第14話 魔導列車の車窓から
夜が明ける。白み始めた空、ゾロゾロと駅舎に集まる人々。
彼らは街の宿に宿泊した旅人やこれから列車に乗り王都へと向かう者達であろうか。
「う~ん」
寝ぼけ
リッテン中央駅のホームで魔導列車の解説をしてくれた駅員さんの言葉の通り、車両のシートは長時間の旅でも疲れにくい座り心地の良い物であった。
車窓から移り行く景色を眺め、この国の、この世界に生きる自分を実感する位には心の余裕をくれるそんな素晴らしいものであった。
ではあるのだが・・・。
「やっぱり列車のシートに座って寝泊まりするもんじゃないよね、寝る時は横になって足を延ばしてこそでしょう。
ぐっすり寝ておいてこんな事言うのもなんだけど、変に疲れる」
駅ホームの手洗い場に行き、蛇口を捻って水を出す。勢いよく飛び出す水を手で掬い、顔を洗ってから栓を締める。
・・・水道だよ、文化水準が近代だよ。
汲み上げ式タンクが駅舎の屋根に付いていて、井戸から魔道具で汲み上げているとか、王都などの都会には上水道と下水道があるとかなんとか。
おっかしいな~、フェアリ村は完全に中世異世界文化圏だったんだけどな~。剣と魔法のファンタジー、魔獣蔓延る世界を冒険者たちが闊歩する。
砂糖と胡椒がやたら高価でマヨネーズ作って大儲け・・・、無いな。砂糖の大袋、銀貨一枚で売ってたもんな~。胡椒はやや割高で小瓶で銀貨一枚銅貨四十枚だったけど、そんなに大量に使う物でもないし。
聞いたら砂糖は甘竹って植物から取れるらしく、割りと何処でも栽培されてるとの事。流石に北国での栽培は難しいが、この国で砂糖は普通に手に入るらしい。
じゃあ北国ならお高いのかと言えば、そちらでは甘根という言わばサトウダイコンの様な物が栽培されてるらしい。見た目は紫色をしたカブの様な物だとか。
これも古代の召喚勇者様方の活躍のお陰らしい。
そうか~、召喚勇者様方甘味に飢えてたのか~。
魔王討伐そっちのけで食文化発展に邁進された御方が結構いたそうで、今の時代にも勇者由来の食べ物がかなり存在するとの事。
駅弁の屋台で大量購入するものだから、売り子のおばちゃんの愛想が良い事、特に昨今は勇者ブームらしくお弁当にも取り入れてるとかで詳しく教えてくれました。
文明レベルが高いのは単純にこの世界の人々の努力の結果なんだけどね。神代から人代に移り変わってから三千年、人々だって馬鹿じゃない、そりゃ発展もしますっての。
古代に勇者が齎した文明はその後の戦乱やらでかなりの部分が焼失したとは言われるものの、目指すべき姿が分かっているものを再現するのは比較的容易。
工業製品作製の得意なドワーフや魔道具設計の得意なエルフ、欲望全開の普人族、そこに獣人族やら魔族やらと言った人々が加わればそりゃね~。
買って良かった月刊ムーラン、勇者特集をしているだけあって、そう言った世界情勢についても確り記載されておりました。
この辺は恐らく一般常識なんだろうけど、うちの親、そう言った事全然教えてくれないんだもん。
「子供は元気に逞しく育って欲しい」が信条だったみたいで、森の生活で必要な技術はしこたま仕込んでくれたけど、外の世界で生きる術はね~。
それでよく行商人になるって言った時反対しなかったよな~。
「ノッペリーノなら何とか上手い事やって行きそうな気がする」って、その謎の信頼感はなに?俺ってそんなに変わった子供だったんだろうか?
「う~、冷たい。目は覚めるんだけど、これってどうにかしないとな~」
俺は顔を洗った後、腰のマジックポーチからタオルを取り出し顔を拭く。ポーチの中でキンキンに冷やされたタオルは、俺の意識を一気に覚醒してくれる。
・・・夏場のお絞りか!“暑~い”とか言って喫茶店に入ったおじさんが、店員さんに出された冷たいお絞りで思わず顔を拭いちゃうあれか!?
精霊様がお弁当保存の為に魔改造したマジックポーチ、食料だけじゃなく中の物全てをキンキンに冷やしてしまう様です。毛皮とか森の採取物を売り払っておいて良かった。
今残ってるのは癒し草十束とタルタルひょうたんが三つ、他は生活物資と保存食だもんな。
冷えてて困るって事もないけど、微妙な気分にはなります。
で、そんな事態を引き起こした精霊様と言えば、精霊の庭のお家にお帰りになられています。一昨日昨日と列車の旅を満喫なさり満足されたのか、「王都に着いたら知らせるのだ~」と仰って引っ込まれてしまいました。
大量のお弁当も持って行かれたので、食っちゃ寝なさるのでしょう。精霊の庭がゴミ屋敷にならないといいんですが。
“カランカランッ、カランカランッ”
「“間もなく王都行きの列車が出発いたします。御乗車の方は、急ぎ車内にお戻りになられます様お願いいたします”」
駅ホームに流れる駅員のアナウンス、俺はトイレを済ませ急ぎ自分の席へと戻る。
「あの、すみません。そこ、俺の席なんですけど」
戻った車内で待っていたのは、いかにも冒険者と言った風の男女の若者。
「あん、何だお前?因縁吹っ掛けてるのか?冒険者なめんじゃねえぞ?」
「ちょっとリック止めなさいよ、まずは話を聞く、いつも言ってるでしょう?
こないだも依頼人の話も聞かずに暴走して収穫前の畑を目茶苦茶にしちゃったじゃない」
「あん?何言ってんだよ、ちゃんと依頼の畑を荒らすオーク三体は討伐しただろうがよ。依頼内容は完遂したじゃねえか」
「だからってそのオークより畑を荒らしてどうするのよ、依頼人涙目になってたじゃない、依頼完了サインを貰うの目茶苦茶気まずかったんですからね」
何か唐突に漫才が始まってしまったんですが、私はどうしたらいいんでしょうか?
「乗車券を拝見します。お手元にチケットをご用意の上お待ちください」
ナイスタイミングだ車掌さん!
俺は心の中で丁度良く現れた車掌さんに拍手喝采しつつ、上着の胸ポケットから乗車チケットを取り出します。
「はい、結構です。ご協力ありがとうございます。
っと、そこのお二人はお知り合いの方ですか?すみませんがチケットを宜しいでしょうか?」
車掌の声にぬすっとチケットを差し出す男性冒険者。
「四号車のCの十二、Dの十二。お隣の車両ですね。
こちらの席は五号車となりますのでご移動をお願いします。チケットの確認は終わりましたのでお返しいたします」
そう言いチケットを返す車掌さん。何とも言えない気まずい空気が流れる。
「あっ、ごめんなさいね、こちらの勘違いで。ほらリック、隣の車両ですってよ。早く立ちなさい」
「ちょっと待て、俺を急かせて列車に乗り込んだのはお前じゃなかったか?そりゃチケットを預かってたのは俺だけどもよ。
あ~、なんか悪かったな、直ぐに退くわ。荷物を降ろすからちょっと待ってくれ」
男性冒険者は立ち上がり、座席上の荷物棚から大きな袋と大剣を降ろす。流石ファンタジー世界の冒険者、大剣はお約束なんですねと思いきや、「自分の得物くらい持てや」と言ってそれを女性に手渡す男性冒険者。
ご自分はやや大振りの剣と、堅実な選択ですこと。
「ホホホッ、ごめんなさいね。ほらリック、行くわよ」
「誤魔化し方に無理があるぞ、ビエッタ。じゃあな」
そう言い去って行く二人に、“何だったの、今のは”と言う気持ちになる俺氏。
「車掌さんすみません、助かりました」
「いえいえ、こうしたお客様同士のトラブルを解決するのも職務ですので。それではよい旅を」
そう言いニコリと笑顔を向けた車掌さんは、そのまま乗客のチケット確認業務に戻って行かれました。
「旅にはトラブルが付きものとは言うけど、こんな事ってあるんだね」
俺は腰に下げた桃ちゃんに話し掛けます。桃ちゃんからは“ビックリしたね、でも面白かった♪”と言う思いが伝わってきます。
まぁ確かに面白かったと言えば面白かったかな?実際現役冒険者とまともに会話したのって、これが初めてだったし。
冒険者自体はフェアリ村で何度か見掛けた事はあったんだけど、大概は若返りの桃を求める夢追い人、親父殿が対処に当たる事はあっても子供たちが関わる事ってなかったんだよな~。
現役冒険者ってあんな感じなのか、まぁ今後関わり合いになる事もないだろうけど。
俺は腰から桃ちゃんを外し席に・・・。
シートの上に光るシルバー色のカード、その表面には先程の男性冒険者の顔と銀級冒険者リックという文字。
大事な冒険者カードを落とすなよな~。
俺は再び桃ちゃんを腰に携えると、大きなため息を吐いた後隣の四号車両へと向かうのでした。
「マジか、悪かったな~。あれか、乗車チケットを取り出す時ポロッと落としたか。バタついてたからか全く気が付かなかったわ、こんなに目立つのにな、アッハッハッハッ」
笑いながら俺の背中をバシバシ叩く冒険者リック、隣の大剣使いさんが恐縮してるからその辺で。
何でもリックさん達は地元の冒険者ギルドの推薦で王都の勇者選定会に出場するんだとか、ギルドカードが無かったら大変な事になる所だったと仰っておられました。
「・・・勇者選定会ですか?」
「おうよ、なんでもリーデリア王国の勇者を決めるとかで、全国から名のある冒険者や若手有望株の冒険者を集めてるんだとよ。
俺たちは若手有望株って奴だな。
で、集めた連中でトーナメントを開催して代表勇者を決めようって事になったらしい。
正直優勝は難しいかもしれねえけどよ、全国から集まる強者の中で自分達がどれだけ通用するか、楽しみで仕方がないって所かな。主にビエッタがだけどよ」
そう言いチラッと隣の女性ビエッタさんの方を見るリックさん。
ビエッタさんは車窓を眺め、聞いてませんって顔をなさっておられます。
どちらかというとブレーキ役と目されていたビエッタさん、実は戦闘狂だったんですね。
「まぁ有名どころだと王都で活躍している“自由の翼”のレイン、ベテラン勢だと同じく王都の“金色の斧”のジーク当たりだろうな。二人とも白金級冒険者として名が売れてるし実力も申し分ない、冒険者たちの間じゃこの二人のどちらかが勇者になるんじゃないのかと言われている。
それとこれは噂だが、カザルフ侯爵領の領兵長、元白金級冒険者“高潔のライオス”が勇者パーティーに招聘されるんじゃないのかって話が出てる。
王家としても貴族側の人間を混ぜたいって思惑が働くはずというのが噂の元だな」
何か知ってる名前がバンバン出て来るんですけど。って言うかライオスお兄ちゃん、折角安定した生活を手に入れたってのに長期出張ですか?単身赴任って新婚二年目にして離婚の危機?
親父殿、お母様、実はこの事を危惧なさっての同居だったり?
何か自分の知らない所で両親が数々の心配りをしていてくれた事に、“いい親に恵まれたんだな”と改めて感謝の気持ちが湧いて来る。
「でも何だって勇者様の選定会なんかを?勇者様って言ったら三千年前の話ですよね?こないだ読んだ月刊ムーランにはそう書いてありましたけど?」
「ん?それは召喚の勇者様の話だろう?その後も時代ごとに勇者は現れてるぞ?
周囲からそう呼ばれた者や国から認められた者、教会は女神様から固く禁じられているとかで勇者認定は行っていないがな」
自称勇者や看板勇者、過去の実績もあって力の象徴としてはもってこいの称号だもんな、そりゃいるか。
「勇者召喚に関しては確かに三千年間一度として成功しなかったんだけどな」
“バサッ”
リックが差し出したもの、それは昨日の日付の新聞。
「大陸の反対側、西パンゲアのパンテーン王国で勇者召喚の儀式を行って成功したらしい。
西パンゲアは十年ほど前から魔物災害が多発する様になったからな、それこそ魔王が復活したんじゃないのかと言われる様になったのもその頃だ。
それを受けて各国では勇者選定を行っていたみたいなんだが、パンテーン王国で伝説の勇者召喚に成功しただろう?
パンテーン王国としては召喚勇者こそが本物であるとして勇者育成基金を募ってるみたいだが、反発も当然生まれるよな。
東パンゲアでもこの事態を受け急ぎ勇者選定を行ってるって事なんだろうな」
マジかよ、やっちまったのかよ集団拉致。
藁にも縋る、助かりたい救われたいと蜘蛛の糸に群がる様に、人々は伝説に手を伸ばす。
過去に召喚勇者たちが記した手記に綴られた悲痛な思いを脇にどけ、自らの思いを叶えんが為に。
そんな事も知らなかったのかと言った顔の冒険者リックをよそに、召喚された拉致被害者たちの事を思い胸を痛めるノッペリーノなのでありました。
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