転生特典のチート、うちじゃやってません
WA龍海(ワダツミ)
転生の特典とか、うちやってないんで……。
日本のとある時刻、とある場所にてとある少年がトラックに轢かれた。
それなりに愛され、それなりに充実した人生を送っていた少年はあっさりとその生涯に終止符を打ったのだった。
そして今、その少年は真っ白な空間で一人、周囲を見渡している。
ここはどこだろう。自分は死んだはずでは。
疑問が浮かんでは消え、混乱が彼の頭を巡る。
そんな状態がしばらく続いた頃、彼の脳裏にある可能性が浮かんだ。
「まさか……転生、ってやつなのか?」
『そのまさかだ。少年』
考えを口に出すと、それに呼応するように聞いたことのない男性の声が響いてきた。
その瞬間、目の前から眩い光が輝き思わず目を瞑る。そして目を開けると……そこには先程までいなかった白髪の年若い男性が腕を組んで立っていた。
『こんにちは、不幸で幸運な少年。私はキミ達のところで言うところの神様……のようなものだ。ここでは別の世界へ転生するための手続きを――』
「チート能力ください!!!」
目の前に現れた神を名乗る男の言葉を遮るように、少年は全力で腰を折って大声で懇願した。
そんな少年の様子に神は動じず、それどころか苦虫を嚙み潰したように眉間に皺をよせながら、見下すような冷たい目つきで少年を貫いた。
ひっそりと目線だけを上げて様子を伺っていた少年は冷たい視線に「ひぃ」と情けない息を漏らして少しだけ後退った。
『はあぁぁ……いや、すまない。キミに悪気があるわけではないのは理解している。しているのだが……こうまで多いとうんざりしてしまってね』
「え?」
大きな溜息と共に愚痴るように呟く男に少年は首を傾げた。
多い、とはいったい何のことだろうか。
『いや何、最近多いんだ。その……転生の特典というか、チート能力を望む人が』
「ください!!!」
こめかみを抑えるように手を添えた神に少年がすかさず再度腰を折ると、「チッ」と怨念の籠った全力の舌打ちが耳に届いた。
少年は冷汗をかきながら「すいません冗談です」と言って姿勢を正した。
『最近の流行とはいえ、本当に多いな……』
「えっと、何が問題なんですか?」
『問題しかないさ。本来、そんな能力を特典として付けて転生させるなんて少なくともうちの管轄ではあってはならないことだからな』
「それは、どういう……?」
『簡単に言うと、『そういうのはうちではやってません』ということだ』
「な、なんですって!?」
神の言葉に少年は衝撃的な表情で驚愕の声を上げた。
『そういう反応する人も増えていて困るんだよな……』
「な、どういうことですか!? 死んだと思ったら僕と同じ年齢になって異世界から帰ってきた親戚の叔父さんはネット小説と同じように死んでからチート能力を頂いて無双して戦場に飽きたからスローライフを始めて片手間に研究していた時空間魔法を極めて現代に帰ってきたりしていたのに!?」
『どうもこうもやってないものはやってな……いやキミの叔父さんとんでもねえな』
少年は昨今のライトノベルのタイトルのように説明的に自身の叔父のことを話しながらその場に崩れ落ちた。
少年の脳裏には金髪の美少年になって帰ってきた叔父の姿がありありと浮かんでいる。
「僕も死んだら同じように雑に強いチート能力を貰って適当な冒険者パーティに加入して調子に乗ったリーダーに追い出されてから武功をメキメキと挙げていって美少女に囲まれた新生パーティを作って戻ってくるように言い寄ってくる元のパーティに向かって『もう遅い』的な台詞吐いたりしながら魔王(美女)を仲間にして戦いに飽きたところでのんびりしたセカンドスローライフを過ごすつもりでいたというのに……!!」
『別世界での人生設計が具体的すぎる。というかそんなテンプレじみた人生でいいのかキミは』
これまた昨今(というか下手をすれば少し前)の流行りの異世界系ライトノベル要素をてんこ盛りにしたような野望を垂れ流す少年に神は呆れ顔である。
『あのねぇ……そういう能力って、少なくともうちじゃ本当はあげてもいけないし使ってもいけないことになっているんだよ』
「え、じゃあ叔父さんはどうして?」
『私の前の担当の仕業だろうね。そのせいで今は別の所に神事異動になったけど』
「チェンジ!! カムバック前担当!!!」
『この場で魂消滅させられたいの?』
何もない空間に向けて叫ぶ少年に神の額に青筋が浮き上がる。
底冷えするような言葉に少年は「すいません冗談です」と言ってその場で正座した。
『そもそもその“チート能力”っていうのは世界のバランスを著しく崩しかねないから神の間でもあまり褒められたものじゃないんだよ。●ロアクションリプレイ配るようなモンでさぁ……』
「ぷろ……?」
『あ、若い子は分からないか。まあとにかく、私達の間でもそのまんま“チート”という意味であって……ていうか“チート”の語源が何かキミ知ってる?』
「なんかメッチャ強い力。最強」
『違う。イカサマや不正行為を表す言葉だ』
「な、何ぃ!?」
神が告げた衝撃の真実に少年はまたしても衝撃を受けた。
馬鹿な。今まで見てきたライトノベルやアニメのタイトルには普通にその単語は書かれていたし、主人公達はありありとその力を行使していたではないか、と。
「う、嘘だ! 色んなタイトルにありふれた単語じゃないか! SA●の●リト君だってアニメの初期の方でキ●オウにチーターだかビーターだか言われていたぞ! あれは『強すぎる……!』的な意味じゃないのか!?」
『いや●バオウさんも悪い意味で使ってただろアレ。その台詞キ●ト君を責める形で言ったのくらい話の流れ見てたら分かるでしょ』
「そういえばそんなシーンだった気がしてきた。ていうか神様もS●O見るんですね」
『面白いからね』
SA●を知らない方には全く意味不明な会話だと思うが、とにかく少年と神はアニメの嗜好が似通っていた。
そんな事実を気にすることなく、少年は頭を抱えた。
「つまり、『チート能力で無双する』的なタイトルは……」
『普通は運営からアカウントBANされるツールを使って戦いを有利に進めていることを自負しているな』
「得意げな顔で『俺ってチートだよな……』的な台詞を吐くのは……」
『俺今めっちゃ不正行為働いてるわーみたいな感じだな』
「やめろぉ! 今後作品を見る時に変なノイズが挟まるだろうが!!」
『いや、キミ死んだからどちらにしろ見られなくなると思うけど。ていうか皆その辺りの意味を理解した上で読んでいるんじゃないのか?』
「そんなわけないだろ! 流行ってるからとりあえず右に倣えの精神で読者は読んでんだからいちいち単語の意味なんか調べるわけがないし、それに作者も編集もそこまで深く考えずに『めっちゃ強いぜ!』くらいの軽いノリでタイトル付けてるに決まってるだろ!」
(※少年の超偏った個人的解釈です)
『あらゆる方面に喧嘩を売るのはやめろ! ……というか、スマホなんかが普及してきてすぐに調べられるというのに、単語を理解しようとしないのは良くないんじゃないか?』
「昨今の読者が単語の意味すら調べない馬鹿ばかりとでも言いたいのか!?」
『お前個人に言ってんだよ!? 歪曲してこれ以上多角的に喧嘩を売るな!!』
グレーどころかアウトゾーンをぶっちぎりまくる少年に対し、流石の神も怒って声を荒げた。
そしてお互いに荒れた息を整えるように一度深呼吸をしてから、落ち着いたところでその場に座って話し合うこととなった。
『たしかに時を経てその意味が変わる言葉というものは存在するし、この“チート”という言葉もその一つなのだろう。私も単語の意味に注視するばかりで礼節に欠けていたように思う。すまなかった』
「い、いえ。僕も頭に血が上りました……すいません」
少年と神はお互いに頭を下げ合う。
もっと多方面に謝罪すべきだとは思うが……とにかくこれで少年の勢いは収束。
特典など無い物は無いのだから仕方ない、と無理矢理納得した少年は転生のための手続きを行うことになったのだが……。
『気を取り直して手続きをするとしようか。すまないが後が詰まっているから、なるべく急ぎでこの本に書かれてるリストから転生先の世界を選んでほしいんだけど』
「はい……あ、最後に訊いてもいいですか?」
『なんだい?』
「『うちではやってない』とか『うちの管轄』って言ってましたけど、別の世界だと特典付けられたりするんですか?」
『そういう
「そこに転生でお願いします!!!」
そんな会話を最後に、少年の転生先は決定。
あれよあれよという間に手続きは終わり、神は苦虫を嚙み潰したような表情で舌打ちをしながら少年の魂を見送るのだった。
【終】
◇◇◇◇◇
川原礫先生、全国の作者様、編集者の皆様、並びに読者の皆様。本当に大変申し訳ございませんでした!!!
転生特典のチート、うちじゃやってません WA龍海(ワダツミ) @WAda2mi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます