第15話 王都よ、私は帰って・・・初めてでした

“カランカラン”

「御乗車のお客様にお知らせいたします。間もなくこの列車は王都リンデロンに到着いたします。お降りのお客様は手荷物のお忘れ物をなさいませんようにお気を付けください。リンデロンでの停車時間は一時間となります。

次の停車駅はリンデロン、王都リンデロンです」


客車の通路を車掌さんが声を掛け歩いて行く。長かった様な短かった様な魔導列車の旅も終わりを迎え、俺は遂にリーデリア王国の中心地、王都リンデロンに降り立つ。


ん?お前食っちゃねしてただけだろうって?その通りですが何か?

いや~、素晴らしきかな魔導文明。中世異世界転生モノに憧れてる同士諸君、徒歩や馬車の旅は疲れるぞ~。俺は乗った事がないから分からないけど、駅馬車での移動は尻と腰に来るらしいぞ?

昨日相席になったご老人が教えてくれたから間違いないって、「一つ離れた領迄一日も掛からないなんて、本当にいい時代になったよ。お陰でこの歳になっても孫の顔を見に行く事が出来る」とはご老人の言葉。

情報と流通の発展は世界を広げ距離を縮める。聞けばご老人は外国に渡って海を見た事もあるらしい。

冒険者でも大商人でもない只人が外国に渡り海を見ることが出来る、文明の発展ってやっぱり素晴らしいと思います。


“タンッ”

桃ちゃんの装具を腰にセットし、ホームに降り立つ。周囲は見渡す限り人・人・人、王都にやって来た人々は希望や夢を描き、王都から離れる者はそれぞれの目的を胸に旅路に就く。

ここは人生の交差点、人々の思いが交錯する、そんな場所。


「イテテテテテッ!」

「お~、悪い悪い。でもな、俺もそのギルドカードを持って行かれちまうと困るんだわ。どこの誰だかは知らねえけど、きっちり落とし前は付けねえとな?」

“ギシギシギシ”


ホームに「ギャー」と言う男の悲鳴が木霊する。冒険者に締め上げられた男の手に握られているのは銀色のプレート、あれは銀級冒険者である事を示す冒険者カード。

って言うかあれってリックさんじゃん。リックさん、冒険者カードをられそうになったの?あんな厳つそうな見た目の人から掏り取ろうだなんて、あの犯人も度胸あるよな~。


「止めなさいよリック、周りの方の迷惑になるでしょう?どこの誰が差し向けたのかは分からないけど、どうせ実行犯は何も知らないわよ。

でもこのまま解放って訳にはいかないわよね?二度とこんなおいたが出来ない様に、腕の付け根からバッサリ行っとく?」


そう言いニッコリと微笑むビエッタさん。背中に身の丈ほどの大剣を背負ったビエッタさんに微笑まれても怖いだけなんですけど、犯人さんガタガタ震えてるんですけど!


「おいおい落ち着けビエッタ、選定会前で気持ちが高ぶってるのは分かるけどここではまずい。取り敢えずこいつは駅の衛兵詰め所に預ければいいだろう。

お前も大人しくしとけよ、さもないと」

“バキッ”

「ギャーーーー!!」


ホームに響く何かが砕ける音と男性の悲鳴。


「あ~、うるせえな。まぁ次は無いって事だ、それがどう言う意味かわかるよな、ん?」

ジロリと睨み付けるリックさんに、コクコクと首を縦に振り続ける犯人。

騒ぎを聞き駆けつけた衛兵に囲まれて衛兵詰め所に向かうリックさん達と犯人。騒ぎに群がっていた民衆も、まるで蜘蛛の子を散らすようにばらけて行く。


「これが都会か~、なんか凄いな~」

“生き馬の目を抜くと言う言葉があるが、まさにその通りだな”と、王都の厳しさを肌で感じるノッペリーノなのでありました。


“チンチンチンチンッ”

リンデロンの駅を出るとそこは喧騒の世界。

目の前の大通りには多くの馬車が走り、道脇の広い歩道を人々が行き交う。辻馬車や王都内を周回する箱馬車が、鈴を鳴らし走り去って行く。


・・・うん、無理だね。気分は初めて首都圏の地下鉄や駅前のバス停を利用するお上りさん。もうね、何がどうなってるのかサッパリですよ。

頭の上では精霊様が興奮しながら「進め進め~、ハイヨ~ノッペリーノ!!」とか騒いで髪の毛を引っ張るし。

俺は取り敢えず駅員さんに聞いた道に従って大通りを進んで行く。

目指すのは貴族街、テリーヌ子爵家の御屋敷。駅員さんの話では貴族街の前に衛兵詰め所があるから、そこで話を聞けば分かるんじゃないかとの事でした。


まぁ向かうと言っても急ぎって訳でもないし、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。


「すみません、故人の墓前に供えるのに花束を頂きたいんですけど」

立ち寄ったのは一件の花屋。店員のお姉さんがいそいそと花を選び、見栄えのいい花束を包んでくれます。


「はい、銀貨二枚になります」

「どうもありがとうございます。それでちょっと聞きたいんですけど、そこの貴族街にテリーヌ子爵様の御屋敷があるはずなんですが、どこにあるのかって知りませんかね?」


「テリーヌ子爵様ですか?ちょっと待ってください、お婆ちゃん、テリーヌ子爵様の御屋敷って言うんだけど何か知らない?

あっ、ウチのお婆ちゃん、昔お貴族様の御屋敷でメイドをしていたらしくって、貴族街の事は結構詳しいんですよ」

「なんだい、テリーヌ子爵様の御屋敷って言ったら毎年今頃お花をお届けに行くお宅じゃないかい、お客様の事くらい覚えておきな。

それでお客さんは何だってテリーヌ子爵様の御屋敷に?」


店の奥からのそのそと顔を出したお婆さんにギロリと見られ、特に悪い事をしたわけでもないのに身を引く俺氏。

フェアリ村でお年寄りに育てられたからか、お年寄りには弱いんだよな~。


「両親から頼まれまして、王都に行くのならテリーヌ子爵様のところのマリアンヌ様の墓前に花を供えて来いって。

なんでもリッテンの街に住んでいた頃に世話になったとか。

山奥暮らしの両親とお貴族様にどんな繋がりがあったのかは知らないんですけど、その話をしていた時の両親の悲しそうな顔を思うと言い付けを守らない訳にもいかないって言うか。

どうせ門前払いでしょうけど、行くだけは行ってみようかと」


俺の話を聞いたお婆さんは暫く俺の顔を覗き込んでいたかと思うと「ちょっと待ってな」と言って店の奥に引っ込み、暫くした後何やら書き付けの様な物を持って戻って来ました。


「この書状を持って行って門番に渡すといい。あの御屋敷の大奥様とは昔からの知り合いでね、今の話に出て来たマリアンヌ様って言うのは大奥様の三女であらせられた御方さ。

もう三十年になるかね、馬車の転倒事故に巻き込まれたって聞いてるよ。

毎年この時期にお届けするお花はマリアンヌ様が大好きだったものでね、ほんとに仲のいい親子だったのさ。

アンタは何処から来たんだい?」


「俺ですか?ボックス子爵領のフェアリ村って言う山間の村です。年寄りばっかりの村だったんですが、今年廃村になっちゃいまして。

それもあって一度王都を見てみたくて田舎から出て来たんですよ」


「ボックス子爵領!?リーデリアの外れじゃないかい、本当に遠くから来たんだね~。

そんな所からマリアンヌ様の為にわざわざ花を供えに来てくれる、大奥様もお喜びになるだろうよ」


出会いと言うものは何処でどう繋がっているのか分からない。

偶々立ち寄った貴族街近くの花屋、少しでも情報があればと聞き込めばテリーヌ子爵様の御屋敷に出入りしている花屋で尚且つそこの大奥様と知り合いと言うお婆さん。

これって本当に偶然か?

マリアンヌ様の導き、列車のシートに残された血の付いた乗車チケットとあの時見た亡霊の姿を思い出し、“もう少しでお屋敷に帰れますよ”と心で思うノッペリーノなのでありました。



「奥の道を左に曲がって三軒目・・・ここかな?」

そこは貴族街の外れ、然程広い敷地ではないお屋敷が立ち並ぶ区画に佇む一軒の邸宅。各家には大概一名の門番が立ち、家に訪れる客人を誰何し、家の者に要件を伝えている。

警備員兼受付と言った役割が門番の仕事なのだろう。


「すみません、こちらはテリーヌ子爵様の御屋敷でございますでしょうか?」

俺の問い掛けに訝しみの視線を送る門番。それもそうだろう、俺の格好はどう見ても旅装束、どこかの家の使いと言った服装ではないし、かと言って冒険者と言った風でもない。


「申し遅れました。私はボックス子爵領フェアリ村から参りましたノッペリーノと申します。こちらは貴族街外にありますラメール生花店より預かりました紹介状になります」


俺はそう言うと懐から花屋のお婆さんから頂いた書状を取り出し、門番に差し出します。

ラメール生花店と聞き心当たりがあるのか書状に目を通した門番は、「暫し待て、今確認してこよう」と言って屋敷の中に消えて行くのでした。


「お待たせした。大奥様がお会いなさるとの事だ、私の後に従って欲しい」

門番はそう言い俺を屋敷内に招き入れるのでした。


そこはこじんまりとした庭園、されどよく手入れがされ、美しい緑の中に黄色い花々が咲き誇っている。


「ようこそいらしたわね。何でもあなたのご両親がマリアンヌと知り合いだったとか。

それでわざわざお花を、本当にありがとう、あの子も喜ぶわ」

そう言い優しく微笑まれる老婦人、おそらくこの方がマリアンヌ様のお母様であらせられる大奥様なんだろう。


「初めまして大奥様、私はボックス子爵領フェアリ村から参りましたノッペリーノと申します。

そちらの手紙に書かれていますマリアンヌ様と私の両親の話ですが、若干齟齬がございますことをお詫びいたします。

大奥様は今から三十年前、日付にすると四日前になりますか、ベルーサ子爵領リッテンで何が起きたのか覚えておいででしょうか?」


俺の問い掛けに先ほどまでの優しげな表情を曇らせる大奥様。

そんな大奥様の変化に、気配を強める門番。


「リッテンの役場にお勤めになられていたマリアンヌ様、ご実家のある王都に戻る為駅へと向かっていた時だったそうです。

雨の中での接触事故、倒れる馬車に巻き込まれる形で」


「三十年前の事、よくお調べになられましたね。

それであなたは一体何をしにこの王都へ?

私と接触したのも何か目的があっての事でしょう?」


鋭い視線で俺の事を見据える大奥様。流石は貴族夫人、年を召されてもその気迫は平民のそれとは格が違います。

でも残念、俺っち何の目的も無いんですね~。


俺は大奥様にニコリと微笑み返すと、言葉を続けた。


「五号車両、Dの十二番。家に帰りたい、一目でいい、家族に会いたい。魔道機関車から魔導列車に変わろうと、その思いは三十年間変わる事なく繰り返される。

客車のシートに残された色褪せた乗車チケット、マリアンヌ様の時間は三十年前のあの時から動く事はなかった。


精霊様、マリアンヌ様を。マリアンヌ様、長い旅の終了です」


“ガチャッ、キィ~~~”

開かれた胸の扉、そこから飛び出す一枚の色褪せた乗車チケット。それは光の粒子を纏い一人の女性の姿を作り出す。


“お母様、お会いしたかった。それにこの庭、大好きだったマリアンビリーの花。

あぁ、私は帰って来る事が出来たんですね。

王都の我が家に、大好きな母の下に。

旅の御方、見ず知らずの私の為に本当にありがとう”


あの日、Dの十二番のシートで見た御婦人は、悲しげな暗く沈んだ雰囲気を喜びに変えた。懐かしの我が家、二度と会う事が叶わないと思っていた、けれど決して諦めきれなかった家族との再会。その頬に伝う一筋の涙は、優しく温かい。


「あっ、あっ、あっ、マリアンヌ、マリアンヌなの?」

震える言葉、信じられない、自分は何かの魔法で騙されているだけだ。でも目の前にいるのはあの日失ってしまった愛しの娘。


「大奥様、マリアンヌ様、お二人に残された時間はあまりありません。

マリアンヌ様がこの世に留まり続けたのは偏に家に帰りたい、家族に会いたいと言う思いがあったからこそ。

その心残りがなくなってしまった今、マリアンヌ様は来世へと旅立たれる。

この時間は女神様がお二人にお与えになられた奇跡、どうぞこの一時を心残りのないようお過ごしください。

では私はこれで」


そう言い俺は席を立つ。後は二人の問題、部外者である俺がいつまでもこの場にいるべきではない。

三十年間繰り返されたマリアンヌ様の旅は、漸くの終わりを迎えた。

俺は彼女がより良い来世に向かわれる事を祈りつつ、テリーヌ子爵邸を後にするのだった。

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