第9話 立つ鳥跡を濁さずと申しますし
「えっと、精霊様、ありがとうございました。お陰で旅の不安のかなりの部分を解消する事が出来ました。
まぁ折角ですんで、森の中で商材になりそうな物でも集めて来ようかな?この大きさのマジックポーチがあるんなら結構沢山の物を持って行けると思うし。
桃ちゃん、今まで本当にありがとうね。これからも時々帰って来るからさ、元気でね。
精霊様もお元気で、暫くは人間がいなくなって静かに過ごせると思いますよ」
俺は桃ちゃんと精霊様に挨拶をしその場を後にする。
人生に別れは付き物、これから旅に出ようっていうのに何時までもここにいたら決心が鈍っちゃうからね。それ程までに俺と桃ちゃんの絆は強く深い。魂の繋がり、言わば片翼、必ず帰って来るよ、桃ちゃん。
“サワサワサワ”
「“ちょっと待って、今準備する~”って桃ちゃん一体何するつもり?」
別れの言葉を伝えた俺に、何故か引き止める様な事を言う桃ちゃん。
“ボトボトボトボトボト”
たわわに実っていた桃の実が一斉に地面に落ち、緑生い茂る葉の色が一気に茶色に変わる。
「え~~~、桃ちゃんが枯れちゃった!?桃ちゃん大丈夫!!」
焦る俺に構う事なく、桃ちゃんの変化は続く。“ググググッ”と音を立てるかの様に伸びる真っ直ぐな枝、それはまるで穂先の無い槍の柄の様にただ真っ直ぐに。
”ピョコ”
先の方に小さな横枝が伸び、その先に一枚の若葉が姿を現す。
“ボトッ”
長さが丁度俺の背丈程になった時だろうか、その枝はまるで剪定でもされたかの様に、綺麗な断面を作り地面に落下するのだった。
「えっと、もしかして桃ちゃん?」
俺はその枝を拾い上げ声を掛ける。すると枝は小枝の先の若葉をブンブン揺らし、“そうだよ、これで一緒に旅が出来るね”と伝えて来るのだった。
・・・桃ちゃんスゲ~、棒になっちゃったよ。
男子の憧れ長めの棍棒、しかもしゃべる。これって俗に言うインテリジェンスウェポンって奴?(注:その声はノッペリーノにしか聞こえていません)
これには精霊様もびっくり、「え~、桃ちゃんノッペリーノに付いて行くの?ズルいズルい、私も行くぞ~!」とのお言葉が。
「・・・はっ?精霊様何言ってんの?
精霊様って湧き水の泉に住んでるじゃん、精霊の庭はどうするのさ」
俺の言葉に素敵な笑みを浮かべる精霊様、なんか凄い嫌な予感がするんですけど?
「フッフッフッ、ジャジャ~ン、“精霊の鍵”~」
精霊様がどこからともなく取り出した物、それは金色に輝く所謂“鍵”。
精霊様はその鍵を小脇に抱えると、俺の胸元目掛け「うりゃ~!」と突進して来るのでした。
“ウグッ”
咄嗟に呻き声を漏らすも、いつまで経っても痛みがやって来ない。
恐る恐る胸元を見れば、そこには見事に突き立った“精霊の鍵”。
“ガチャリ”
音を立てて開かれた扉。鍵を引き抜きその中に飛び込む精霊様。
「よし、これでゲートが繋がったのだ!ノッペリーノ君、これより君を移動式玄関に任命しよう。無事任務を果たす様に」
「はは~。このノッペリーノ、お役目、承りって何してくれてんのよ!
えっ、俺って商隊の移動式住居か何かなの?東方の島国にシルクの買い付けに行っちゃったりするの?東方に島国があるかどうかなんて知らんけど」
精霊様に行き成りキャンピングカーに魔改造された俺氏、って精霊様自由過ぎるだろう!!この胸に開いた扉はどうなるのさ!
「東方の島国はあるよ~。シルクがあるのかは知らないけどデッカイ芋虫ならいるよ~。口から糸を吐き出すんだよ~」
へ~、適当に言ったらありましたよ東方の島国。デッカイ芋虫が糸を吐くって東宝の島国じゃん!双子の小人が歌う奴じゃん!
ってそうじゃないよ、この胸の扉だよ。閉めようと思えば閉まる?あっ本当だ、閉まった。
音も無くスッと閉まったのを見て、安堵から大きなため息を吐く俺氏。
何故か自分の意思とは関係ない所で人外(道具)っぽくなっていくノッペリーノ。「自由人の上位存在には敵わん」とがっくり肩を落としたのは致し方のない事なのでありました。
“ワサワサワサ”
「“落ちてる桃を拾ってマジックポーチに仕舞っちゃって~”ってどうしたの桃ちゃん。結界が切れてるの?臭いで魔物が寄って来ると、それ大変じゃん!」
隣で楽し気に腹を抱えて笑っている精霊様は放置し、急ぎ桃の実を回収です。
これって若返りの桃ですからね、魔獣が食べてどんな変化が起きるのかだなんて分かったもんじゃない。ある意味超危険物です。
バクバク食べてたお前はどうなのか?一切変化はございませんが何か?
だって元々同じ存在だし、共に壁の搾り滓だし、ただ美味しいだけでございます。
ってな感じで急ぎ回収作業を行ったんですけどね。
「ねぇ桃ちゃん、この残った桃の木ってどうなるの?枯れちゃったって訳じゃないんでしょう?」
“ワサワサ”
「ふ~ん、ただの桃の木になるんだ。要は脱皮殻みたいなものなのかな?
・・・精霊様、この桃の木って精霊の庭に移植したり出来ます?
このままここに放置だと、桃の実目当ての魔獣に食い荒らされて枯らされちゃいそうなんですよね」
俺の言葉に顔を上げた精霊様は、桃の木を見ると「いいぞ~」と言って手を翳すのでした。
“フワンッ”
枯れ木の様になった桃の木を、丸い光の膜が包み込む。桃の木全体が淡く光り出し、光の粒子になって崩れて行く。
“スーーーッ”
音も無く開かれた胸の扉、光の粒子はくるくると宙を舞い、吸い込まれる様に扉の中へと消えて行くのでした。
「完了~、池の畔に植え直しておいた~。来年の春には若葉が出るぞ、これからは毎年桃食べ放題だ~!!」
何か嬉しそうに頭の上を飛び回る精霊様。
ノッペリーノは桃ちゃんの抜け殻が無事に移植出来た事に安堵し、ニッコリと笑顔を浮かべるのでした。
や~ま~の恵みは何処にあ~る~♬
お金~になるの~は薬草~か~♪
「ん、ノッペリーノ、金換草があったぞ~」
「マジ、でかした精霊様!って結構群生してるじゃん。森の恵みに感謝を、金持ちの性欲に栄光あれ!!」
いや~、ツイてるわ~。金換草は文字通り大変換金率の高い薬草ですね。お金持ちの精力剤の原材料としてだけではなく、お酒に漬けて飲むと大変味が良くなるんだとか。
ベネッセさんが見つけたら絶対に採取して来いと言っていた貴重な薬草です。
ベネッセさんは他にも女性に人気の弁天草やインナイの実など、お金になりそうな薬草を教えてくれたんだよな~。
俺が持って行くとほくほく顔で街に売りに行ってたからよっぽどいい値で売れてたんじゃないのかな?よく知らんけど。
まぁ俺はその分け前をコツコツ貯めて旅立ちの儀に備えていたんですけどね、お陰様でマジックポーチも買えた訳だし、Win-Winの関係って奴でしょう。
“フルフルフル”
「ん?桃ちゃん何?タルタルひょうたんを見つけたの?どこどこ、あ、あった。
それじゃ桃ちゃん頼んだ、伸びろ、桃ちゃん!」
“ニュ~~~~~~ッ、ツンツン、ドサッ”
「よっしゃ~、タルタルひょうたん、Getだぜ~」
タルタルひょうたんはそのまんま瓢箪です。ただ中にお酒が入ってるんですね~。
親父殿曰く、これが中々絶品との事。魔の森でも割りと奥に行かないとない植物で、市場にはめったに出回らない品なんだそうです。
俺は桃ちゃんに元に戻って貰ってから、ほくほく顔でタルタルひょうたんをマジックポーチに仕舞うのでした。
・・・ん?桃ちゃんが伸びた?まぁ伸びますね。大変有名な棒と同じですね、しかも剪定機能付き、高枝切りばさみもびっくりの高性能、枝だって切り落とせると申されておりました。
何処で切ってるのか?葉っぱですよ、葉っぱ。あの小枝、自在に操れるんだそうです。そんで葉っぱカッターでズバッと。
森のお供に桃ちゃん、欠かせませんわ~。
こうして俺と桃ちゃんと精霊様は、森の中を彷徨い歩いて商品になりそうな植物を採取しまくるのでした。
「ノッペリーノ~、森はもういいのか~?」
森に籠って二日、あらかた採取を終えた俺は、村に戻り家の倉庫に向かうのでした。
「うん、薬草類はもういいかな?あとはこの倉庫の毛皮で十分だと思うんだよね。
これはライオスお兄ちゃんが八つ当たりで倒した魔獣の素材だね。毛皮や牙、爪なんかが保管してあるんだよ。
親父殿が偶にまとめて売りに行ってたけど、それよりもライオスお兄ちゃんの倒す量の方が多かったからね。結局倉庫に溜める事になっちゃったんだよ。
って言うかやっぱりライオスお兄ちゃんっておかしいよね、魔獣で憂さ晴らしって普通じゃないって」
俺の言葉に大きく頷く精霊様。うん、俺の感性はおかしくない。
精霊様に広げて貰ったマジックポーチは本当にこの家がすっぽり入るサイズの様で、魔獣の素材が次々に中に入って行きます。
でもおかしくない?確かマジックポーチって入り口の大きさよりも大きなものは入らないんだよね?毛皮ならギリ入るかと思ったんだけど、毛皮どころか革鎧も入っちゃったんだけど?
これって完全に中型マジックバッグだよね?
・・・よし、中型マジックバッグと言い張ろう。野外活動用に腰巻ポーチ型になってるって事で押し通そう。
便利なものは使う、それでよし。
俺はそう自分に言い聞かせる事で、心の安定を図るのでした。
「さて、ここともお別れか」
見詰める先にあるのはこれまで育って来た我が家。旅に必要な鍋釜包丁なんかは整理したうえでマジックポーチ改めマジックバッグに収納済み、ここに戻って来る事は当面ないだろう。
「ノッペリーノ~、もう行くのか?」
「あぁ、本当は盗賊対策の為にこの家も壊しておかないといけないんだけど、そんな事は出来ないしね」
俺は口元を歪め自嘲する。
出来る事、出来ない事。無理せずゆっくり世の中を見る、それが今世の俺なんだから。
「だったら仕舞っておくか~?草原地帯なら場所が一杯空いてるぞ~」
「・・・は?」
一瞬何を言ってるんだこの御方はと思ったが、考えてみれば精霊様だったわと考えを改める。本当に何でもありだな上位存在。
この後俺と精霊様は村中を回り、全ての建物を精霊の庭に移築するのでした。
「忘れ物無~し。お墓も移転したからお墓参りも大丈夫。って俺行けないじゃん、俺扉じゃん。ってことでお墓参りは精霊様に任せた!」
「任されたぞ~、安心して旅に出るがいい。って事で私は家に帰るのだ。街に着いたら起こしておくれ、桃ちゃんに言えばこっちに連絡が入るから」
「了解って駄目じゃん、街でうろついたら精霊様捕まっちゃうじゃん!」
心配して声を上げた俺に、精霊様は“チッチッチ”と鼻先で指を振り自慢げに答えます。(なんかムカつく)
「その辺は対策済みなのだ。何とノッペリーノにくっ付いてると誰にも認識されないのだ。これは既に実験済みなのだ?
やっぱりノッペリーノは変なのだ」
・・・上位存在に変と言われた俺氏、なんかショック。
どうやら俺の壁的サムシングが影響して認識阻害効果が生まれているんだとか。
既に実験済みっていつの間にそんな事してたんだ精霊様、全く気が付かんかったわ!
「それじゃ後は頼んだのだ、移動式玄関よ」
「はは~、精霊様の仰せのままに」
俺がそう言うと胸の扉を開けて鼻歌交じりに消えて行く精霊様。
「さて、じゃあ行こうか、桃ちゃん」
俺は出発前からドッと疲れた身体を引き摺る様に、領都テルミンに向け歩き出すのでした。
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