第5話 森は遊び場、山育ちなら当然ですね

鬱蒼とした木々が枝葉を伸ばす山間の森。

鳥の鳴き声が聞こえ、魔獣の気配がする様な、そんな場所。

世間一般では危険とされる魔の森も、そこに長年住み暮らす者にとっては宝の山。

海の幸、山の幸と言うが、森は危険と引き換えに多くの幸を与えてくれる。


「あっ、山イチゴ見っけ。ラッキーラッキー♪」

山間の寒村で生まれその地で育ったノッペリーノにとって、森とは庭であり大切な食糧庫なのだ。


いや~、やっぱ夏の森は資源が豊富、森の獣を育てる季節なだけはありますわ。

俺は背負い籠を降ろし皮袋を取り出して山イチゴの収穫を開始する。

森の収穫と言ったら普通は魔獣や貴重な薬草類って事になるんだけど、そうしたものは村の大人たちの管轄。

特に魔獣狩りなんて、ライオスお兄ちゃんじゃあるまいし子供のする事ではありません。

そのお兄ちゃんをはじめとした村の天才児たちが巣立った今、森の勢力図がどう変わるのか。今はまだそうでもないけど、その内凶悪な魔獣でも出るんじゃないんだろうか?

そんな心配がない訳じゃないんですけど、それこそ今更ですしね、親父殿やマルコおじさんと言った元冒険者の方々に期待しましょう。


“ガサガサガサ”

後ろから何やら物音がして振り返れば、ひょっこり顔を出す魔獣。

この辺ではよく見かける森の悪魔、ホーンラビットですね。

このホーンラビット、通常は三~四匹で連れ立って行動する群れの動物で、大きな群れになると何十匹も纏まる事もあるとか。

親父殿より“見つけても決して手を出すな”と言われている要注意魔物の一種です。


俺はそんな危険動物を前に、そっと山イチゴの収穫場所を空けます。

ホーンラビットはそんな俺には目もくれず、目的の山イチゴに向かいヒョコヒョコ近付くと、ムシャムシャと夢中になって食べ始めるのでした。


おかしいと思うでしょう?俺も最初の頃はよく分からなかったから。

これって俺の気配が薄いとかそう言うんじゃないのよ?俺は確りここにいるし認識も出来る。ただね、それがあまりにも自然で気にならないらしい。

これって昔からそう。人の輪に入っていようが抜けてしまおうがあまり気に留められない。前世で人妖と呼ばれていた頃もそう言った事は出来たけど、それとも違う。

まるでそこにある事が当たり前でありいなくなってもそう言うものかとしか思えないそんな感じ、まるで世界そのものの一部を見ているかのような。


これって壁だよね。この世界の一部を構成している構成要素、概念としての存在、世界の壁。その具現化した姿である俺。

壁の完成に伴い弾き出された筈の俺だけど、その特性はしっかり受け継がれたって事です。つまり何が言いたいのかと言えば、森にしろ人里にしろ、俺に危険は無いってこと。

流石にスタンピードのど真ん中とか戦場と言った危ない場所に入り込めば別だろうけど、比較的安全とされる状態の場所であれば無問題。

ホーンラビットを撫でる事も出来れば絞める事も出来ちゃう。


まぁ村の大人たちは俺が森の奥深くに入っているとは思ってないみたいですけどね、俺って特別に強いって訳でもないし、好奇心旺盛な子供とも思われていませんし。

と言うか子供ジジイって呼ばれてるんだよな~。

発言がじじむさいって失礼な、こんなぴちぴちのお子様を捕まえて。


森の幸は取り過ぎても良くないし村の大人を心配させてしまう。

俺は山イチゴをホーンラビットに明け渡し、更に山の奥へと歩を進めるのでした。



それは一本の果樹であった。

森の中にひっそりと佇むそれは、周囲からは明らかに浮いた存在でありながらまるで違和感なくその場にあり続けるそんな樹木。

周囲に漂う甘い香りは、多くの生き物をその場に聞き寄せそうなものの、その場は静かに僅かな動植物が集うのみ。

そんな場所に一人訪れたノッペリーノは、満面の笑みでその樹木に向かい声を掛ける。


「おいっす、桃ちゃん。今日も輝いてるね。桃の実頂戴!」


いや~、初めて森で桃ちゃんを見つけた時は驚いた驚いた、まさかこの世界に桃ちゃんがいるだなんて思わなかったんだもん。

こちらの果樹、前世人妖のっぺりの頃にお世話になっていた桃の木のモモちゃんのお子さん、桃ちゃんです。

何でも俺が昇天した際に口に放り込んだ桃の種が、一緒に魂の一部として世界の壁に取り込まれていたんだそうです。

で、俺が異物として排除される際の核になっていたんだとか。

こうしてガッツリ意思疎通が出来るのも、元々一つの存在になっていたかららしいです。


そんでもってこの地に降り立った桃の種が発芽し成長した姿がこの桃の木、つまり桃ちゃんな訳ですね。

因みに親父殿や村の衆、冒険者たちが血眼になって探した若返りの果実ってのが桃ちゃんにたわわに実っている桃だったりします。

要するに世界の壁から弾き出されたエネルギーの残渣、俺の意識体を移す為の箱舟だったみたいです。

って凄いな桃ちゃん。俺が今こうして生きてるのって全て桃ちゃんのお陰じゃん。

本当にありがとうね。


“ワサワサワサワサ”

枝葉を揺らし俺の思いに応える桃ちゃん。思考筒抜け、元同一存在なだけにこればかりは仕方がない。

俺は桃ちゃんの下でゴロンと横になると、前世のあの時の様に桃の実をムシャリと齧る。

口腔一杯に広がる新鮮な甘み、ほんのり残る酸味がいい感じのアクセントになって喉を潤す。

森に流れる穏やかな風、響き渡る鳥の鳴き声。

俺は在りし日の御劔山を思い出しながら、微睡まどろみに身を任せ、夢の世界へと溶け込むのでした。



俺が住む山間の村、には古くからとある伝承が残っている。それは森の奥にひっそりと佇む湧き水の泉には、妖精が住んでいると言うもの。

フェアリ村の村名の由来ともなっているその伝承は、古くからこの地域で言い伝えられてきた事なんだとか。森の奥のどこかに妖精の里に繋がる泉があるだとか精霊の泉には美しい精霊様がおられ、人々の願いを叶えてくださるだとか。

フェアリ村を開墾したご先祖様が森で泉を見つけた際に、地域に古くから伝わる伝承にあやかり精霊様だか妖精様だかに村をお守りいただこうとしたと言うのが話の真相であると聞いた時は、さもあらんと思ったものである。

魔物蔓延るこの世界、鰯の頭も信心からではないが、縋れるものがあるのなら縋りたいと言うのは人情であろう。

毎年秋に村の男衆が森の泉に向かい、森の恵みと豊穣を感謝し捧げものをするのも、森での安全な暮らしを願う人々の思いからと言った所か。

だがこの儀式、あながち無意味と言う訳でもない。

想いは心、想いは力。人々の思いが具現化し魔法や武技と言った不思議現象を引き起こしたり、魔獣や魔物と呼ばれる存在が跋扈するこの世界において、祈りは時に真実を引き当てたりしたりしなかったり。


“ツンツン”

桃ちゃんの下、安心感に包まれ幸せな時間を過ごす俺に、それは容赦ない現実を突きつける。


「起きろ~、そして私と遊ぶのだ~」

「・・・なんか来たし。って言うか姿を現していいのかよ、精霊様。いつも姿消してたじゃん」


そう、森の精霊様(自称)は実在したのでございます。

しかも桃ちゃんと仲がいいみたいで、隠された果樹である桃ちゃんの結界領域にも平気で侵入してくる始末。

マイベストプレイスが~。俺はゴロゴロしていたいんじゃ~。


「なぁなぁ、あのうるさいライオス兄ちゃんとか女狐のミリアとかいけ好かないレインとかがいなくなったんだろう?だったらこれからは目一杯遊べるじゃん。

川に行かない?魚取ろうよ、魚♪」


この精霊様、村の英雄の卵様方が苦手だったらしく、ライオスお兄ちゃんに関しては「騒がしい馬鹿はちょっと」と言い、ミリアお姉ちゃんについては「女狐は遠目で眺める分にはいいんだけどね」と言い、レインに関しては「勘違い系正義感は論外。自称勇者だとか英雄だとか言う連中を思い出して虫唾が走る」との事。

まぁ俺もレインはどうかなと思うんだけどね。

関わり合いにならなければいいんだけど、あの周りを巻き込んで自分の主張を押し付けようとするところがちょっと。


俺ってば魔法の才能も闘気の才能も無いから、レインから一段下に見られてたんだよね。俺や村の爺様婆様を比較対象にして自分は優れた人間だと思ってる所があるんだよな~。

確かに勤勉で性格もいいのかもしれないけど、そう言った部分が見えちゃったらもう駄目だね。お兄ちゃんと呼ぶ気にはなれん。

まぁそれでも数少ない同郷だし?別に何か意地悪をされたわけでも常日頃馬鹿にされていた訳でもないからなんと言うこともないんだけど、合わないものは仕方がない。


そんな彼らも旅立ちの儀で巣立って行ったって事で、村の子供は俺一人。精霊様も誰憚る事なく御遊びにいらしたと言う訳です。


「いや、いいんだけどさ、村の大人やたまに来る冒険者に見られたらどうするのよ。

精霊様って物語に出て来る妖精の姿そのものじゃん。

珍しいからって掴まって売り飛ばされちゃうんじゃないの?大昔は妖精狩りとかがあったって言ってなかったっけ?」


これがまた世知辛い話なんですが、妖精を捕まえて使役しようとした時代があったんだそうです。あれですよ、某緑の青年に憑りついてるキラキラした鱗粉振り撒く奴。

一般的な妖精はあんな感じらしく、それなりに重宝されたんだそうです。

でもそこは欲望の塊の人間、酷使した挙句物の様に扱われ徐々にその数を減らしって感じですっかりお姿を見ることが出来なくなったんだとか。

実際には各地に精霊の里のような場所があって隠れ住んでいるんだそうですが。(精霊様情報)

まぁ人間ですからね~、推して知るべしかと。


「大丈夫、私の気配探知及び魔力探知を舐めるな。この森に人間が近付けばすぐに分かるし姿も消す。それくらい出来なくて生き残れるほどこの世は甘くない」


そう言い胸を張る精霊様、超不憫。


「分かりましたよ、それじゃ今日は川遊びって事で。魚を焼くのはお任せしても?」

「任せろ、私は精霊、魔法は得意なのだ!」


俺は桃ちゃんに「また来るね」と言葉を掛け、精霊様と森の渓流へと向かうのでした。

因みに成果はそこそこ。レインボーフィッシュの塩焼き(塩は精霊様持参)、めっちゃ旨かったです。

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