私を呼ぶ声
「ヘンリー。そこをなんとか考え直してはもらえないのか?」
ダンジョンから命からがら皆で逃げ出してきて、疲労感と興奮が抜けないまま迎えた翌朝。ジーク様が改めてヘンリーを魔王討伐の旅に誘ったが、彼の答えは私が尋ねた時と変わらなかった。
「何度も言うが、俺は天啓に背くようなことはしたくない。例えそれが大切な仲間のためであろうとも、天啓は受け入れるべきだと思っている」
「ね? ヘンリーさんは考え方が固いから仲間にするのは難しいと思いますよって、言った通りでしょう?」
「むしろ中年になってますます固くなったような気がするな。これだから頑固者は……」
一緒に戦っている間はあんなに楽しそうに見えたのに。私はそう思いながらも一つの疑問を抱いていた。
「天啓って何かしら?」
ザッと三人の視線が私に集まる。
「ティアーナさん。天啓というのは神のお告げのことですよ」
「おいヨハンナ!」
「ジーク。ティアーナが知りたがっているのだから、隠さなくてもいいだろう。仲間に隠し事をされる辛さは、お前が一番よくわかっているはずだ」
ジーク様は他二人を止めようとするが、ヘンリーに言い返されて黙ってしまう。なのでヨハンナが概要を私に教えてくれた。
「勇者や聖女として誰を選択するか。それは全て神様からのお告げに従って決められたことです。確かティアーナさんは聖女としての神託を七歳ごろに受けたのだとお聞きしています」
「そっか……私、そんな幼い頃から聖女として生きてきたのね」
私は聖女となるべくして育てられた。ならばジーク様も昔から勇者として幼い頃から育ってきたのだろうか?
「じゃあ同じ年頃の頃に、ジーク様も神様のお告げを?」
「いや……俺は魔王討伐の旅に出る二週間前くらいに、急に。騎士団の詰め所まで聖職者たちが押しかけてきて、俺が勇者に選ばれたから旅に出ろって……あの時は仕事の引き継ぎが大変だったな。そんなお告げを持ってきた聖職者たちをぶっ飛ばしてやりたいと思いながら走り回っていた」
当時のことを思い出しているのだろうか。少し遠い目をしたジーク様に何と声をかけていいか分からなくて……彼の外套をキュッと掴んだ。
「ティアーナ……そんな心配そうな顔をしなくていい。俺は勇者に選ばれて良かったと思っているのだから。……だってそのおかげで、こんなに可愛い妻が出来たんだ」
「だから、まだ私は妻じゃないですから」
妻じゃない、夫婦じゃないツッコミも、こう頻繁にしていると疲れてしまう。
「いちいちそこに言及しなくていいよ。……ティアーナがスルーしてくれた瞬間に『妻になってくれたんだね』って押し切ろうと、チャンスを伺っているのに」
いちいち反応してツッコミを入れていて良かったと、心から思った。
「そもそも、どうしてそこまで私にこだわるのですか? 世界を救った勇者であるジーク様なら、お相手もよりどりみどりでしょうに……きっかけを教えてください」
「きっかけ? ……ティアーナがティアーナだったから、かな」
「うわぁ、いかにもジークさんらしい、深すぎる愛しか分からない解答ですねぇ」
「ジーク、それでは答えになってないだろう。確かきっかけは、幼い頃にティアーナが助けてくれたからじゃなかったか?」
「私が助けた?」
「ヘンリー! 頼むから余計な話を暴露しないでくれ。それは結婚初夜にでもゆっくり時間をかけて語りたいんだ」
果たしてどのようなエピソードを時間をかけて語ろうとしているのか。……分からないが、知らない方が幸せなような気がして、これ以上追求するのはやめることにした。
「という訳で、俺は今回の旅はパスさせてもらう。……まぁ、その後帰って来なさそうなら、骨くらいは拾いに行ってやるから」
「……分かった。無理強いするわけにもいかないし、今回は諦めるよ。ただ、気が変わったらいつでも歓迎するから」
「ああ。……無理だと思ったら逃げろよ? どうか選ばれし勇者に神のご加護がありますように」
天啓に背きたく無いというヘンリーと別れ、私達は再び馬車に乗り魔王城を目指した。
(もしかして、私が鎖となって魔王を封じる……みたいなお告げがあったのかしら?)
ヘンリーからの問いやジーク様の態度、ヨハンナもジーク様に気を使っているのか、天啓の説明をしてもその内容までは発言しない。
それを総合して考えれば、おのずと答えは絞れてくる。
(ジーク様は今回の旅を始めた時に、自己犠牲の心は捨てろと言ったわ。……私、もしかすると、自分が犠牲にならざるを得ないのを分かった上で、皆と旅していたのかもしれない)
そしてそれを皆に黙り、嘘をつき、誤魔化していたのだとしたら。……ここまでジーク様が、私が昔を思い出すのを過剰に嫌がるのも、理解出来る気がした。だって情報を与え万が一過去を取り戻してしまえば、また同じ事の繰り返しになるかもしれないのだから。犠牲になった恋人を諦めきれず、どうしても夫婦になりたくて魔物が使う闇魔術にまで手を出した人間が、それを危惧しないわけがない。
そんな風に考えながらジーク様の方を見つめていると、ちょうど彼と目があった。黒色の瞳を細め微笑んで「どうかしたか?」と聞いてくれる。自らの望みを叶えるために私の過去を教えず黙っているのだとすれば、それはそれで彼の優しさだと思った。
「いいえ、何でもありません。ただ私、ジーク様のことが大好きだなと思っただけで」
「──ッ!! ヨハンナ、今聞いたか? あのティアーナが俺に好きって! 大好きって言ってくれたぞ!?」
「良かったですねぇ。何年越しの願いが叶ったのですか?」
「ティアーナに一目惚れした時から数えていいなら、実に二十四年越しだ。本当に生きていて良かった……」
私のたった一言でそこまで喜んでもらえるのならもっと早くに口にするべきだったと思う反面、私の中には新たな疑問が湧く。
(私はジーク様の恋人だったはずなのに、好きって1回も言ってあげなかったの?)
そう考えれば妙な気もするが。嬉し涙を目に浮かべるほど喜んでいるジーク様にそれを問うのは水を差してしまうような気がして、私はその疑問を胸の中にしまい込んだ。
◇
「ここが、魔王城?」
やってくる者全てを阻むかのような断崖絶壁の上に建つのが特徴な王城。それが魔王城であった。魔王が沈黙している今は周りに魔物もおらず、ただ不気味なほど静かな時が流れている。
私たちはその断崖絶壁の麓で、荷物をまとめていた。
「あまりにもあっさり辿り着いてしまったので、拍子抜けしてしまいそうです」
「むしろ今からが本番だ。まず第一関門は、この絶壁を登らなければいけないこと。これはまぁ、ヨハンナが居れば魔術でどうにでもなる」
どうやらヨハンナは人を浮遊させる魔術も使えるらしい。ヨハンナ一人居れば百人力な気がしたし、なんならジーク様は私が封印した状態の魔王を仕留めるべく何度も一人でこの崖をよじ登ったらしい。
(私一人じゃ絶対に登れなかったわ)
私は崖の上に佇む魔王城を見上げ、思う。……ここで私は皆を騙して、一人犠牲になる道を選んだのだと。
──ィアーナ、
「……? ジーク様、私の名前呼びましたか?」
「いいや、呼んでいないが?」
誰かに呼ばれたような気がして辺りを見回す。当然ながらこんな場所には私たち以外の姿はない。
「ヨハンナじゃないわよね?」
「私も呼んでいませんよ。気のせいではないでしょうか」
私は首を捻りながら、再び魔王城を見上げる。
──ティアーナ
「え!?」
やはり空耳ではない。誰かが私の名前を呼んでいる!
「誰なの?」
そう口にして狼狽えた瞬間だった。私の体からは急に力が抜け、立っていられなくなると同時に、目の前がサッと暗くなる。
──ティアーナ、やっと帰ってきたか。
体が言うことを聞かなくなる反面、私を呼ぶ声は直接脳裏に響くかのようにはっきりと聞こえる。
それが誰の声なのか分からぬまま、私は意識を手放した。
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