第3話 マテマテマテマテマテ…

中村洋介は、またしても薄暗い部屋の中で目を覚ました。身体は鉛のように重く、頭の中は霧がかったようにぼんやりしていた。夢か現実かの区別がつかないまま、彼は床に散乱する薬物の残骸を見つめた。どれだけの時間が経過したのか、もう彼には分からなかった。


「さぁ、何もかもここでお終いにしよう。」


自分の声が部屋の中で響いた。洋介は、その言葉が口をついて出たことに驚いた。彼は無意識のうちに、何かを終わらせることを望んでいたのかもしれない。薬物に溺れた日々、狂気と幻覚に支配された自分…そのすべてを。


「さて、すべてをここで終わらせましょう。」


再び自分の声が耳に届いた。洋介はゆっくりと立ち上がり、足元に転がる袋を見つめた。そこには、まだ少量の粉が残っていた。それを手に取り、彼は深く息を吸い込んだ。途端に、いつもの感覚が体を駆け巡った。


「飛び立つとしよう…去るとしましょう。」


彼は、窓の外を見た。夜の闇が、まるで彼を誘うかのように広がっていた。彼はその闇の中に、自分を解放できる場所があると信じていた。すべてを終わらせるために、自分が行くべき場所がそこにあると。


「あぁ...振り返るなんてことはもうやめにしよう…ああ…振り返るのはやめましょう。」


洋介は、これまでの人生を振り返った。失敗、後悔、そして絶望。それらの思い出が、彼をさらに深い闇へと引きずり込んでいった。彼はもう二度と振り返ることはしないと決めた。ただ、前に進むしかなかった。たとえ、その先が無であっても。


「ただ、そっと、ただ…」


彼の目には涙が浮かんでいた。これまでの自分を否定し、すべてを捨て去ろうとする意志が彼の心を支配していた。彼は、ただ一つの解放を求めていた。それは、すべてを終わらせること。


「ただ、生きて、ただ…笑うだけでいい…笑うだけです。」


その言葉とともに、洋介は笑い始めた。最初は小さな笑いだったが、次第にその笑い声は大きく、狂気を帯びたものへと変わっていった。彼は、自分自身が何をしているのかも分からず、ただ笑い続けた。


「ハッハッハッハッ…」


彼の笑い声が、部屋の壁に反響していた。だが、その笑い声は次第に別の音と重なっていった。何かが、彼の頭の中で熱く燃え盛っているような感覚が彼を襲った。


「ホットホットホットホット…」


その言葉が、洋介の頭の中で繰り返された。彼は自分が何を言っているのかも分からず、ただその言葉に従った。頭の中が炎で満たされるかのような感覚に襲われ、彼はますます混乱していった。


「フッフッフッ…」


彼の笑い声が、今度は低く、不気味なものへと変わっていった。それはまるで、彼自身が自分の狂気を楽しんでいるかのような響きだった。頭の中で、声が増幅し、彼を包み込んでいった。


「ハッハッハッハッ…」


その声が、彼を追い詰めていった。彼は、自分が何者なのか、何をしているのか、まったく分からなくなっていた。すべてが混乱し、彼の精神は崩壊寸前だった。


「マテマテマテマテマテマテマテマテ…」


突然、彼の頭の中に別の声が響き渡った。その声は、彼を制止しようとするかのように、彼の行動を止めさせようとした。しかし、洋介はその声に逆らうように、さらに笑い続けた。


「マテマテマテマテマテマテマテマテ…」


彼は自分の手で頭を抱え、その声を振り払おうとしたが、声はますます大きくなっていった。何かが彼の精神を引き裂こうとしているかのような感覚が、彼を襲った。


「一体なにが聞こえているんだ?」


彼は声を荒げて叫んだ。しかし、その問いに答える者はいなかった。彼の頭の中で響く声だけが、彼を嘲笑っていた。


「いったいどうなってしまったのだ!? ウッフフフフフ…ウッフフフフフ…」


彼の頭の中で、再び笑い声が響いた。その声は、彼をさらに深い狂気へと引きずり込んでいった。彼は、自分がどこにいるのか、何をしているのかも分からなくなり、ただその声に従うしかなかった。


「誰なんだ今笑っているのは? 誰なんだ今見つめているのは!?」


洋介は再び叫んだ。しかし、その問いにも答えはなかった。彼の周りには誰もいないはずだった。それでも、彼は誰かの視線を感じ続けていた。


「追われている…追われている…」


彼の頭の中で、再び声が響いた。彼はその声に追い立てられるように、部屋を出ようとした。しかし、彼の足はもはや動かなくなっていた。彼は、自分がどこにいるのかも分からなくなり、ただその場に立ち尽くすしかなかった。


「追われている…追われている…」


その言葉が、彼の意識を完全に支配していた。彼は何かから逃げようとしていたが、それが何であるのかも分からなかった。ただ、逃げなければならないという衝動だけが彼を突き動かしていた。


「すみません!今困っているんです! すみません助けて貰えませんか!」


彼は助けを求める声を発した。しかし、その声もまた虚空に消えていった。誰も彼を助けることはできなかったし、彼自身もそのことを分かっていた。


「マテマテマテマテマテマテマテマテ…」


その声が、再び彼を襲った。彼は耐えきれずに頭を抱え、その場に倒れ込んだ。すべてが終わりに向かっていることを、彼は感じていた。


「もしもし!? こんにちは!?」


突然、彼の頭の中で誰かの声が響いた。彼はその声に反応しようとしたが、身体が動かなかった。視界がぼやけ、頭の中で繰り返される声が彼を飲み込んでいった。


「もしもし!? こんにちは!?」


再びその声が響いた。だが、彼にはその声がどこから来ているのか、誰の声なのかも分からなかった。すべてが霧の中に消え、彼はただその声に従うしかなかった。


「明日待ってるから 今日は休みなさい」


その言葉が、彼に最後の希望を与えるかのように響いた。彼はその言葉にすがりつきたかったが、もう彼にはそれをする力が残っていなかった。


「はい…」


彼は小さな声で答えた。しかし、その声はもはや彼自身にも届かなかった。すべてが闇に包まれ、彼の意識は完全に途絶えた。


洋介は、もはや自分がどこにいるのかも分からず、ただ暗闇の中で一人きりになった。彼の頭の中で、狂気と絶望が渦巻き、彼を飲み込んでいった。そして、その闇の中で、彼の最後の笑い声が響き渡った。


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