第10話 初取引、これでようやく第一歩
ボックス子爵領都テルミン。
一週間前に旅立ちの儀が行われたその街は、お祭り騒ぎも収まり落ち着きを取り戻した地方都市の様相へと変わっていた。
相変わらず人や馬車は多いものの、前回訪れた時よりも明らかに行き交う人々が少ない所を見れば、旅立ちの儀がいかに領民にとっての一大イベントであったのかと言う事が分かるものである。
ノッペリーノは五十センチ程の長さに短くなってもらった桃ちゃんを腰のベルトに差し、街の大通りを目的地に向かって歩く。
道行く人の中には大剣を背負った大男や腰に剣を携えた剣士なども見られるが今から向かうのは商業ギルド、そこに槍程の長さの棒を持ち込むのもどうかと思い桃ちゃんに聞いたところ、短くなる事も出来ると言うのでこの長さに収まって貰ったのだ。
これから行うのは商業ギルドに加盟出来るかどうかの審査、「武器はこちらでお預かりいたします」とか言って桃ちゃんを奪われては堪らない。
「なぁなぁノッペリーノ、甘味処に行くぞ。私はスイーツを所望する!」
頭の上では精霊様が人の髪の毛を掴んで「ハイヨ~、ノッペリーノ」とか言ってご機嫌である。
そんなあからさまにおかしな状態であるにも関わらず誰もこちらを振り向きもしない所を見ると、精霊様の言っていた「何とノッペリーノにくっ付いてると誰にも認識されないのだ」との言葉が真実であったのだと信じざるを得ない。
「精霊様、それは商業ギルドでギルドカードを貰ってからですからね。それと商業ギルドに着いたらちゃんと姿を消していてくださいね?
一応俺の面接審査もあるんですからあまりはしゃがないでくださいよ?マジで頼みますから、振りじゃないですから」
俺がそう言うと「任せろ~、‟押すなよ押すなよ”って奴だろう?その辺は心得てるぞ~」と大変不安を煽るお言葉が。
何でそんなネタを知ってるのか尋ねると、三千年前に召喚された勇者たちの一人から教わったらしい。
「あの頃はまだ若かったからな~、好奇心旺盛だったのだ」とは精霊様のお言葉。当時は五百歳のぴちぴちギャルだったとか、「今じゃすっかりおばさんだ~」って全く落ち着きが見られない辺り、それもどうなのと思う俺です。
精霊様、なんか面白そうと言う理由でその召喚勇者様にくっ付いて世界を旅したとの事。
「阿呆みたいな魔物の群れに襲われて死んじゃったのだ。私は逃げようと言ったのに、‟村人たちを見捨てられないよ”とか言って。
でもそれが全て創造神の遊びと知った時、私は世の中と関わる事を止めたのだ」
それからはただの傍観者として世界中を旅して、最終的にあの森の泉に落ち着いたとの事。
人に歴史あり、傍観者として神や人の裏も表も見続けて来た精霊様、色々と思う所があったんでしょう。辺境の魔の森で引き籠り生活を送っていたのも致し方のない事かと。
「今は楽しいぞ?ノッペリーノは変な奴だからな。
だから甘味処に行くのだ、ハイヨ~、ノッペリーノ」
「だ~、分かりましたから、髪を引っ張らないでくださいよ。
甘味処は行きますから、その前に商業ギルドの登録手続きをさせてくださいっての」
俺は普段よりテンション高めの精霊様に一抹の不安を覚えつつ、商業ギルド建物内へと入って行くのだった。
「はい、十時面会予定のノッペリーノ様ですね。只今係りの者がご案内いたしますので、そちらの長椅子にお座りになってお待ちください」
受付ホールに入って直ぐ、総合受付窓口で面会予約の旨を告げると担当職員が呼ばれ、案内に従い二階の商談スペースへと向かう。
「はじめまして、君がノッペリーノ君かね?
私は本日面接官を務めさせていただくアンダーソンと言う、どうぞよろしく。
では早速だがノッペリーノ君の商業ギルド登録について幾つか説明させて頂こう」
面接官のアンダーソンさんの話によれば、本人の魔力登録を行わない形でのギルド登録は基本的には行っていないとの事であった。
これはギルドカードが身分証の役割を持つ物であり、魔力による個人認証が必要であると言う至極真っ当な理由からであった。
だが例外的に貴族と言った身分の高い者が身分を隠して社会勉強を行う事があり、その為の措置として各支部のギルド長並びに副ギルド長による審査確認の上発行が許可されているとの事であった。
「まぁこの措置は大概冒険者ギルドに登録する貴族子弟に適応されるんだが、稀に商業ギルドや薬師ギルド、鍛冶ギルドなんかで使われる事がある。
要するにお偉いさんのお遊びさ。私たち下の者はそれくらいの融通を利かせないと上手く世渡りが出来ないってのも悲しい所ではあるのだがね。一般にはあまり知られてはいないが古くから度々行われている隠し制度みたいなものだな。
で、今回ノッペリーノ君は特殊な事例とはなるが魔力が測定出来ないとか。
教会の鑑定書を信用していない訳ではないんだが、念の為こちらでも確認させてもらってもいいだろうか?」
そう言いテーブルに出されたものは、教会の鑑定の際に見た青い石板と赤い石板。
俺はおもむろに右手を伸ばし、石板の上に置く。
「・・・本当に何の反応も無いんだな。これって結構不便じゃないか?今までどうやって生活して来たんだ?」
思わず本音が漏れたアンダーソンに、苦笑いになるノッペリーノ。
「いや~、山間のド田舎だったもので、魔道具なんて見た事なかったんですよ。と言うかどうも親が魔道具を見せない様にしていたらしいんですよね。どうやったのかは知りませんが割と早いうちに俺に魔力がない事は気が付いていたみたいです。
それでも闘気迄ないのは想定外だったみたいで、子供の頃は色んな鍛錬をさせられました。お陰で体力だけは付きましたけどね」
そう言い頭を掻く俺に、何か不憫な者を見る様な視線を向けるアンダーソンさん。いや、俺大丈夫ですからね?これ迄もこれからも、確り生きて行きますから。
「そうか、よく分かった。それで今日は商材となる物を持ち込んでもらう手筈になっていると思うんだが?」
話題を変えるかのように話を進めるアンダーソンさん。
俺は腰のマジックポーチ(精霊様拡張済み)に手を入れると、いくつかの薬草を取り出しました。
このマジックポーチ、収納具と言う性質上魔道具であるにも関わらず魔力による起動が要らない優れもの。要するに常時起動しっぱなしの魔道具と言った所なんでしょう、俺の様に魔力による起動が出来ない者にとっては何よりの救いです。
「これは金換草に弁天草、タルタルひょうたんまで。状態もいい、採取方法と保存方法が完璧だ。特に弁天草は傷に弱く傷み易い。一枚一枚紙に包む手間を惜しんで駄目にする冒険者が多いんだが、この方法は何処で?」
「はい、子供の頃から村のお年寄りに薬草や森の採取物について教わっていましたんでそこで。
特に弁天草とインナイの実の扱いについては気を付ける様に言われてましたから」
そう言い再びマジックポーチから取り出したのは蓋をした瓶に入ったインナイの実。
「うん、インナイの実は他の植物と一緒にすると効果が半減してしまうからな。保存方法としては瓶や皮袋に入れるのが良いとされるが、皮袋だと折角の実を潰してしまう可能性がある。
商品価値としては瓶詰めが一番だろう。
ノッペリーノ君の出身はフェアリ村か。あの辺はかなりの奥地だろう、森の資源が豊富なのは頷けるが危険な魔獣も多いはず、よく平気だったな」
書類に目を遣り薬草の採取先にあたりを付けたアンダーソン。
だが魔力も闘気もないノッペリーノが魔の森と呼ばれる魔物跋扈する森で、どうやってこれだけの野草の採取を行ったのかと首を捻る。
「はい、まぁその辺は慣れとしか。俺はこんなんですから、小さい頃から森で生きる訓練をしていたんですよ。
お陰で今じゃ魔物に気付かれずに魔の森の中を移動する事も出来る様になりました。
これも両親と村のお年寄りたちのお陰です。
残念ながらフェアリ村は今年で廃村になってしまいましたが、俺の中ではその教えは今も鮮明に残っていますんで」
そう言いニコリと笑うノッペリーノに、‟そうか、この青年は自分のハンデを乗り越えて確り前を向いてるんだな”と自然笑顔になるアンダーソン。
「よし、面接審査は合格だ。ようこそ、商業ギルドへ。我々はノッペリーノ君を歓迎しよう。
早速だがこれらの品を査定させてもらおう。
こちらの束になった癒し草は一束銅貨八枚、十五束で銅貨百二十枚。銅貨は百枚で銀貨一枚となるから銀貨一枚銅貨二十枚となる。
次に金換草、十枚一束で大銀貨二枚となる。これは現在の市場価格からの値段だな、この時期は比較的よく出回るからな。
それが十五束で金貨三枚。
弁天草とインナイの実は時価としか言えん。それ程に販売価格に落差が出やすいんだ。
当ギルドでの購入価格は弁天草が全部で金貨三枚、インナイの実が金貨二枚と大銀貨八枚でお願いしたいんだがどうだろうか?」
どうだろうかと言われても適正価格の分からない俺氏、ここは素直に頷く事にする。
「そうか、ありがとう。
最後にタルタルひょうたんだな。現在の市場価格は一つ大銀貨五枚、ギルド買取価格は大銀貨四枚となる。
全部で十二個、金貨四枚大銀貨八枚だな。
買取価格と市場価格に落差のあるものは直ぐに買い手の見つかり難い商材、差の少ないものは人気の高い商品と思ってくれて構わない。
後は利益率、薄利多売を主体とした商品か高額販売で利ザヤを稼ぐ商品か。
生産者から安く仕入れ高値で売るのが商売の基本とはなるが、商売のやり方はそれだけじゃない。
大量仕入れをし安く売ると言うやり方もあれば、希少価値の高い物を仕入れてそれを求める人を探して売り捌くと言うやり方もある。
前者は確りとした市場調査が必要となり、後者は信用の置ける人脈が必要となる。いずれにしても一朝一夕とは行かないだろう。
ノッペリーノ君は行商人志望との事だったかな?であるのならこうした希少性の高い商品を持ち込んで信頼を勝ち取る事をお勧めしよう。少なくとも商業ギルドテルミン支部はノッペリーノ君の持ち込みは大歓迎だ。
君の持ち込んだ薬草類はどれも状態の良い物ばかりだからね」
アンダーソンさんはそう言うと書類に何やら書き込みを行い、最後にサインをしてこちらに差し出しました。
「これは買取の承諾書になる。買取商品の詳細と買取価格が明記されていて最後に総額が記されている。
今回は面接審査と言う事もありこうした個室での取引となったが、通常はギルド建物一階にある総合買取カウンターでの査定と買取手続きとなる。
但し持ち込む商品が宝飾品と言った特殊な物、希少な薬草やポーション類、毛皮などでも希少性の高い物の場合個室での取引を行う事が出来る。
その場合は予め総合受付で個別買取を申し出て欲しい」
アンダーソンさんの言葉に俺は暫し考え込む。
‟確か家の倉庫に残ってた毛皮って高く売れそうな奴って親父殿が言ってた奴だよな。これ売りに出したら問題だとか何とか。
他所に持ってったら面倒事になるんじゃ”
「あの、今回これとは別に以前兄が仕留めて家で保管していた毛皮類を持って来ているのですが、それも査定して貰ってもよろしいでしょうか?
うちの兄、元白金級冒険者のライオスって言うんですけど、結構昔から無茶ばかりしてまして、それなりの品が家にあったものですから」
俺はそう言うと腰のマジックポーチからヤバ目の毛皮を次々と取り出して行くのでした。
「はぁ~!?ゴールデンフォックスの毛皮がこれ程の状態で!?
これがブラックウルフ、何と言う滑らかさ。
バトルシープだと!?こんな貴重な品がこれ程無造作に・・・」
・・・やっぱりヤバ目な素材だったようです。親父殿が売りに行かずに倉庫に押し込める訳だわ。
でもあのフワモコ羊、バトルシープって言ったのか。名前からしてヤバそうだなおい。俺あの羊を枕に昼寝してたんだけど?
癒し草を与えると大人しくするんだよな~。ライオスお兄ちゃんにはよく突貫かましてたけど。
「ノッペリーノ君、これは皆買い取りって事でいいのかな?
ゴールデンフォックスやエメラルドバードの羽はオークションに出しても結構な高値が付く品なんだが」
「はい、と言うか出来れば全部引き取って下さい。
こんな駆け出しが持っているとなれば余計なトラブルに巻き込まれかねませんし、オークションで名が知られれば要らぬ危険を引き寄せかねません。
先程も言いましたが私は魔力も闘気もない只人ですので。
これらの品も兄の餞別の様なもの、であれば換金して今後の資金にした方が兄も喜びますから」
「そうか、よく分かった。ただ量が量だけに少し時間を貰いたい。それと腰のポーチ、マジックポーチじゃなかったんだな、と言うかマジックバッグが使えたのか?」
ウッ、流石商人、そこに目を付けますか。
「ハハハ、そうですね。確かにこれはマジックポーチ型のマジックバッグ、特注品になります。
通常のマジックバッグは魔力による個人認証が必要で私には使えませんから。でもこれがロックの掛かっていないマジックバッグと知られればすぐに盗まれてしまう。
その点マジックポーチであればごまかしも聞きますしね。これも俺のこの体質を気遣った周囲の人達の温かい思いやりと言った所でしょうか」
そう言いはにかむ俺に、「そうか、ノッペリーノ君は本当に愛情に包まれて育てられて来たんだな」と優しい笑顔になるアンダーソンさん。
周囲の人達の温かい思いやり。
頭に貼り付いて小声で「早く甘味処に行くのだ」と囁く精霊様の気まぐれ。・・・嘘は言ってない。
俺は小声で精霊様の御機嫌を取りつつ、地雷になりそうだった危険物の処理が行えたことに、ほっと胸を撫で下ろすのでした。
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