よくデルさキミとの..【短編集】

短編 スーハ―

鈴木浩介は、夜の街をふらついていた。ネオンが滲んで見えるのは、アルコールと薬物が彼の体内で化学反応を起こしているからだろう。頭の中で、何度も繰り返されるリズムが彼を支配していた。「吸って、吐いて、すーっと入っていって、アガって…」そのリズムに合わせるように、浩介は一歩ずつ進んでいった。


「ギュッと調子よくって、もっとスルーっと肺に…」


彼は小さなビンを取り出し、手慣れた手つきで白い粉を鼻から吸い込んだ。瞬間、体が軽くなるのを感じた。目の前の景色がぐるりと回り、視界が一瞬にして広がる。その感覚が、彼を現実から解放してくれる唯一の手段だった。


「ふうっと浮いて、途端にイイ!ってなって、回って…」


彼の足は、自然と最寄りのコンビニエンスストアへ向かっていた。店内に入ると、照明がまぶしく、商品のラベルがやけに鮮明に見えた。視界の片隅に、値札がふと目に入った。「ささやかで、ステキな数字で…」


値段に釣られるように、彼は棚から安売りの酒と刺身を手に取り、レジに向かった。レジの女性が「ありがとうございました」と微笑んだが、浩介はその笑顔に何の感情も感じなかった。ただ、彼女の言葉が遠くで響いているように聞こえただけだった。


「酒と刺身ともうひとつ、語る肴に加えたら、思い出…」


彼は店を出て、最後の街角にたどり着いた。ここで友人と待ち合わせていたのだが、その友人はいつの間にかいなくなっていた。道灯りが揺らめき、彼の影が地面に伸びていく。風が彼の髪を乱し、彼の内心を掻き乱していた。


「すこしだけ泣かせて…分かってたって変われぬ、ボクの不甲斐なさを…」


浩介は缶ビールの蓋を開け、一口飲んだ。アルコールが喉を通ると、次第に心が重くなっていく。彼は、何もかもが変わらないまま過ぎていく現実に苛立ちを覚えていた。ふと、彼の心に沈殿していた思い出が蘇る。過去の過ち、取り返しのつかない選択、そして今この瞬間も続いている虚無感。


「Oh Oh Oh Oh…この顔に載せた、グラスには見えなかった…」


涙が頬を伝い、彼の無表情な顔を濡らした。しかし、その涙はすぐに乾き、彼の心に何の変化ももたらさなかった。感情がなくなりつつあることを、彼はうっすらと自覚していた。それでも、彼は進み続けるしかなかった。もう引き返すことなどできないのだから。


「ふたりを囲む風向きの変わり目を、ちょっと見失ってた…」


彼は一人、街の片隅で立ち尽くしていた。風向きが変わり、冷たい風が彼の体を吹き抜ける。その風は、彼の心の中に巣食う虚無をさらに深く感じさせるものだった。ふと、自分がどこにいるのか、何をしているのかを忘れかけたが、すぐにその思考も霧の中に消えていった。


浩介は再び吸い込み、再び吐き出し、その行為を繰り返す。目の前の世界がますます歪み、遠くへと逃げていくのを感じながら、彼はただ立ち尽くすしかなかった。追いかけるべき何かを失った彼は、まるで魂が抜け落ちたかのように、その場で静かに朽ち果てていくのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る