第4話 お兄ちゃんの旅立ち、そして俺はボッチに
ジリジリと照り付ける太陽、日の出と共に上がる気温。
薄明りの時間に家を出て畑仕事を済ませたガルバスは、“今日も暑くなりそうだ”と額の汗を拭う。
「ノッペリーノ、俺は今日からしばらく家を空ける。その間の畑の管理は任せたからな。いつかみたいに収穫をサボってデカ野菜を作ったりするんじゃないぞ?
普通は表面が硬くなったり大味になったりして旨くなくなるんだからな?
まぁあの時は何故か普通に食べれたが、毎回あんなことが起こると思うなよ?」
父ガルバスはサボり癖のある息子ノッペリーノに後を任せる事に若干の不安を覚えつつ、それでもと注意を促す。
「分かってるって、親父殿も心配症だな~。あの時のお母様のお怒りは、魂に刻み付けられてますっての。
でも俺は行かなくてもいいの?十二歳になったら授けの儀とやらがあるんじゃないの?確かデカ野菜事件を起こしたのってライオスお兄ちゃんが夏の授けの儀とやらを受けに行ってる時の話じゃなかったっけ?」
首を傾げ疑問を口にするノッペリーノ。それに対しガルバスは苦笑いを浮かべながら言葉を返す。
「あぁ、特に問題はない。あの授けの儀と言うものは女神様がお与え下さったスキルに感謝申し上げると言った儀式でな、必ずしも受けなければならないものじゃないんだ。現にレインやミリアは授けの儀に行ってないだろう?
ただライオスの場合ここフェアリ村の村長代理の長男と言う立場があり、街の監督官様にご挨拶に伺わなければならないと言う仕来たりがあったんでな。
街場や街周辺の村ならともかく、こんな山奥の者は授けの儀の為にわざわざ教会に行ったりはしないさ。それでもタダで鑑定をして貰えるってんで出掛ける者もいるみたいだけどな。
ただ旅立ちの儀は別だ、あれは教会で確り女神様に祈りを捧げないとスキルを貰えないからな」
ノッペリーノは父ガルバスの言葉に「へ~」と関心の声を上げる。
この世界には人々を見守り導いて下さる女神様がおり、女神様がスキルをお与えになって下さっている。これはこの世界の人々にとっての常識であり、当たり前のことなのだ。
「それじゃダリア、行って来る。家の事をよろしく頼む」
「えぇ、ガルバスも気を付けて、皆の事頼んだわよ?」
朝食後、村の広場に集まる村人たち。
フェアリ村から若者たちが旅立つ、それは喜ばしい事であり、寂しい事であり。
「母さん、行って来るよ。暫くは戻って来れないけど、落ち着いたら手紙を出すから。
ノッペリーノ、あまり母さんを困らすなよ?お前は俺と違って身体が弱いんだからな」
「ライオス、あなたも身体に気を付けて。それと悪い女に引っ掛かっちゃ駄目よ?
あなたは変に純朴と言うか脇が甘いというか、騙され易そうだから」
「ライオスお兄ちゃん、俺は別に病弱でもなんでもないから、俺が一般基準の普通の子供だから。
世の中の旅立ちの儀の前の子供は、森に入って大型魔獣相手に八つ当たりなんてしないんだよ?これからはそれが仕事になるからいいんだけど、ライオスお兄ちゃんは少し常識を知った方がいいと思うよ?」
母と弟の容赦ないツッコミに心身ともにダメージを受けるライオス。この親にしてこの子あり、自身の家族はどうしてこうも厳しいのか。
「ウグッ、母さんもノッペリーノもこれから旅立つ人間に辛辣じゃね?
もう少し優しい言葉を掛けてくれても良くね?
俺、これから街で一人頑張るんだよ?」
「「・・・・・」」
““ポンッ””
両肩に乗せられたそれぞれの手、慈愛と悲しみに満ちた瞳が、ライオスを心配そうに見詰める。
「うわ~~~ん、何時か絶対美人の嫁さんを捕まえて自慢しに戻って来るんだからな!!その時まで元気にしてろよ~~!!」
捨て台詞を吐いて走り出すライオスに、やれやれと言った表情で肩を竦めるガルバス。文句を言いつつも家族の心配をするライオスの態度に、村人全員が優しい目になる。
「それじゃお母さん、行って来るよ。おとうさんも身体に気を付けて」
「行ってらっしゃいレイン、いつでも帰って来てくれていいのよ?無理だけはしないでね」
「レイン、引き際だけは間違えるな。それはお前だけじゃない、一緒に旅をする仲間の命を危険に曝す。
お前はミリアちゃんと共に頂点を目指すんだろ?お前の判断はミリアちゃんの命に関わるって事を忘れるんじゃないぞ?」
親子の別れ、それは冒険者としての教えを受けた子弟の別れでもあった。
マルコは嘗ての冒険で愛する妻に大きな怪我を負わせてしまった事を今でも忘れてはいない。そして大切な息子にはそんな辛い思いをして欲しくないと、レインを厳しく鍛えて来た。
「あぁ、分かってる。俺は冒険者、勇気と無謀は履き違えない。お父さんの言った“冒険者は決して冒険をしない”と言う言葉の意味、この胸に刻むよ」
子供の成長は早い、親はいつもその成長に驚かされ続ける。
マルコとリンダは、立派に成長し旅立って行く我が子の姿に涙ぐむ。
「ミリア、あなたの戦いはこれから。良い男との出会いは一生もの、絶対に放すんじゃないわよ?」
「分かったわ、お母さん。どうせレインの事だからフラフラよその女に騙されそうになるに決まってる。そこは私が確り見張っておけ、そう言う事ね」
見詰め合う二人の女性、それは女同士の別れ、それぞれの道を進む同志へのエール。
「私は私でもう一花咲かせて見せる。ミリア、あなたと過ごした日々は楽しかったわ」
差し出された右の拳、それはベネッセが娘に送る最後の思い。
「お母さん、私お母さんの娘に生まれる事が出来て良かった。お母さんの熱い魂、その教え、生涯忘れません」
“コツン”
当てられた拳と拳、見詰め合う目と目。
多くの言葉はいらない、それはこれまで共に過ごした日々で既に伝えた事だから。
「それじゃ行こうか。マルコ、村の事を頼む」
「あぁ、任せておけ。ガルバス、子供たちをよろしく」
若者たちは旅立つ、まずは自分たちの住むボックス子爵領の領都、テルミンの街を目指して。
「それじゃ私も行くわ」
「そう、寂しくなるわね、身体に気を付けて。それで行先はもう決まったの?」
「まずは王都に行ってみるわ、ジークがその後どうしたのかも気になるし。
後は適当に旅をして、どこかで腰を据えるか、それとも他所の国に行くのか。
娘も立派に旅だった、この余りものの人生、どこで尽きても後悔はない。
風の向くまま、気の向くままってね♪」
ベネッセは旅立つ。本来の彼女の目的を果たす為に。
囚われる事の無い自由な生き様こそ、彼女本来の姿なのだから。
「行ってしまったの~、これでこの村も寂しくなってしまうわい」
「私達もそれほど長くはないですからね、マルコ、リンダ、ダリア。
あなた達も無理に残らなくてもいいわよ?私達は十分あなた達の世話になったんだから」
ここは限界集落、本来ならば何時無くなってもおかしくない様な土地。
そんな場所に齎された奇跡は、自分たちに笑顔と喜びを与えてくれた。
その騒がしくも温かい若者たちは今旅立った。あとはひっそりと消え去るのみ、それが山間の寒村に残された去り行く者の思い。
そんな彼らの声に、言葉を向けられた三人は首を横に振る。
「何を言ってるのよ皆。ひょんな事でこんな姿になっちゃったけど、私達の歳なんてどっこいどっこいじゃない」
「そうだぞ、村で一番若いと言われてた俺だって五十を過ぎてたんだ、今更冒険って歳でもないさ。まぁ子供らの事は気になるからたまに街に出ようとは思うけどな」
「そうですよ、腰が痛くなったら言ってください?これでもヒールには自信がありますから」
「「「フフフッ、アハハハハハ」」」
誰からともなく零れる笑い。山間の寒村は今日も人々の優しさに溢れているのであった。
「ねぇ、いい感じのところを邪魔して悪いんだけど、俺は?
あの、ノッペリーノ君はまだ旅立ってないんですけど?こないだ十二歳になったばかりだからあと三年経ったら旅立ちの儀があるんですけど?」
「イヤイヤイヤ、ノッペリーノは儂らを見送ってくれるんじゃろ?優しい子じゃもんね、後の事はよろしく頼むわいて」
「ノッペリーノ坊やは冒険者には向かんからの~、魔法の才能皆無じゃから。
生活魔法すら使えん者がおるなんて初めて聞いたわい。
外は危ないで、村でゆっくり暮らすとええ」
何故か優しげな瞳で俺の事を慰める爺様と婆様たち。そして困った顔の元爺婆の三人。
はい、そうです。私ノッペリーノ、魔法の才能は皆無であります。と言うか魔力って言うのが全く分からない。
“この世界に生きる全てのモノが内包する力、魔法現象を起こす根源”って言われましてもね。どこをどうこねくり回してもその魔力の欠片も見当たらないんすよね、俺。
まぁ生きるのに困らないからいいんですけど。
じゃあ身体能力を上げようって事になるのが異世界転生者の定番じゃないですか、当然やりましたとも、いや、やらされましたとも。
あれは完全に虐待だったよな~、大人が子供にして良い所業じゃないよな~。
終わる事の無い素振りにランニング、阿呆みたいな根性論で続けられる特訓と言う名の虐待。
で、分かった事は体力だけは異常にあるが、身体能力が伴わない。
素振りやマラソンはそれこそドン引きする程続けられる、でもパワーやスピードは人並み。技術的な向上は目覚ましいものがある、でもそれだけ。
まぁ元壁ですし?尽きる事のないトライ&エラーで精神が摩耗するなんて事はございませんし?
だもんで地獄の特訓(虐待)で剣術の稽古も行ったんですけどね。
この世界の剣術って魔力ありきと言うかスキルありきと言うか、とんでもパワーでドンって言った感じなんだもん。
捌きとか受け流しといった概念はあるものの、それも相当おおざっぱ。学ぶべきものも教えるべきものもすぐに無くなるって言う感じ?
闘気を練ってって言われても練れねえし。大体闘気って何さ、俗に言う気功みたいな奴?息をゆっくり吐いて練り上げるとかなんとか?
やったよ?前世の知識を生かしてやりましたともさ。
でもこれがまたうんともすんとも。ノッペリーノ君、才能の欠片も無いんでございます。
「そ、そう言えばノッペリーノはどんなスキルを授かったのかしら?十二歳になったんだし、きっと素晴らしいスキルを授かったんじゃ「ポケット」・・・」
辺りに広がるどこか気まずい空気。このおれがさずかった<ポケット>と言うスキル。文字通りポケットの中に物が仕舞えると言うスキル。
その大きさはポケットに入れられるサイズに限られるものの容量に関しては魔力依存。魔力量が多い者にとってはかなり有効なスキルなんですが、俺、魔力無いし。
スキルって基本魔力か闘気のどちらかが使われるらしいんだけど、そのどちらも行使出来ない俺氏、この世界的には詰んだ状態らしい。
でもさ、別に問題なくね?畑耕すのに魔力も闘気も必要ないし、山で山菜を取るのに必要なのは知識と経験よ?ライオスお兄ちゃんたちが修行に明け暮れる中、村の爺様や婆様のところに入り浸ってたのは伊達じゃないのよ?
ホーンラビットどころかマッドボアだって綺麗に捌けますが?
「まぁ、うん、そうだな。ノッペリーノがいるから大丈夫だな」
「そうね、ノッペリーノがいるし、問題ないわね」
なぜか引き攣り笑いを浮かべる元爺婆たち、俺って何かおかしい事でもあるんだろうか?
山間の寒村、そこは心優しい村人が暮らす村。
村に残されたただ一人の子供ノッペリーノは、今日は何をして遊ぼうかなとボーっと空を眺めるのでした。
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