゃいました。爺様や婆様が皆お亡くなりになっちゃいまして、ウチとマルコおじさんの所だけになったんで俺の旅立ちの儀を機にそれぞれ新天地にってレインに聞いてません?

マルコおじさん随分前にレインに手紙出してるはずなんだけどな?まぁその辺は後でレインに確認してください。

そんでマルコおじさんは先代のボックス子爵様と再婚なさったベネッセさんのところにお勤めに入られて、ウチの親はライオスお兄ちゃんの所に身を寄せる事になりました。

因みに今フェアリ村に帰っても何にもないですよ?なんか廃村の時は家屋は取り壊さないと盗賊の隠れ家になるとかで、すべて撤去させてもらいましたんで。


そんで俺っちは冒険者や薬師なんかになれる程のものは持ってないんで旅の行商人でもしようと思いましてね?

森で採取したお金になりそうな薬草類を商業ギルドに持ち込んでギルド登録をして来たって訳です。

王都にいるのは観光ですね、一度くらい見てみたいじゃないですか、王都。

そうしたら何やら楽し気な大会が開かれるとかで、入手困難なチケットをお持ちであろうミリアお姉ちゃんに御すがりに来たって訳です。

ミリアお姉ちゃん、勇者選定会の大会チケットをください!!」


清々しい迄の屑っぷりに呆れ顔になるミリアお姉ちゃん。

だって仕方がないやん、大会が見たかったんだもん。

その後どうやって厳重な警備を抜けてこの部屋に入って来たのかとかなんで誰も気が付かなかったのかとか聞かれたけど、普通に正面玄関から入って来たと答えたら「そういえばノッペリーノは昔からそんな子だったわ」と頭を抱えられてたのは何故なんでしょうか?解せん。

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