第二節 古の都、王都リンデロン

第12話 公共交通機関の発達は、社会発展の基本

黒光りする車体、鋼鉄の要塞と称したくなるような重厚な造り。

前方を照らす為だろうか、単眼のライトが取り付けられ、この車体が昼夜問わず線路を走り抜けるのであろうことが想像出来る。


“ガツコンッ、プシュー”

「お~」


思わず洩れる感嘆の声。剣と魔法のファンタジー?そんなものはどうでもいい。

この目の前の存在感溢れる鉄の塊に、男のロマンを感じない奴は屑だ!


「おや?君はもしかしたら魔導列車を見るのは初めてかね?」

「あっ、はい。田舎の山間の生まれでして。旅立ちの儀を機に王都に向かおうと思いまして。

各地に駅馬車が整備されてたり街と街を繋ぐ街道がレンガで舗装されていたりって、この駅に辿り着くまでも驚きの連続だったんですが、流石にこれは・・・。

なんて言っていいのか、迫力が・・・」


如何にも田舎から出て来たと言った風の青年にスッと近寄り言葉を掛けた制服姿の男性は、そうだろうそうだろうと頷きながら、満足気な笑みを浮かべる。


「ASI魔導機構式牽引車両、通称アシーム。魔導鉄道の主力牽引車両だよ。従来の魔道発熱式蒸気機関から一新、新機構魔力伝達駆動機関の採用により魔石エネルギーを効率よく引き出す事が出来る様になったんだよ。

燃料費がこれまでの半分というのが売りでね、走行時の振動や騒音も軽減される為地域住民の評判もすこぶるいい。


蒸気機関式もロマンがあるとえばロマンがあるんだが、アシームの走る姿は美しいと言うか、堪らないものがあるんだよ。

また車両のシートが良くてね。人間工学により導き出された長時間の移動にも疲れにくい硬さのクッションが、これまでの木製シートとの違いを如実に示しているんだ。


王都に向かうと言う事だと移動中の車両販売も注目して欲しい。

駅弁と言って各駅で独自の工夫を凝らした弁当が売っていてね、これがまた旅の醍醐味というか、楽しい気持ちにさせてくれる。


あぁ、長々と済まなかったね。鉄道の事となるとつい話し過ぎてしまうんだ。駅員失格かな?ハハハハハハ。

見る分には構わないが、危険だからあまり近付き過ぎない様にしてくれたまえ」


鉄道オタクと言うものは世界を越えて存在する。

鉄道が好き過ぎて駅員になっちゃったタイプの御方ですね、分かります。時刻表なんか完璧に暗記してるんだろうな~、頼りになります。


私ノッペリーノ、王都へと向かう魔道機関車に乗る為にベルーサ子爵領リッテンの街のリッテン中央駅に来ております。ここから王都までは片道大銀貨五枚、結構な金額ですが馬車を使って移動する事を考えれば十分お得です。

なんせ宿泊代が掛かりませんからね?寝台車両と言うのもありますが、庶民の私は一般車両、全席指定でございます。


テルミンの街では武器装具専門店により桃ちゃん専用の背負い筒を購入しました。

店主のオヤジさんからは「もっとましな武器を買え」と剣やら槍やらを勧められたんですけどね、最新式の武器ってみんな魔導方式なんですよね。要は魔道具。

剣に魔力を這わせて切れ味や強度を上げる物、槍の柄を握り魔力を意識する事で衝撃波を発生させる物等々。

純粋な業物もない事はないんだけど、これらって趣味の領域。

どっちかと言えば芸術品の扱いなんでお値段もそれなりにですね~。

結局は宝の持ち腐れになる未来しか見えないって言うね、とっても残念さんでございます。


杖術って言う者は対人戦専用の武器になるらしく、対魔獣専用武器を扱うお店じゃ置いてないんだとか。それ用の装具も当然置いてないって事になるんですが、その辺はオヤジさんの力量ってことで、俺の体型を測ってからチャチャッと作って下さいました。

流石魔獣蔓延るボックス子爵領で武器屋を開いているだけの事はあり、顧客の要望には柔軟に答えるとの事でした。


ついでに腰のポーチのベルトに腰下げ用の装具も付けてもらえませんかとお願いしたところ、「そんなもの付けてどうするんだい?」と言うので桃ちゃんにお願いして短くなってもらったらめっちゃ驚かれました。

桃ちゃんみたいに不思議な効果のある武器は、魔剣とか魔杖とか魔槍などと呼ばれ、魔槍の中には桃ちゃんみたいに長さの変わるものもあるとか。


「いや~、それにしても長くなる槍ってのは聞いた事があるが、短くなる棍棒ってのは初めて見たわ。

こう言うのは確か“精霊の贈り物”って言われる奴に多いんだよ。

どう言う意図でそんな機能を付けてるのかよく分からない品って意味なんだがな?精霊ってのは気まぐれって言うだろう?

気まぐれにこんな棍棒を作ってもおかしくないってな」


そう言いガハハと笑うオヤジさんに、“それ、凄く納得出来ます。腰のマジックポーチがその“精霊の贈り物”です”と言う気持ちをグッと堪えたのは言うまでもありません。


桃ちゃんには街道の移動中は背負い筒に、街場に入ったら腰差しに移動して貰う事にして、武器装具専門店での用を済ませた俺はその足でリッテンへと向かうのでした。


リッテンは意外に近かったです。フェアリ村から領都テルミンに向かった時と同じくらい?昼夜問わず歩くんで二日ほどで着きました。

これ、他の人は多分真似できません。だって危ないんだもん。

この物流社会の世の中でもしっかり盗賊がいたりします。

“いや、ちゃんと働けよ”と思わなくもないですが、前世でも強盗やらひったくり、場所によっては山賊や海賊なんかのいる地域もありましたからね。一概に世界がどうのとかは言えませんが、物騒なのには変わりません。

それに魔獣です。フェアリ村の森には沢山いたんでこれは当然出ると思っていましたが、案の定街道沿いでも見掛ける事になりました。

主にはゴブリンやグラスウルフですかね。一回だけオークを見たな~。ハグレオークって奴なのかな?


まぁそんな形で街道と言っても安全とは言い切れないので、普通は明るい昼間に移動と相成る訳です。

夜の魔獣は本当に恐ろしいですからね。

それと夜専門の魔物と言うのがアンデッドと呼ばれるもので、レイスやスケルトン、ゾンビやバンパイアがこれに当たるそうです。俺はまだアンデッド系魔物は見た事ないんで、知識でしか知りませんが。

でも俺って襲われないからな~。そう言った点は便利、精霊様お墨付きの“世界の壁の搾り滓”でございます。


そんなんで到着したリッテン中央駅なんですが、ま~人が多い事。これ絶対迷子が出るって、さっきから色んな所でおめかしした子供がキョロキョロしてるもん。

私ノッペリーノと言えばお上りさん丸出しでレンガ作りの駅の重厚な佇まいに感嘆したり、王都までの片道切符の料金に驚いたり、駅舎の中で某魔法学園行きのホームを探したり、魔道機関車に感動したり。


凄いよ世界、堪んないよ。鉄オタの駅員さんの解説も見事だよ、精霊様ロマンが天元突破で髪の毛引っ張る引っ張る。

“ASI魔導機構式牽引車両、通称アシーム。ク~ッ、堪らん。

フルーツジュースをこれへ!!”って勝手に魔道機関車に突貫かまさないでくださいね!

多分凄い繊細な車両ですから、精霊様が弄ったら故障しちゃいますから。

俺は未だ頭の上でじたばたする精霊様を押さえつつ、「駅弁買いに行きましょう、駅弁!」と話題を逸らす事で危機を回避するのでした。


「五号車のDの十二、Dの十二、ここかな?」

向かった車両、指定された席は五両目の進行方向に向かって窓側の席。背もたれの通路側に付けられた刻印の入ったプレートを確認しながら到着した席には何故か一人の御婦人が。


「あの~、申し訳ないんですが、その場所は私のチケットの席でして、場所をお間違えになっているのでは・・・」


“サッ”

御婦人が無言で差し出す色褪せた紙。それは今日の日付で王都行きと印字された五号車D十二の席を示すチケット。


「えっ、同じ席?間違って発行されちゃったとか?」

俺がどう言う事?と一人悩んでいると女性がボツリと語り出しました。


“あの日は雨が降っていた。久々の帰郷、王都で待つ家族。列車の時間に合わせ早めに家を出た。

出会い頭の事故だった。街道でぶつかり合う馬車と馬車、歩道の歩行者を巻き込んでの大きな事故だった。

家族に会いたい、その思いだけが私の心残り・・・”

その言葉を最後に薄く消えて行く女性。

シートの上には乾いた血がべっとりと付いた色褪せたチケット。

日付の所をよく見れば、その年号は三十年前の物・・・。


「精霊様、これって一体?」

「う~ん、王都の家族の下に帰りたいと言う強い思いが残った結果なのだ。

レイスとは少し違うのだ?思いの塊、このチケットがその核になっているのだ」

そう言い頭から降りて血で染まったチケットをしげしげと眺める精霊様。

人の思い、それは死後三十年経っても色褪せる事無く未だ彷徨い続ける。


「精霊様、さっきの女性から話を聞く事って出来ます?流石に何の情報も無いと身動き出来ないんで」

「ん?このチケットを届けるのだ?三十年前じゃ相手はいないと思うぞ~」


「まぁそうなんでしょうけど、それならそれで諦めも付くでしょう。流石にこれ以上彷徨わせるのは気が引けますし。

それに俺って当てのない旅ですし?」

「ノッペリーノはお人好しなのだ。でも面白そうだから手を貸すぞ~。チケットを渡すのだ~」

精霊様はそう言うやチケットを掴み、俺の胸の扉を開いて“精霊の庭”へと帰って行くのでした。


「精霊様も十分お人好しですよ」

ロマン溢れる鉄道の旅、多くの人々の思いを運ぶ列車が見せた白昼夢。腰に下げた桃ちゃんは、そんな俺たちの様子に楽し気に若葉を揺らす。

去り際に「後で駅弁を取りに来るのだ?」と言うあたり、精霊様らしいと思うノッペリーノなのでありました。


―――――――――


時は遡る。それは星の降る様な夜だった。

世界の澱みが集束し、森に一つの種が落ちた日。

世界が一つに完成し、新たな時を刻み出したその日、世界の片隅である意識が目覚めた。


「ここは・・・下界か。我は奴らに負けたのか。

クックックックッ、アッハッハッハッ、面白い、面白いぞ人間。

退屈しのぎに始めた遊戯、よもや我に届き得る者が現れるとは。

消滅させられた時のあのスリルと興奮、悔しいぞ、恨めしいぞ、人間。

これが屈辱、経験しないと分からないとはよく言ったものだ、楽しくて堪らんぞ。


まぁよい、神界に戻りゆっくりと振り返る事としよう。


・・・なぜだ、何故世界が応えん。我は創造主、この世界の絶対神であるぞ!

それになんだこの脆弱な神力は、目覚めたばかりとは言えこんな事が・・・。


誰かが我の世界を奪った?我が眠りに就いている事をいい事に、簒奪した者がいる?

世界がそ奴に与した?

許さん、許さんぞ!

我に逆らう者、我の物を奪う者、そして我を裏切る者、その全てを滅してくれようぞ。


我こそが絶対者、世界の創造主、絶対神グランドーラなるぞ!」


大いなる怒りの咆哮が木霊する。

世界に目覚めた厄災の種は、その根を伸ばす為ゆっくりと動き出すのであった。

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