第3話
腹も満たされ晴れやかな顔で食堂から出てきたニーナ。その姿を何者かが見ていた。それも、ニーナが今会いたくない人間の一人が。
「あらあら、誰かと思ったらニーナさんじゃありませんの。そんな黴臭い場所で何をしてらしたのかしら」
その声にニーナの身体が硬直する。幸せな気分を台無しにされた心地であった。
カサンドラ・コロンブス公爵令嬢。ニーナにとって天敵とも言える人物である。
黙って身を低くして礼を取る。顔さえ見ることは不敬に当たる程に爵位の差があるのだ。ニーナはまだ貴族社会に慣れておらず、学校内ということで大きなマナー違反で無ければ見逃されるが、なるべく低姿勢で嵐を去るのを待つのが常だった。
「あらやだ。楽にして下さって構いませんのよ」
「畏れ多いことです」
返事をしても大丈夫だっただろうか。いや、ずっと無言というのも無視をしているように思われてしまうかも。何が正しいか貴族社会は難しい。
「もしかして泣いていらしたのかしら?アタクシが慰めて差し上げましょうか」
誰のせいだと。罵りたくなる気持ちを絶えて飲み込み、不敬に当たる事を承知で顔を上げた。
「コロンブス公爵令嬢様のお手を煩わせる程の身では御座いませんので。御前、失礼致します」
カサンドラが鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をしているのを見て、少なからず胸がスッとするのを感じた。もしかしたら不敬罪で捕らえられるかもしれないが、悪いことをしたとは思わなかった。カサンドラに背を向ける。カサンドラより先に我に返った取り巻き達が後ろで何か騒いでいるのが聞こえたがどうでも良かった。
美味しい物は人を強くもするのだなと、ニーナは教室へ足取り軽く歩いた。
* * *
「なんですの、あの元平民!」
「公爵令嬢相手にあまりにも無礼ではなくて!?」
「そうよそうよ!カサンドラ様の折角の御慈悲に対してなんてことを!」
口々に騒ぐ周囲の声をカサンドラはぼんやりと聞いていた。
「己の立場を分からせてやりましょう!」
「ええそうです!身の程というものを教えて差し上げなくては!」
盛り上がっている周りに一言も返すことなく、カサンドラは食堂の方を見た。
「ごめんなさい。少し疲れてしまったみたいだわ。あそこで休んでくるから暫く一人にしてくれないかしら」
「大丈夫ですか!?」
「お医者様をお呼びしましょうか!?」
「医務室にまで付き添いますわよ!?」
「大丈夫ですわ!少し休みたいだけですの」
そう周囲を振り切ってカサンドラは食堂へと入り扉を閉めると、誰も入って来れない様に椅子で固定した。実家の部屋でよく使う手であった。
誰も来ない事を確認すると食堂の真ん中まで歩き、しゃがみ込む。
「どぉしてうまくいかないんですのぉ〜〜〜〜〜!!!!!!!」
万が一でも声が漏れないようにと口をハンカチでおさえてカサンドラは叫んだ。
カサンドラはニーナと友達になりたいと思っていた。成績優秀で努力家、更に小動物を彷彿とさせるニーナの見た目は、可愛い生き物が大好きなカサンドラにはドストライクであった。
今までにも何度か話し掛けていた。だが何を勘違いしたのか周りがニーナに嫌がらせを始めてしまったのだ。ニーナが元平民であることを気にしたことはない。それどころか元平民の身でありながら貴族社会に馴染もうと努力を重ねる姿には好感が持てた。友達になりたいと、考えていたのだ。
しかしカサンドラには友達の作り方が分からない。幼い頃から周りには人が集まってきたし、コロンブス公爵令嬢であると知れば相手からカサンドラと友達になりたがった。だからカサンドラから友達になりたいと思ったのは、これが初めてのことである。
「それなのにぃ〜〜〜〜〜〜!!!!!もぉ〜〜〜〜!!!どぉすれば良いんですのぉ〜〜〜〜〜!!!!!!お友達になりたいだけですのにぃ〜〜〜〜!!!!!!」
今日のようにニーナの顔を正面から見たのは、初めてだった。意志の強そうな真っ直ぐで美しい瞳であった。その目に映された事に歓喜する間もなく、紡がれたのは拒絶の言葉。
「うぅ〜〜〜〜〜〜」
涙が出そうだった。だが泣いてしまったら化粧が剥がれて直ぐにバレてしまう。耐えなければと鼻を啜ると公爵令嬢らしからぬ間抜けな音がした。
「やれやれ。今日はお客さんの多い日だな」
「ひぃやっ!?」
誰も居ないと思っていたのに聞こえてきた男の声にカサンドラの身体が飛び上がる。
「どっ、どちら様ですの!?怪しい奴!警吏の者を呼びますわよ!!」
「なぁんでいつも怪しまれんのかなぁ。オレはリベルテ・キュイジーヌ。このクリューソス王立魔法学校の料理人だよ、お嬢様」
「料理人?なんでこんな場所にいますの?」
「料理人が食堂に居るのはおかしい事じゃないだろ」
そういう意味で言ったわけでは無いのだがまあ、悪い人には見えない。ああ、そうだ。
「ねぇ、貴方」
「なんだい。お嬢様」
「ちょっと私の相談に乗ってくれないかしら?」
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