第5話
あれからニーナとカサンドラは度々食堂を訪れるようになった。ニーナは嫌なことや辛い事があったときに。カサンドラはニーナに話し掛けようとして失敗したときに。あまり二人の仲は進展していないようだった。
だが変わったこともある。カサンドラがリベルテに料理を教わる様になったのだ。本当はニーナと一緒に料理をとも思ったが、包丁を持ったことなどない人間二人同時に教えるなど魔法が使えたとしても御免であり、なによりカサンドラが拒んだ。まだまともに話せておらず警戒されているのに共に料理はハードルが高かったらしい。
そういうわけで時間があるときにリベルテは少しずつカサンドラに料理を教える事となった。
「痛っ!」
「また切ったのか。どこだ、見せてみろ」
リベルテが見ると、カサンドラの左手の人差し指がざっくりと切れていた。
「結構切ったな。《サニターテム》」
リベルテがお玉を振ることで光の粒子がカサンドラの指に降り注ぎ、みるみるうちに傷が塞がった。
「えっ、あの。今のは一体…」
「うん?治癒の呪文だ。お嬢様も使えるだろ」
「使えますわよ。でも呪文が異なっていましたわ」
治癒の呪文として一般的なのは《ファルマイケフィティコース》。発音が難しい事で有名な呪文だ。
「《サニターテム》の方が言いやすいだろ。だからオレはこっちを使ってる」
「そんな無茶苦茶ですわ!聞いたこともありませんし。…もしかして古語ですの?」
「正解」
古語。大戦時代に使われていたという言語で、その殆どが失われてしまった。幾つもの国が滅んだからだ。
「呪文は魔力を操作し変換するための部品に過ぎない。だから
「そうなんですの」
じっと指を見ているカサンドラに「頼むから態と切って試したりしないでくれよ」と釘を差した。
「し、しませんわよ!」
「いいや、やるね。オレの勘は当たるんだ」
「んもぉ〜!しませんのに!コレをお鍋に入れれば宜しいのでしてよね!」
あからさまに話をそらしてカサンドラは刻んでいた野菜を鍋に入れた。
「随分と変な形なのだけど、なんなんですのこれ」
「男マンドラゴラの根」
「おほほっ。料理人様も冗談を仰いますのね」
全く信じていないカサンドラを気にすることなくリベルテは鍋をかき混ぜ始める。鍋の中にはバサンという巨大な鶏型のモンスターのモモ肉とアリウム・ケーパという所謂タマネギが入っている。そこに乾燥させて削ったスライム粉とグラス・ガヴナンの乳を加えた。クリームシチューだ。
「よし、今日も美味しい」
「私も!私も食べたいですわ〜!」
「はいはい。よそったげるから少し待ってな」
早く早くとウキウキしていたカサンドラだったが、食堂の扉が開く音に驚き、慌ててキッチンの奥へと隠れた。
「こんにちは。リベルテさん」
「ああ、ニーナ。丁度良かった。今クリームシチューを作ったところだったんだ」
「中身は聞かないでおきますね」
ニーナが定位置に座る様子をカサンドラは奥からドキドキと見ていた。殆どリベルテが作ったとはいえカサンドラも手伝った料理をニーナが食べるのは初めてのことである。
「はい。男マンドラゴラとバサンのクリームシチュー」
「聞かないって言ったのに!」
非難する目でリベルテを見るが、のんきに口笛を吹いており怒りが冷める。見た目は美味しそうだから問題ないだろうとスプーンでひと掬いして「ギャッ!」と声が漏れた。
「どうした」
「これ!首っ!首!!」
マンドラゴラの頭だった。ごろりと首チョンパされてスプーンの上に転がっている。
「…味は美味しいから」
「味云々以前の問題ですよね!?ちゃんと切ってくださいよもぉ〜」
マンドラゴラはカサンドラの担当であったため胸にグサリと刺さるものを感じて、カサンドラは声を殺しながら呻いた。
流石に頭を食べる勇気は無かったのだろう。ニーナはマンドラゴラの頭を端へと避けると無難そうな肉に口をつけた。
クリームシチューのトロミとまろやかなコク。野菜と肉の味が滲み出ており複雑ながら纏まった味がする。肉は普通の鶏肉に近いが、それよりも柔らかく肉汁が溢れていた。
「ん〜!美味しい!」
ニーナの笑顔を見た時、カサンドラは何とも言えない気持ちが湧いてきた。嬉しくて飛び上がりたい様な走り回りたいような照れくさいような。昔、両親に描いた絵を褒められた時のような感情だった。
もっと私の作った料理を食べて笑顔を見せてほしい。
そう、思った。
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